『イン・ザ・メガチャーチ』についての情報が含まれていた。これかあ。
"中毒症状に陥っていた方が人生は楽だから、自ら狂いに行く"
この記事だけ読んだ印象だけど、この人も子宮系教祖とやらの中毒になってないか? アンチやウォッチャーを自認しようと、熱が過ぎれば方向性のねじ曲がったある種の推し活に見える。
それ自体は悪いことだとは思わないんですけどねえ。人生を賭けるほど熱中できることを見つけられるのはいいことです。ただし、その過程で他人に迷惑をかけるのはほどほどにしないといけないってことだと思います
何かに依存して思考を停止したいという欲求は、現代病の一種かもな
「自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、幸せなので。 だから私たちは、花道から無理やり何かを搾り取っているわけじゃないんです」
自分を使い切りたいというのはひどく重たい現代病だと思う。
通貨や法律、会社なども現実には存在しない人間社会の中だけの共同幻想で、それを信じる事で生活が成り立っている。要は「現実を見る」のではなく「どの幻想が自分に有利か」をジャッジした方がいい
Don't wanna cry.
自己実現とか何かに命を燃やしたいという本能がヒトに備わっている。人生を雑多なあれこれの寄せ集めでなく「私は〇〇だ」と要約したい欲
最初の数行で関わってはいけない気がして閉じた
ワーカホリックだったので失業した後は自殺未遂ばかりしてて本当にヤバかった。自分の人生と向き合う時間が少ないほど自殺は防げるのでは無いだろうか。
“まともではない商売は、バカを引っ掛けられなくなったら終わりである。”
結局、自分はこの世界観で生きてる、という緩い土台無しに人間がやっていける気がそもそもしない。地域的背景か、宗教的か、民族か、結社か。
なんか毛色が違いすぎる記事だな
狂ってしまった方が楽と考える人もいるからね。それにしても子宮スピリチュアルは狂い過ぎ。
子宮教信者の次の転生先はどこだろうか。愛国騎士団?(´・ω・`)
後半の引用が白眉
「みんな何かに酔っ払ってねぇと やってらんなかったんだな」というセリフを思い出す
選択肢が多すぎて自由でつらいっていうね。『イン・ザ・メガチャーチ』おもしろかった。
“令和の時代にまだアメブロを読んでいる人間なんてほとんどいない。かつて彼女の主張に夢中になり、顧客となったようなバカ女たちは、もはや娯楽として活字を読まなくなっている。”ハードパンチすぎる
子宮系スピリチュアルを12年観察し続けたウォッチャーと言う名のアンチ(前半で自白)が、自分は対象と違い中毒でないと思い込もうとしてるの、ラブクラフト的な手記型恐怖小説みがある。『〜メガチャーチ』を読み返せ
『全盛期には、彼女の著書が書店の平台を埋めていたし、著名人とも交流して、テレビ出演もしていた』←全然知らんかった…ホンマかいな
いつも思うんだが前置きが長いなと
自分が狂っていないとでも思っているのかい?
ここでインザメガチャーチの引用が出てきたか…。
「我を忘れて何かに夢中になっている方が、楽だから。 ずっと我に返ったまま生きるにはこの世界は殺伐とし過ぎています」/情報が多すぎて流動性が高すぎる多動社会、今に集中したい。全国民ADHD時代
“けれど、その答えを一冊の小説が教えてくれた。” 筆者も「目覚め」やすいタイプなのか。まあ「そういえばこないだ読んだ本にええこと書いてあったわ」をブロガーらしく派手に言ってるだけなのかもしれないが。
何かを信仰するのが人間の本能のようなものだと思ってる。中毒は過激な信仰という印象。
この人自身もまた巨悪に立ち向かう私とか、苦労の末に何か栄光を掴む私みたいな物語に回収されてるんだよなぁ。
決して少なくない人が、自ら何らかの中毒に陥りたがっているということです。
『イン・ザ・メガチャーチ』についての情報が含まれていた。これかあ。
"中毒症状に陥っていた方が人生は楽だから、自ら狂いに行く"
この記事だけ読んだ印象だけど、この人も子宮系教祖とやらの中毒になってないか? アンチやウォッチャーを自認しようと、熱が過ぎれば方向性のねじ曲がったある種の推し活に見える。
それ自体は悪いことだとは思わないんですけどねえ。人生を賭けるほど熱中できることを見つけられるのはいいことです。ただし、その過程で他人に迷惑をかけるのはほどほどにしないといけないってことだと思います
何かに依存して思考を停止したいという欲求は、現代病の一種かもな
「自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、幸せなので。 だから私たちは、花道から無理やり何かを搾り取っているわけじゃないんです」
自分を使い切りたいというのはひどく重たい現代病だと思う。
通貨や法律、会社なども現実には存在しない人間社会の中だけの共同幻想で、それを信じる事で生活が成り立っている。要は「現実を見る」のではなく「どの幻想が自分に有利か」をジャッジした方がいい
Don't wanna cry.
自己実現とか何かに命を燃やしたいという本能がヒトに備わっている。人生を雑多なあれこれの寄せ集めでなく「私は〇〇だ」と要約したい欲
最初の数行で関わってはいけない気がして閉じた
ワーカホリックだったので失業した後は自殺未遂ばかりしてて本当にヤバかった。自分の人生と向き合う時間が少ないほど自殺は防げるのでは無いだろうか。
“まともではない商売は、バカを引っ掛けられなくなったら終わりである。”
結局、自分はこの世界観で生きてる、という緩い土台無しに人間がやっていける気がそもそもしない。地域的背景か、宗教的か、民族か、結社か。
なんか毛色が違いすぎる記事だな
狂ってしまった方が楽と考える人もいるからね。それにしても子宮スピリチュアルは狂い過ぎ。
子宮教信者の次の転生先はどこだろうか。愛国騎士団?(´・ω・`)
後半の引用が白眉
「みんな何かに酔っ払ってねぇと やってらんなかったんだな」というセリフを思い出す
選択肢が多すぎて自由でつらいっていうね。『イン・ザ・メガチャーチ』おもしろかった。
“令和の時代にまだアメブロを読んでいる人間なんてほとんどいない。かつて彼女の主張に夢中になり、顧客となったようなバカ女たちは、もはや娯楽として活字を読まなくなっている。”ハードパンチすぎる
子宮系スピリチュアルを12年観察し続けたウォッチャーと言う名のアンチ(前半で自白)が、自分は対象と違い中毒でないと思い込もうとしてるの、ラブクラフト的な手記型恐怖小説みがある。『〜メガチャーチ』を読み返せ
『全盛期には、彼女の著書が書店の平台を埋めていたし、著名人とも交流して、テレビ出演もしていた』←全然知らんかった…ホンマかいな
いつも思うんだが前置きが長いなと
自分が狂っていないとでも思っているのかい?
ここでインザメガチャーチの引用が出てきたか…。
「我を忘れて何かに夢中になっている方が、楽だから。 ずっと我に返ったまま生きるにはこの世界は殺伐とし過ぎています」/情報が多すぎて流動性が高すぎる多動社会、今に集中したい。全国民ADHD時代
“けれど、その答えを一冊の小説が教えてくれた。” 筆者も「目覚め」やすいタイプなのか。まあ「そういえばこないだ読んだ本にええこと書いてあったわ」をブロガーらしく派手に言ってるだけなのかもしれないが。
何かを信仰するのが人間の本能のようなものだと思ってる。中毒は過激な信仰という印象。
この人自身もまた巨悪に立ち向かう私とか、苦労の末に何か栄光を掴む私みたいな物語に回収されてるんだよなぁ。