まったく気がつかなかった😅
不景気で困ります(´・ω・`)
歌詞で言えば結構米津玄師とかも近代小説とか自由律俳句とかオマージュしたの使ってるし、パクリじゃなくニヤリとさせられるオマージュ・引用もまたカルチャーの楽しみ方だと思う。
中途半端に唐の禄山あたりまで覚えた口だが、気づいてなかった。それくらい違和感がなかったのかも。干支(えと)と聞いて十二支のみを連想する人もいるのではないか。
琵琶法師が弾き語りライブしてた歌詞 年季の入ったグルーヴ
嘘松国語教師チョロすぎて草
バカだから女って胸を寄せていつもより目立とうって思うのかーってことばかり感心してた
歌詞って母国語でもたいして聞いてないよな
秦の趙高「3番があったら出られたはず」
「春の夜の夢のごとし」と「風の前の塵に同じ」か。言われてみればそのまんまだけど、ポップスとして完璧すぎて気付かんわ
2周したのは干支ではなくて十二支でしょ、という野暮なツッコミを入れておく。
歌詞に入れることや、それを聴いて気付いてにやりとするのは教養だけど、気付かなかったことに驚いてみせたり呆れてみせる奴はそれを無粋という。
宇多田ヒカルの転換期だったよな。前作までシックだったりミステリアスな雰囲気を漂わせてたのにいきなりアホの子みたいなファッションやり出して当時付き合ってた写真家の影響かなと下衆の勘繰りしてたな。
今さらかね??自分は日本語ネイティブではない宇多田ヒカルが日本語の歌詞を書くとこうなるのだなとしみじみしたよ。その直後に「travelling」と来るわけだし
「おごれる人も久しからず」までの暗唱だったら、その後のフレーズが出てこないな
逆になんだと思って聴いていたのか
「Wait & See」では、ニーバーの祈りが歌詞に出てくる。
Automaticには、嫌なことがあったヒモと優しさが辛かったヒモが出てきます
干支2周? / サカナクション「怪獣」に「夏侯惇」が出てきて「?」となった経験ならある。「未来から過去/順々に食べる」のとこ。
中学で暗唱させられがちだよね、祇園精舎のくだり。あれって必修??
源平討魔伝もtravelingも好きだったのに気が付かなかった。
名曲。 だからこそこんな古い歌も若い人が知ってるんだな。
一般教養だと思ってた・・・。
引用すれば良いってものじゃないし、浅くでも深くでも引用の効果に期待して良いものなわけですけど、でも宇多田さんはずっと(マネも引用も)、主体性がありつつ受けやすいバランス感覚に優れているみたい。
これを「本歌取り」と言います。
「義務教育の敗北」とか言ってる人の中に47都道府県を全て言える人がどれくらいいるか気になりますな
干支が2周は120年だもんな
その平家物語の一節に出てくる沙羅双樹から名前を取った「沙羅樹」っていうAV女優がいたけどみんな知ってる…?/ていうかあのメロディのあの歌詞で『如し』とか『同じ』とか出てきたら違和感半端ないから調べる
traveling は引用部以外も歌詞の韻の踏み方もあって日本の古典のグルーヴを感じる曲だと思う。10年以上前の曲だからある意味古典になっちゃってるけど
気づいていた方なので、今アハ体験してる人たちがちょっとうらやましい
凄腕ゴーストライター
traveling大好き。引用自体というより引用のセンスが本当に好きで「若さ故にすぐにチラリ 風の前の塵に同じ」という歌詞はすごい。言葉がキラキラと光っている
全然別のすげーどーてもいいことだけど、travelingとかビートゥギャザーみたいな、サビが事前録音のコーラスになってる歌。美味しいとこを食べずに終わる感じがしてすごく勿体なく感じてしまう
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙良双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 驕れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 猛きものもついにはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ」百字以内。
宇多田ヒカルのtravelingを聞いてたら、若い人が「1番にも2番にも平家物語が入っている」と言っていて、発売から干支2周してるのに今その事実に気付いた
まったく気がつかなかった😅
不景気で困ります(´・ω・`)
歌詞で言えば結構米津玄師とかも近代小説とか自由律俳句とかオマージュしたの使ってるし、パクリじゃなくニヤリとさせられるオマージュ・引用もまたカルチャーの楽しみ方だと思う。
中途半端に唐の禄山あたりまで覚えた口だが、気づいてなかった。それくらい違和感がなかったのかも。干支(えと)と聞いて十二支のみを連想する人もいるのではないか。
琵琶法師が弾き語りライブしてた歌詞 年季の入ったグルーヴ
嘘松国語教師チョロすぎて草
バカだから女って胸を寄せていつもより目立とうって思うのかーってことばかり感心してた
歌詞って母国語でもたいして聞いてないよな
秦の趙高「3番があったら出られたはず」
「春の夜の夢のごとし」と「風の前の塵に同じ」か。言われてみればそのまんまだけど、ポップスとして完璧すぎて気付かんわ
2周したのは干支ではなくて十二支でしょ、という野暮なツッコミを入れておく。
歌詞に入れることや、それを聴いて気付いてにやりとするのは教養だけど、気付かなかったことに驚いてみせたり呆れてみせる奴はそれを無粋という。
宇多田ヒカルの転換期だったよな。前作までシックだったりミステリアスな雰囲気を漂わせてたのにいきなりアホの子みたいなファッションやり出して当時付き合ってた写真家の影響かなと下衆の勘繰りしてたな。
今さらかね??自分は日本語ネイティブではない宇多田ヒカルが日本語の歌詞を書くとこうなるのだなとしみじみしたよ。その直後に「travelling」と来るわけだし
「おごれる人も久しからず」までの暗唱だったら、その後のフレーズが出てこないな
逆になんだと思って聴いていたのか
「Wait & See」では、ニーバーの祈りが歌詞に出てくる。
Automaticには、嫌なことがあったヒモと優しさが辛かったヒモが出てきます
干支2周? / サカナクション「怪獣」に「夏侯惇」が出てきて「?」となった経験ならある。「未来から過去/順々に食べる」のとこ。
中学で暗唱させられがちだよね、祇園精舎のくだり。あれって必修??
源平討魔伝もtravelingも好きだったのに気が付かなかった。
名曲。 だからこそこんな古い歌も若い人が知ってるんだな。
一般教養だと思ってた・・・。
引用すれば良いってものじゃないし、浅くでも深くでも引用の効果に期待して良いものなわけですけど、でも宇多田さんはずっと(マネも引用も)、主体性がありつつ受けやすいバランス感覚に優れているみたい。
これを「本歌取り」と言います。
「義務教育の敗北」とか言ってる人の中に47都道府県を全て言える人がどれくらいいるか気になりますな
干支が2周は120年だもんな
その平家物語の一節に出てくる沙羅双樹から名前を取った「沙羅樹」っていうAV女優がいたけどみんな知ってる…?/ていうかあのメロディのあの歌詞で『如し』とか『同じ』とか出てきたら違和感半端ないから調べる
traveling は引用部以外も歌詞の韻の踏み方もあって日本の古典のグルーヴを感じる曲だと思う。10年以上前の曲だからある意味古典になっちゃってるけど
気づいていた方なので、今アハ体験してる人たちがちょっとうらやましい
凄腕ゴーストライター
traveling大好き。引用自体というより引用のセンスが本当に好きで「若さ故にすぐにチラリ 風の前の塵に同じ」という歌詞はすごい。言葉がキラキラと光っている
全然別のすげーどーてもいいことだけど、travelingとかビートゥギャザーみたいな、サビが事前録音のコーラスになってる歌。美味しいとこを食べずに終わる感じがしてすごく勿体なく感じてしまう
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙良双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 驕れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 猛きものもついにはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ」百字以内。