メソッド演技はメンタルに来るから慎重な取り扱いになってるし、クリスチャンベイルですら、ああいう役作りは心臓に悪いからもうしないし他の人もしない方がいいって公言してるわな。
まずはペンチで歯を引っこ抜くところからやらないと。
メソッドはメソッドだからメソッドだと言われるわけだが、そもそも芝居の場合は再現性が必要になるからメソッド向きではない。舞台出身の俳優はだいたい批判的
乞食と絶食はこじつけ過ぎる。仲間と相談するんじゃなくて乞食に聴きに行くべきだった
その先輩の親はプロなのか?
役者魂と自傷行為は紙一重だからな。それを演技じゃないと一喝した先輩の親がまともすぎる
メソッド演技法とは違うスタイルのローレンス・オリヴィエなら言いそう。 「どうして演技をしてみようとしないんだね? 」 スタイルの違いなのでどちらが優れているというわけでは無い。
ローレンス・オリビエを言い直すならダスティン・ホフマンも直せよ
容姿のために痩せる必要とかはあるのでは。痩せる=絶食という手段は良くないけど。
絶食してパフォーマンスが落ちる事の方が演技に悪影響って事じゃない?プロなら匙加減を弁えている。
なんかド素人が偉そうな事言ってて、羞恥プレイかな。
君ら、答えが一様でないと気が済まんのか?
インプットは必要。それをどうするかという話でしかないのでは?
佐藤二郎の話は全然筋が違うと思うが
メソッド演技が正しいならば、ゲイの役をやる俳優は全員、オカマ掘ったり掘られたりしないとならんし、風俗嬢役ならソープに体入しないとならんってことになる
でもなんの人生経験も交友関係もない人間が多様なことを演じられるかというと無理だと思うので愚行でもいろんなことを考え体験して表出すべきだと思う
まあ合法の範囲で自分の責任で経験をできることはした方がいいんではないか
鈴木亮平は「天皇の料理番」でガリガリの結核患者を演じ、ほぼ同時期に「俺物語」の為にかなり太ってたなあ。まあ演技じゃなくてビジュアルの為だが
とはいえ、その感覚を知る。という意味では近いことをやるのはいいのでは?とガラスの仮面読者は思ったりする
プロなら満腹でも乞食の役ができるだろうけど、実際の人物をまともに見た記憶さえない高校生だったら空腹にしておくのは手段のひとつとして分かる。
正論。役者なら役を演じろ。実体験を通して経験値が上がることはあるだろうけどそれがすべてではないだろう。役作りの手法としては下だと思う
役を演じるには自分の心を〇す必要があるし、そうでなければ非人間的な役作りをする業界という事なのだろうかね。役者は心に負担が掛かる職業だよな
高橋留美子の「体験しないと描けない人は才能がない」とかいう火の玉ストレートを思い出した
月影先生方式はダメなのか。
日本の俗流スタニスラフスキー・システムの元は大抵「ガラスの仮面」と言われている
クリスチャン・ベールは"ゲイリー・オールドマン+辻 一弘"の『ウィンストン・チャーチル』で考えが変わった。 https://www.reddit.com/r/movies/comments/a3oa4n/christian_bale_says_hes_almost_done_with_physical/?tl=ja
どこが正論だよ!役の研究のために死なない程度にやってみるは重要だよ。もちろん過去の映像や本からの研究も並行してなんぼだけど、「絶食したら食えなくなる感覚」は文献では得られない最高の知見だよ。
こじつけですな
要潤が映画のラストで哀しきモンスターと化した敵に向かって「もういい…もういいだろ!」と言いながらトドメの銃弾を放つシーン、6回リテイクしてると知ってそりゃ本気の台詞になるわと思った。
なんかもうそういう話じゃねーんだよに飛びすぎ。文春はもし被害者を考えてたのならこうなることは分かってたわけで、数稼げればそれでよかったんやろ。滅べや。
殺人犯役は殺人を実際にやらないだろはなるほどだけど殺人犯なんて如何にも普通の人が犯人だったりするから現実味がない。推しの子やガラカメよろしく殺人犯をプロファイリングすれば割と誰でも殺人犯風になれるよ。
役作りしてる自分に酔ってそう
最近メソッド演技の功罪はよく議論されてますけど…
演劇界も特殊な世界だが、さらに輪をかけて「高校演劇界」はすごく特殊らしいね。野球とかサッカーもそうだから、まぁそういうもん何かもだが、なんつーか蛸壺的な。
演技は演技なので、どういう方法でも、見る側が満足するかどうかの話。
まぁ三日の絶食ぐらいなら簡単にできるからやると思う(笑) 気が付くと二三日食ってなかったことは大学時代良くあった。/そこから先は資料を調べろ。たぶん、どこまで行っても「最初は食えない」が正解だ。
単純にまだ成長段階にある未成年に断食などさせたくなかったのではと思う。大人がやったら誰も文句は言わないだろう。
なんなら、本物はそんなことしないけどむしろ本物に見える演出ってのもあるしね。
FMJの鬼軍曹は役者じゃなくて本職だからな。演技指導として現場に行ったらその場で抜擢されたガチの本職。
一昔前はリアリティを追求するため極端な肉体改造をする俳優もいた。「レイジング・ブル」のデ・ニーロ、「キャストアウェイ」のトム・ハンクス、「楢山節考」で老婆を演じるため歯を抜いた坂本スミ子。鈴木亮平も。
"寝ないで憔悴した役のために三日三晩寝ないで役作りしたダスティ・ホフマンに、ローレンス・オリビエが「(我が友よ)どうして演技をしてみようとしないんだね? その方がずっと楽なのに」って言った"
メソッド演技は一つの強力な手法で、メソッド演技が合うタイプの俳優と競合していく必要はある。ボクサーの減量と同じで、リスクを取って勝ちに行くのは否定されるものじゃない。
魔法を使ったことのある人なんて、多分存在しないだろうしな
はーだから私は日本のdrama界隈は大嫌いなんだわと再認識…もう現実じゃやくてAI役者でいいや😂生身のタレントたちは富の不平等可視化と緋聞だけ提供してくれれば😂
とりあえず、観察力は必要。
愚者は経験に学ぶとかなんとか。
それも含めて色々試行錯誤するのが「高校演劇」なんよ(元演劇部→小劇団のおっさんより)
「役者魂」的なものは否定しないし、時としてそれが演じる上での強みにもなるけど、それは自らに課すものであって、他人に押し付けるものではないよ。ましてや相手の役者人生を否定するなんてね。
ちょっと違うが。カウンセリングの勉強してた時「カウンセラーは借金とか離婚とか不幸なことでもとにかく何でも経験しろ。未経験のことに人は共感できない。共感が仕事のカウンセラーは経験が大事」と言われたな。
一方で高倉健さんとかは『幸福の黄色いハンカチ』で2日間絶食の上で撮影に臨んだというエピソードがあったりするけどね(俳優と役者はまた違うのかもしれんが)
チャンベーとかは見せるための体を作ってるんであって、演技のために経験するって話ではないでしょ
ポリコレな米国で、アニメの黒人役は黒人声優にやらせるべきだなんて主張を思い出した。
手段なんか何でもいいと思うけど、顧問仕事しろ。ミッドサマーのフローレンスピューのインタビュー読んでほしい。
ジジババはみんな頭でっかちになって、こんなことできなくなるんだからやってもええやろ。怒るのも自由だけど。あと高橋留美子は先天的な天才というだけで凡人は百尺竿頭を一歩進まなきゃいけないときもあるんだよ
経験しなくても演じられるのがプロだとは思う。ただ体型とか物理的な面にはストイックになる必要があると思うしこの二つは別な話。それらとはべつに今回の佐藤二朗の話に結びつけようとしてるのが意味不明なんだが。
偉そうに講釈垂れてる人たちってハリウッドスターなのかな?
この間竹中半兵衛役の菅田将暉が役のためにすごく痩せてたのを観た。最近ああいうのちょくちょく見かけるし、役のために太ったり痩せたりする根性というのかすごいと思うけど、個人的にはそこまで求めてないんよな
経験しないでできる演技はステレオタイプな演技ですよ。それでももちろん伝わります。でもステレオタイプなので、当事者からしたら「なんだこりゃ」になる。素人を騙せればいいと妥協できるかどうかの話ですね。
未成年の親だったら危険だからやめろと言うだろう、演劇がどうとか関係なく
「そんな顔を触ったりする夫婦関係のようなタイトルのドラマだったっけ?」とは思った。
高校生にいきなりプロ並みを要求するのも酷ではと思うけど、今の役者さんはみんな卵の頃から演じられてたんだろうか
娼婦の役だったらどうするつもりだったの?とかね/体験はしなくていいけど体験した人の体験記は勉強になるからたくさん読むべきよ。乞食というか飢えと渇きに苦しんだ人の体験記なんか日本は山のようにあり
演じるのはそうだと思うけど、共演者含めて制約を課すことの妥当性がどれくらいあるか、はバランスの問題でしかなくてそれがやたらと強いのであれば複数人が参加する演技に出るのは難しいと思う
武侠小説の丐幇は太っている印象。
「顎に手を触れずに夫婦関係演じられないのはレベルが低い」みたいなのみたけど、演技中にセリフと禁則事項思い浮かべながらやるのもきつくね?とは思った
北島マヤさんと月影先生が全否定されとるやないか。
リアリティじゃなくて観客が求めているものを演じるのが役者でしょ。絶食も間違いだけどかと言って後の方で日本の俳優を腐したいだけのために息巻いている人も持論に酔いすぎていて近寄りがたい。
実に下らない。
必要なのは”説得力”であり本物に近づくことではない。演劇は本当だと思わせる幻想を与えること
ガラスの仮面が良くも悪くも日本の演劇界(観客を含む)に影響を与え過ぎな気がしてきた
親として怒るのは正しいけど、アプローチは間違ってないでしょう。あの手この手で役を掴もうとしてるのだから好感を持てる。しかし飯は食おう。
エアプ乞食「コ~ジコジコジ、お金や食べ物が欲しいコジね~~~」
関係ないが、Steve Vaiは"For the Love of God" の収録を10日間の断食(ファスティング)の4日目に行っていた。
流石にやり過ぎではないですか。
絶食という苦行を押し付けて支配しようとしただけでしょそんなの
高倉健批判かな?
経験できることはやっておいて損はないと思うけど
人殺しの役をやるのに人を殺したことはなくても、親しい人の死を膨らませる役者はいるだろう。近しい経験もせずに想像力とやらで乗り切ろうとするなら三流だろ。
こんなプロフィールの奴が言う事を、良く信じるわ/プロの世界をお遊びの演劇と一緒にしてどうする?現場に出てきた大工が「俺トラウマあって高所作業無理なんで」とか言い出したら、「やめちまえ」以外の返答はない
程度問題でしょ。ちょっとやってみりゃできることはやりゃいいし犯罪とかデメリットがデカいのはやめてってだけ。
( 親御さんは健康を心配されたのじゃないか? 成長期のワカモノが公演のたびに「メソッド演技法の実践❗実体験せねば」いいだしたら保護者は身が持たない )
自分も学生時代にバンドやってた時は結構ストイックにしてたな。才能なくてプロには全然届かなかったけど。若い頃にとことんやって小さな達成感を得たり挫折をしたりすることは良いと思うけどな
なお数字を持っていれば妻役の演技をしなくても良いものとする。
ガラスの仮面では演技のための体験はあっても、舞台の上でやってるのは演技。感覚の再現
高校演劇の経験者が乞食の役をするために3日間絶食したり先輩と「何日絶食すべきか」を話したりしてた…先輩の親に「しなきゃ演じられないなら役者を辞めろ」と怒られた話
メソッド演技はメンタルに来るから慎重な取り扱いになってるし、クリスチャンベイルですら、ああいう役作りは心臓に悪いからもうしないし他の人もしない方がいいって公言してるわな。
まずはペンチで歯を引っこ抜くところからやらないと。
メソッドはメソッドだからメソッドだと言われるわけだが、そもそも芝居の場合は再現性が必要になるからメソッド向きではない。舞台出身の俳優はだいたい批判的
乞食と絶食はこじつけ過ぎる。仲間と相談するんじゃなくて乞食に聴きに行くべきだった
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役者魂と自傷行為は紙一重だからな。それを演技じゃないと一喝した先輩の親がまともすぎる
メソッド演技法とは違うスタイルのローレンス・オリヴィエなら言いそう。 「どうして演技をしてみようとしないんだね? 」 スタイルの違いなのでどちらが優れているというわけでは無い。
ローレンス・オリビエを言い直すならダスティン・ホフマンも直せよ
容姿のために痩せる必要とかはあるのでは。痩せる=絶食という手段は良くないけど。
絶食してパフォーマンスが落ちる事の方が演技に悪影響って事じゃない?プロなら匙加減を弁えている。
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メソッド演技が正しいならば、ゲイの役をやる俳優は全員、オカマ掘ったり掘られたりしないとならんし、風俗嬢役ならソープに体入しないとならんってことになる
でもなんの人生経験も交友関係もない人間が多様なことを演じられるかというと無理だと思うので愚行でもいろんなことを考え体験して表出すべきだと思う
まあ合法の範囲で自分の責任で経験をできることはした方がいいんではないか
鈴木亮平は「天皇の料理番」でガリガリの結核患者を演じ、ほぼ同時期に「俺物語」の為にかなり太ってたなあ。まあ演技じゃなくてビジュアルの為だが
とはいえ、その感覚を知る。という意味では近いことをやるのはいいのでは?とガラスの仮面読者は思ったりする
プロなら満腹でも乞食の役ができるだろうけど、実際の人物をまともに見た記憶さえない高校生だったら空腹にしておくのは手段のひとつとして分かる。
正論。役者なら役を演じろ。実体験を通して経験値が上がることはあるだろうけどそれがすべてではないだろう。役作りの手法としては下だと思う
役を演じるには自分の心を〇す必要があるし、そうでなければ非人間的な役作りをする業界という事なのだろうかね。役者は心に負担が掛かる職業だよな
高橋留美子の「体験しないと描けない人は才能がない」とかいう火の玉ストレートを思い出した
月影先生方式はダメなのか。
日本の俗流スタニスラフスキー・システムの元は大抵「ガラスの仮面」と言われている
クリスチャン・ベールは"ゲイリー・オールドマン+辻 一弘"の『ウィンストン・チャーチル』で考えが変わった。 https://www.reddit.com/r/movies/comments/a3oa4n/christian_bale_says_hes_almost_done_with_physical/?tl=ja
どこが正論だよ!役の研究のために死なない程度にやってみるは重要だよ。もちろん過去の映像や本からの研究も並行してなんぼだけど、「絶食したら食えなくなる感覚」は文献では得られない最高の知見だよ。
こじつけですな
要潤が映画のラストで哀しきモンスターと化した敵に向かって「もういい…もういいだろ!」と言いながらトドメの銃弾を放つシーン、6回リテイクしてると知ってそりゃ本気の台詞になるわと思った。
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殺人犯役は殺人を実際にやらないだろはなるほどだけど殺人犯なんて如何にも普通の人が犯人だったりするから現実味がない。推しの子やガラカメよろしく殺人犯をプロファイリングすれば割と誰でも殺人犯風になれるよ。
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最近メソッド演技の功罪はよく議論されてますけど…
演劇界も特殊な世界だが、さらに輪をかけて「高校演劇界」はすごく特殊らしいね。野球とかサッカーもそうだから、まぁそういうもん何かもだが、なんつーか蛸壺的な。
演技は演技なので、どういう方法でも、見る側が満足するかどうかの話。
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なんなら、本物はそんなことしないけどむしろ本物に見える演出ってのもあるしね。
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一昔前はリアリティを追求するため極端な肉体改造をする俳優もいた。「レイジング・ブル」のデ・ニーロ、「キャストアウェイ」のトム・ハンクス、「楢山節考」で老婆を演じるため歯を抜いた坂本スミ子。鈴木亮平も。
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メソッド演技は一つの強力な手法で、メソッド演技が合うタイプの俳優と競合していく必要はある。ボクサーの減量と同じで、リスクを取って勝ちに行くのは否定されるものじゃない。
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とりあえず、観察力は必要。
愚者は経験に学ぶとかなんとか。
それも含めて色々試行錯誤するのが「高校演劇」なんよ(元演劇部→小劇団のおっさんより)
「役者魂」的なものは否定しないし、時としてそれが演じる上での強みにもなるけど、それは自らに課すものであって、他人に押し付けるものではないよ。ましてや相手の役者人生を否定するなんてね。
ちょっと違うが。カウンセリングの勉強してた時「カウンセラーは借金とか離婚とか不幸なことでもとにかく何でも経験しろ。未経験のことに人は共感できない。共感が仕事のカウンセラーは経験が大事」と言われたな。
一方で高倉健さんとかは『幸福の黄色いハンカチ』で2日間絶食の上で撮影に臨んだというエピソードがあったりするけどね(俳優と役者はまた違うのかもしれんが)
チャンベーとかは見せるための体を作ってるんであって、演技のために経験するって話ではないでしょ
ポリコレな米国で、アニメの黒人役は黒人声優にやらせるべきだなんて主張を思い出した。
手段なんか何でもいいと思うけど、顧問仕事しろ。ミッドサマーのフローレンスピューのインタビュー読んでほしい。
ジジババはみんな頭でっかちになって、こんなことできなくなるんだからやってもええやろ。怒るのも自由だけど。あと高橋留美子は先天的な天才というだけで凡人は百尺竿頭を一歩進まなきゃいけないときもあるんだよ
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この間竹中半兵衛役の菅田将暉が役のためにすごく痩せてたのを観た。最近ああいうのちょくちょく見かけるし、役のために太ったり痩せたりする根性というのかすごいと思うけど、個人的にはそこまで求めてないんよな
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未成年の親だったら危険だからやめろと言うだろう、演劇がどうとか関係なく
「そんな顔を触ったりする夫婦関係のようなタイトルのドラマだったっけ?」とは思った。
高校生にいきなりプロ並みを要求するのも酷ではと思うけど、今の役者さんはみんな卵の頃から演じられてたんだろうか
娼婦の役だったらどうするつもりだったの?とかね/体験はしなくていいけど体験した人の体験記は勉強になるからたくさん読むべきよ。乞食というか飢えと渇きに苦しんだ人の体験記なんか日本は山のようにあり
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北島マヤさんと月影先生が全否定されとるやないか。
リアリティじゃなくて観客が求めているものを演じるのが役者でしょ。絶食も間違いだけどかと言って後の方で日本の俳優を腐したいだけのために息巻いている人も持論に酔いすぎていて近寄りがたい。
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必要なのは”説得力”であり本物に近づくことではない。演劇は本当だと思わせる幻想を与えること
ガラスの仮面が良くも悪くも日本の演劇界(観客を含む)に影響を与え過ぎな気がしてきた
親として怒るのは正しいけど、アプローチは間違ってないでしょう。あの手この手で役を掴もうとしてるのだから好感を持てる。しかし飯は食おう。
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関係ないが、Steve Vaiは"For the Love of God" の収録を10日間の断食(ファスティング)の4日目に行っていた。
流石にやり過ぎではないですか。
絶食という苦行を押し付けて支配しようとしただけでしょそんなの
高倉健批判かな?
経験できることはやっておいて損はないと思うけど
人殺しの役をやるのに人を殺したことはなくても、親しい人の死を膨らませる役者はいるだろう。近しい経験もせずに想像力とやらで乗り切ろうとするなら三流だろ。
こんなプロフィールの奴が言う事を、良く信じるわ/プロの世界をお遊びの演劇と一緒にしてどうする?現場に出てきた大工が「俺トラウマあって高所作業無理なんで」とか言い出したら、「やめちまえ」以外の返答はない
程度問題でしょ。ちょっとやってみりゃできることはやりゃいいし犯罪とかデメリットがデカいのはやめてってだけ。
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なお数字を持っていれば妻役の演技をしなくても良いものとする。
ガラスの仮面では演技のための体験はあっても、舞台の上でやってるのは演技。感覚の再現