こちらから見れば十分に大丈夫そうなワークショップ参加者が「才能がない」って相談してきたので文章にしたりしました。
すごく良い文章で119%同意だけど、1%、「満たされなさ」に気づいたり発奮したりすることこそが"才能"ってやつかもな、っていう
コードの匂いに気づくようなセンスのある人は細部へのこだわりと、面倒なことを楽しんでやる素質を持つという話
概ね同意 しかし地頭という重大で覆せない才能はやっぱりあると思う
「コードを書き続けたいと思う」「問題を解決したいと思い続けられる」というのが才能では。才能はやっぱりあるよ。才能ない人でも続けられるだろうけど、おそらく苦痛を伴うんじゃないかな
ハード系のエンジニアだけど、概ね同意。そう技術力って何だよって最近言う通りの事なんだとやっと頭でわかりかけてきてもっも早くにそれが理解できてればなあ…という気持ち
勉強でも運動でもそうだけど才能はあるよ。ただ才能はあくまで「キャパ」であり、経験・努力・訓練で到達できる上限を表すと考えるべき。上限に達する前に辞める人が多く、また下限が高い人が天才と呼ばれるのよ。
才能って言葉が安易に使われている風潮はあるよねえ
常々思うのはお客から要件を聞き出してまとめるの文系的才覚と、計算機を扱うだけの数学的才覚があればITはいけるんじゃないかということ。
嫉妬100%でいうけど熱中できるものがあることが一番の才能なんだよなー。"「このアプリを作りたい」「この機能を実装したい」"こんなこと一度も思ったことないもん。
良い話
上澄みでないと居場所のない界隈と、散々叩かれてるけど凡人でも居場所作れてそれなりに稼げるSIer、どっちが人類の幸せに貢献してるのだろうか。下流SESは地獄でしかないので論外として。
時間は誰しもに公平な資源ではないし、持って生まれた脳の認知能力もピンキリ。
才能はあるよ。9割の人が「x=x+1」ですら理解できないで消えていく。才能なんて無いと言えるのは生存者バイアスなだけ
同じような悩みだけどレベルが違った件。プロゲーマーと単なる引きこもりゲーマーくらい違ってた。実力、発信力、コミュ力みたいな能力レーダーチャート全部違う
ありがたかった。
競技プログラミングとか見ると明確な壁を感じるなー
開発は基本チームプレイなんでコミュ力ないしは隣のコミュ障とうまくやるスキルは必要っすね〜技術力そのものについてはそこまで深く考える必要はねーかな。テックリード目指さないなら。
不老不死なら誰でも凄腕ソフトウェアエンジニアになれるって言うならまあそうなのかもしれないが、実際人間には等しく存在する制限時間内に成長しなければならず、それを成し遂げるのはやっぱ才能では?
申し訳ない。ものすごい熱量と説得力で才能とは何かを示された気分。こう言ってしまったら全ての明確に定義出来ない事柄は幻想に過ぎないと言えるのではないか。翻って、それを信じる事には価値があると考える。
良い/「複数の仮説を同時に追いかけて、どれも中途半端に確認していた」あるある
この種の話はブコメ込みで才能と適性が混同されているように感じる
「『コンピュータ』のように音引きを省略するのはJIS規格で決められていたから」なんて言う人は不向き。そんな人たちが「0から1を生む仕事をしている」と吹聴する。/ SEO記事か。段落ごとに突っ込みどころがある文章。
才能って言うか、人によっては数学の難しい計算や理論は得意なのに、ちょっと画面にエラー出た瞬間画面殴って投げ出すような人も居るので、性格的な向き不向きはかなりあると思うよ。
自分はコードの理想みたいなものがあって、常にそれに近づこうとしているけど、毎回うまくいかなくて次こそはで続けられてる感覚がある。理想が常に変わってるというのもある。
才能なかったらそこらへんのIT疎いおっちゃんを複数人チームに入れて期待の新卒と同じように育てればエース級の人が簡単に同じように再現性高くできるはず。そうじゃないっしょ?
投下された努力の量に対する成果の量の大きさのもとになる係数の大きさみたいなものが才能という気はします。増やせることもあるでしょうし、減らないものでもないでしょうし。
ソフトウェアエンジニアにおける才能という幻想、あるいは成長を阻む最大の敵について - じゃあ、おうちで学べる
こちらから見れば十分に大丈夫そうなワークショップ参加者が「才能がない」って相談してきたので文章にしたりしました。
すごく良い文章で119%同意だけど、1%、「満たされなさ」に気づいたり発奮したりすることこそが"才能"ってやつかもな、っていう
コードの匂いに気づくようなセンスのある人は細部へのこだわりと、面倒なことを楽しんでやる素質を持つという話
概ね同意 しかし地頭という重大で覆せない才能はやっぱりあると思う
「コードを書き続けたいと思う」「問題を解決したいと思い続けられる」というのが才能では。才能はやっぱりあるよ。才能ない人でも続けられるだろうけど、おそらく苦痛を伴うんじゃないかな
ハード系のエンジニアだけど、概ね同意。そう技術力って何だよって最近言う通りの事なんだとやっと頭でわかりかけてきてもっも早くにそれが理解できてればなあ…という気持ち
勉強でも運動でもそうだけど才能はあるよ。ただ才能はあくまで「キャパ」であり、経験・努力・訓練で到達できる上限を表すと考えるべき。上限に達する前に辞める人が多く、また下限が高い人が天才と呼ばれるのよ。
才能って言葉が安易に使われている風潮はあるよねえ
常々思うのはお客から要件を聞き出してまとめるの文系的才覚と、計算機を扱うだけの数学的才覚があればITはいけるんじゃないかということ。
嫉妬100%でいうけど熱中できるものがあることが一番の才能なんだよなー。"「このアプリを作りたい」「この機能を実装したい」"こんなこと一度も思ったことないもん。
良い話
上澄みでないと居場所のない界隈と、散々叩かれてるけど凡人でも居場所作れてそれなりに稼げるSIer、どっちが人類の幸せに貢献してるのだろうか。下流SESは地獄でしかないので論外として。
時間は誰しもに公平な資源ではないし、持って生まれた脳の認知能力もピンキリ。
才能はあるよ。9割の人が「x=x+1」ですら理解できないで消えていく。才能なんて無いと言えるのは生存者バイアスなだけ
同じような悩みだけどレベルが違った件。プロゲーマーと単なる引きこもりゲーマーくらい違ってた。実力、発信力、コミュ力みたいな能力レーダーチャート全部違う
ありがたかった。
競技プログラミングとか見ると明確な壁を感じるなー
開発は基本チームプレイなんでコミュ力ないしは隣のコミュ障とうまくやるスキルは必要っすね〜技術力そのものについてはそこまで深く考える必要はねーかな。テックリード目指さないなら。
不老不死なら誰でも凄腕ソフトウェアエンジニアになれるって言うならまあそうなのかもしれないが、実際人間には等しく存在する制限時間内に成長しなければならず、それを成し遂げるのはやっぱ才能では?
申し訳ない。ものすごい熱量と説得力で才能とは何かを示された気分。こう言ってしまったら全ての明確に定義出来ない事柄は幻想に過ぎないと言えるのではないか。翻って、それを信じる事には価値があると考える。
良い/「複数の仮説を同時に追いかけて、どれも中途半端に確認していた」あるある
この種の話はブコメ込みで才能と適性が混同されているように感じる
「『コンピュータ』のように音引きを省略するのはJIS規格で決められていたから」なんて言う人は不向き。そんな人たちが「0から1を生む仕事をしている」と吹聴する。/ SEO記事か。段落ごとに突っ込みどころがある文章。
才能って言うか、人によっては数学の難しい計算や理論は得意なのに、ちょっと画面にエラー出た瞬間画面殴って投げ出すような人も居るので、性格的な向き不向きはかなりあると思うよ。
自分はコードの理想みたいなものがあって、常にそれに近づこうとしているけど、毎回うまくいかなくて次こそはで続けられてる感覚がある。理想が常に変わってるというのもある。
才能なかったらそこらへんのIT疎いおっちゃんを複数人チームに入れて期待の新卒と同じように育てればエース級の人が簡単に同じように再現性高くできるはず。そうじゃないっしょ?
投下された努力の量に対する成果の量の大きさのもとになる係数の大きさみたいなものが才能という気はします。増やせることもあるでしょうし、減らないものでもないでしょうし。