上野発の夜行列車上野で降りました。的な
まだ旅の途中で北海道に青函航路で渡る北へ帰る人たちのことだぞ 伊集院静がこの理解力じゃなくて良かった あずさ2号は終わりまで新宿のままかな
勝手にシンドバット。渋谷で酒のんで酒気帯び運転で茅ヶ崎に帰る歌だけど、烏帽子岩によじ登って騒ぐ歌のように感じるバグ、あるよね(´・ω・`)
阿久悠さん時代の歌謡曲の詞の意味なんて考えたら負けだと思っている。
嗚呼玉杯に花うけて的な主語の前段が長くて一瞬見失うパターンかな
確か、東北新幹線が開業する前の歌だよね?当時の人々は東北と東京を結ぶ場所として、上野のイメージがあったから「上野発」で北国なんじゃない?
東北新幹線開業してもしばらくは盛岡・上野間の営業だったんだよ最初は大宮・盛岡 3年後に上野・盛岡 東京・盛岡まで9年かかってる
夜行列車、と、降りた時から、の間が数小節空くような譜割りならギリギリ理解できるかもだが、すぐ続いてるのにそんな事無いでしょ。ネタとして言ったのでなければ伊集院氏の言語理解が変わってる。
青森から青函連絡船で函館に向かうところが肝なので、上野を引きずるのは普通におかしい。伊集院は還暦前後だと思うが、東京青森間の列車移動は、船に乗り込むまでに前段階でしかないことがわからんか。
最初の文節「上野発の夜行列車降りたときから」で行き先が語られてないから、ここまで意識が上野にあるのよね。どうでもいいけど『五番街のマリーへ』ってラブソングだったのか。勝手に親子の話かだと思い込んでた。
伊集院が言った、というかリスナーからのネタに対する補足コメントとして「歌詞にピンと来ない人はこんな感じに捉えるんだろうね」と話してたと記憶してる 今や「夜行列車」も「青函連絡船」も説明が必要
言われてみれば確かに。阿久悠の歌詞の「エモさ優先で時空歪める」手法はガチ
今のボカロ曲の歌詞は支離滅裂どころじゃないのがあるが
タイトルが津軽海峡だもの。これから津軽海峡を渡って北海道に向かう。それが「北へ帰る」「私は(北海道へ)帰ります」。津軽海峡を越えにいろいろを象徴する詞なんだから,むしろ伊集院の物言いが分からん。
上野が東北の玄関口と呼ばれていた事は近代史として知っていた方が良いと思いますよ。上野からはるばる青森まで旅をしてきて電車を降りたところというのはすぐにわかりそうな物だがなあ。伊集院らしくもない。
行ったことない青森よりすぐ行ける上野の方が脳内に場面を思い描きやすいからかな
昭和の情緒を「エモい」などという現代語に無理やり変換しないでほしい。
「北へ帰る人の群れは誰も無口で」という歌詞が、夜行列車に乗って帰郷する人々を想像させるからだと思う。
浜松町発のモノレールおりた時から 羽田空港は雨の中 ← これだとどうだろう
「上野発の夜行列車おりた時から」の一節で上野→青森の移動が完了していて気持ちがついていかない。上野始点であるという思い込みを捨てればこうはならないのだが…という話
「上野発の夜行列車」でフワーッとなって上野駅の想像の風呂敷を勝手に広げてしまったリスナーは、夜行の座席で弁当と酒を広げたのに、1秒後に「降りた時から青森駅は」と700km先に飛ばされてもついていけないわな。
私は「あずさ2号」のことを曲調から夜8時の電車だと思ってたので、ほとんど朝一の電車だと知ったときはびっくりした。「2号なんだから午前だろ」って言われたけど番号が小さいものからついてるとか知らないし。
"1977年1月1日発売" https://www.uta-net.com/user/column/102.html 元旦!? "1982年6月23日、東北新幹線が開業" https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0040345 / 収録ポスト "というリスナーの投稿を読んだんだったと思います。"
伊集院は当然分かった上で言ってるべ。分かっていても上野の語感が強いって話で。分からんのか?みたいなブコメが複数あるのが分からん。
文字列を聴覚的に処理するか視覚的に処理するかみたいな話では
上野駅のキャラクターが強すぎるよな。青森の話が始まっても、まだ上野駅の存在感残るし。青函トンネルだと同じ景色で比較的短く津軽海峡抜けるから、青函連絡船みたくじわじわ北海道が見えてくる風情はない
あの人は上野駅に歩いて行ける距離で生まれ育った
この歌詞、歌唱者本人視点は明らかに青森駅に着いて青函連絡船で津軽海峡を渡ろうとしているんだけど、本人以外の「北」の意味合いが二重三重にあるんだと思う
自分が乗ってた列車を表しているだけだと思うけど。こういうのちょっと見方を変えて納得できれば錯視がちゃんと見えるみたいな時がある。
詞/詩は何度も味わうものだしわからなくていい
東京発の北海道新幹線新函館北斗降りたときから~♪ではエモくないか。まして成田からLLC新千歳降りたとかは余計無理か。私は帰ります言われても、いつ帰省から戻られるんですか?土産白い恋人よろしく、みたいになる
たしかに「さよならあなた。私は帰ります」は途中よりも東京を発つときに抱くほうが自然な感情描写な気もするけど,連絡船に乗って外を眺めた時にまたしみじみと沸き上がって来たのかもしれない。
確かに"青森着の夜行列車"と歌い出した方が自然ではあるような気はする。語呂は悪いけど
そもそも上野駅が東京とは限らない可能性はなぜ排除されるのか
心の中心が上野よりも津軽海峡側にある人にとっては「上野発の夜行列車」=「故郷に帰る列車」だからね
取っ掛かりの人、千葉県出身で院から北海道大学大学院行ってたみたいだけど1981年生だから、上野が北国への起点で津軽海峡超えのしんどさなんかとか知らんか。
どちらかと言うと西尾久出身の伊集院が「上野」から受ける感覚が普通と違うんじゃないかな。
「気持ちがまだ上野駅(=東京、恋人)にある」という歌なのだから当然と言うか。バグじゃなくて聴き手がそうなるように作られた歌なんだと思うけど。
書き出しの「伊集院光」の残像が残ってその後のツイ主の感想まで伊集院のものだと誤解してる人達が「上野駅のイメージが残るなんてありえない」的なことを言ってて面白い。
上野からはるばる来たぜ青森へ〜、て情景。
なんでもエモくすればいいってもんじゃないと何田斗司夫が言っていたとかいないとか
夜行列車も連絡船もなくなってしまったので,青森の「列車を降りて船に向かう人の群れ」が忘れ去られてしまったんだよなあ。当時は当たり前の光景だったんだが。
伊集院光とかいう方の想像力が貧困なだけ
上野発の汽車がトンネルを抜けると雪国だった。/旅情の感じ方が道民っぽくない気はしてる。南の果てである津軽海峡で北の果て感出されても…みたいな。/雪国は高崎発かもしれねぇ(←上越線)
で、この「津軽海峡・冬景色」の歌謡碑が青森駅八甲田丸前と竜飛岬の2か所にあり、それぞれ石川さゆりの歌唱が爆音で流れるらしい。一度見たい聴きたいと思うのだが一日で回るのは結構大変そう。
いろいろ分析があっていいよね。上野駅は富山からも夜行列車が発着するし最初に降りる駅だから物心ついたときに田端駅が最寄りだった伊集院光氏とちょっと思い入れがちがうかなと。おれも上野にはなんかいろいろ去来
東北以北に住んでるので全然違和感ないけど。
「上野発の夜行列車」までしか聴いていないからでは(^^;ここから始まって、サビで津軽海峡に到着するイメージなんだよきっと(ちがう)
ある年代以降は北海道は羽田発の飛行機でバビューンと行くものだからさ。
「要するに詩においては時制とかは、時に大胆に無視すべきものなのだろうなと思う」短歌の名作にも時世を超えた作品がある。プロだから書ける、一般人は無理
セプテンバーは9月にかかりがちだけど実際は12月に9月の思い出話をしている奴?(違う)
むしろ「伊集院光がラジオで」とあるだけで何か有意義な話題なのかなと感じてしまうバグを修正したい。「上野発」なのに気持ちが上野駅に置いていかれるのは鉄道に乗り慣れてない人なんかなーという感想しかない
映像にする場合「夜行列車降りたときから(切符を見ると上野発)」だろう。上野駅のシーンはない。
ふいにSeptemberが頭に浮かんだ今は5月
個人的には現代に置き換えるなら新宿発夜行バス。体感的に東京からの距離を強く感じる、目覚めたら東京とはまったく違う景色が広がってる…とか。上野の文字に引っ張られる人は東京生まれ東京育ちなんだろ。
歌詞ってよく考えると深いよね。https://mariostang.hatenablog.com/entry/2020/06/14/211337 https://mariostang.hatenablog.com/entry/2024/04/03/223001
タイトル読めよとしか
これは分かるわ。頭の中に浮かんだ情景は上野駅で止まってる。青森行った事ないから下りた後の光景が想像できず上手くシーンが切り替わらんのよね
東京からはるばる来た、の説明だからしょうがないよ。
東京ネイティブの人にわかりづらいところがまた良さを増すんだろうね。下から上、上から下っていう目線の違いもあるだろうし、それがまた意味を補強する。
青森着の夜行列車降りた時から~
”「青森駅に着かないと語れないこと」が混在していて、これはもう作詞者(阿久悠)が意図的に、時制などどうでもいいからエモいものは取りこぼさず入れる! とやった結果なのかも。 ”歌は流れるからしゃあない。
これ、俳句と捉えると納得できる。「上野発の夜行列車」でホームから電車に乗り、トランクを収めるまで想像させちゃうんだよね。と思ったら急に電車から叩き降ろされ、青森の雪の中を転げるハメになるっていう…笑
阿久悠は昔歌のトレーニングと称し、レオタード時代の浅野ゆう子を仰向けに寝かせ、股がって、彼女の腹部に自分の股間を打ち付け、はっはっと「腹式呼吸」練習させてるのをテレビで見た。子供心に練習ではない、と。
多感な時期を上野周辺で過ごした人なら出だしの「上野」に引きづられる事もあるかも。でもこの詞の支点は北国、力点は人々を無口にして東京から遠ざける力で、上野は作用点の動き出す端っこの一点に過ぎないと思う。
俺もそうだ。「北へ帰る人の群れは誰も無口で」に都会の冷たさみたいなのを感じて勝手に上野駅のつもりでいた
確かによく考えてなかったけどイメージ的には上野駅からの絵が浮かんでいた
「降りた時から」までそこまで歌詞にタイムラグないから上野からの夜行列車が到着したんだなというイメージしかなかったけどな
空脳の投稿を補足しただけなのに伊集院光の意見みたいに扱ってるブコメはなんなんだよ。ファクトとオピニオンを分けろや。
どこ生まれかにもよるのかもね。東京生まれは上野は北へ出発するための駅だけど、北生まれは上野は帰るための駅って視点の違いもあると思う。
巣鴨を歩いていたら、大分姉妹という二人組の歌手が路上ライブをやっていて曲名「信濃路の秋」でカオスだった。それに比べたら随分マシ。
曲のタイトルでメインステージは津軽海峡ってわかるだろ。最初のトコはアバンタイトル。そもそも「上野発」って時点で上野は通過地点の一つだと明白だ。成田発ホノルル行きって言われて気持ちが成田空港に向かうか?
それこそ伊集院が前言ってた、ラジオで語ったことをテキストに起こされると意味合いが変わって伝わる、の典型なんだろなといろんなコメントを読んでおもった。
「上野発の」に集団就職のニュアンスや、関東圏に住む人にも自分事にさせる効果があり、「青森駅は雪の中」で川端康成のトンネルを抜けるとそこは雪国ニュアンスもある。俳句的な情景の圧縮伝達効果の達人。
「上野からの夜行列車」だと旅情が感じられず詩的ではないし説明的すぎると今なら夏井いつき先生が叱り飛ばすかも(そもそも俳句じゃないけどw
タイトルだけ読んでブコメする人がいるのと似たような諸々/オレは弘前出身なので、冒頭を聴いた途端に脳内で奥羽線の急行津軽に乗り込んで弘前で下車してしまい青森まで行かないので一瞬だけ混乱する。
いまやイントロも省略あるいは短くしないと次の曲に飛ばされてしまうって
全然そんなことない
伊集院さんは連絡船が想像つかない世代では無いので、投稿者の受け止め方を想像して膨らませた話なのでは。/函館生まれの青函トンネル世代には、1度降りて乗換る連絡船の歴史を知る歌だった。
東京どころか青森の人にとっても青森駅はゴールラインだけれども、北海道の人にとってはスタートラインであり、あの曲が「東北本線・冬景色」ではなく「津軽海峡・冬景色」であることを再確認させられるって話だね。
「上野→青森」の行先表示器が掲げられた青い客車を背に、雪降るホームから連絡船に乗り換えるシーンを通じて、多くの共感を呼ぶ名演歌やな
切り抜きの上に記憶だから、言ったこととはちがうだろうが、伊集院はアメ横でバイトしてて上野の解像度が超高いので、そのレベルで上野を思い浮かべた瞬間に、解像度低い青森の話されたら、つんのめるだろうなとは思
阿久悠の特撮ソングといえばマッハバロンも
スターリングラードの話ではなかった
北に帰ることのイメージが違うってことなのかな…?
久保田早紀の異邦人も、空に向かって両手広げてる子供たちはインドやスペイン人ではなく、阿佐ヶ谷あたりの人という話を聞いて「おお」ってなった記憶がある。https://x.gd/h7eSH
青森駅は雪の中、って言った時点でもう青森駅なのよね。直後の北へ向かう人の群れは、青森駅から青函連絡船の港方面に向かう人だと思ってたけど
アース・ウインド・アンド・ファイアの『セプテンバー』は12月の歌(12月に9月のことを思い出してる)。9月に聴くのは気持ちが先走ってる
つかかつて上野(駅)は東北と結びついたワードだったのよ。「上野発の夜行列車」はもうそれだけで東北なの。啄木の「停車場」も上野駅だ。東北北海道から上野駅に着いた経験を持つ人の記憶に訴えてるのよ。
北国生まれは上野発は上野ではなく遠くから来た列車を想像するのでは
以前、伊集院光氏がラジオで津軽海峡・冬景色の「上野発の夜行列車」という出だしで、「気持ちがまだ上野駅にいてついていけてない、というバグが発生する」と語っていた
上野発の夜行列車上野で降りました。的な
まだ旅の途中で北海道に青函航路で渡る北へ帰る人たちのことだぞ 伊集院静がこの理解力じゃなくて良かった あずさ2号は終わりまで新宿のままかな
勝手にシンドバット。渋谷で酒のんで酒気帯び運転で茅ヶ崎に帰る歌だけど、烏帽子岩によじ登って騒ぐ歌のように感じるバグ、あるよね(´・ω・`)
阿久悠さん時代の歌謡曲の詞の意味なんて考えたら負けだと思っている。
嗚呼玉杯に花うけて的な主語の前段が長くて一瞬見失うパターンかな
確か、東北新幹線が開業する前の歌だよね?当時の人々は東北と東京を結ぶ場所として、上野のイメージがあったから「上野発」で北国なんじゃない?
東北新幹線開業してもしばらくは盛岡・上野間の営業だったんだよ最初は大宮・盛岡 3年後に上野・盛岡 東京・盛岡まで9年かかってる
夜行列車、と、降りた時から、の間が数小節空くような譜割りならギリギリ理解できるかもだが、すぐ続いてるのにそんな事無いでしょ。ネタとして言ったのでなければ伊集院氏の言語理解が変わってる。
青森から青函連絡船で函館に向かうところが肝なので、上野を引きずるのは普通におかしい。伊集院は還暦前後だと思うが、東京青森間の列車移動は、船に乗り込むまでに前段階でしかないことがわからんか。
最初の文節「上野発の夜行列車降りたときから」で行き先が語られてないから、ここまで意識が上野にあるのよね。どうでもいいけど『五番街のマリーへ』ってラブソングだったのか。勝手に親子の話かだと思い込んでた。
伊集院が言った、というかリスナーからのネタに対する補足コメントとして「歌詞にピンと来ない人はこんな感じに捉えるんだろうね」と話してたと記憶してる 今や「夜行列車」も「青函連絡船」も説明が必要
言われてみれば確かに。阿久悠の歌詞の「エモさ優先で時空歪める」手法はガチ
今のボカロ曲の歌詞は支離滅裂どころじゃないのがあるが
タイトルが津軽海峡だもの。これから津軽海峡を渡って北海道に向かう。それが「北へ帰る」「私は(北海道へ)帰ります」。津軽海峡を越えにいろいろを象徴する詞なんだから,むしろ伊集院の物言いが分からん。
上野が東北の玄関口と呼ばれていた事は近代史として知っていた方が良いと思いますよ。上野からはるばる青森まで旅をしてきて電車を降りたところというのはすぐにわかりそうな物だがなあ。伊集院らしくもない。
行ったことない青森よりすぐ行ける上野の方が脳内に場面を思い描きやすいからかな
昭和の情緒を「エモい」などという現代語に無理やり変換しないでほしい。
「北へ帰る人の群れは誰も無口で」という歌詞が、夜行列車に乗って帰郷する人々を想像させるからだと思う。
浜松町発のモノレールおりた時から 羽田空港は雨の中 ← これだとどうだろう
「上野発の夜行列車おりた時から」の一節で上野→青森の移動が完了していて気持ちがついていかない。上野始点であるという思い込みを捨てればこうはならないのだが…という話
「上野発の夜行列車」でフワーッとなって上野駅の想像の風呂敷を勝手に広げてしまったリスナーは、夜行の座席で弁当と酒を広げたのに、1秒後に「降りた時から青森駅は」と700km先に飛ばされてもついていけないわな。
私は「あずさ2号」のことを曲調から夜8時の電車だと思ってたので、ほとんど朝一の電車だと知ったときはびっくりした。「2号なんだから午前だろ」って言われたけど番号が小さいものからついてるとか知らないし。
"1977年1月1日発売" https://www.uta-net.com/user/column/102.html 元旦!? "1982年6月23日、東北新幹線が開業" https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0040345 / 収録ポスト "というリスナーの投稿を読んだんだったと思います。"
伊集院は当然分かった上で言ってるべ。分かっていても上野の語感が強いって話で。分からんのか?みたいなブコメが複数あるのが分からん。
文字列を聴覚的に処理するか視覚的に処理するかみたいな話では
上野駅のキャラクターが強すぎるよな。青森の話が始まっても、まだ上野駅の存在感残るし。青函トンネルだと同じ景色で比較的短く津軽海峡抜けるから、青函連絡船みたくじわじわ北海道が見えてくる風情はない
あの人は上野駅に歩いて行ける距離で生まれ育った
この歌詞、歌唱者本人視点は明らかに青森駅に着いて青函連絡船で津軽海峡を渡ろうとしているんだけど、本人以外の「北」の意味合いが二重三重にあるんだと思う
自分が乗ってた列車を表しているだけだと思うけど。こういうのちょっと見方を変えて納得できれば錯視がちゃんと見えるみたいな時がある。
詞/詩は何度も味わうものだしわからなくていい
東京発の北海道新幹線新函館北斗降りたときから~♪ではエモくないか。まして成田からLLC新千歳降りたとかは余計無理か。私は帰ります言われても、いつ帰省から戻られるんですか?土産白い恋人よろしく、みたいになる
たしかに「さよならあなた。私は帰ります」は途中よりも東京を発つときに抱くほうが自然な感情描写な気もするけど,連絡船に乗って外を眺めた時にまたしみじみと沸き上がって来たのかもしれない。
確かに"青森着の夜行列車"と歌い出した方が自然ではあるような気はする。語呂は悪いけど
そもそも上野駅が東京とは限らない可能性はなぜ排除されるのか
心の中心が上野よりも津軽海峡側にある人にとっては「上野発の夜行列車」=「故郷に帰る列車」だからね
取っ掛かりの人、千葉県出身で院から北海道大学大学院行ってたみたいだけど1981年生だから、上野が北国への起点で津軽海峡超えのしんどさなんかとか知らんか。
どちらかと言うと西尾久出身の伊集院が「上野」から受ける感覚が普通と違うんじゃないかな。
「気持ちがまだ上野駅(=東京、恋人)にある」という歌なのだから当然と言うか。バグじゃなくて聴き手がそうなるように作られた歌なんだと思うけど。
書き出しの「伊集院光」の残像が残ってその後のツイ主の感想まで伊集院のものだと誤解してる人達が「上野駅のイメージが残るなんてありえない」的なことを言ってて面白い。
上野からはるばる来たぜ青森へ〜、て情景。
なんでもエモくすればいいってもんじゃないと何田斗司夫が言っていたとかいないとか
夜行列車も連絡船もなくなってしまったので,青森の「列車を降りて船に向かう人の群れ」が忘れ去られてしまったんだよなあ。当時は当たり前の光景だったんだが。
伊集院光とかいう方の想像力が貧困なだけ
上野発の汽車がトンネルを抜けると雪国だった。/旅情の感じ方が道民っぽくない気はしてる。南の果てである津軽海峡で北の果て感出されても…みたいな。/雪国は高崎発かもしれねぇ(←上越線)
で、この「津軽海峡・冬景色」の歌謡碑が青森駅八甲田丸前と竜飛岬の2か所にあり、それぞれ石川さゆりの歌唱が爆音で流れるらしい。一度見たい聴きたいと思うのだが一日で回るのは結構大変そう。
いろいろ分析があっていいよね。上野駅は富山からも夜行列車が発着するし最初に降りる駅だから物心ついたときに田端駅が最寄りだった伊集院光氏とちょっと思い入れがちがうかなと。おれも上野にはなんかいろいろ去来
東北以北に住んでるので全然違和感ないけど。
「上野発の夜行列車」までしか聴いていないからでは(^^;ここから始まって、サビで津軽海峡に到着するイメージなんだよきっと(ちがう)
ある年代以降は北海道は羽田発の飛行機でバビューンと行くものだからさ。
「要するに詩においては時制とかは、時に大胆に無視すべきものなのだろうなと思う」短歌の名作にも時世を超えた作品がある。プロだから書ける、一般人は無理
セプテンバーは9月にかかりがちだけど実際は12月に9月の思い出話をしている奴?(違う)
むしろ「伊集院光がラジオで」とあるだけで何か有意義な話題なのかなと感じてしまうバグを修正したい。「上野発」なのに気持ちが上野駅に置いていかれるのは鉄道に乗り慣れてない人なんかなーという感想しかない
映像にする場合「夜行列車降りたときから(切符を見ると上野発)」だろう。上野駅のシーンはない。
ふいにSeptemberが頭に浮かんだ今は5月
個人的には現代に置き換えるなら新宿発夜行バス。体感的に東京からの距離を強く感じる、目覚めたら東京とはまったく違う景色が広がってる…とか。上野の文字に引っ張られる人は東京生まれ東京育ちなんだろ。
歌詞ってよく考えると深いよね。https://mariostang.hatenablog.com/entry/2020/06/14/211337 https://mariostang.hatenablog.com/entry/2024/04/03/223001
タイトル読めよとしか
これは分かるわ。頭の中に浮かんだ情景は上野駅で止まってる。青森行った事ないから下りた後の光景が想像できず上手くシーンが切り替わらんのよね
東京からはるばる来た、の説明だからしょうがないよ。
東京ネイティブの人にわかりづらいところがまた良さを増すんだろうね。下から上、上から下っていう目線の違いもあるだろうし、それがまた意味を補強する。
青森着の夜行列車降りた時から~
”「青森駅に着かないと語れないこと」が混在していて、これはもう作詞者(阿久悠)が意図的に、時制などどうでもいいからエモいものは取りこぼさず入れる! とやった結果なのかも。 ”歌は流れるからしゃあない。
これ、俳句と捉えると納得できる。「上野発の夜行列車」でホームから電車に乗り、トランクを収めるまで想像させちゃうんだよね。と思ったら急に電車から叩き降ろされ、青森の雪の中を転げるハメになるっていう…笑
阿久悠は昔歌のトレーニングと称し、レオタード時代の浅野ゆう子を仰向けに寝かせ、股がって、彼女の腹部に自分の股間を打ち付け、はっはっと「腹式呼吸」練習させてるのをテレビで見た。子供心に練習ではない、と。
多感な時期を上野周辺で過ごした人なら出だしの「上野」に引きづられる事もあるかも。でもこの詞の支点は北国、力点は人々を無口にして東京から遠ざける力で、上野は作用点の動き出す端っこの一点に過ぎないと思う。
俺もそうだ。「北へ帰る人の群れは誰も無口で」に都会の冷たさみたいなのを感じて勝手に上野駅のつもりでいた
確かによく考えてなかったけどイメージ的には上野駅からの絵が浮かんでいた
「降りた時から」までそこまで歌詞にタイムラグないから上野からの夜行列車が到着したんだなというイメージしかなかったけどな
空脳の投稿を補足しただけなのに伊集院光の意見みたいに扱ってるブコメはなんなんだよ。ファクトとオピニオンを分けろや。
どこ生まれかにもよるのかもね。東京生まれは上野は北へ出発するための駅だけど、北生まれは上野は帰るための駅って視点の違いもあると思う。
巣鴨を歩いていたら、大分姉妹という二人組の歌手が路上ライブをやっていて曲名「信濃路の秋」でカオスだった。それに比べたら随分マシ。
曲のタイトルでメインステージは津軽海峡ってわかるだろ。最初のトコはアバンタイトル。そもそも「上野発」って時点で上野は通過地点の一つだと明白だ。成田発ホノルル行きって言われて気持ちが成田空港に向かうか?
それこそ伊集院が前言ってた、ラジオで語ったことをテキストに起こされると意味合いが変わって伝わる、の典型なんだろなといろんなコメントを読んでおもった。
「上野発の」に集団就職のニュアンスや、関東圏に住む人にも自分事にさせる効果があり、「青森駅は雪の中」で川端康成のトンネルを抜けるとそこは雪国ニュアンスもある。俳句的な情景の圧縮伝達効果の達人。
「上野からの夜行列車」だと旅情が感じられず詩的ではないし説明的すぎると今なら夏井いつき先生が叱り飛ばすかも(そもそも俳句じゃないけどw
タイトルだけ読んでブコメする人がいるのと似たような諸々/オレは弘前出身なので、冒頭を聴いた途端に脳内で奥羽線の急行津軽に乗り込んで弘前で下車してしまい青森まで行かないので一瞬だけ混乱する。
いまやイントロも省略あるいは短くしないと次の曲に飛ばされてしまうって
全然そんなことない
伊集院さんは連絡船が想像つかない世代では無いので、投稿者の受け止め方を想像して膨らませた話なのでは。/函館生まれの青函トンネル世代には、1度降りて乗換る連絡船の歴史を知る歌だった。
東京どころか青森の人にとっても青森駅はゴールラインだけれども、北海道の人にとってはスタートラインであり、あの曲が「東北本線・冬景色」ではなく「津軽海峡・冬景色」であることを再確認させられるって話だね。
「上野→青森」の行先表示器が掲げられた青い客車を背に、雪降るホームから連絡船に乗り換えるシーンを通じて、多くの共感を呼ぶ名演歌やな
切り抜きの上に記憶だから、言ったこととはちがうだろうが、伊集院はアメ横でバイトしてて上野の解像度が超高いので、そのレベルで上野を思い浮かべた瞬間に、解像度低い青森の話されたら、つんのめるだろうなとは思
阿久悠の特撮ソングといえばマッハバロンも
スターリングラードの話ではなかった
北に帰ることのイメージが違うってことなのかな…?
久保田早紀の異邦人も、空に向かって両手広げてる子供たちはインドやスペイン人ではなく、阿佐ヶ谷あたりの人という話を聞いて「おお」ってなった記憶がある。https://x.gd/h7eSH
青森駅は雪の中、って言った時点でもう青森駅なのよね。直後の北へ向かう人の群れは、青森駅から青函連絡船の港方面に向かう人だと思ってたけど
アース・ウインド・アンド・ファイアの『セプテンバー』は12月の歌(12月に9月のことを思い出してる)。9月に聴くのは気持ちが先走ってる
つかかつて上野(駅)は東北と結びついたワードだったのよ。「上野発の夜行列車」はもうそれだけで東北なの。啄木の「停車場」も上野駅だ。東北北海道から上野駅に着いた経験を持つ人の記憶に訴えてるのよ。
北国生まれは上野発は上野ではなく遠くから来た列車を想像するのでは