“反AI側からの歴史改変があるので釘を差すようにしています” コンピュータの社会実装の歴史は、半ば「コンピュータなんか使うのは・・」という偏見の歴史じゃないかな。
更に昔で言えば、トーンを使うと揶揄される時代があった。点一つまで自分の手で打たないと許されない時代。歴史は何度も繰り返される。
愛とか魂を言語化できない人が愛とか騙しを理解できる矛盾
デジタル絵は簡単そうに見えて実際やってみるととても難しく奥深いというのが浸透した結果認められてる感
3Dモデルのポーザーを使うと「顎の線が一致してるから問題!不買!」って世界はあったよ
表現方法の違いから勝手に愛を読み取ることの可笑しさよ。手描きだろうが愛の欠片もねえゴロなんぞ死ぬほどいるじゃろ?/猫も杓子もクリスタまみれで昔以上に遥かに楽して描いてるのにね/露骨にAIなのは好かんがね
デジ絵を描ける人はアナログでも描ける。効率や不慣れでクオリティは多少落ちるけど絵を描く技術は失われない。生成AIでしか絵を出力できない人は永遠に絵は描けない。4年ほど生成AI界隈見てるけど描ける人はいない
つまりこれまでの歴史がそうだったように感情論で新技術の普及が止まることなどないってことだ。昔はAIを使うことに愛がないって批判的な人がいたらしいけど信じられない、なんて時代もすぐに来るのでは?
もちろんデジタル化とAI絵では全く違うのだが、批判点を絞らず「袈裟まで憎い」式に戦線を広げてると、このように議論の拡散と薄まりを招く。
速くて綺麗な方がいいよね。
まあ履歴書にも手書きのヌクモリティを求められてたことを鑑みると…/「苦労すること」に価値を見出そうとするのは一定数いそう
印刷すると味気ないから発行部数分作者が描こう
人の温もりを感じられる人皮装丁の本にしよう
AIのファンアートに愛が無いとは限ら無いけど、デジタル絵とAI絵はそもそも別物の話だと思うんだけど、そこ同列に話してんのよくわからん
全然関係ないけどこの間フィギュア制作の動画見たらペンタブのカッター版?ヘラ版?みたいのあってスゴー!てなった。デジタル粘土を削るツール
GANTZを初めて読んだときはたまげたなー。こんながっつりCG漫画でもやっていいんだーって。
完成品の品質と平行して消費した労力にも価値を見出す風潮と今のAIで決定的に異なるのは、他人の技術を労せず盗んでいる点では。その辺の人を襲って盗ってきたダイヤの指輪を貰って嬉しいか?って話だと思うのだが。
AI絵が憎いのは新しい技術だからではなくて権利の問題でしょ。なんでかつてのデジタル作画と同列に語ってるのか意味不明。
絵を描けない人がAI絵をつくるのと、絵を描ける人が画材としてデジタルを使用することは全く別のことだよ。
このブコメでもAIは違う!が湧いてら。 デジ絵もそうだし、手書きとワープロ打ちでも見たなこういうの。こういう言説はみんな無視したほうがいいよ。今回はいつもと違う!という意見はだいたいそんなこと無いです。
スクリーントーンを使うとつめたい、愛がないとされる時代…道具の進化と共にいろんな意見があったんだな / それはともかくAIで絵を「生成」するのは描くとは違うよね。絵を描く道具にAIを利用するのとは違う
所謂ラッダイト運動であり、技術の進歩による省コスト化を止める手段どころか理由すら存在しなかったのだが、その行き着く先が人間を省略することだったのは歴史の皮肉である。
デジタルで書けるならアナログでも書けるって論は、クオリティの多寡と、アナログでも他者の技術を利用していることを度外視している。絵の具を使わず、辰砂や緑青の顔料から作るべきでは?(ミラーリング)
id:hanninyasu こういう反AIって平然とデマ撒くから困るんだよね。何も見てないでしょキミhttps://note.com/studiomasakaki/n/n1732db6116df
昔はPCで描く→愛がないじゃった
“反AI側からの歴史改変があるので釘を差すようにしています” コンピュータの社会実装の歴史は、半ば「コンピュータなんか使うのは・・」という偏見の歴史じゃないかな。
更に昔で言えば、トーンを使うと揶揄される時代があった。点一つまで自分の手で打たないと許されない時代。歴史は何度も繰り返される。
愛とか魂を言語化できない人が愛とか騙しを理解できる矛盾
デジタル絵は簡単そうに見えて実際やってみるととても難しく奥深いというのが浸透した結果認められてる感
3Dモデルのポーザーを使うと「顎の線が一致してるから問題!不買!」って世界はあったよ
表現方法の違いから勝手に愛を読み取ることの可笑しさよ。手描きだろうが愛の欠片もねえゴロなんぞ死ぬほどいるじゃろ?/猫も杓子もクリスタまみれで昔以上に遥かに楽して描いてるのにね/露骨にAIなのは好かんがね
デジ絵を描ける人はアナログでも描ける。効率や不慣れでクオリティは多少落ちるけど絵を描く技術は失われない。生成AIでしか絵を出力できない人は永遠に絵は描けない。4年ほど生成AI界隈見てるけど描ける人はいない
つまりこれまでの歴史がそうだったように感情論で新技術の普及が止まることなどないってことだ。昔はAIを使うことに愛がないって批判的な人がいたらしいけど信じられない、なんて時代もすぐに来るのでは?
もちろんデジタル化とAI絵では全く違うのだが、批判点を絞らず「袈裟まで憎い」式に戦線を広げてると、このように議論の拡散と薄まりを招く。
速くて綺麗な方がいいよね。
まあ履歴書にも手書きのヌクモリティを求められてたことを鑑みると…/「苦労すること」に価値を見出そうとするのは一定数いそう
印刷すると味気ないから発行部数分作者が描こう
人の温もりを感じられる人皮装丁の本にしよう
AIのファンアートに愛が無いとは限ら無いけど、デジタル絵とAI絵はそもそも別物の話だと思うんだけど、そこ同列に話してんのよくわからん
全然関係ないけどこの間フィギュア制作の動画見たらペンタブのカッター版?ヘラ版?みたいのあってスゴー!てなった。デジタル粘土を削るツール
GANTZを初めて読んだときはたまげたなー。こんながっつりCG漫画でもやっていいんだーって。
完成品の品質と平行して消費した労力にも価値を見出す風潮と今のAIで決定的に異なるのは、他人の技術を労せず盗んでいる点では。その辺の人を襲って盗ってきたダイヤの指輪を貰って嬉しいか?って話だと思うのだが。
AI絵が憎いのは新しい技術だからではなくて権利の問題でしょ。なんでかつてのデジタル作画と同列に語ってるのか意味不明。
絵を描けない人がAI絵をつくるのと、絵を描ける人が画材としてデジタルを使用することは全く別のことだよ。
このブコメでもAIは違う!が湧いてら。 デジ絵もそうだし、手書きとワープロ打ちでも見たなこういうの。こういう言説はみんな無視したほうがいいよ。今回はいつもと違う!という意見はだいたいそんなこと無いです。
スクリーントーンを使うとつめたい、愛がないとされる時代…道具の進化と共にいろんな意見があったんだな / それはともかくAIで絵を「生成」するのは描くとは違うよね。絵を描く道具にAIを利用するのとは違う
所謂ラッダイト運動であり、技術の進歩による省コスト化を止める手段どころか理由すら存在しなかったのだが、その行き着く先が人間を省略することだったのは歴史の皮肉である。
デジタルで書けるならアナログでも書けるって論は、クオリティの多寡と、アナログでも他者の技術を利用していることを度外視している。絵の具を使わず、辰砂や緑青の顔料から作るべきでは?(ミラーリング)
id:hanninyasu こういう反AIって平然とデマ撒くから困るんだよね。何も見てないでしょキミhttps://note.com/studiomasakaki/n/n1732db6116df