ブログを書いたりしましょうか?
技術力というのはアスリートにおける筋力のようなもので、重要だけど目的たり得ず、目的はチームで大会に勝つことなんだよな
“かつての私のような若いエンジニアを見かけたら、優しく、でもはっきりと伝えたいと思います。「君の気持ちはよく分かる。でも、もっといい方法があるよ。一緒にしたたかにやっていこうぜ」と。”
そういうしたたかさを会社も求めてるんじゃないかなと。『他者と働く』はいい本ですよね。
正義のエンジニアとは『究極のエンジンを求めて』の故兼坂弘氏みたいな人のことをいうのではないのか。世の中のガソリンエンジンのほとんどは高圧縮比エンジンの吸気バルブ遅閉じのミラーサイクルになった。
GitHubかどこかが「殆どのサービスはマイクロサービスなんて使う必要ない。モノリスで良いからwww」みたいなこと言ってたし、そう言える人の方がより技術ってのを理解してると思うんだよね
ブリリアントジャークから見ると世界はこう見えてるという視点としてもよいと思った。大半の無礼や失礼は同僚が指摘してくれるわけではなく、ただ距離を置かれるだけというのも重要ね。
「技術力のない政治屋」や「営業エンジニア」が「視野の狭いガキ」に変わっただけで本質的にはなにも成長していないように見えるな
うまくやっていこうぜ
配慮できるようになってしまうと、結局、誰がやっても同じで、なんならマネージャーのお手柄にして、SESでも派遣でもSIでも頼んで、最終的に調整コストを面倒がる丸投げクソ組織になれば良いのにって思ってしまう。
『表現のために技術は必要だが、技術のために表現があるのではない』というのは、自分が音楽サークルの先輩から聞かされた言葉だ。ジャンルは違えど、似たような話だと思う
正しい技術を使うのが正しい技術か?事業が成長するのが正しい技術か?どっちだろ
技術的に正しいという自己認知がブレないのが怖い。まるで客観的に見れば自分が正しいと言っているように聞こえる。その正しさは何によって担保されているのか。他者がどうのとかの前に、その自己認知が正直に怖い。
自社サWeb系企業で働いてるイキリフリーランスとかこういうのTwitterにいっぱいいるよね。モダンであること、最新であることが絶対正義みたいな奴ら。
正論で殴ると弊害が多いから言い方には凄く気をつけてるけど、コミュニケーションは得意ではないし、時間と神経すり減らしてる。もっとしたたかになりたいなあ。
分かり合えない存在だから仕方ないね
非エンジニア職で明らかに不正してる組織においてはどんだけ噛みついても構わんと思って噛みついとる今。組織的にちゃんとしてれば対話できるのが羨ましい/“技術者倫理”としての正しさとは違うので修正
エンジニアリングというのは目的・環境に合った技術・手段を選定して適用することなので、正しいとか正しくないとかいう表現は出てこないはずなんだが。。
登大遊みたいなバランスでエンジニアになりたいけど、皆なれるわけじゃないよね
自分だけが常に正しいというのは傲慢だが、かといって正しさの問題をどこまでも回避したらそれはただの卑屈になってしまう。実際大抵の人がそこのバランスを取っていると思うが、それでもこれは酷いという場合も
わかるしもともと自分は割と技術的な「正しさ」にはこだわらないんだけど、セキュリティ関連だけはそうではないと最近感じている
ま、そんなひともいますね。
「時代遅れ」、「今どき」、「恥ずかしい」とか技術者としても評価基準おかしいよ
とても分かるな。ある日、同じ側(技術信者)に居た仲間が組織の中枢に取り込まれ「お前も結局、体制に飲み込まれたのか」と葛藤する。取り込まれなかった者だけが、集団の間違いを糺せる。与えられた役割がある。
全然治ってないし、ほとんど反省してないのは伝わってきた。恥ずかしいという自覚ができただけマシか。
陰キャエンジニアがソフトウェア開発で才能を開花させ、人生で初めての自己効能感を得た結果、脳を焼かれてしまいイキリエンジニアになってしまうのはエンジニアの麻疹みたいなものである
面白かったです!最近読んだ「知っていてこだわらない、それがいいソフトウェアエンジニアの条件なんだと僕は思うんだ」という記事に共通する点があるように感じた。
マクロ視点になるけど、組織も経営者ももちろん技術者も間違える中どうベターな問題解決に持ってくかって視点でも放送大学「共生のための技術者倫理」勉強するのは悪くないと思う。https://youtu.be/uyJzd285HTQ?si=s-QK63ZTy8eb85Av
うわあああああああああ
会社の利益のためにエンドユーザーを大切にするのであるけれどもエンドユーザーを大切にすることが目的になっていて、手段と目的を取り違える同じ過ちをしていないかしらん?
SNSやブログで勤務先の技術的不満を流し続けてる人はさっさとモダンな技術を採用してる会社に転職すれば良いのに、そうしないところから察するものがある
気づけてよかったしえらいと思う。自分の半身を切り捨てるような辛い理解だったろうに。良い人との出会いは人を変えるね。逆に技術力と社会人力の両方で圧倒されないと話を聞けなかったんだろうなとも。
優秀ならどんな態度でもいいと思うよ
結局成人発達理論で言うところの道具的段階から抜け出せてない印象。せっかく気付きを得られてるのにもったいない
技術的に正しいなんて断言できることは基本ない。全てはトレードオフ。手法にこだわらずフェーズに合わせて変化できることが大事。
エンジニアの皆さんには「システム・エラー社会」という本をぜひ読んで欲しい。
もっと技術者倫理とか勉強すべきだと思うよ。先行していろいろ研究されている分野なんだから。
リーナスのことか/そう言う人もいた方がいい場面はあったけど、AIの躍進で完全に不要な存在になったかもしれない
Twitterではこういうマウンターがもてはやされてたな。この記事の話からはちょっとズレるけど、技術とビジネスどっちかだけってわけでもなく、バランスが大事よな。
正しい、は断言できないが、正しくない、は断言できるものが多数あるという非対称をまず最初に理解するべき。そして、正しくない路線をゴリ押しする上層部がいるところに悲劇は生まれる
他者に対する配慮が大事なのは言うまでもないが、それ以前に他のメンバーと技術力の差が出てしまっているのでは。優秀なCTOや上司がいれば、これらのいくつかの悩みはそもそも発生すらしていなそう。
新しいものを始める時はむしろそういう性質こそ必要。要は新しい領域に飛び込む勇気も無く既存の製造ラインに乗っかってる癖に真面目な事言い出すのが問題。ローリスクで生きたいヘタレは長いものに巻かれてろって話
制約条件を知らずの振る舞いならば無知なんだけど、制約条件を知ったことで丸い選択肢をとることが必ずしも正しいかというとそうでもない気がするので、制約条件を知った上で打破するために尖るのもありだと思う
職業倫理的に少なくとも顧客にはリスクを伝えるべき、みたいな線はあるけどねー
正義という単語から一般的に想起される観念からは乖離した話をしている
「今になってようやく分かった」と人が語り出す時って、まだまだ分かってない(だけど分かったと思い込みたい)状態だと個人的に思う。
技術的に正しいか/正しくないかをどうやって判断してるんだろうか?文脈のない正しさの追求ってエンジニアリングっぽくない
「技術力」とか「技術的に」とか何の説明にもなってないが、マジでそのまま言ってるのか、文章的に省いてるだけなのかで印象が変わる。ひとつ言えるのは、IMOとMUSTを切り分けてPros/Consで語らないと議論にならない。
"自分の欲望と組織の利益を一致させる技術を身につけるということ。これは詐欺ではなく、むしろ最高のプロフェッショナリズムです。"
そもそも本当に技術的に正しいのかどうか怪しいです。苦手な人間関係なんぞに無理に手を出す前にそこを見直した方がいいのではないかと思います
Web系では特にありがちな話だけど「技術的に正しい」がそもそも「そのほうが意識高い」とイコールになってる感はある。当然端からみてると本当に痛いというか幼稚なので、早く抜けるべきなのはかわらんが
「本質を守るために、形式では妥協する。これが私の新しい戦略でした」そういうとこやぞって話に出てきた上司からまた言われそう……
正義のエンジニアという幻想 - 媚びないことと無礼の境界線 - じゃあ、おうちで学べる
ブログを書いたりしましょうか?
技術力というのはアスリートにおける筋力のようなもので、重要だけど目的たり得ず、目的はチームで大会に勝つことなんだよな
“かつての私のような若いエンジニアを見かけたら、優しく、でもはっきりと伝えたいと思います。「君の気持ちはよく分かる。でも、もっといい方法があるよ。一緒にしたたかにやっていこうぜ」と。”
そういうしたたかさを会社も求めてるんじゃないかなと。『他者と働く』はいい本ですよね。
正義のエンジニアとは『究極のエンジンを求めて』の故兼坂弘氏みたいな人のことをいうのではないのか。世の中のガソリンエンジンのほとんどは高圧縮比エンジンの吸気バルブ遅閉じのミラーサイクルになった。
GitHubかどこかが「殆どのサービスはマイクロサービスなんて使う必要ない。モノリスで良いからwww」みたいなこと言ってたし、そう言える人の方がより技術ってのを理解してると思うんだよね
ブリリアントジャークから見ると世界はこう見えてるという視点としてもよいと思った。大半の無礼や失礼は同僚が指摘してくれるわけではなく、ただ距離を置かれるだけというのも重要ね。
「技術力のない政治屋」や「営業エンジニア」が「視野の狭いガキ」に変わっただけで本質的にはなにも成長していないように見えるな
うまくやっていこうぜ
配慮できるようになってしまうと、結局、誰がやっても同じで、なんならマネージャーのお手柄にして、SESでも派遣でもSIでも頼んで、最終的に調整コストを面倒がる丸投げクソ組織になれば良いのにって思ってしまう。
『表現のために技術は必要だが、技術のために表現があるのではない』というのは、自分が音楽サークルの先輩から聞かされた言葉だ。ジャンルは違えど、似たような話だと思う
正しい技術を使うのが正しい技術か?事業が成長するのが正しい技術か?どっちだろ
技術的に正しいという自己認知がブレないのが怖い。まるで客観的に見れば自分が正しいと言っているように聞こえる。その正しさは何によって担保されているのか。他者がどうのとかの前に、その自己認知が正直に怖い。
自社サWeb系企業で働いてるイキリフリーランスとかこういうのTwitterにいっぱいいるよね。モダンであること、最新であることが絶対正義みたいな奴ら。
正論で殴ると弊害が多いから言い方には凄く気をつけてるけど、コミュニケーションは得意ではないし、時間と神経すり減らしてる。もっとしたたかになりたいなあ。
分かり合えない存在だから仕方ないね
非エンジニア職で明らかに不正してる組織においてはどんだけ噛みついても構わんと思って噛みついとる今。組織的にちゃんとしてれば対話できるのが羨ましい/“技術者倫理”としての正しさとは違うので修正
エンジニアリングというのは目的・環境に合った技術・手段を選定して適用することなので、正しいとか正しくないとかいう表現は出てこないはずなんだが。。
登大遊みたいなバランスでエンジニアになりたいけど、皆なれるわけじゃないよね
自分だけが常に正しいというのは傲慢だが、かといって正しさの問題をどこまでも回避したらそれはただの卑屈になってしまう。実際大抵の人がそこのバランスを取っていると思うが、それでもこれは酷いという場合も
わかるしもともと自分は割と技術的な「正しさ」にはこだわらないんだけど、セキュリティ関連だけはそうではないと最近感じている
ま、そんなひともいますね。
「時代遅れ」、「今どき」、「恥ずかしい」とか技術者としても評価基準おかしいよ
とても分かるな。ある日、同じ側(技術信者)に居た仲間が組織の中枢に取り込まれ「お前も結局、体制に飲み込まれたのか」と葛藤する。取り込まれなかった者だけが、集団の間違いを糺せる。与えられた役割がある。
全然治ってないし、ほとんど反省してないのは伝わってきた。恥ずかしいという自覚ができただけマシか。
陰キャエンジニアがソフトウェア開発で才能を開花させ、人生で初めての自己効能感を得た結果、脳を焼かれてしまいイキリエンジニアになってしまうのはエンジニアの麻疹みたいなものである
面白かったです!最近読んだ「知っていてこだわらない、それがいいソフトウェアエンジニアの条件なんだと僕は思うんだ」という記事に共通する点があるように感じた。
マクロ視点になるけど、組織も経営者ももちろん技術者も間違える中どうベターな問題解決に持ってくかって視点でも放送大学「共生のための技術者倫理」勉強するのは悪くないと思う。https://youtu.be/uyJzd285HTQ?si=s-QK63ZTy8eb85Av
うわあああああああああ
会社の利益のためにエンドユーザーを大切にするのであるけれどもエンドユーザーを大切にすることが目的になっていて、手段と目的を取り違える同じ過ちをしていないかしらん?
SNSやブログで勤務先の技術的不満を流し続けてる人はさっさとモダンな技術を採用してる会社に転職すれば良いのに、そうしないところから察するものがある
気づけてよかったしえらいと思う。自分の半身を切り捨てるような辛い理解だったろうに。良い人との出会いは人を変えるね。逆に技術力と社会人力の両方で圧倒されないと話を聞けなかったんだろうなとも。
優秀ならどんな態度でもいいと思うよ
結局成人発達理論で言うところの道具的段階から抜け出せてない印象。せっかく気付きを得られてるのにもったいない
技術的に正しいなんて断言できることは基本ない。全てはトレードオフ。手法にこだわらずフェーズに合わせて変化できることが大事。
エンジニアの皆さんには「システム・エラー社会」という本をぜひ読んで欲しい。
もっと技術者倫理とか勉強すべきだと思うよ。先行していろいろ研究されている分野なんだから。
リーナスのことか/そう言う人もいた方がいい場面はあったけど、AIの躍進で完全に不要な存在になったかもしれない
Twitterではこういうマウンターがもてはやされてたな。この記事の話からはちょっとズレるけど、技術とビジネスどっちかだけってわけでもなく、バランスが大事よな。
正しい、は断言できないが、正しくない、は断言できるものが多数あるという非対称をまず最初に理解するべき。そして、正しくない路線をゴリ押しする上層部がいるところに悲劇は生まれる
他者に対する配慮が大事なのは言うまでもないが、それ以前に他のメンバーと技術力の差が出てしまっているのでは。優秀なCTOや上司がいれば、これらのいくつかの悩みはそもそも発生すらしていなそう。
新しいものを始める時はむしろそういう性質こそ必要。要は新しい領域に飛び込む勇気も無く既存の製造ラインに乗っかってる癖に真面目な事言い出すのが問題。ローリスクで生きたいヘタレは長いものに巻かれてろって話
制約条件を知らずの振る舞いならば無知なんだけど、制約条件を知ったことで丸い選択肢をとることが必ずしも正しいかというとそうでもない気がするので、制約条件を知った上で打破するために尖るのもありだと思う
職業倫理的に少なくとも顧客にはリスクを伝えるべき、みたいな線はあるけどねー
正義という単語から一般的に想起される観念からは乖離した話をしている
「今になってようやく分かった」と人が語り出す時って、まだまだ分かってない(だけど分かったと思い込みたい)状態だと個人的に思う。
技術的に正しいか/正しくないかをどうやって判断してるんだろうか?文脈のない正しさの追求ってエンジニアリングっぽくない
「技術力」とか「技術的に」とか何の説明にもなってないが、マジでそのまま言ってるのか、文章的に省いてるだけなのかで印象が変わる。ひとつ言えるのは、IMOとMUSTを切り分けてPros/Consで語らないと議論にならない。
"自分の欲望と組織の利益を一致させる技術を身につけるということ。これは詐欺ではなく、むしろ最高のプロフェッショナリズムです。"
そもそも本当に技術的に正しいのかどうか怪しいです。苦手な人間関係なんぞに無理に手を出す前にそこを見直した方がいいのではないかと思います
Web系では特にありがちな話だけど「技術的に正しい」がそもそも「そのほうが意識高い」とイコールになってる感はある。当然端からみてると本当に痛いというか幼稚なので、早く抜けるべきなのはかわらんが
「本質を守るために、形式では妥協する。これが私の新しい戦略でした」そういうとこやぞって話に出てきた上司からまた言われそう……