書きました
クソアプリケーションをそのまま世に出したら企業として直接被害を被る危険が大きいから生成物の判断にまだ価値はありそう。仮にクソ書籍が世に放たれたとしてどうか?と考えるとファクトチェックくらいしかないかも
LLMは「最強の読者」っていう逆転の発想に脱帽。人間はもう要約だけで満足しちゃうな
AI丸投げのゴミ記事ばかり見させられてる現状を思うと、コンピュータ技術自体がAI丸投げになって誰も思考しなくなるまで、金を出せばAIスロップでないものが読めるっていう信頼さえ維持できれば一定の需要はありそう
「人間は全般的にそれほど文章を読むのがうまくないからだ」はい。
いや、本当に、示唆に富む話だ。AI時代になって、書籍は(Kindleのような)無料か高価格帯のみの2極化が進む可能性があると思っている。そして、それはあんまり良い話ではない
LLMでの利用にだけ特別プランで出すとかできないのかな。無理か。。
実用性の問題とは別に、「スキルを習得して仕事や趣味で自己実現する」という物語の消滅も結構大きそう
LLM時代は「完成した本」を読む文化から、「知識断片をAIが再編集する」写本文化へ回帰しつつある。Markdown/Git/注釈/議事録が本体化し、PDFは監査証跡になる。統制や開発運用も“AIに読ませやすい構造”が競争力になる。
LLMの本当の影響は「文章生成」より「読解」。LLMが読み手なら従来の編集価値は下がるが、人間が読む気になる技術書には編集が必要。ただし読者は減り商売は厳しい。
従来型の静的な技術書はバージョン管理として価値が出るのかな。発展する技術のある時点での履歴として/拡張現実機能のスマートグラス+AIが普及した時にデジタルと紙の垣根が消えて読書は変容するだろうな
でもそのスキルを習得しないとAI成果物がゴミなのかどうか判定できなくてゴミ量産しちゃうんだよな
AI時代のコンピューター技術書 - golden-luckyの日記
書きました
クソアプリケーションをそのまま世に出したら企業として直接被害を被る危険が大きいから生成物の判断にまだ価値はありそう。仮にクソ書籍が世に放たれたとしてどうか?と考えるとファクトチェックくらいしかないかも
LLMは「最強の読者」っていう逆転の発想に脱帽。人間はもう要約だけで満足しちゃうな
AI丸投げのゴミ記事ばかり見させられてる現状を思うと、コンピュータ技術自体がAI丸投げになって誰も思考しなくなるまで、金を出せばAIスロップでないものが読めるっていう信頼さえ維持できれば一定の需要はありそう
「人間は全般的にそれほど文章を読むのがうまくないからだ」はい。
いや、本当に、示唆に富む話だ。AI時代になって、書籍は(Kindleのような)無料か高価格帯のみの2極化が進む可能性があると思っている。そして、それはあんまり良い話ではない
LLMでの利用にだけ特別プランで出すとかできないのかな。無理か。。
実用性の問題とは別に、「スキルを習得して仕事や趣味で自己実現する」という物語の消滅も結構大きそう
LLM時代は「完成した本」を読む文化から、「知識断片をAIが再編集する」写本文化へ回帰しつつある。Markdown/Git/注釈/議事録が本体化し、PDFは監査証跡になる。統制や開発運用も“AIに読ませやすい構造”が競争力になる。
LLMの本当の影響は「文章生成」より「読解」。LLMが読み手なら従来の編集価値は下がるが、人間が読む気になる技術書には編集が必要。ただし読者は減り商売は厳しい。
従来型の静的な技術書はバージョン管理として価値が出るのかな。発展する技術のある時点での履歴として/拡張現実機能のスマートグラス+AIが普及した時にデジタルと紙の垣根が消えて読書は変容するだろうな
でもそのスキルを習得しないとAI成果物がゴミなのかどうか判定できなくてゴミ量産しちゃうんだよな