寄稿させていただきました。子育てをやって良いことのひとつは、子ども時代の二周目(孫なら三周目)が体験できること、それから人生が一直線状のライフコースでなく円環状のライフサイクルであるとわかることです。
"人ひとりの人生は一度きりだが、世代が連なれば人生はチェーンのように連なる"これほんとそうだ…
「「子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」」とても共感できる話
人を一人責任持って育てるという重責に対して十分な報酬はあって然るべきと思います
子育てで得てる一番のものはマジでこれだと思ってて、つねに自分の再発見がある / うちの子虫嫌いなんでワイ一人で虫捕りしてるけど普通に不審者扱いされる
ADHD児、怪我や迷子にならないかずっと気を張ってて、追体験どころではなかった……。そもそも私自身が本ばかり読んでる子供だったので、原体験も無かった。
タラレバ娘で全く同じ事言ってた。
これは本当にある。子供にとって初めての体験をすぐ隣で見る時に、隣で付き添う者というややメタな位置から(辛いことも含めて)もう一度新鮮な体験をしている。そもそも自分の実体験はン十年前だし。
ほんとそう
わかる
はい、その通りだと思う。…だからこそ、機能不全家族で育った人間の一部は、子供をつくりたくない気持ちがある。「もう一度あの悲しい思いを蘇らせるのは耐えがたい」ってわけ。自分の子供にこそ、って人もいるけど
うまくできないところ見ててすごくもどかしくても、よく考えたら自分めちゃくちゃそうだったなぁってなるんだよね。自分よりだいぶマシなところもダメなとこもあって別の人間だなとも思う
とても共感できる。
2000年代ではあるけど、インターネットのオフ会イツメン達(20人くらいいた)に「オフ会幹事やるからワイのやりたい遊びがしたい」って缶蹴り、鬼ごっこ、ケイドロ、色々を名古屋の公園でやったのはいい思い出
子ども時代の追体験というのは非常に分かる。ただここにある文脈は実は一人でも思いを馳せたり体験すればできる感覚がある。子育てという観点だと、当時の自分の親がどうだったのか、が追体験できる方が驚きだった
つまり子育てをしないと、お金をいくら稼いでも、永遠に子供時代を過ごすことになるという事ですね。ネットで会った事もない有名人に粘着し続けたり。
時間の流れはサイクルでありコースだと感じてる。円環のように巡りつつ、戻らないものもあるから。イメージは少し伸びたコイルばねのようならせん状。何度も円環を繰り返す人もいれば伸びてほぼ直線の人もいる
良いなぁ。
一歳児子育て中です。今得ている時間を大切にして行きたいと思いました。大人の務めも果たしながら、子供のように学んで遊ぶ、簡単なことではないけど頑張るぞ。
とてもよくわかる。
子供がゲームをするようになって私もなんだが楽しい感じ
子供の時に父親に虫取りに連れて行ってもらって嬉しかったから、息子に同じことをしたら息子も喜んでいた。きっと将来息子も自分の子を連れて虫を捕りに行くいくだろうということを確信して安堵した。
子供時代の追体験とともに、自分が子供の時のの親がどういうことを考えていたのかも仮想体験できるので、時間軸の前も後ろもサイクル的に捉えられるな。
子供時代の追体験もあるしあの時の親の気持ちを追体験してる事も意義深いなと感じる
たしかに。子どもを授かる前には想像もしなかったもんな。
かと言って半日くらいお花摘みとシャボン玉に付き合わされると飽きと疲労がね…
熊代 亨。子供に根気強く勉強を教えられる親は強いよなあ。大抵の親は勉強しなさいで終わりだし。
中島みゆきって凄い
子供時代に体験できなかった事の補償になっている人もいるよ。
GWに子供を田舎の室内遊園地のボールプールに連れて行ったらガラガラ貸切状態で親も入れたんだけど、今まで完全に失ってた子供の頃のボールプールに入ってた時の記憶が蘇ってきて感動した
子なし40代既婚者って立場からのコメだけど、もし子がいても、親が自分にくれたものを自分はあげられない(経済的・体力的に無理)という負の自信がある。犬も飼えないし、休日に遊びに連れ出すこともできない。悲しい
こういうの時々見かけるけど、よくわかんないんだよなー。そんなに蘇らない。なんでだろ。
クワガタ取りとか、釣りとか、川遊びとか、綺麗な川で潜るとか、キャッチボールとか、ゲームもそうだし、しかも、それを息子とできるのはこの上ないよね。
全面同意。こちらもぜひ。『子は親を救うために「心の病」になる』 https://amzn.asia/d/06dJwydr
子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」だったと思う。
子供を持つと、自分の子供時代を追体験できるようになるっていうのを聞いて、ますます自分は子供持てないなって思ったんだよね。吐きそうになる。こっちにはデメリットでも、大勢の人にはメリットなんだなって知った
一輪車のってみせたときむけられる、羨望の目。(昔取った杵柄)
いきなり宗教臭くなったやん笑 本当にこのおっちゃんのブログは面白くて笑える
子供との虫探し、1番楽しい
我が子じゃなくても。子育てじゃなくても。例えば職場の新入りに対してもそういうリフレイン感じられるので。人が入れ替わる環境に身を置くのが大事かなと。
ブコメ見ると、シンプルに運が良いか、悪いかに依存するという実感。合理的な人間ほど、結婚、育児はリスクの高いギャンブルになる。頭のいい人達(天才、秀才)は遺伝子ギャンブルの勝者という自覚持った方がいい。
子供時代を追体験できるのはもちろんそう。でもそれ以上に、私が産んで私が24時間世話してきた存在なのにこんなにも自分と違う人間になるという驚きが大きい。円環というより螺旋
子育てをとおして子ども時代が蘇り、人生は円環の理に導かれる
寄稿させていただきました。子育てをやって良いことのひとつは、子ども時代の二周目(孫なら三周目)が体験できること、それから人生が一直線状のライフコースでなく円環状のライフサイクルであるとわかることです。
"人ひとりの人生は一度きりだが、世代が連なれば人生はチェーンのように連なる"これほんとそうだ…
「「子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」」とても共感できる話
人を一人責任持って育てるという重責に対して十分な報酬はあって然るべきと思います
子育てで得てる一番のものはマジでこれだと思ってて、つねに自分の再発見がある / うちの子虫嫌いなんでワイ一人で虫捕りしてるけど普通に不審者扱いされる
ADHD児、怪我や迷子にならないかずっと気を張ってて、追体験どころではなかった……。そもそも私自身が本ばかり読んでる子供だったので、原体験も無かった。
タラレバ娘で全く同じ事言ってた。
これは本当にある。子供にとって初めての体験をすぐ隣で見る時に、隣で付き添う者というややメタな位置から(辛いことも含めて)もう一度新鮮な体験をしている。そもそも自分の実体験はン十年前だし。
ほんとそう
わかる
はい、その通りだと思う。…だからこそ、機能不全家族で育った人間の一部は、子供をつくりたくない気持ちがある。「もう一度あの悲しい思いを蘇らせるのは耐えがたい」ってわけ。自分の子供にこそ、って人もいるけど
うまくできないところ見ててすごくもどかしくても、よく考えたら自分めちゃくちゃそうだったなぁってなるんだよね。自分よりだいぶマシなところもダメなとこもあって別の人間だなとも思う
とても共感できる。
2000年代ではあるけど、インターネットのオフ会イツメン達(20人くらいいた)に「オフ会幹事やるからワイのやりたい遊びがしたい」って缶蹴り、鬼ごっこ、ケイドロ、色々を名古屋の公園でやったのはいい思い出
子ども時代の追体験というのは非常に分かる。ただここにある文脈は実は一人でも思いを馳せたり体験すればできる感覚がある。子育てという観点だと、当時の自分の親がどうだったのか、が追体験できる方が驚きだった
つまり子育てをしないと、お金をいくら稼いでも、永遠に子供時代を過ごすことになるという事ですね。ネットで会った事もない有名人に粘着し続けたり。
時間の流れはサイクルでありコースだと感じてる。円環のように巡りつつ、戻らないものもあるから。イメージは少し伸びたコイルばねのようならせん状。何度も円環を繰り返す人もいれば伸びてほぼ直線の人もいる
良いなぁ。
一歳児子育て中です。今得ている時間を大切にして行きたいと思いました。大人の務めも果たしながら、子供のように学んで遊ぶ、簡単なことではないけど頑張るぞ。
とてもよくわかる。
子供がゲームをするようになって私もなんだが楽しい感じ
子供の時に父親に虫取りに連れて行ってもらって嬉しかったから、息子に同じことをしたら息子も喜んでいた。きっと将来息子も自分の子を連れて虫を捕りに行くいくだろうということを確信して安堵した。
子供時代の追体験とともに、自分が子供の時のの親がどういうことを考えていたのかも仮想体験できるので、時間軸の前も後ろもサイクル的に捉えられるな。
子供時代の追体験もあるしあの時の親の気持ちを追体験してる事も意義深いなと感じる
たしかに。子どもを授かる前には想像もしなかったもんな。
かと言って半日くらいお花摘みとシャボン玉に付き合わされると飽きと疲労がね…
熊代 亨。子供に根気強く勉強を教えられる親は強いよなあ。大抵の親は勉強しなさいで終わりだし。
中島みゆきって凄い
子供時代に体験できなかった事の補償になっている人もいるよ。
GWに子供を田舎の室内遊園地のボールプールに連れて行ったらガラガラ貸切状態で親も入れたんだけど、今まで完全に失ってた子供の頃のボールプールに入ってた時の記憶が蘇ってきて感動した
子なし40代既婚者って立場からのコメだけど、もし子がいても、親が自分にくれたものを自分はあげられない(経済的・体力的に無理)という負の自信がある。犬も飼えないし、休日に遊びに連れ出すこともできない。悲しい
こういうの時々見かけるけど、よくわかんないんだよなー。そんなに蘇らない。なんでだろ。
クワガタ取りとか、釣りとか、川遊びとか、綺麗な川で潜るとか、キャッチボールとか、ゲームもそうだし、しかも、それを息子とできるのはこの上ないよね。
全面同意。こちらもぜひ。『子は親を救うために「心の病」になる』 https://amzn.asia/d/06dJwydr
子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」だったと思う。
子供を持つと、自分の子供時代を追体験できるようになるっていうのを聞いて、ますます自分は子供持てないなって思ったんだよね。吐きそうになる。こっちにはデメリットでも、大勢の人にはメリットなんだなって知った
一輪車のってみせたときむけられる、羨望の目。(昔取った杵柄)
いきなり宗教臭くなったやん笑 本当にこのおっちゃんのブログは面白くて笑える
子供との虫探し、1番楽しい
我が子じゃなくても。子育てじゃなくても。例えば職場の新入りに対してもそういうリフレイン感じられるので。人が入れ替わる環境に身を置くのが大事かなと。
ブコメ見ると、シンプルに運が良いか、悪いかに依存するという実感。合理的な人間ほど、結婚、育児はリスクの高いギャンブルになる。頭のいい人達(天才、秀才)は遺伝子ギャンブルの勝者という自覚持った方がいい。
子供時代を追体験できるのはもちろんそう。でもそれ以上に、私が産んで私が24時間世話してきた存在なのにこんなにも自分と違う人間になるという驚きが大きい。円環というより螺旋