AI臭さを嗅ぎ分ける能力だけが無駄に向上して、中身より「誰が書いたか」を気にする不毛な時代になった感ある
2回反復する時間で2本書きたい
そもそも従来のウェブ記事がクラウドワークスのライターに大量発注してノーチェックで公開している低質なものばかりだから、まともな情報に金を払うという当たり前のことをすればいいだけ。
箇条書きの絵文字と **この強調** くらいは消してから出せよな、と思うことは多い。
マークダウンと言う流行って欲しかった書き方がAIの癖みたいな扱いになったのは不服
「書かせるなの意味」が単なるアンチ的な意味じゃないということだね。自分の理解を深めるために自分で記事を書けということやね。AIの書いた記事を何度も読む、推敲するなら、まだ、オッケーということかな
本文に関係ないけど記事のデザインが素敵だ
AIが書いたかどうかはどうでもいいんだけど、内容薄めるのやめて欲しいんだよな。要約して5行くらいにできるよね?という記事が多すぎる。youtube じゃないんだからさ。
本筋とは関係ないけど、文を書く時はともかく読む時も無意識のうちに音読するんだ。私は映像で捉えるタイプだからよくわからなかった。
がち丸投げは思考力に悪。それはそう。文体や表現の稚拙さとか気にせず思いのままがががーっと自分の言葉で書いたうえでAIに整えさせたらメッチャ「AIくさく」なって、苦笑いしながらそのまま流したりしてるよアハハ
「AIの書かせてはダメな理由:内容の水増しによる意見の**希薄化**」← みたいなセクションタイトルを見ると、AIに書かせてるなーと思う。
“読むという行為も同じで、脳内で音声化しながら文字を理解している” 以前どこかで目にしたが,人によっては音声再生されずに読める人もいるらしい
「人の手を介していないというだけで、そのものの価値を下げる」。/ただのラクガキもそれを描いた人の名(ジョンレノンとか)によって価値は変わる。だがそれは経済価値=「価格」で、物自体の価値とは違う。
AIにサポートしてもらうのはいいけどせめて臭み抜きくらいはしてほしい。見出しが絵文字だらけだと萎える
この「がっかり」感、キュレーションメディア・コタツ記事全盛期にも感じたのと同じ。でも状況が悪いのは、無償の記事(QiitaとかZennとか)ですらそうなんだよな…。
ちゃんとした記事でも中見出しですぐわかっちゃうよね。生成AIの出力って対話してる当人にはわかりやすいけど、第三者には読みづらさが勝つのなんでなんだろうね。
文章の価値が激減してしまって物書きはこれからどうやって食っていくのかと他人事ながら心配だわね
技術記事はAIで良い、目的が広く世の中に知見を広げるためなら。ポエムっぽい何かや、感情論記事は自分で書いた方が良い。なぜなら読みにくいので読み飛ばせる。せめてAIで読みやすく整形した方が良い、結局AIで書け?
個人的には、AIで書いてもいいが全文自分で見直せとは思う。せめてプロンプトにアホな絵文字を出させないぐらいの指示はしろと思う。まあでも読む側もほぼAIで要約させてるからもうどうでもいいっちゃどうでもいい
結論から言うとその指摘正解です👍そこに気付ける人、実はかなり少ない。以下にその理由をまとめるね。
AIからの出力そのまま出してる人がよくいるのですごいなと思う。一通り読んで表現の違和感とか直さないかなと思うけど、対人であろうとそのまま出す人がいる。そんなに中身がAIだと思われたいのかな。
書く時も読む時も脳内音声化はされない勢です
これはあんまり同意しない。ちゃんと校正して画像も関連のあるものにしてあって品質が良ければ気にしない。ただ、全部書かせてコピペしてるようなのは読めばなんとなくわかるしなぁ。
「日頃AIを活用している人ほど、人間の書いた文章に対してもAIの書く構文のクセを疑ってかかるようになる」これも追加しておくべき
別にいいよ、面白ければ
俺は自分で書いてる、AIの文が読みづらいんだよね、あるいは読みやすくするためにあーだこーだやってる時間が無駄。ただしネタを作るにあたってAIはフル活用してる。
つまりAI小説が面白いとしたら、それは全部手直ししてるってことなのよ
見出しに絵文字がついてると「いかがでしたか?」感でる
AIが生成したものについては本人がきちんとAI生成によるものと表記する義務を負わせるべき。「読むだけ時間の無駄」かどうか人間が判断できるようにして人間の生産性を維持する必要がある。読みたい人間は読めばいい
自分も同じ気持ちだったけど、Oups4.6の日本語がAI臭さかなり減っていて驚いた。多分AIの適応力が早すぎる。
箇条書きの絵文字も**強調**が残っていてもどうでもいい。中身の問題だろ。馬鹿なのかな
自分も今のAI生成の記事は嫌いだけど、1週間後のAI生成の記事はどうなっているかわからないし、1年後には人間が書いた記事よりもスルスルと頭に入って腹落ちする端的な記事をAIが生成するかもと思っている。
Obsidian &サイドパネルのAIって執筆スタイルの紹介、あちこちで見かけるようになったな。非エンジニア系のライターさん達も量産体制に入っていくんだろう。文体も学習済みにして、AI臭はあるけど一定品質という流れ。
次のエポックはここらへんの見分けがつかなくなることだね
主題と関係ないけど、"人は自分の手で書く時に、無意識に脳内で音声化している" "読むという行為も同じで、脳内で音声化しながら文字を理解している" これ、そうじゃない人がいるらしい。びっくりするよね。
ワイは無料記事ならAIで十分やろ派。有料記事なら手書きするかAI+加筆修正かな
AIの書いたものをそのまま出してくるなら、あなたと付き合う必要はなくて、全部AIに置き換えれば良いでしょ?になるわけで、対人関係を捨ててる行為とも言える
AI丸出し記事を何度も上げたことある人が「多忙なら更新休めば?」と言われ、日課を無くすほうが辛い、体調を崩そうが炎上しようが停止はあり得ませんと答えていて、AIに頼るほどやる気ないのに言うんだって思った。
「遺伝子組換えでない」みたいに「AIを使用していない」と明示してフィルタリングさせてほしい。オープンソースに機械翻訳をツッコんだり、生成AIの出力でプルリクエストかけられたりすることを考えてみればいい。
AIよりひどいものしか書けない人間もたくさんいて、そいつらから見ればAIのアウトプットは良質なのだ。つまり編集者としての力があるかが問題で誰が書いたかはあまり重要ではない
自分の手を動かして書いた方が自分を鍛えるのに良いというのはその通りだと思うけど、AIが書いたからつまらないとか言いだすと、天然のダシだから味の素より良いみたいなスピリチュアル発言感が出てくるんだよね
AI記事はつまらないんだ、つまらない粗大ゴミを量産して検索妨害されるのがムカつく
ホントだよ。手作業の温かみのある記事を書いて星井☆彡
AIの出力を推敲もせずに成果として提出するような人は、自分で書いてもAI以上の出力できないだろ。今のAIは人類の半数よりも簡潔で分かりやすく内容も妥当な文が書けると思うよ。
論文調・教科書調だと割といいんだけどね。普通の文章を書かせると焦点がぼやけた感じになる。無意識にやってる『何を書きたいか』という部分が再現されないから、どうでもいい事に重点を割いちゃう感じがしてる。
「だいじょうぶ、そのうち違和感なくなるよ」「今はそういうこと言わないでくれ」
aiに書かせても、人間がしっかり推敲するならまだ良いが、ろくに確認せずに垂れ流しはじめたら脳は衰退するだろうな。まぁ便利なので使いようか。
最近はアカウント運用は人間っぽいけどリプライを全部AIで書いているんじゃないかという人間(特にアフィ垢でもなんでもない人)まで観測している バレないと思ってるんだろうか
文字を手書きで書け、をようやく駆逐したのに次はこっちか。
ホッテントリにも最近Claudeに部分的或いは丸ごと書かせましたみたいなのよく見るし解る。絵文字やMarkdownなくても文体で大体分かる。LLMに書かせるのは良いけど人間が清書した文章を読みたい
なるほど。そのスタンス、わりと共感されやすいと思います。
結局、AIができたとて人間が100本ノックせずに何かをうまくできるようになるわけではない。
AIが書いても問題ないよ。人が書いても新しい価値を提供できない記事が多いから。
書き手にとっては書いた方が良くても、読み手にとっては理解しやすかったら何でも良い。だから、読むときにはAIに文章を構造化させてる。
本題じゃないところから広げますが、読むときに脳内で音読しないタイプの人って書くときはどうなってるのかなって疑問に思っていたところ。
結論から言うとその認識は正しい。
AI生成記事も人力記事もすでに直接読んでいない人の存在を知らないと思うけど、自分で読みたいなら将軍が毒見が済んだ食事を摂るように、AIを使ってAI生成かどうかを判定して回避するしかないのではないか。
人間に書かせても一昔前はいかがでしたか系ブログみたいなのは大量にあったしなあ・・・
これがAIで書いてあったら笑う。趣味で書いてる文章は自分で書いたほうがいいよなあとは思う。読む側としては分かりやすければ誰が書いててもいいけど
“ただアウトプットを簡単にしたいことが目的ならAIに書かせるだけでいいだろう。しかし、自身が理解するには自身が書く必要があることは念頭におくべきだ。”
AIとやり取りしすぎてるせいで、AIに最適化した文章の癖がついて、自分の文章がAIっぽくなるというパターンもあるんやで。
特に日本語だとModel Collapseの影響でAIが使えなくなる日も近いか。
別にいい。ただ、テーマを一言だけ指定してAIに書かせるんだろうけど、その一言でさえ誤っている例が多い。無能がAIを使った例。ZennやQiitaの投稿は体感9割がそう。それをはてなーはホッテントリに上げちゃう。
AIに書かせると自己効力感が下がるっていう論文ある( https://arxiv.org/abs/2602.05819 )ので書き手にとっても良くない
わいも最近noteに駄文投げてるんだが記事の最後につく関連記事類がどれもこれもAIに書かせたやつばっかりでつまんねーやつらと思ってる
そのうち鈍感になって(あるいは諦めて)気にしなくなってしまうんだろうな
箇条書きや**は禁止って指定すればわりとカットしてくれる。SNSは自分で書くけどnoteは99%AIに書かせてる。書くことで満足するんじゃなくて伝えたいことがあるから書かせてるだけ
最近Twitterでブログ形式のポスト見るけど、あれもAIで書かせてる人居て何を見せられてるんだ...ってなる
ようつべが明確にAIを殺しに来てるのでいずれ他でも淘汰が進む気がするなあ。
“「書く」という作業には目に見えない価値が多くあるからだ。”読み手はそう思っていない。オナニーだと思った方がいい/いやカクでかけてるわけじゃなくガチで
AIが書いたものと気づくと萎える。文章を読んで生まれた筆者に対する様々な感情(感心、感謝、敬意など)が無価値に思えるからだ。
違和感や気持ち悪さを自分で感じ取れるくらい使えてる人はどれだけいるだろうね。今まさに過渡期だからみんながいろいろやってみたらいい。そうやって熟成されてく。
ネット上の写真や映像は基本的に全て嘘という前提で見てる。文章も人間が書いたことが自明でなければ、AI が作ったゴミである可能性を考えて批判的に読む必要があると思う。もう AI 以前には戻れない。
別に自分の言いたいことをAIに伝えさせて整えさせた文章なら良いのでは。絵文字とか**とかがあるだけで内容を軽視する読者は取り残されればよい
そうね。デイリーポータルZやヨッピーの記事がAIで書かれてたら読む気がしない。逆に、単に情報を伝えるだけの役所からの文章とかならAIでも構わない。
しずかなインターネットに書かれているのがまたよい
人が書くごみ記事は良いんでしょうか
別にAIだから悪いわけでは無いだろ
はてブは人間のコメントだらけだからすげえ心地良いんだよ
とはいえ、AI臭くない記事もAIに書かせることできるしなぁー、とも
AIの作る文章は文体がもってまわっててパターン化されているから読みづらさがある。書いた文章をAIに読ませてこういうことも加えてみてはどうですか? とアドバイスさせると文章の完成度を高めるのに役立つ。
AIはなんだかんだ平均値的なものをお出ししようとする性質があるので、ディレクションが下手だとつまらないものになるのは必然なんだよな。コピペブログを喜んで愛読する人なんかまず居ないのと同じ。
記事をAIに書かせるな|ushironoko
AI臭さを嗅ぎ分ける能力だけが無駄に向上して、中身より「誰が書いたか」を気にする不毛な時代になった感ある
2回反復する時間で2本書きたい
そもそも従来のウェブ記事がクラウドワークスのライターに大量発注してノーチェックで公開している低質なものばかりだから、まともな情報に金を払うという当たり前のことをすればいいだけ。
箇条書きの絵文字と **この強調** くらいは消してから出せよな、と思うことは多い。
マークダウンと言う流行って欲しかった書き方がAIの癖みたいな扱いになったのは不服
「書かせるなの意味」が単なるアンチ的な意味じゃないということだね。自分の理解を深めるために自分で記事を書けということやね。AIの書いた記事を何度も読む、推敲するなら、まだ、オッケーということかな
本文に関係ないけど記事のデザインが素敵だ
AIが書いたかどうかはどうでもいいんだけど、内容薄めるのやめて欲しいんだよな。要約して5行くらいにできるよね?という記事が多すぎる。youtube じゃないんだからさ。
本筋とは関係ないけど、文を書く時はともかく読む時も無意識のうちに音読するんだ。私は映像で捉えるタイプだからよくわからなかった。
がち丸投げは思考力に悪。それはそう。文体や表現の稚拙さとか気にせず思いのままがががーっと自分の言葉で書いたうえでAIに整えさせたらメッチャ「AIくさく」なって、苦笑いしながらそのまま流したりしてるよアハハ
「AIの書かせてはダメな理由:内容の水増しによる意見の**希薄化**」← みたいなセクションタイトルを見ると、AIに書かせてるなーと思う。
“読むという行為も同じで、脳内で音声化しながら文字を理解している” 以前どこかで目にしたが,人によっては音声再生されずに読める人もいるらしい
「人の手を介していないというだけで、そのものの価値を下げる」。/ただのラクガキもそれを描いた人の名(ジョンレノンとか)によって価値は変わる。だがそれは経済価値=「価格」で、物自体の価値とは違う。
AIにサポートしてもらうのはいいけどせめて臭み抜きくらいはしてほしい。見出しが絵文字だらけだと萎える
この「がっかり」感、キュレーションメディア・コタツ記事全盛期にも感じたのと同じ。でも状況が悪いのは、無償の記事(QiitaとかZennとか)ですらそうなんだよな…。
ちゃんとした記事でも中見出しですぐわかっちゃうよね。生成AIの出力って対話してる当人にはわかりやすいけど、第三者には読みづらさが勝つのなんでなんだろうね。
文章の価値が激減してしまって物書きはこれからどうやって食っていくのかと他人事ながら心配だわね
技術記事はAIで良い、目的が広く世の中に知見を広げるためなら。ポエムっぽい何かや、感情論記事は自分で書いた方が良い。なぜなら読みにくいので読み飛ばせる。せめてAIで読みやすく整形した方が良い、結局AIで書け?
個人的には、AIで書いてもいいが全文自分で見直せとは思う。せめてプロンプトにアホな絵文字を出させないぐらいの指示はしろと思う。まあでも読む側もほぼAIで要約させてるからもうどうでもいいっちゃどうでもいい
結論から言うとその指摘正解です👍そこに気付ける人、実はかなり少ない。以下にその理由をまとめるね。
AIからの出力そのまま出してる人がよくいるのですごいなと思う。一通り読んで表現の違和感とか直さないかなと思うけど、対人であろうとそのまま出す人がいる。そんなに中身がAIだと思われたいのかな。
書く時も読む時も脳内音声化はされない勢です
これはあんまり同意しない。ちゃんと校正して画像も関連のあるものにしてあって品質が良ければ気にしない。ただ、全部書かせてコピペしてるようなのは読めばなんとなくわかるしなぁ。
「日頃AIを活用している人ほど、人間の書いた文章に対してもAIの書く構文のクセを疑ってかかるようになる」これも追加しておくべき
別にいいよ、面白ければ
俺は自分で書いてる、AIの文が読みづらいんだよね、あるいは読みやすくするためにあーだこーだやってる時間が無駄。ただしネタを作るにあたってAIはフル活用してる。
つまりAI小説が面白いとしたら、それは全部手直ししてるってことなのよ
見出しに絵文字がついてると「いかがでしたか?」感でる
AIが生成したものについては本人がきちんとAI生成によるものと表記する義務を負わせるべき。「読むだけ時間の無駄」かどうか人間が判断できるようにして人間の生産性を維持する必要がある。読みたい人間は読めばいい
自分も同じ気持ちだったけど、Oups4.6の日本語がAI臭さかなり減っていて驚いた。多分AIの適応力が早すぎる。
箇条書きの絵文字も**強調**が残っていてもどうでもいい。中身の問題だろ。馬鹿なのかな
自分も今のAI生成の記事は嫌いだけど、1週間後のAI生成の記事はどうなっているかわからないし、1年後には人間が書いた記事よりもスルスルと頭に入って腹落ちする端的な記事をAIが生成するかもと思っている。
Obsidian &サイドパネルのAIって執筆スタイルの紹介、あちこちで見かけるようになったな。非エンジニア系のライターさん達も量産体制に入っていくんだろう。文体も学習済みにして、AI臭はあるけど一定品質という流れ。
次のエポックはここらへんの見分けがつかなくなることだね
主題と関係ないけど、"人は自分の手で書く時に、無意識に脳内で音声化している" "読むという行為も同じで、脳内で音声化しながら文字を理解している" これ、そうじゃない人がいるらしい。びっくりするよね。
ワイは無料記事ならAIで十分やろ派。有料記事なら手書きするかAI+加筆修正かな
AIの書いたものをそのまま出してくるなら、あなたと付き合う必要はなくて、全部AIに置き換えれば良いでしょ?になるわけで、対人関係を捨ててる行為とも言える
AI丸出し記事を何度も上げたことある人が「多忙なら更新休めば?」と言われ、日課を無くすほうが辛い、体調を崩そうが炎上しようが停止はあり得ませんと答えていて、AIに頼るほどやる気ないのに言うんだって思った。
「遺伝子組換えでない」みたいに「AIを使用していない」と明示してフィルタリングさせてほしい。オープンソースに機械翻訳をツッコんだり、生成AIの出力でプルリクエストかけられたりすることを考えてみればいい。
AIよりひどいものしか書けない人間もたくさんいて、そいつらから見ればAIのアウトプットは良質なのだ。つまり編集者としての力があるかが問題で誰が書いたかはあまり重要ではない
自分の手を動かして書いた方が自分を鍛えるのに良いというのはその通りだと思うけど、AIが書いたからつまらないとか言いだすと、天然のダシだから味の素より良いみたいなスピリチュアル発言感が出てくるんだよね
AI記事はつまらないんだ、つまらない粗大ゴミを量産して検索妨害されるのがムカつく
ホントだよ。手作業の温かみのある記事を書いて星井☆彡
AIの出力を推敲もせずに成果として提出するような人は、自分で書いてもAI以上の出力できないだろ。今のAIは人類の半数よりも簡潔で分かりやすく内容も妥当な文が書けると思うよ。
論文調・教科書調だと割といいんだけどね。普通の文章を書かせると焦点がぼやけた感じになる。無意識にやってる『何を書きたいか』という部分が再現されないから、どうでもいい事に重点を割いちゃう感じがしてる。
「だいじょうぶ、そのうち違和感なくなるよ」「今はそういうこと言わないでくれ」
aiに書かせても、人間がしっかり推敲するならまだ良いが、ろくに確認せずに垂れ流しはじめたら脳は衰退するだろうな。まぁ便利なので使いようか。
最近はアカウント運用は人間っぽいけどリプライを全部AIで書いているんじゃないかという人間(特にアフィ垢でもなんでもない人)まで観測している バレないと思ってるんだろうか
文字を手書きで書け、をようやく駆逐したのに次はこっちか。
ホッテントリにも最近Claudeに部分的或いは丸ごと書かせましたみたいなのよく見るし解る。絵文字やMarkdownなくても文体で大体分かる。LLMに書かせるのは良いけど人間が清書した文章を読みたい
なるほど。そのスタンス、わりと共感されやすいと思います。
結局、AIができたとて人間が100本ノックせずに何かをうまくできるようになるわけではない。
AIが書いても問題ないよ。人が書いても新しい価値を提供できない記事が多いから。
書き手にとっては書いた方が良くても、読み手にとっては理解しやすかったら何でも良い。だから、読むときにはAIに文章を構造化させてる。
本題じゃないところから広げますが、読むときに脳内で音読しないタイプの人って書くときはどうなってるのかなって疑問に思っていたところ。
結論から言うとその認識は正しい。
AI生成記事も人力記事もすでに直接読んでいない人の存在を知らないと思うけど、自分で読みたいなら将軍が毒見が済んだ食事を摂るように、AIを使ってAI生成かどうかを判定して回避するしかないのではないか。
人間に書かせても一昔前はいかがでしたか系ブログみたいなのは大量にあったしなあ・・・
これがAIで書いてあったら笑う。趣味で書いてる文章は自分で書いたほうがいいよなあとは思う。読む側としては分かりやすければ誰が書いててもいいけど
“ただアウトプットを簡単にしたいことが目的ならAIに書かせるだけでいいだろう。しかし、自身が理解するには自身が書く必要があることは念頭におくべきだ。”
AIとやり取りしすぎてるせいで、AIに最適化した文章の癖がついて、自分の文章がAIっぽくなるというパターンもあるんやで。
特に日本語だとModel Collapseの影響でAIが使えなくなる日も近いか。
別にいい。ただ、テーマを一言だけ指定してAIに書かせるんだろうけど、その一言でさえ誤っている例が多い。無能がAIを使った例。ZennやQiitaの投稿は体感9割がそう。それをはてなーはホッテントリに上げちゃう。
AIに書かせると自己効力感が下がるっていう論文ある( https://arxiv.org/abs/2602.05819 )ので書き手にとっても良くない
わいも最近noteに駄文投げてるんだが記事の最後につく関連記事類がどれもこれもAIに書かせたやつばっかりでつまんねーやつらと思ってる
そのうち鈍感になって(あるいは諦めて)気にしなくなってしまうんだろうな
箇条書きや**は禁止って指定すればわりとカットしてくれる。SNSは自分で書くけどnoteは99%AIに書かせてる。書くことで満足するんじゃなくて伝えたいことがあるから書かせてるだけ
最近Twitterでブログ形式のポスト見るけど、あれもAIで書かせてる人居て何を見せられてるんだ...ってなる
ようつべが明確にAIを殺しに来てるのでいずれ他でも淘汰が進む気がするなあ。
“「書く」という作業には目に見えない価値が多くあるからだ。”読み手はそう思っていない。オナニーだと思った方がいい/いやカクでかけてるわけじゃなくガチで
AIが書いたものと気づくと萎える。文章を読んで生まれた筆者に対する様々な感情(感心、感謝、敬意など)が無価値に思えるからだ。
違和感や気持ち悪さを自分で感じ取れるくらい使えてる人はどれだけいるだろうね。今まさに過渡期だからみんながいろいろやってみたらいい。そうやって熟成されてく。
ネット上の写真や映像は基本的に全て嘘という前提で見てる。文章も人間が書いたことが自明でなければ、AI が作ったゴミである可能性を考えて批判的に読む必要があると思う。もう AI 以前には戻れない。
別に自分の言いたいことをAIに伝えさせて整えさせた文章なら良いのでは。絵文字とか**とかがあるだけで内容を軽視する読者は取り残されればよい
そうね。デイリーポータルZやヨッピーの記事がAIで書かれてたら読む気がしない。逆に、単に情報を伝えるだけの役所からの文章とかならAIでも構わない。
しずかなインターネットに書かれているのがまたよい
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AIの作る文章は文体がもってまわっててパターン化されているから読みづらさがある。書いた文章をAIに読ませてこういうことも加えてみてはどうですか? とアドバイスさせると文章の完成度を高めるのに役立つ。
AIはなんだかんだ平均値的なものをお出ししようとする性質があるので、ディレクションが下手だとつまらないものになるのは必然なんだよな。コピペブログを喜んで愛読する人なんかまず居ないのと同じ。