レビューすることが増えているなと思って書きました
重要なのは「理解する能力」じゃなくて、「理解させられる能力(可読性)」だと思うのだが、そこのところは大丈夫なの?トラックナンバー1になってない?/ソース中にコメント書けるくらいAIが発達しないとなあ
記事内でも言及されてる通り、現状では「書いたことがあるから読める」部分が結構あるよなと。これから更に時代が進むとどうなっていくんだろう
AIに書かせて人間がケツ拭く構図は漢字と同じか。結局レビューの質が問われるだけで楽にはならんのよな
新潟の「潟」だ。
転職して環境変わった途端に無能になりそうやな。
魑魅魎魍←読めますか?
「わかる」と「できる」は似て非なるように、読めるけど書けないだと、AIに限らず人にも指示や対応が出来ないことも。漢字を読めるけど書けないことが増えたので、私は数年前から日記を手書きに戻しました。
でも「書く」(書ける)を通過しないと肌感覚が身につかないと思うんだよね。漢字だって最初はドリルで練習しないと覚えられない。教科書読むだけだと記憶に定着しにくい。手を動かすのは大事。
期待するコードが出てくるプロンプトが書ければコードを書かなくて良くなるけど、コードが書けない人にはそのようなプロンプトは書けない分野が多いと思うよ
メジャーな分野ならそれでもいいのだろうけど、ちょっとマイナーになると途端にまともに動かないコードばかり出力するようになるので、ある面では同意できるけどそれはメジャーな言語・FWでやってるときに限る
実際の所どうなのかなぁ?日本語の例も「書けない」訳でなく「書かない」だからなぁ…まして内容が論理的な内容だから、ある程度の訓練は必要そうな気がする
「読める」にもレベルがあるという主張がされていてこれはその通りだと思うのだけれど、日常的に手を動かしていない人がハイレベルな読みだけはできるようになると思う?
まだ早いかなあ
ちゃんと読める人は書ける。書けるけど読めない人はたくさんいる。重要な部分は全く変わっていないからがっかりしてる。もっと劇的に変わると思ってたんだけどな。
書けるけど書かない、状況じゃないと厳しそう。コードを読めて「正しさ」がわかるだけでなく、より良い書き方があるかどうかを推測できるかどうかが必要で、読めるだけだと残念コードを量産しそう。
「読む」は受け身でしかないから、「動きはするけど非効率。おれならこう書く」をやるとき実際にはAIに書かせるにしても「書く(書ける)」が必要になる。
“プロダクト開発で今はIDEやエディタをほとんど開かない。AIに「この機能作って」と指示して、生成されたコードを読んで、「ここを直して」とフィードバック。メイン業務は「コードを読んでチェックすること」に”
読む方が難しいだろ
大事なのは「漢字を1文字も書かないで読めるようになった人間はいない」ということ。(要検証)
試してみようぜマジ疑問だ
苦労したことしか身には付かんよ。リリースが夜中で何日も会社泊まったとかな
漢字を書ける人のほうが文章をよく咀嚼できるという研究結果もあるし、同様にプログラムが書ける人が既存のプログラムをよく咀嚼できると言えると思う。
んー 書けないと読めないんじゃね?派閥です
読める人なら、今のLLMが吐き出すコードはまだまだ危なかっしいと気づけるはずなので読めてないんだと思う
危ういよなぁ。人間の役割が。すぐできちゃうんだもん。
Visual Cのインテリセンスとか、入力補助が登場したときも革命的だったろうな。あれ無しで開発しろ言われても、罰ゲームすぎる。
指摘できるレベルで読むには自分で書けるレベルがいるよね
そして、読めるように書かなければならない。例えば、脳内で1行1語ずつシミュレーションするのは「読める」とは言わない。
薔薇の字が1画間違っててもほぼ気がつかないが、コードがそれじゃ駄目なのでは
まぁそうなんでしょう。ブコメで語られてるような懸念や問題はある種ポエム的だとさえ思う。
文章が無駄に長い
書けないと読めないと思うし、読めるのなら書けると思うよ
読めるの程度に天と地の差がある。日本語が読める人間は、誰もが日本語でか書かれた契約書のリスクを同程度に把握できるわけではない。書くことが読む能力の習熟に大きく寄与する以上、これは詭弁だと思う。
「実際どう動くか」は文献や資料を読んでも分からない事がそれなりにあり、その場合実験コード書いて理解するもんだと思うが。(実験環境を作れない人?)
なってない(今のところは)
読む方が難しいなぁ。
コードは「読めるけど書けない」でいい時代になった|すてぃお
レビューすることが増えているなと思って書きました
重要なのは「理解する能力」じゃなくて、「理解させられる能力(可読性)」だと思うのだが、そこのところは大丈夫なの?トラックナンバー1になってない?/ソース中にコメント書けるくらいAIが発達しないとなあ
記事内でも言及されてる通り、現状では「書いたことがあるから読める」部分が結構あるよなと。これから更に時代が進むとどうなっていくんだろう
AIに書かせて人間がケツ拭く構図は漢字と同じか。結局レビューの質が問われるだけで楽にはならんのよな
新潟の「潟」だ。
転職して環境変わった途端に無能になりそうやな。
魑魅魎魍←読めますか?
「わかる」と「できる」は似て非なるように、読めるけど書けないだと、AIに限らず人にも指示や対応が出来ないことも。漢字を読めるけど書けないことが増えたので、私は数年前から日記を手書きに戻しました。
でも「書く」(書ける)を通過しないと肌感覚が身につかないと思うんだよね。漢字だって最初はドリルで練習しないと覚えられない。教科書読むだけだと記憶に定着しにくい。手を動かすのは大事。
期待するコードが出てくるプロンプトが書ければコードを書かなくて良くなるけど、コードが書けない人にはそのようなプロンプトは書けない分野が多いと思うよ
メジャーな分野ならそれでもいいのだろうけど、ちょっとマイナーになると途端にまともに動かないコードばかり出力するようになるので、ある面では同意できるけどそれはメジャーな言語・FWでやってるときに限る
実際の所どうなのかなぁ?日本語の例も「書けない」訳でなく「書かない」だからなぁ…まして内容が論理的な内容だから、ある程度の訓練は必要そうな気がする
「読める」にもレベルがあるという主張がされていてこれはその通りだと思うのだけれど、日常的に手を動かしていない人がハイレベルな読みだけはできるようになると思う?
まだ早いかなあ
ちゃんと読める人は書ける。書けるけど読めない人はたくさんいる。重要な部分は全く変わっていないからがっかりしてる。もっと劇的に変わると思ってたんだけどな。
書けるけど書かない、状況じゃないと厳しそう。コードを読めて「正しさ」がわかるだけでなく、より良い書き方があるかどうかを推測できるかどうかが必要で、読めるだけだと残念コードを量産しそう。
「読む」は受け身でしかないから、「動きはするけど非効率。おれならこう書く」をやるとき実際にはAIに書かせるにしても「書く(書ける)」が必要になる。
“プロダクト開発で今はIDEやエディタをほとんど開かない。AIに「この機能作って」と指示して、生成されたコードを読んで、「ここを直して」とフィードバック。メイン業務は「コードを読んでチェックすること」に”
読む方が難しいだろ
大事なのは「漢字を1文字も書かないで読めるようになった人間はいない」ということ。(要検証)
試してみようぜマジ疑問だ
苦労したことしか身には付かんよ。リリースが夜中で何日も会社泊まったとかな
漢字を書ける人のほうが文章をよく咀嚼できるという研究結果もあるし、同様にプログラムが書ける人が既存のプログラムをよく咀嚼できると言えると思う。
んー 書けないと読めないんじゃね?派閥です
読める人なら、今のLLMが吐き出すコードはまだまだ危なかっしいと気づけるはずなので読めてないんだと思う
危ういよなぁ。人間の役割が。すぐできちゃうんだもん。
Visual Cのインテリセンスとか、入力補助が登場したときも革命的だったろうな。あれ無しで開発しろ言われても、罰ゲームすぎる。
指摘できるレベルで読むには自分で書けるレベルがいるよね
そして、読めるように書かなければならない。例えば、脳内で1行1語ずつシミュレーションするのは「読める」とは言わない。
薔薇の字が1画間違っててもほぼ気がつかないが、コードがそれじゃ駄目なのでは
まぁそうなんでしょう。ブコメで語られてるような懸念や問題はある種ポエム的だとさえ思う。
文章が無駄に長い
書けないと読めないと思うし、読めるのなら書けると思うよ
読めるの程度に天と地の差がある。日本語が読める人間は、誰もが日本語でか書かれた契約書のリスクを同程度に把握できるわけではない。書くことが読む能力の習熟に大きく寄与する以上、これは詭弁だと思う。
「実際どう動くか」は文献や資料を読んでも分からない事がそれなりにあり、その場合実験コード書いて理解するもんだと思うが。(実験環境を作れない人?)
なってない(今のところは)
読む方が難しいなぁ。