むしろ踏み台にするくらいでいいんじゃないでしょうか
アーティストの売り込みのために作品と合ってない曲が主題歌に設定されていた時代からいつのまにか逆転。
ドラマやCMのタイアップの力で売れる、アニメのタイアップで売れる、の間に、握手券や特典商法で売れる、があったわけでそこからはマシになったとは思ってる。またアニメ漫画はほぼ無限にテーマがあるから良いのでは
米津がタイアップを作品解釈ゲームの場として完成させ、業界ごとそのデスゲーム会場に書き換えたので。別のゲームを提示できるアーティストも不在。羂索の死滅回遊やね。
はてなのgotanda6こと速水健朗氏が書いた本が「タイアップの歌謡史 」。/2007年だから約20年前というショック
流石はみのミュージック、批判を恐れぬ堂々たる文章。名文は多くの場合、反骨から生まれる。/ただアニソンは元々そのスタート地点から作品世界と密接不可分であったという前提が抜けているように思う。
俺は音楽の方のアンテナが強いから曲は聴いてアニメ見たり見なかったり。トップチャートレベルだと見てないけど聴いてる層多かったりしそうだがどうだろう
音楽批評屋さんからしたらクソめんどくさいコンテクストが増えてやりにくいってのはわかるけどね。今はバジェットが出せてが結果も出せる体制はオーダーメイドのアニメタイアップしかないんだろうね。
米津玄師はタイアップて言うより劇伴やん
“アジカンの「リライト」~を聴いて即座に『鋼の錬金術師』を想起する人は多くないだろう”…は???後、ナルトのOPもあるでな。「バンプのTOAはノーカン」理論も謎すぎる。 https://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/251215a/5
”アニメを観てから語れ" っつったって、いい曲はいいんだよな
新世代アーティストもメジャーに行ったらタイアップ必須という日本の伝統芸能を伝承したのてすね^_^
ドラマがアニメになっただけでは?元々タイアップでしかJ-POPは売れてないのでは。
アニメに歌詞付きの曲は邪魔だと思う自分は超少数派か
井荻麟や志倉千代丸作詞の主題歌で育ったアニメファンとしては一般アーティストもそれに追い付いてきたなという気分だけど、音楽側からみたら複雑な心境なのかもな
対立厨
半分くらいしか読んでないけど「作り手がオタクになった」の一言で説明つく。お前が音楽オタクであるのと同じようにアニメや漫画のオタクが音楽を作るようになっただけ
いい歳してアニメがどうとか言ってんじゃねーよ。気持ち悪りぃ。
純粋に音楽を音楽として楽しむ人は上級者で、そう言う人は中道改革連合みたいに滅びゆく種族なのだろうなあ。
そばかすはキャンディキャンディの曲なので/配信ベースだとアルバムとして作ってもバラで聴かれてしまう問題
音楽業界人は間違いなくアニメはダサいものって下に見てる。だからこういう論調になる。
商業音楽が「手段」なのは当たり前では。ウケることや稼ぐことを目的としないなら趣味でやれば良い。なんてな。総合芸術から逃げて間隙を狙うことも、一部が全体を飲み込むことも、別に不可能ではないだろう。
この手の話をするなら高橋洋子と森口博子を抜きに語るなと言いたくなるアニソン老人会
楽曲と物語の関連の強度は最終的には音楽側に決定権があるし、高強度な曲(YOASOBIや米津)は物語を関連付けないと不足する、低強度の曲(MGA)は単独で語れるというだけでは。あとマッシュルはTikTok絡みの方が重要な気が。
作品世界と関係ない「主題歌」を提供するかつての方法論の方が作品視聴者を馬鹿にしてたと思う。良いヒット楽曲を作品側からの依頼で主題歌に据える例もあるし、アーティストはタイアップ考えず楽曲制作すれば。
かつてアニソンはずうっと同じ曲(例CHA-LA HEAD-CHA-LA)だったけど、2000年くらいからちゃんと1クールでOPED差し替えてCD売れるようにしたよね(例あんなに一緒だったのに)
YOASOBIは原作をしっかり読み込んで作ってるから尊敬する。どっちが上かみたいな論争は無意味
アレだけ影響力があるとね。ドラマじゃ国内だけどアニメだと世界に売れるし。ビジネス的に外せないよね。
他方アニメ業界やファンが音楽業界を陰で見下しているからこういう現象になる。今度桑田佳祐も参戦したけどアニメの論理でやれるかなあ。鈴木雅之は黒子に徹したが『サマーウォーズ』の達郎は今どういう評価だろう
古いなぁ 何十年前の話をしてるのだろう
アニメのタイアップが嫌とは思わないけど、なんで話題のアニメ見たら、大体が米津とYOASOBIとクリーピーばっかりなんだろうとは不思議になる。アーティスト側は、そのおかげで海外ファンもつくからいいんだろうけど
(米津玄師的な)原作への解像度がすごいという観点がピックアップされたのは宇多田ヒカルのBeautiful World(2008)あたりからだったような記憶。うるさいエヴァオタクが大絶賛してた。
ジュディマリのそばかすに関する誤解罷り通ってるな。タイアップ曲ながら当初はるろうに剣心原作に沿った内容の歌詞、音楽性だったけど当時の音楽プロデューサーに売れる曲を作れと指示されてああなったとか。
アニメのタイアップに日本のトップミュージシャンが名を連ねるようになったのは、アニメの力が世界レベルで巨大になったからなので、力関係的に従属的になるのは避けようがないんだよな。
あれ、このひとちょっと前に自分は内在的批評を重視してるって言ってなかったっけ…こんな薄っぺらい社会状況の批評もするんだ
2006年頃からアニソンしか聞かなくなったわたしからすると、歌詞だけ媚びたクソつまんねえ曲をアニソンに持ち込まないでほしいなぁという気持ち
https://x.com/shiba710/status/2031360208942014543 「君の名は。」をターニングポイントとするこの人の考え方が面白かった
過去から現在に至るまでタイアップなしで売れた曲って相当レアなのでは? / ソニー系列のアーティストだからじゃないですかね。>米津とYOASOBIとクリーピーばっかり
確かに「TVドラマの内容を抜きに音楽だけ語るな」みたいな人間はTVドラマタイアップで音楽が売れていた時代には存在しなかった。底が抜け落ちたのはアニメの時代だけともいえる。
音楽好きじゃない殆どの人には「よく耳にする曲=好きな曲」だからね… 知らない曲は聞いても貰えないのよ / タイアップよりアーティスト独自の世界をもっと聞きたいのが本音
アニメの主題歌になれば海外のアニメファンにも届くからね。サブスク全盛の現代では世界でファンを獲得できるのは大きいのだろう。
YOASOBIは元々小説等の他の作品ありきで曲を作ってなかったっけ。他にもそんなアーティストが居た。そういう在り様のアーティストがメインストリームにいる事を考察したらどうだろう。
チ。の劇伴で不思議な旋律の曲があり調べたら天体の軌道を譜面に落とし込んでたりしたので軽視して雑に聞き流してると損すると思う
なにか考察が足りてない感。J-POPが単体としての商品的価値を亡くしたのはYouTube台頭(その後にサブスク全盛)からで、そりゃ無料で聴けてCDが売れなくなったから。商業的価値にタイアップが残され浮き彫りになっただけ。
アニメがザイオンス効果が得られる希少な機会の一つなのでは。また、情動と音楽がリンクして体験する機会でもある。
チャート上位のタイアップ曲しか聴かない人の発想だとそうなるかもしれないが、作品に深くコミットしたタイアップ曲は楽曲提供やサントラ制作みたいなもんだし、それで稼げるなら稼いでもらったほうがいい。
ところでガチガチに歌詞にアニメの内容を合わせてるけど話題になってない「CutieHoneyUniverse」のEDの話しましょうよシスタージルからハニーへの一方通行百合の歌だよ。歌手死んじゃったのに誰も思い出してくれないし……
昔は曲の良さだけでパッと売れることもあったよね。今はそういうワクワクがゼロ。いや、ボカロ界隈ではたまにあるか
北斗の拳2OP「TOUGH BOY」(1987年)の時点で原作の理解度高い曲はちゃんとある気がする。
“ 「原作を無視して批評するな」「アニメを観てから語れ」”バカの相手をすんな
https://x.com/lucaspoulshock/status/2031317971126333503 サブスクで音楽が“所有”されない時代に、聴き流されない流通手段としてアニメ主題歌は都合が良いのかもなー
ふむふむ、ボクにゃ、音楽も anchobi が大事にゃんだね!でも、 anchobi のために anchobi が anchobi に anchobi されるのは anchobi にゃ!
文句あるのかw?じゃあ黙って瞳見つめとけやw
そりゃまあアニメ視聴者はアニメを見に来ているのだから、音楽も同じ方向向いていた方が体験が良くなるでしょうね。
ありがたくお仕事受ければいいだけでは。
アーティストにもガチファンが増えた。ビジネスファンな人もいるだろうけど。
「寄り添う」って言葉が濫用されておかしくなった。純音楽的な楽曲分析にたいして原作がうんぬんって批判が殺到するのはお気の毒すぎる。
ゴダイゴの『ガンダーラ』『モンキー・マジック』『銀河鉄道999』はそういう意味では作品内容と音楽が不可分で双方強力ですごかったな。
アニソンは大事な出稼ぎ先…だと思ってたらすっかりアニソン歌手みたいになってるアーティストとかいませんかね…//遥か彼方のブレイクからリライトのサビになってしまうので訴訟
ごもっとも!と思いつつも、人間の認知能力の特性的なものもあると思うしなぁ
"「タイアップの暗数」が、89秒フォーマットのまま市場に溢れている。"へえ、なるほど
HANAはタイアップじゃ無くて、ASAYAN式でしょ。これを楽曲の力だけって説明は批評としてダメでは。
逆にアニメファン側からすれば、もうアニメをJ-POPの販促プロモーションに使うなって恨み言もw 去年の夏アニメの『クレバテス』のEDでJ-POPではないEllie Gouldingの書き下ろし「Destiny」を聞いた時は心が洗われた…
無料で毎週世界に広告として出してくれるんだぜ!?感謝でしょ!
カレーを食べた後に米の美味しさを熱弁しているような
ボカロ系を主に聞いてるから全然そんな感じがしない。記事の話はJ-POPというより流行曲の話だと思うしアニメコンテンツが強い今はそりゃ主題歌は売れるだろとしか思わない
米須とかYOASOBIみたいに原作を理解したうえで曲作るスタイルは昔はアニソンってジャンルでJ-POPとは区別されてた気がする。ドラゴンボールとかキングゲイナーみたいな。
元々総合芸術として作った特殊な音楽なのに、それを指して音楽が下請けになった/付属物になった、みたいなこと言うの意味わかんないんだよな。ミュージカルだってオペラだって、似たようなのは昔からあるだろ。
映画音楽の流れを含むなら、90~00年代初めぐらいまでのごく僅かな期間、筆者が併走と呼ぶ、実態は作品無視した時代が異常で、あとは協奏だと思います。アニメをマンガの下請けと呼ばないように決して下請けじゃない
2025besthitを参照するときに使う
アニメ側がJPOPのMV作らされてる側になってるように感じるが。
昭和の大衆音楽文化が懐かしい人はshow-waを推すといいよ。懐かしのTheアイドルをやってるおじさん達だと思う。秋元康ブランドなので曲いい。シティ・ポップもやってる。
YOASOBIに関しては元々投稿サイトの物語を曲にするためのユニットで、実際に曲の作り方も原作?を読み込んで作ってるように感じるから曲を批評するなら、元の小説なり漫画なりを読み込んで批評するのもありでは?
とはいえ長年のスピッツ好きからすると、主旨はわからないでもない。スピッツの曲は「後から」CMやドラマで使われることが多かった。
どちらが上とか下とかではなく、音楽を音楽として評することの困難さを説いているのだと俺は読んだけれど
店頭や街頭など町中で自然に流行の曲を耳にする機会が無くなった。これはJASRACが店頭の音楽から取り立てまくってみんな安っぽい無料BGMに流れたせい。聞いたことない曲は売れようがない。
森口博子について思い出すなどした
この人「曲だけの批評」動画なのに、あえてタイアップは無視しているって注意書きが足りなくて、的外れコメントを大量に浴びてブレてる。「曲だけの批評」も価値があるので、ちゃんと棲み分けして頑張ってほしい。
“6位のHANA「ROSE」” HANAも(もちろん楽曲が素晴らしいと言えど)ノノガがあった・流行ったのは大きかったと思う
純粋にアニソン=テーマ性を持った曲のレベルが高くなったからだと思う 普通にyoutubeで音楽流してて 純粋にいいじゃんって思った曲が 見たことない何かのアニメソングだったって率が高くなってるの実感しないか?
アニメのタイアップのおかげで海外に認知されるようになったんだから大成功だろ。シングル100万枚売ろうが海外では無名の時代より成功してると言えるし、特典商法でアコギな商売してた時代と比べて遥かに健全。
昔から自分達で作詞作曲をやってるバンドやシンガーソングライターなら独力で売れる可能性もあったけど、いわゆるJ-POPは大手レコード会社に所属して有名タイアップがあって初めて売れる土俵に立てるもんだったよ
はあ? むしろアニメが BUMP OF CHICKEN の ray をリスペクトたっぷりに起用して原曲もすばらしいなあとか言われてる昨今にこれ??? 何周遅れだよ
シティーハンターや銀河鉄道999はどう位置づけるのかとか、串田アキラさんとかは音楽的批評に堪えないのかとかいろいろ思うことはある。余計な言葉を重ねず、私は音楽に注目して批評したいです、でいいと思うのだが。
シングルはともかく、アルバムまでタイアップだらけになるというのは奇妙な感じ。ベスト盤ならわかるけど、これじゃコンセプトアルバムなんて作れないんじゃないの?
アニメのタイアップと戦うのはテニスで1vs2を挑むようなもの。乗っかってる文脈量が違う。それで言うと長渕剛が作詞・作曲・歌唱・ドラマ主演・ドラマ原案で自分の人生を投影した『とんぼ』って役満だよなと思う。
音楽ファンはアニメはダサいものだと思っているしアニメファンはアニメは高尚なもので音楽はおまけと考えている。そらそうでしょうねという記事とブコメ。
むしろ70-80年代くらいの原作べったりの主題歌に(もちろん洗練・昇華等は大いにありつつ)回帰したのではという気もする。90-ゼロ年代の原作と無関係な曲とのタイアップはドラマ等の影響ないし憧れがあったかなと
本文にもあるけど日本のヒット曲はドラマのタイアップがむちゃくちゃ多かった。それが今はアニメに変わっただけ。商業音楽産業は昔からテレビ映像作品に媚を売って生きている
"アジカンの「リライト」(2004年)を聴いて即座に『鋼の錬金術師』を想起する人は多くないだろう"えっそうなん?!?!
多分ズレている批判。求められたのは原作理解そのものではなく、意識的に言及を避けているであろう「外部との接続」なのではないか。『怪獣』の批評で鬱病に触れないのはやはり物足りないと思われてしまったのでは。
書かれている通り、昔からタイアップで売れた流行曲は常にあった。その中で、楽曲自体のクオリティの高さ、タイアップ先の物語に留まらない歌詞の普遍性がある曲は、時代を超えて人の心に響く。それで充分だと思う。
そばかすはタイアップとしては最低だろう。ただ曲のプロモーションにアニメを使っただけ。主題歌が作品の文脈を踏まえたものになるのは当たり前だ。
アニメの忘却バッテリー、名作なのでお勧めですよ
みのミュージックを見に行くと、コメント欄では概ね、音楽面だけを批評したことに対しては好評なんだよね。怒ってた人いるの?ちゃんと見てないけど。
一連の動画見てるけど、確かにタイアップ先との連動を考えると違和感ある部分はあるんだけど、それがレビュー楽曲双方を毀損していないし、それ以上の価値を提供していると思うよ。
もう一歩踏み込んで言えば、詩(詞)を書く理由も歌を作る理由も他にはとくにないからそうなるってことかもしんないですね。
曲の批評するのにアニメ見ろとか無理すぎ
終わったアニメの曲聴くのなんかこっ恥ずかしく感じて聴けないやつと永遠に聞けるやつとあんのよね|ファンダムのデカさのくだりは忘却が小さいのもあるだろうがミセスのそれがデカすぎるんだと思う
言いたいことは概ね同意なので音楽を音楽として批評することは多くの人が同意してるし、音楽好きではないただのアニメオタクの意見はノイズと思って良さそう。ただ意外と20年以上前のアニソンは今も聞き継がれてる。
マスリーチとしてアニメが強すぎるというだけか
下請けって言い方が良くない。上下関係なく音楽を語ろうぜ
うだうだ長文書いてるがアニメが日本の主流コンテンツになったから以上終わり
「評論家」以外の一般の人にとって嗜好は感情と想い出とは不可分なので。「ドラクエ序曲は名作」は曲を聴いただけの人と「100時間遊んだ幼少の記憶」込みでは10倍違うとか。恋人と観た映画の曲は10倍思い入れあるとか
最初のころは作曲・編曲・作詞の分業制でイメージ合わせで作られていた。歌謡歌手採用時代は新曲がタイアップされるのが先でアニメに合うかどうかは二の次の時代もあつた。だからアニメに合う時代には違和感もある。
2000年代は「お題に合わせて作る」時代になってタイアップ自体の評価は上がってると思うけどね。「1990年代のJ-POPはトレンディドラマの下請け」と言えるならそうだけど。
"下請け"を許す構造は批評が弱いメディアで起こる。彼はそれを覆すためにひとまず一人で戦うことにしたのだろう。音楽業界のために応援するよ
まるでランキング上位しかJ-POPではないみたいではないか
アニメ何個も追ってる層はオープニングエンディング何てすっ飛ばしてるだろうしどんな曲かかってても関係ない気はするが…プレーヤー側で勝手にスキップされていし
みのって色々ウダウダと音楽論をYouTubeで語ってるけど、その批評の言葉の強さの割にこいつの作る曲はくっそつまんないからあんまり説得力を感じないんだよな。
米津玄師のアニメじゃないタイアップ「さよーならまたいつか!」は物語といい感じの距離感を保っていて好きだった。楽曲は「別個に進んで共に撃つ」存在であってほしい。
純粋な音楽(技法)批評にアニオタのクソリプうぜぇ、はわかるが。/「マジンガーZ」の時代からすれば、作品世界を反映しつつもアーティストも独自性を出せ作品単体として聴けて売れるといういい時代になったのでは。
デザイナーと画家の違いみたい
あたしかわいい、あたしかわいいって言ってくれる皆だいすき、かわいい、かわいい、こんなのばかり
アーティスト達は本当は純粋に曲を作って評価されたいはずだ、という妄執が見え隠れしてるけど、オファーきて大喜びしたり何なら推し作品に自分から売り込む時代でして。アニメ嫌いのJ-POP好きには冬の時代で御愁傷様
たしかにドラマ見なくなったからドラマ主題歌と言うやつを聞かなくなったなぁ…もうどんなドラマやってるのかも知らないわ…
美空ひばり等昔からではと思ったら言及されてた。おもしろい話と思う。では他国ではどうなのか。どのように知られていくのか。ライラックとか普通に好きだな。モンキー・マジックとか西遊記だけど曲自体が雰囲気ある
米津とかの解像度高い系は苦手だったりする。ネタバレ聞かされてる気になるって言うか、単純に飽きた。
ポップソングは今聴かれることに価値があるし、20年後に聴かれていることはまた別の話なんだ。20年後に忘れられるタイアップ文脈を拾い上げていくほうが批評として価値があると思う。
コラボじゃなくて?
作品をイメージして作られた曲で作品と切り離して語るのは片手落ちに感じるけどなあ。
YOASOBIの勇者が内容まんまのあらすじじゃねーかって点で賛否両論だったりする辺り求められてるのは単なる作品の従属物じゃなくてプロのアーティストの目を通した作品世界の解釈なんだと思うけどなあ
曲を知るきっかけとしてタイアップはよくあるが好きになるかどうかはまた別だし、タイアップと知らなくて聴いてる曲も結構あるのよね
ラッキーマンとか聞いた事なさそう
昔はCMタイアップで売ってたのよな。アニメは世界に売れるんだからオイシイ。
こいつの理屈で言うとアニメはマンガの下請けってことなのか?んな訳ねえだろ。凡作、駄作、クソ作品、タイアップにまみれようともアニメもマンガも最高なんだよ。お前がJ-POPを信じられてないだけだろうが
わかりすぎる。タイアップはアーティスト性と作品の世界観のガチンコだった。それは対立的でなく共闘というか友情めいて一体感を伴って。それが従属・隷属になっている。決して悪いのではなくてどいつもこいつも
握手券がアニメの下請になったのなら大幅昇格じゃん。よかったね。 / ネット配信だと飛ばされるの推奨なんだから価値認められてないんだよなあ
個人的にアーティスト側がアニメ(作画力の高い)OPの力を借りることで楽曲のアニメPV(90秒)を得られる共存共栄の側面があると思う。真に寄り添うなら、(劇場版以外で)ED曲でのヒット作品も多くなっても良いはず。
"純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらい" オーディション番組からヒットにつなげるやり方で、他にも前例・類似がさんざんあるのに「純粋な楽曲の力」って。幻想すぎ
昔はアーティストがアニメから自分のフィールドに引き込むだったのが、アーティストがアニメにあうように曲を作るようになったってことだな よくわかるわ
るろ剣の話題出た?
全然ジャンルも時代も違う話するけど、昭和の武満徹や伊福部昭クラスの大作曲家も映画やドラマの音楽で食ってた。世間の大半は“ゴジラのテーマ”は知ってても、伊福部の交響曲など聞いたことないはず。
アイドルの歌詞に言及してばかりだからしょうがないかも。最初のオケヒを褒めてたのはよかった。1サビでの転調はアニソンではあまり珍しくなくつまりもっと先進的なアニソン聞いてほしい(そんな時間はないかもだけど)
え~、では一句。コアなファン 捨てても欲しい タイアップ
ニコ動出身のオタクミュージシャンはそもそも国産のゴミみたいな音楽の総称であるじぇーぽっぷ呼ばわりされるの嫌な人多いんじゃないのー?恋愛サーキュレーションも愛screamもアニメの文脈と関係なく世界的大人気。
ミセスは知らんが、米津とYOASOBIはアニメありきだからアニメ見ないで楽曲聴いても意味ないと思う。特に『アイドル』は、ただのアイのキャラソンだし
オーイシマサヨシを始め米津玄師やYOASOBIはアニソンを歌ってるから歌詞が原作に寄り添ってて、多用されるんだよ。J-POPのままタイアップをしたければレコード事務所が製作委員会に入ってすれば良い。
「ライラック」のときは原作ファンの声は大きくなかったかもしれないが、「lulu.」は原作が超人気コンテンツだから放映が進むにつれて、いろんな声が出てくると思う。
音楽というか創作物批評として浅い感は否めない。「代償としての自律」と言うが、ルーツも影響も無い作品を尊ぶべきという姿勢は明確に反対したい。「音楽は社会現象の下請けになったのか?」としたらどう思うか?
>かつてのアーティストが物語を自分のフィールドに「引き寄せた」のだとすれば、米津は音楽の側から物語の懐へと「踏み込んだ」/この「踏み込み」を、もはや後戻りできないレベルのシステムへと昇華させたのがYOASOBIだ
マヂレスすると、価値観の多様化によって歌謡曲がJ-POPになった時点で既に大衆性を失ってる。以後は他の商品もそうだが世の中がナラティブ消費全盛になったから下請けにならざるを得ない。他に理由なんてあるの?。
この人にとって「原作」とはアニメのことらしい。アニメはアニメで「原作」と比較されるけどね。
89秒縛りがJ-POPの多様性を阻害してるだろうか。俳句とかもそうだけど、日本人ってむしろ縛りがきつい方が燃えるタチだと思う。
GLAY が ヤマトタケルの主題歌を担当してたよ! 風のマジカルばりに ウソじゃなかったんだ! https://youtu.be/r50Is90YcWs
まぁでもこの状況になる直前は、上位にアイドルの握手券目当てのファンによる複数枚購入が並んでいたわけで、それに比べたらまだ健全な気がするけど
「Sweet Child O' Mine」はガンダムとは本来何の関係もないが、映画の最後にあれが流れ出せば、あの子の事ねと一発で分かる。/作品と楽曲はベッタリでなくても良いけれど、少なくとも、その程度の関係性はあるべき。
単にドラマのタイアップはテレビ様だから構わないけどアニメは一歩劣るキモオタ文化だからダサいし気に食わない、という価値観アップデートできないクソ老害の意見だと思う
「考察する若者」の話と理解した
タイアップが強いのは、音楽だけで露出するメディアがなくなったから仕方ないんでしょうし、昔からでもあるけど、映像作品が主になりすぎてると。なるほどと思うものの、映像作品が強くないと露出しないだけではとも
日本語の曲を海外の人に広く聞かせる手法が、今の所アニメくらいしかない、って部分を無視し過ぎでは。それ以外の手法を模索せず、半端にアニメを腐すことしかできないなら、この先も望む形になることはないのでは
その「3割から5割」のネガティブ反応はノイジーマイノリティでしょ、アニメには昔から厄介ファンが多いから。そもそもタイアップ先のアニメやドラマを観た事が無い大勢の人にまで届いたからこそヒット曲になった訳で
昔はスカパーでMTVやスペースシャワーTVでMV垂れ流しで気に入ったアーティスト買ってたけど今それもないし
動画見たら、音楽技術面だけでなく歌詞解釈についても話してて、歌詞解釈の面で原作知る人から説明されてるだけだった。/Flight of Icarusの歌詞解釈を原作のギリシャ神話知らずにやって突っ込まれたみたいな。
バズり目当てでJPOP側がにじり寄ってる印象だなあ、シングレのオープニングJAM Projectじゃなくてエーとなったクチなので。
昔から音楽は宗教や貴族や物語の付属物だった。芸術としての音楽に昇華した作曲家が偉大なんだ
1期はあんまり有名じゃない歌手がテーマソング歌ってたのに、アニメがバカ売れすると2期から有名歌手がテーマソング歌い出すのとか。群がってんなー、ておもう。
“タイアップという補助線が消え去った未来において、純粋な音の設計”→井上陽水氏の「少年時代」は同名映画に書き下ろされたが、下手したら映画以上に稼いでそうだもんに/しかし、とてもおもしろいもっと語りたい
アニメのタイアップはほぼ自動的に世界市場に出られる状況。逆にJ-POPの人たちが長編の映像作品を作るなら面白い。MVじゃなく。『風をあつめて』なんていまだにカバー含めてCMで使われている。曲自体に物語があるから。
再生回数がゴールになって楽曲の長さがどんどん短くなりアルバムも1つの作品として聴かれ難い現状だと、タイアップ作品で世界観を補う必要がありそう
アニメのタイアップ「すら出来てない歌」が多過ぎる。作品読んで観て理解してから歌を作ってくれ。そうすりゃ売れるから。/1985年に作られた秋元康歌詞「うしろゆびさされ組」の方がよっぽど原作理解してたぞ。
元々タイアップでしかJ-POPは売れてない(時々その外でスマッシュヒットが生まれる)として、問いは「自由はあるのか」。スポンサーじゃなく客が寄り添いを求めるのは最近の傾向かも。下に見てるとかあほらしい。
ベテランアーティストは尖ってた10代20代を経て、特にもう世に伝えたいメッセージなどない、という達観というか老化というか生活化が起きると聞いたことある。これアーティストじゃないけど何か分かるんだよな
「アーティスト」と崇めてる感じなので炎上。 「ミュージシャン」と言ってればいいのに
id:yamuchagold その答えは文中に書いてあるでしょ?ドラマにおいては基本的に「出来合いの曲を無理やりくっつける」後づけタイアップなんだよ。だからそれを言っても意味がない
BOW AND ARROWに感じてた物足りなさ(過不足なさ過ぎ)のヒントがある気がする。/CMタイアップの現状はどうなんだろう。Mrs. GREEN APPLEとか使い回し多いし(ライラックやクスシキをCMに使うの、この記事の文脈ではどう捉える?)
ライブは物販ないと赤字になるから、楽曲はタオルやTシャツのノベルティ扱いされてるのは運営側としては常識(いま思いついた
1990年代の音楽の絶望に比べれば全然マシだよ
別に90年代もヒット曲ってほとんどドラマの主題歌だったと思う。大体ラブストーリーなので、適当にラブソング合わせればハマってたから、現状のアニソンとは話が変わって来るが。
ガンダムを作った男達にあっただろ……御大曰く「いずれこういった連中がいないと立ち行かなくなる」と。その時が来たのよ。
音楽を批評するために原作を読め(観ろ)という過激派オタクへの反論と理解(ブコメにもあるけどなんでこんな回りくどい言い回しなんだ...これだから批評家はry )。個人的には曲のみを批評する目線はあってもいいと思う
TOP10みた感想は「ミセス強い」。世界に簡単に発信する手段の1つとしてアニメ主題歌があり、裏側コンペみたいになってんだろうなとは思う
“対照的なのが藤井風『Prema』(2025年)だ。”サイババのタイアップだろそりゃ。バカも休み休み言え。J-POPが主で、アニメやその他は曲に傅けってのもなかなか乱暴な意見ではないか?
海外進出しやすいからな
アニソンへの回帰だとして、記事の言う寄り添いから「さらばやさしき日々よ」とか「亜空大作戦のテーマ」が生まれるイメージが湧かないのよなあ。漫画のコマをなぞった作画を原作再現と呼ぶ風潮と似たものを感じて。
ドラマ云々のトップコメについては記事内で触れらているので的外れなコメントにスターが付けられている 全文読んだけどアニメを下に見ているとも感じなかった 主張が明確で評論の意味を解く良い記事だった
不良やヤクザをドラマに使わないから、ドラマの人気がないだけだよ。最近の大河は「朝ドラ」だよwアニメはなぜか、殺し合いをしても問題ないから。
90年代にラジオでかかった全米ヒットの洋楽がいまいちでなんだこりゃと思っていたらパーソナリティがドラマのタイアップでなければこの曲はヒットしていないだろうと解説していてみんなそう思ってたのかと納得した
そもそも「楽曲の力だけで」売れるってのがそもそもの幻想でしょう。何らかのナラティブ無しに売れない。コバンザメみたいにヒット作を利用して再生数稼がずにヒットしてないけど曲としていいものを取り上げれば
”「原作への忠実さ」”が倫理になっているのは昔からで、90年代後半がおかしかっただけではと思っている。楽曲が売れるかどうかとは別の文脈。/作詞には原作の文脈は重要だが、作曲には重要ではない気はする。
秋元商法が終わっただけのようにも思える。密度が変わった。
昔から売れる曲はタイアップのものが多かったが、近年では歌詞が寄り添う形に変化していった。それを下請けと表現してオタクを釣っている
原作リスペクトが絶対正義になると音楽自体の評価が二の次になるのは分かる。ヒットチャートがアニメのお品書き状態だしな
Spotifyで聴くけどアニメはそんなに知らないので後から何のタイアップか知ることが多いなあ。
アニメはアニメで原作へのコマ単位での過剰な忠誠を求められ漫画の下請けなのか?状態だったりするわけで
OPEDスキップしてるので何とも言い難い。アーティスト様には好きにやっとくれと思うが一部の考察勢がうぜえなと時々感じる。ミセスはもう名前だけでOKの地位か/関係ないが3位の「アーパツアパツ」がすげえ異質w
アニメが大きく貢献するようになったのは間違いない。もはや、かつてのるろ剣のOPみたいなことにはなるまいよ。
「批評」と「批判」を取り違えてそうなブコメがいっぱい観察される
このnote自体は少々過激だが、この人が普段書く批評はこういうスタンスだという宣言なのだろう。それに原作見ろとか文句付けるのは間違い。個人的にはタイアップ曲はヨルシカの向き合い方が好き
下に見ているとかではなくて、「原作に触れないのなんなんだよ」に対するアンサーなんでは? 見出しが強いからあれだけど
YOASOBIはMVも含めて原作に寄り添いすぎな気はする。もはやアーティストとして何を表現したいのかよくわからない。
ややオフトピだけど、アニメとは逆にCMタイアップで売れた曲というのがなくなってきたねえ。
協業でしょう。Jpopのないアニメって最早想像出来んし、多分売れない。
タイアップが多いのは確かだとして、人気が出る前のミュージシャンにタイアップは来ないので、まずオリジナルの楽曲で人気になるというプロセスはあるような。
既存の音楽ファンがあまりに金を出さなすぎたからでは..
逆だよね。タイアップしないと売れないってだけ。
PENICILLINのロマンス
yoasbiは小説を読んで風景が浮かぶ様に曲が浮かぶ人なのだと思う、売れすぎて商売に絡まない曲を作るヒマが無さそうなのと影響力があるので好きに曲が発表出来なさそうに見えるけど
“かつてのアーティストが物語を自分のフィールドに「引き寄せた」のだとすれば、米津は音楽の側から物語の懐へと「踏み込んだ」のだ”
しかし、音楽ってのは嫌でも聴こえてきて特に若い世代には「刷り込まれ」てタイアップ先見てなくても覚えるもんなので、「タイアップ文脈」を過剰に重視するのは、たとえ批判者が20代でも、オッサンの論理だなぁと
アニメファンを虐げていた飯島真理の見苦しい往年の掌返しを苦々しく思っていたが、「自分は偉いんだ!アーティストなんだ!おまえら底辺アニメファンと一緒にすんな!」という人がいると。このスノッブがって感じ。
そもそもJpopて音楽ジャンルなの?日本で売れてる特定のジャンルに属さない楽曲の総称でしかないのでは?そしてタイアップは売れる。というだけでは?んでタイアップなれば元の作品とのシナジーが求められるのは必然
音楽が単体で立ってたっていうのが割と幻想だと思うよ?タイアップやメディアの下請け構造が音楽っていう単体では売るのが難しいものに価値を生み出していた。「従属」してなかったってのはメディアに力があっただけ
論点はアニソンでは?jpopやタイアップ云々だと面倒くさい話になる。アニメのために作られた曲こそ純粋にアニソンとして評価できる令和のアニソン論。結局は自称音楽ファン側がアニソン・タイアップを下に見ている
例えばラップの歌詞批評するなら、他のラッパーへのdisとかは当人達の関係性という『原作』への理解が無いなら語り得ない訳でさ タイアップ曲を語るなら原作の文脈知識が必要ってのも同じ事じゃない?
↓『君の名は。』はRADWIMPSの曲を聴くために若者が見に行ってると聞いて、当時なんでここまでヒットしているのか分からなかった自分はマジかよ?!って思った記憶。
JPOPはケチで貧乏な音しかしないからアニメ絵でもついてないと聞かんってことでしょう。KPOP業界もうんこだけど、唯一いいところは音楽に大金かけてるところで、とりあえず聞いてみようかなってなる品質にはなっている
音楽だけで成り立ってた時代なんて一度もありませんでした。こういう人がコピーコントロールCDみたいなわけわかんないことを始めて業界の未来をつぶすんでしょうね。アーティストが被害を受けないよう祈ります
主題歌として正常化しただけで今までが異常だったとも言える
最近OP/EDを飛ばすことが増えた。推しの子なんか両方飛ばしている。
"「原作を無視するな」という反応は、タイアップ元の知名度によってその熱量が露骨に変わる" フリーレンで見た id:entry:4742891943751947503
そもそもPOP=広告である。ポップミュージックは泡のように弾ける広告(消費物)であり、20年後には中古店に100円で陳列される運命。本質的には100円で買う価値もない。金を払って広告を消費したくなんてないだろ?
絶対当てたいアニメの主題歌を依頼する邦楽アーティストが固定過ぎてつまらない。Ado, Creepy Nuts, YOASOBI, ano, 米津玄師, ヒゲダン, ユニゾンetc. 全部「大ヒットしたアレみたいなやつお願いします」を発注しすぎ続けている
アーティストはドル箱で、表現云々はおまけだから、シナジーが出るプラットフォームに移行するのは必然
まぁ、すげー嫌な言い方すれば下請けだよね
ポジティブに考えればアニメは「主戦場」に躍り出たんだよね。実際その90秒でさえドラマは提供してくれない場合もある
メディアの多様化により人々の注意が分散され、その中でアニメがどれよりも大衆に注目されたコンテンツだったというのがランキングの結果ということなのだと思います。音楽の良し悪しは別問題。
アニメが好きな人が歌うようになったんちゃうの?
この人が言いたいのはタイトルのようなことでなく、冒頭に集約されていよう。音楽分析してんのにアニメ見ろって何?ってなるわな。でも芸術ってアホくさいがコンテキストに金払ってる面もあるなぁ。JPOPは芸術否かも
被害妄想やめろ。日本のヒットナンバーはずっと(昭和平成通して)起承転結で物語的展開を内包していたじゃん。それはそれとして厄介オタがウザ絡みしてすみません
“それが批評の基準ではなく、個人の愛着によって変動する「ファンダムの論理」であるならば、僕はそれに従うつもりはない。”まぁ、「(私が好きな)作品を貶めるな」と同じよな。「私が好きな」が大事なのよね
自律したヒット曲なんて昔っから無いでしょ。歌番組やドラマ主題歌とかラジオとかで流れる頻度がいかに多いかってのも大きいでしょ
物語と関係なさそうなタイアップが量産されてた時代を思うと、隔世の感がある。
スラダンタイアップなつかし/コナンもタイアップ良い/モチーフ匂わせじゃなくて、ガチ名前連呼する歌が好きだ。心を強くする。 そこで、みんなでブレイバーン視聴ですね。バンバンババンバーンババンバン!♪
“純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらいのものである。”HANAもオーディション番組がなければ楽曲売れてないと思うが
“純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらい”ほんとか?なんかオーディション番組で宣伝して「低評価されてきた私たちが云々」って文脈つけて売った曲じゃなかったっけ?
私は「アーティストで音楽を聴いてない層」なので、「きっかけがあって思い出があって初めて好きな曲」になる。学校などがなくなった今、きっかけはアニメしか無い。
JUDY AND MARYがるろうに剣心の主題歌歌っておいて「なんかアニメに曲が使われてるんでしょ、るろうに剣心とか知らない見たことない」みたいな事を公言していたので、アニメファンとしては今の時代の方が真っ当に見える
話題のアニメを見たら米津かYOASOBIかCreepy Nutsが絡んでる理由は 大抵アニプレックス製作だからやね 話題作を独占し主題歌もソニー・ミュージック所属アーティストが担当するから。
ワンピースのヤスタカはいつも合わないなと思ってる。ワートリとかの方が聞きたい
それは米津玄師がやる前から奥井雅美がやっていたことだな/https://www.youtube.com/watch?v=T2wjFqWFl1Q&t アイデンティティは2015年だが物語と融合を成してる。https://www.lisani.jp/0000001780/ 酒井ミキオ氏がインタビューで発注に触れてる
流通経路の一つとしてのタイアップだったものが、音声という比較プアなメディアを映像で補完する意味合いとなってきてる。タイアップは無視したければ無視できたが、メディアとして終わることには抗えない
本筋とは関係ないが「団子3兄弟」を「おかあさんといっしょ」とのタイアップというのはおかしいだろ。
動画見るのしんどいので、動画での楽曲批評と、それへの反応ってどんなだったのだろう?私はチェンソーマンも推しの子もほとんど見てないけど曲は好き。
たぶんこのひとが想定している「JPOP世界観」が、とうの昔に頭打ちしたせい。70-80年代がシティポップと認識を改められているように、90-00年代にもいずれ総括的な名前がつけられる予感。Y2Kあたりが妥当かもしれないが
AIが書いた文章って読んでて疲れる
映像作品へのタイアップ以外の販路を構築しようにも、著作権管理の現状がその足かせになってると思うんだよね。かつてラジオや有線が担っていた役割を、ストリーミングサービスが担えていないような…(´・ω・`)
タイアップするなら仕方あるまい。嫌ならしなければ良いだけの事。
JAM Projectをドームに連れていけなかった時点でオタクってのはそもそも自分勝手な存在だとは思ってる。
『そばかす』こそ『愛をとりもどせ!!』『タッチ』『CHA-LA HEAD-CHA-LA』などのアニソンの名曲の流れをぶったぎってしまった不評のヒット曲。米津玄師やシドやYOASOBIはアニオタ待望のアニメに理解のあるアーティストだった。
ドラマタイアップからの変化も、歌詞がアニメに寄り添うようになった変化も本文に書いてあるんだから読んでやれよ……/テレビが力を失いドラマ、歌番組を見なくなった結果、音楽がリーチしなくなったんじゃない?
まず無駄にカッコいい言い回しをやめよう。「楽曲と映像は同じ時間を共有していても、意味の次元では鮮やかに分離」なんて、「歌詞はアニメの内容と無関係」で伝わるだろ
“「あのアニメのOPだから」という理由で聴かれるとき、楽曲の音楽的な達成は保留される。その保留を解除することが、批評の仕事”えぇ/アニメタイアップだとこのインタビューを思い出す https://wesugisan.exblog.jp/22226256/
冒頭の話は単に想定視聴者以外にリーチしただけに聞こえる。作編曲に興味無い人は曲の構造なんか知らんし、詞はタイアップ先ありきなのでなんか言いたいなら原作を踏まえた意見が聞きたいのは納得する。
アニメは元々専用の主題歌が奢られていたのが80年代半ばくらいからタイアップ中心に変わった経緯があるのでアニメとの関係性が求められるのは仕方ないのかなと思う
ドラマだと本編の内容と歌詞が関係なくても普通なのにアニメだとオタクがうるせえんだな
ドラマやCMの主題歌がアニメに置き換わっただけ、かもしれないがアニメの方が原作理解の解像度が要求されるので「文脈を理解して語れ」は正解ではある。ていうか米津玄師の才能がこの業界をややこしくしてるのでは。
昔はアニメタイアップ曲というだけで変な空気になってたもんな、、
せっかくの音楽が、性差別&児童ポルノアニメに使われることが残念。
「歌詞が原作から生えたような曲のほうが無関係タイアップより売れてる」のを音楽がアニメの下請けになったと嘆くなら一般大衆がサブスクで満足せずCD買うような曲をオリジナルでバンバン出したほうが良いのでは
fhanaの佐藤さんからの反論も秀逸。歴史的には音楽が単体で成立している時代の方が稀という話。それはそうとYOASOBIは良くも悪くもやりすぎたと思う
米津とかYOASOBIとかヨルシカとかもう飽きたわ。はっぴぃにゅうにゃあみたいな骨のあるアニソンは無いのか。あとアニソン歌手ってどこいった?エイルとか
そばかすのあの大惨事をそう評する時点で、お立場が透けて見えすぎる。5のあたりの論説はもうタイアップというよりは歌手によるファン活動なところまで踏み込んでると考えている
鬼滅の刃の映画は原作に忠実ではあるけれど映画としての出来には疑問を感じた。 楽曲もそんな感じなのが大ヒットしたりするのだろうか。 ただ今のところそういうのは出現してない。
まあ曲だけ良くても誰も聴かないし売れないもんな。リーチする媒体が変わっただけ。言い方悪いが寄生みたいなもんだと思うのでお高くとまる意味が本当にわからん
なるほど。どれも納得できるな。しかし、小説ですら批評の中にそれが書かれた背景が出てくることもあるので、音楽も背景の影響をゼロとして語れはしないだろうとも思う。
まとめると、お前らもっと忘却バッテリー見ろや、ってことですね(多分違う
下請けになってあらゆる意見を取り入れた曲は、強い曲が多い気がする。
娯楽コンテンツが分散しすぎて「みんなが見る歌番組」なんて存在しなくなったので、アニメがマスに曲を届ける歌番組の役割を担ってるんだと思う。
こういう人、タイアップなくても海外で人気のあるBAND-MAIDやLOVEBITESとかは見向きもしないんだよな。海外ミュージシャンのリアクションの方がよっぽど音楽的に分析していて面白い。
”「原作を無視して批評するな」「アニメを観てから語れ」”要するにつまらん素人のべき論がいちばんつまらんっていうことよね?
自分の中にある言語化できないモヤモヤを表現し、世間に訴えてくれるようなアーティストに惹かれるし、それを探すのが音楽の醍醐味だと思っている昭和のおじさんからすると、流行の曲しか聞かないのは残念と思う。
音楽好きには理解できないかもしれないが、音そのものを好きな人は案外少ない。多くの人は歌手のルックス、キャラ、タイアップとその文脈、歌詞、友人関係などとの総合(またはそれのみ)で音楽を聴いている
昔からドラマタイアップとかTV番組タイアップしたほうが売れやすい傾向はあったから過去40年分位のデータ調査すると面白い傾向が見えてくる気がした。いつ頃ドラマタイアップからアニメタイアップに推移したかとか
SNS上の意見を世間一般と同じように勘違いする風潮は止めなさいよ。メッセージを直に受ける側はそう思っちゃうのも分かるけど、そのへんの区別を出来ない人にSNSでの発信は向いてないよ。
タイトルしか読んでない奴多すぎ問題
スラムダンクに顕著だけど特にジャンプ作品のアニソン利権がビーイング系からロッキンフェス系に奪われた2-30年だったと見れる。
握手券売りで大手アイドルの誰も聴いてない曲がヒットチャートを席巻していた時代とかよりはマシになった気もする。とはいえ曲を批評するのにタイアップのアニメまで観る必要は別にないわな。
じゃあどんな音楽が好きなんだいとnoteの他の記事をざっと見てみた。見事なサブカルおじさんだった
米津とyoasobiの功罪だと思うよ⋯、米津なんかそれでいて単品でもすげー楽曲あげてるんだもんな。あと、アニメ以外でもコンテキストがないと売れないのが主流だと。すなわち、アイドルや推し活のようなコンテキスト。
下請けがドラマからアニメに変わっただけでは?
音楽のみならずあらゆる芸術の価値はコンテキストにあるのに何に文句を言っているんだ
今はアーティストさんのほうもアニメ大好きでオフィシャルでアニメを解釈しなおして音楽に落とし込むなんて絶頂するほど楽しいお仕事なんだと思う。みんな楽しそうだもん。
「90年代のCDバブル」←かつての「KDD(カラオケ、ドラマ、大幸システム)」もそうだし、J-POPじゃないけどオペラや映画音楽だってタイアップみたいなもんだよね。佐藤純一氏の評 https://x.com/jsato_FLEET/status/2031397551904285130
というか霞食って生きてるわけでもなし、自分らが出すコンテンツをバフ出来る上に何度でも擦り倒せる方法があったらそりゃ繰り返すでしょとしか言えないんだが。 現状を変えたきゃ別ルールで売れるしかない。
みのさん的には議論を巻き起こすことが目的だったろうから、意図的に挑発的なタイトルにした狙いも当たったんじゃないかな ブクマ数もXでの音楽評論家の長文もたくさん読めた
“求められる熱量は原作への敬意というより、単にファンダムの大きさに比例しているだけ”
ステージが変わった(いつも変わってるが)
タフボーイは80年代後半に出た曲だから、元の歌詞だと10年ずれてるんだよなあ
アニプレックスにまったく触れてない時点で、読む価値のない元記事。
アニソンシンガーのOP、声優がキャラ声で歌うEDが聴きたいのにね
https://x.com/jsato_FLEET/status/2031397551904285130 こういう「下請け」みたいなワードで分断を煽る奴は嫌いだね
「物語の記憶が薄れ、楽曲が単体で、裸の音楽として聴かれるようになったとき、最後に残るのは音楽そのものの実体だ」時間の試練に打ち勝った曲が名曲である。
まず、音楽批評で社会的なものが優位なのはなぜか?純粋に音楽的な批評はできないのかというちょっとした論争があって(noteのちょっと前の記事)技術的な分析をしてみたらアニメの事を書けと言う人が来たという流れ
一番えげつなく稼いだ小室と秋元はとっくに勝ち逃げ済み。
"90年代まで、楽曲はあくまで独立した作品として先にあり、それが後から映像に「あてがわれる」形が主流だった。" むしろ、こんな形が主流だったことが不思議な現象だな。「主題歌」だよ?作品の一部だと思うよ。
音楽評論家が純粋に音だけを元に音楽を語れない空気はおかしいだろ、歌詞とアニメ作品の関連性を語るのはアニメ評論家がやる仕事では?
キャッツアイとかタッチまでは作品名入れ込んでたけど、シティハンターくらいから変わってきて90年代はタイアップばっかりになってたな。最近はタイアップ通り過ぎて先祖返りしてる印象。
アニメの方が海外にリーチしやすいから海外展開狙いたいならアニメタイアップが早いよね。“楽曲の評価”そのものがなされない虚しさはあるだろうが、まず聞いてもらえなければ意味はないので
30年経っても「そばかす」 が、本編の内容と合ってないアニソンの代名詞なの笑っちゃう。いやこの論旨なら、もう超えられることのない壁なのかもしれないな…
ドラマのタイアップは制作側がレコード会社に頭を垂れて作品を楽曲のMVにと差し出してきた、クリエイターにとって忌まわしい歴史だったと思うんだが……
「アーティスト」ってなんだろう?とはなってる。音楽は良いし作品の没入感向上にもなっている。が、これはもはや「アート」ではなく、音楽職人による「デザイン」になっているなとは感じる。
歌詞のある楽曲には世界観が大切だから、タイアップとは相性がいい。原作者より良い歌詞を書くかもしれない米津玄師が天才過ぎるってのもある。
歌詞がある曲はすでに純粋な音楽じゃなくて歌詞で音楽を説明してるやん。ていうかタイトルで説明してるやん。今こそ絶対音楽を復興せよ!交響曲を再び音楽のメインシーンへ!(過激派
記事は、ドラマがアニメになっただけではない(主従関係ができてる)という主張をしてるのに、トップブコメに星つけてる面々は記事読んでないのな。
2016年YouTubeどハマり世代なので、みの君がこうして様々な議論を巻き起こしてるのはなんだか嬉しい。
一時期はアニメがJ-POPの下請けだった。/コメントを見て。タフボーイは原曲は「living in 80's」であり、それを90に変えて北斗の拳で使っただけ。今は20に変えて歌いたい。/たしかに「アニソン」回帰かもしれない。
音楽・楽曲にのみにフォーカスした批評はウケが悪い…とタイアップを語ったとたん従来型の音楽評論家からこってり言及される様式美。みの氏のアナリーゼ的な批評スタイルは面白いのでめげずに続けて欲しい
個人的には10年代以降の若いミュージシャン達は「歌うべき何か」を持ってないと思ってて、でもなんとなく歌いたいのでアニメがあってラッキー、くらいだと思ってる。それは大衆音楽家として普通の姿だよ。
大筋は同意しつつ、大衆に認知されたターニングポイントは確かに君の名は。な気がする。
タイトルからいきなり「そこに上下関係があることを事実化する」のやめたほうがいいと思う
アニメがメインストリームに上がってきたから力関係が替わっただけな気がしないでもない。アーティストの世界観に引っ張り込む感じだとアニオタに刺さらないから迎合せざるを得ないのでは?
アニメのタイアップなしでは曲が売れないが、タイアップの曲がなくてもアニメは視聴されるってことでしょう。アニメが主で曲が従。現実としてそうなっているのになぜ怒っている人がいるのかわからない。
杏里が嫌々歌ってた話してたな
ゴダイゴに丸投げしたらすごいの出来て原曲を知らない世代が聴いている・・・米津も変わらないよね?タイアップなしでも売れるけど代理店は逃さんよな。逆にAdoは演者側に寄ってて微妙に世界観ズレた曲乱発してる感。
アニメと音楽が一丸となるのは訴求力や品質向上に繋がる良い流れだし、そこに音楽的な批評もあるべきだという意見にも同意。ただこれ流行歌限定の話なので「J-POP」という主語は大きすぎる。フックなんだろうけど。
今は音楽がアニメに過度に従属しすぎて音楽としての独立した価値が批評として語りにくい。ってこと言ってるだけでアニメをダサいとか下にみては無いと思うが。下請けに引っ張られすぎじゃね?
じゃあ健全な売れ方って何よ?ラジオ?MTV?握手会商法?とか考えるとブコメの文字数では語りきれない。/個人的にはジョジョのEDでイエスの『Roundabout』が起用されたのは衝撃だった。
そもそも音楽はドラマだったり演劇だったり宗教儀式だったり何かの「下請け」という面のほうが大きいと思う。
朝ドラのテーマ曲なんか、モロにドラマをモチーフに取り入れてヒットしてきたわけで。ドラマに限らない。地上の星とかも番組企画寄り添い。それがアニメになったところで、それがなにか?という話でしかない。
山口一郎の発言もなんだけど、最近のこの手の人の話って最先端の話をしているつもりが、よく見ると90年代あたりで音楽業界なりの認識が止まっているとしか思えない。タイアップなんてbeingの代名詞でしょ。
嫌な言い方するなあwまあアニメの背景ありきの曲とか単体で見たらクソになるのは仕方ないよね
「リライトは鋼の錬金機師に向けて作って頂いた訳ではありません」 https://x.com/oichanmusi/status/2031558029532135544
ドラマがアニメになっただけでは、って書いてる人、記事の5節以降読んでます...?
やしきたかじんが草葉の陰で喜んでくれてたらそれで良し。
歌謡曲の時代にサザンが日本語破壊者みたいに扱われたけどJ-POPとして認められたみたいに、既存の何かは破壊(拡張?)している気がするから、別の言葉になるんじゃない。
具体的にアニメきっかけでそのアーティストを知って、ファンになるパターンはすごく多い。 いいではないか(´Д`)めう
アジカンだとリライトの2年後の「ある街の群青」(映画「鉄コン筋クリート」主題歌)はもうアニメの中身にがっつり合わせて書いた曲なんよね。大サビの「そこから何が見える」は原作・映画のラストに出てくる台詞
オリコンならともかくBillboard JAPANでしょ?海外で売れようとしたら仕方ないのでは
元々映画やドラマやCMとのタイアップだらけだったのに、今更? こういうオタクの見下し合う文化きらい……
動画見たけど前半は面白かった。けど、この人は叩かれてる理由が、2番の解説が余りにも見当外れだからだと言う事に気付いてるのかね
けいおんの曲が流行ってた頃FM愛知上野がこれをあからさまに差別して「J-POP頑張れ!」と言ってたのを今でも鮮明に覚えているが、相変わらずの同類だな。まるで藤原がアビスの物語を支配したかのような言い方までして。
以前からある「批評を攻撃としか受け止められない層にすら拡声器が与えられてしまった」という話でしか無いような。どんな音楽でも自由よね。個人的な趣向で言うと寄せ過ぎて楽曲が稚拙になるのは嫌い。
興味深い考察だった。ちなみに自分はオープニング曲は雰囲気で聴いてるので、あんまり原作の理解とかは気にならない(これがオッサンになったということか…)
昔の化粧品キャンペーンCMのタイアップ曲はキャッチコピーそのまま歌詞にしてたよね。
ドラマとのタイアップのころはそこまで原作解釈ゲームではなかったよね
2015年のクラムボン・ミトのインタビューの中で、ポップソングがアニソンやボカロと同じ土俵で戦うには言葉やメロディの強度が圧倒的に足りないと危機感を訴えていた事を思い出した。それから11年。
「なった」かどうかはともかく、この記事に寄せられた意見を見るにアニメ込みで評価も売り上げも変わるのは事実のようだ / A-B-サビの形式に固執してるのもタイアップのためだったのかもね。形式にまで影響している。
やってることが総合芸術よりになってきてるから主題の作品込みで評価しないと評価にならないのはそうなんじゃないの。オペラの本編観ないでオペラ曲語るようなもの。体験としては音楽単体より強くなるのは当たり前
これだけ丁寧に説明されても、昔からタイアップはあった、では残念 / 「勇者」好きなんだけど、物語本体とEvan Call劇伴との組み合わせ(一致&ギャップ)かな、と思ったり
ジュディマリの「るろうに剣心」のOPのひどかった無理やりタイアップ時代を知っているとね
この流れでCreepy Nutsの名前が出なくてタイトルのBBBBだけとかある?タイアップなのに持ち前のパワーでタイアップ先ぶん殴って音楽だけでも成立させてる数少ないヒットメーカーだろ。
現代のタイアップは、しばしば音楽が原作に「従属」することを求められる > 鋭い論考。ポピュラー音楽が悉く注文楽曲となった窮屈な世界。音楽で食べるのはしんどいねぇ...
かつて作品に合わないタイアップが多かった時代でもそういったタイアップは叩かれていた。そばかすはその代表例。作品に沿ったタイアップが増えたのはその反省から。
おたくに非ずんばミュージシャンに非ず時代か
「そばかす」の失点は「HEART OF SWORD~夜明け前~」で全部取り戻した感はある(読んでない
売れてない曲あたりを漁るのが好きな部族からすると、ドラマやCMタイアップで売ってた曲が定型化して、自由にできた深夜アニメ枠で新人輩出しやすかったという印象。今アニメで同じ現象が起きてるのかもしれんけど。
この点2枚組のコンセプトアルバムの半分をタイアップ曲で構成して両立させてる意味わからんことしてるのが中田ヤスタカなんすけどコールドスリープの話題ばっかでみんなネビュラロマンスの話しない
アニメじゃない!
全体的にオタクを見下してたサブカル評論家ルサンチマンが滲み出てて読むのが辛い/みんなアニメタイアップに群がってるせいでアニソン専業歌手が絶滅に瀕してるのはちょっと悲しい
この記事がサブカルのオタク界隈蔑視という風に捉えてる人がいるのは違和感かなあ、むしろ切り分けられてない人たちのほうが、なにかを軽んじてる気がする。
ケイト・ブッシュの「嵐が丘」は「嵐が丘」があってこそだね。そういう作品もある。米津玄師の「M八七」はそういう領域
ドラマファンと違い何故かアニメオタクは作品への従属を要求するので結果的にミュージシャンの作家性が損なわれると。考えたことなかったけど面白かった。
昔はメジャーかインディーかみたいな対立あったね。売れたら自由がなくなる、みたいな。今はもっとフラットで、ただアニメ作品が好きで盛り上げたいって素直に面白がってそう。
日本の映画業界だって、子供向けの特撮やアニメの劇場版がヒットしたから他のジャンルの映画が撮れるって、スタッフ自ら自嘲してたがw。
J-POPはアニメの下請けになったのか?|みの
むしろ踏み台にするくらいでいいんじゃないでしょうか
アーティストの売り込みのために作品と合ってない曲が主題歌に設定されていた時代からいつのまにか逆転。
ドラマやCMのタイアップの力で売れる、アニメのタイアップで売れる、の間に、握手券や特典商法で売れる、があったわけでそこからはマシになったとは思ってる。またアニメ漫画はほぼ無限にテーマがあるから良いのでは
米津がタイアップを作品解釈ゲームの場として完成させ、業界ごとそのデスゲーム会場に書き換えたので。別のゲームを提示できるアーティストも不在。羂索の死滅回遊やね。
はてなのgotanda6こと速水健朗氏が書いた本が「タイアップの歌謡史 」。/2007年だから約20年前というショック
流石はみのミュージック、批判を恐れぬ堂々たる文章。名文は多くの場合、反骨から生まれる。/ただアニソンは元々そのスタート地点から作品世界と密接不可分であったという前提が抜けているように思う。
俺は音楽の方のアンテナが強いから曲は聴いてアニメ見たり見なかったり。トップチャートレベルだと見てないけど聴いてる層多かったりしそうだがどうだろう
音楽批評屋さんからしたらクソめんどくさいコンテクストが増えてやりにくいってのはわかるけどね。今はバジェットが出せてが結果も出せる体制はオーダーメイドのアニメタイアップしかないんだろうね。
米津玄師はタイアップて言うより劇伴やん
“アジカンの「リライト」~を聴いて即座に『鋼の錬金術師』を想起する人は多くないだろう”…は???後、ナルトのOPもあるでな。「バンプのTOAはノーカン」理論も謎すぎる。 https://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/251215a/5
”アニメを観てから語れ" っつったって、いい曲はいいんだよな
新世代アーティストもメジャーに行ったらタイアップ必須という日本の伝統芸能を伝承したのてすね^_^
ドラマがアニメになっただけでは?元々タイアップでしかJ-POPは売れてないのでは。
アニメに歌詞付きの曲は邪魔だと思う自分は超少数派か
井荻麟や志倉千代丸作詞の主題歌で育ったアニメファンとしては一般アーティストもそれに追い付いてきたなという気分だけど、音楽側からみたら複雑な心境なのかもな
対立厨
半分くらいしか読んでないけど「作り手がオタクになった」の一言で説明つく。お前が音楽オタクであるのと同じようにアニメや漫画のオタクが音楽を作るようになっただけ
いい歳してアニメがどうとか言ってんじゃねーよ。気持ち悪りぃ。
純粋に音楽を音楽として楽しむ人は上級者で、そう言う人は中道改革連合みたいに滅びゆく種族なのだろうなあ。
そばかすはキャンディキャンディの曲なので/配信ベースだとアルバムとして作ってもバラで聴かれてしまう問題
音楽業界人は間違いなくアニメはダサいものって下に見てる。だからこういう論調になる。
商業音楽が「手段」なのは当たり前では。ウケることや稼ぐことを目的としないなら趣味でやれば良い。なんてな。総合芸術から逃げて間隙を狙うことも、一部が全体を飲み込むことも、別に不可能ではないだろう。
この手の話をするなら高橋洋子と森口博子を抜きに語るなと言いたくなるアニソン老人会
楽曲と物語の関連の強度は最終的には音楽側に決定権があるし、高強度な曲(YOASOBIや米津)は物語を関連付けないと不足する、低強度の曲(MGA)は単独で語れるというだけでは。あとマッシュルはTikTok絡みの方が重要な気が。
作品世界と関係ない「主題歌」を提供するかつての方法論の方が作品視聴者を馬鹿にしてたと思う。良いヒット楽曲を作品側からの依頼で主題歌に据える例もあるし、アーティストはタイアップ考えず楽曲制作すれば。
かつてアニソンはずうっと同じ曲(例CHA-LA HEAD-CHA-LA)だったけど、2000年くらいからちゃんと1クールでOPED差し替えてCD売れるようにしたよね(例あんなに一緒だったのに)
YOASOBIは原作をしっかり読み込んで作ってるから尊敬する。どっちが上かみたいな論争は無意味
アレだけ影響力があるとね。ドラマじゃ国内だけどアニメだと世界に売れるし。ビジネス的に外せないよね。
他方アニメ業界やファンが音楽業界を陰で見下しているからこういう現象になる。今度桑田佳祐も参戦したけどアニメの論理でやれるかなあ。鈴木雅之は黒子に徹したが『サマーウォーズ』の達郎は今どういう評価だろう
古いなぁ 何十年前の話をしてるのだろう
アニメのタイアップが嫌とは思わないけど、なんで話題のアニメ見たら、大体が米津とYOASOBIとクリーピーばっかりなんだろうとは不思議になる。アーティスト側は、そのおかげで海外ファンもつくからいいんだろうけど
(米津玄師的な)原作への解像度がすごいという観点がピックアップされたのは宇多田ヒカルのBeautiful World(2008)あたりからだったような記憶。うるさいエヴァオタクが大絶賛してた。
ジュディマリのそばかすに関する誤解罷り通ってるな。タイアップ曲ながら当初はるろうに剣心原作に沿った内容の歌詞、音楽性だったけど当時の音楽プロデューサーに売れる曲を作れと指示されてああなったとか。
アニメのタイアップに日本のトップミュージシャンが名を連ねるようになったのは、アニメの力が世界レベルで巨大になったからなので、力関係的に従属的になるのは避けようがないんだよな。
あれ、このひとちょっと前に自分は内在的批評を重視してるって言ってなかったっけ…こんな薄っぺらい社会状況の批評もするんだ
2006年頃からアニソンしか聞かなくなったわたしからすると、歌詞だけ媚びたクソつまんねえ曲をアニソンに持ち込まないでほしいなぁという気持ち
https://x.com/shiba710/status/2031360208942014543 「君の名は。」をターニングポイントとするこの人の考え方が面白かった
過去から現在に至るまでタイアップなしで売れた曲って相当レアなのでは? / ソニー系列のアーティストだからじゃないですかね。>米津とYOASOBIとクリーピーばっかり
確かに「TVドラマの内容を抜きに音楽だけ語るな」みたいな人間はTVドラマタイアップで音楽が売れていた時代には存在しなかった。底が抜け落ちたのはアニメの時代だけともいえる。
音楽好きじゃない殆どの人には「よく耳にする曲=好きな曲」だからね… 知らない曲は聞いても貰えないのよ / タイアップよりアーティスト独自の世界をもっと聞きたいのが本音
アニメの主題歌になれば海外のアニメファンにも届くからね。サブスク全盛の現代では世界でファンを獲得できるのは大きいのだろう。
YOASOBIは元々小説等の他の作品ありきで曲を作ってなかったっけ。他にもそんなアーティストが居た。そういう在り様のアーティストがメインストリームにいる事を考察したらどうだろう。
チ。の劇伴で不思議な旋律の曲があり調べたら天体の軌道を譜面に落とし込んでたりしたので軽視して雑に聞き流してると損すると思う
なにか考察が足りてない感。J-POPが単体としての商品的価値を亡くしたのはYouTube台頭(その後にサブスク全盛)からで、そりゃ無料で聴けてCDが売れなくなったから。商業的価値にタイアップが残され浮き彫りになっただけ。
アニメがザイオンス効果が得られる希少な機会の一つなのでは。また、情動と音楽がリンクして体験する機会でもある。
チャート上位のタイアップ曲しか聴かない人の発想だとそうなるかもしれないが、作品に深くコミットしたタイアップ曲は楽曲提供やサントラ制作みたいなもんだし、それで稼げるなら稼いでもらったほうがいい。
ところでガチガチに歌詞にアニメの内容を合わせてるけど話題になってない「CutieHoneyUniverse」のEDの話しましょうよシスタージルからハニーへの一方通行百合の歌だよ。歌手死んじゃったのに誰も思い出してくれないし……
昔は曲の良さだけでパッと売れることもあったよね。今はそういうワクワクがゼロ。いや、ボカロ界隈ではたまにあるか
北斗の拳2OP「TOUGH BOY」(1987年)の時点で原作の理解度高い曲はちゃんとある気がする。
“ 「原作を無視して批評するな」「アニメを観てから語れ」”バカの相手をすんな
https://x.com/lucaspoulshock/status/2031317971126333503 サブスクで音楽が“所有”されない時代に、聴き流されない流通手段としてアニメ主題歌は都合が良いのかもなー
ふむふむ、ボクにゃ、音楽も anchobi が大事にゃんだね!でも、 anchobi のために anchobi が anchobi に anchobi されるのは anchobi にゃ!
文句あるのかw?じゃあ黙って瞳見つめとけやw
そりゃまあアニメ視聴者はアニメを見に来ているのだから、音楽も同じ方向向いていた方が体験が良くなるでしょうね。
ありがたくお仕事受ければいいだけでは。
アーティストにもガチファンが増えた。ビジネスファンな人もいるだろうけど。
「寄り添う」って言葉が濫用されておかしくなった。純音楽的な楽曲分析にたいして原作がうんぬんって批判が殺到するのはお気の毒すぎる。
ゴダイゴの『ガンダーラ』『モンキー・マジック』『銀河鉄道999』はそういう意味では作品内容と音楽が不可分で双方強力ですごかったな。
アニソンは大事な出稼ぎ先…だと思ってたらすっかりアニソン歌手みたいになってるアーティストとかいませんかね…//遥か彼方のブレイクからリライトのサビになってしまうので訴訟
ごもっとも!と思いつつも、人間の認知能力の特性的なものもあると思うしなぁ
"「タイアップの暗数」が、89秒フォーマットのまま市場に溢れている。"へえ、なるほど
HANAはタイアップじゃ無くて、ASAYAN式でしょ。これを楽曲の力だけって説明は批評としてダメでは。
逆にアニメファン側からすれば、もうアニメをJ-POPの販促プロモーションに使うなって恨み言もw 去年の夏アニメの『クレバテス』のEDでJ-POPではないEllie Gouldingの書き下ろし「Destiny」を聞いた時は心が洗われた…
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カレーを食べた後に米の美味しさを熱弁しているような
ボカロ系を主に聞いてるから全然そんな感じがしない。記事の話はJ-POPというより流行曲の話だと思うしアニメコンテンツが強い今はそりゃ主題歌は売れるだろとしか思わない
米須とかYOASOBIみたいに原作を理解したうえで曲作るスタイルは昔はアニソンってジャンルでJ-POPとは区別されてた気がする。ドラゴンボールとかキングゲイナーみたいな。
元々総合芸術として作った特殊な音楽なのに、それを指して音楽が下請けになった/付属物になった、みたいなこと言うの意味わかんないんだよな。ミュージカルだってオペラだって、似たようなのは昔からあるだろ。
映画音楽の流れを含むなら、90~00年代初めぐらいまでのごく僅かな期間、筆者が併走と呼ぶ、実態は作品無視した時代が異常で、あとは協奏だと思います。アニメをマンガの下請けと呼ばないように決して下請けじゃない
2025besthitを参照するときに使う
アニメ側がJPOPのMV作らされてる側になってるように感じるが。
昭和の大衆音楽文化が懐かしい人はshow-waを推すといいよ。懐かしのTheアイドルをやってるおじさん達だと思う。秋元康ブランドなので曲いい。シティ・ポップもやってる。
YOASOBIに関しては元々投稿サイトの物語を曲にするためのユニットで、実際に曲の作り方も原作?を読み込んで作ってるように感じるから曲を批評するなら、元の小説なり漫画なりを読み込んで批評するのもありでは?
とはいえ長年のスピッツ好きからすると、主旨はわからないでもない。スピッツの曲は「後から」CMやドラマで使われることが多かった。
どちらが上とか下とかではなく、音楽を音楽として評することの困難さを説いているのだと俺は読んだけれど
店頭や街頭など町中で自然に流行の曲を耳にする機会が無くなった。これはJASRACが店頭の音楽から取り立てまくってみんな安っぽい無料BGMに流れたせい。聞いたことない曲は売れようがない。
森口博子について思い出すなどした
この人「曲だけの批評」動画なのに、あえてタイアップは無視しているって注意書きが足りなくて、的外れコメントを大量に浴びてブレてる。「曲だけの批評」も価値があるので、ちゃんと棲み分けして頑張ってほしい。
“6位のHANA「ROSE」” HANAも(もちろん楽曲が素晴らしいと言えど)ノノガがあった・流行ったのは大きかったと思う
純粋にアニソン=テーマ性を持った曲のレベルが高くなったからだと思う 普通にyoutubeで音楽流してて 純粋にいいじゃんって思った曲が 見たことない何かのアニメソングだったって率が高くなってるの実感しないか?
アニメのタイアップのおかげで海外に認知されるようになったんだから大成功だろ。シングル100万枚売ろうが海外では無名の時代より成功してると言えるし、特典商法でアコギな商売してた時代と比べて遥かに健全。
昔から自分達で作詞作曲をやってるバンドやシンガーソングライターなら独力で売れる可能性もあったけど、いわゆるJ-POPは大手レコード会社に所属して有名タイアップがあって初めて売れる土俵に立てるもんだったよ
はあ? むしろアニメが BUMP OF CHICKEN の ray をリスペクトたっぷりに起用して原曲もすばらしいなあとか言われてる昨今にこれ??? 何周遅れだよ
シティーハンターや銀河鉄道999はどう位置づけるのかとか、串田アキラさんとかは音楽的批評に堪えないのかとかいろいろ思うことはある。余計な言葉を重ねず、私は音楽に注目して批評したいです、でいいと思うのだが。
シングルはともかく、アルバムまでタイアップだらけになるというのは奇妙な感じ。ベスト盤ならわかるけど、これじゃコンセプトアルバムなんて作れないんじゃないの?
アニメのタイアップと戦うのはテニスで1vs2を挑むようなもの。乗っかってる文脈量が違う。それで言うと長渕剛が作詞・作曲・歌唱・ドラマ主演・ドラマ原案で自分の人生を投影した『とんぼ』って役満だよなと思う。
音楽ファンはアニメはダサいものだと思っているしアニメファンはアニメは高尚なもので音楽はおまけと考えている。そらそうでしょうねという記事とブコメ。
むしろ70-80年代くらいの原作べったりの主題歌に(もちろん洗練・昇華等は大いにありつつ)回帰したのではという気もする。90-ゼロ年代の原作と無関係な曲とのタイアップはドラマ等の影響ないし憧れがあったかなと
本文にもあるけど日本のヒット曲はドラマのタイアップがむちゃくちゃ多かった。それが今はアニメに変わっただけ。商業音楽産業は昔からテレビ映像作品に媚を売って生きている
"アジカンの「リライト」(2004年)を聴いて即座に『鋼の錬金術師』を想起する人は多くないだろう"えっそうなん?!?!
多分ズレている批判。求められたのは原作理解そのものではなく、意識的に言及を避けているであろう「外部との接続」なのではないか。『怪獣』の批評で鬱病に触れないのはやはり物足りないと思われてしまったのでは。
書かれている通り、昔からタイアップで売れた流行曲は常にあった。その中で、楽曲自体のクオリティの高さ、タイアップ先の物語に留まらない歌詞の普遍性がある曲は、時代を超えて人の心に響く。それで充分だと思う。
そばかすはタイアップとしては最低だろう。ただ曲のプロモーションにアニメを使っただけ。主題歌が作品の文脈を踏まえたものになるのは当たり前だ。
アニメの忘却バッテリー、名作なのでお勧めですよ
みのミュージックを見に行くと、コメント欄では概ね、音楽面だけを批評したことに対しては好評なんだよね。怒ってた人いるの?ちゃんと見てないけど。
一連の動画見てるけど、確かにタイアップ先との連動を考えると違和感ある部分はあるんだけど、それがレビュー楽曲双方を毀損していないし、それ以上の価値を提供していると思うよ。
もう一歩踏み込んで言えば、詩(詞)を書く理由も歌を作る理由も他にはとくにないからそうなるってことかもしんないですね。
曲の批評するのにアニメ見ろとか無理すぎ
終わったアニメの曲聴くのなんかこっ恥ずかしく感じて聴けないやつと永遠に聞けるやつとあんのよね|ファンダムのデカさのくだりは忘却が小さいのもあるだろうがミセスのそれがデカすぎるんだと思う
言いたいことは概ね同意なので音楽を音楽として批評することは多くの人が同意してるし、音楽好きではないただのアニメオタクの意見はノイズと思って良さそう。ただ意外と20年以上前のアニソンは今も聞き継がれてる。
マスリーチとしてアニメが強すぎるというだけか
下請けって言い方が良くない。上下関係なく音楽を語ろうぜ
うだうだ長文書いてるがアニメが日本の主流コンテンツになったから以上終わり
「評論家」以外の一般の人にとって嗜好は感情と想い出とは不可分なので。「ドラクエ序曲は名作」は曲を聴いただけの人と「100時間遊んだ幼少の記憶」込みでは10倍違うとか。恋人と観た映画の曲は10倍思い入れあるとか
最初のころは作曲・編曲・作詞の分業制でイメージ合わせで作られていた。歌謡歌手採用時代は新曲がタイアップされるのが先でアニメに合うかどうかは二の次の時代もあつた。だからアニメに合う時代には違和感もある。
2000年代は「お題に合わせて作る」時代になってタイアップ自体の評価は上がってると思うけどね。「1990年代のJ-POPはトレンディドラマの下請け」と言えるならそうだけど。
"下請け"を許す構造は批評が弱いメディアで起こる。彼はそれを覆すためにひとまず一人で戦うことにしたのだろう。音楽業界のために応援するよ
まるでランキング上位しかJ-POPではないみたいではないか
アニメ何個も追ってる層はオープニングエンディング何てすっ飛ばしてるだろうしどんな曲かかってても関係ない気はするが…プレーヤー側で勝手にスキップされていし
みのって色々ウダウダと音楽論をYouTubeで語ってるけど、その批評の言葉の強さの割にこいつの作る曲はくっそつまんないからあんまり説得力を感じないんだよな。
米津玄師のアニメじゃないタイアップ「さよーならまたいつか!」は物語といい感じの距離感を保っていて好きだった。楽曲は「別個に進んで共に撃つ」存在であってほしい。
純粋な音楽(技法)批評にアニオタのクソリプうぜぇ、はわかるが。/「マジンガーZ」の時代からすれば、作品世界を反映しつつもアーティストも独自性を出せ作品単体として聴けて売れるといういい時代になったのでは。
デザイナーと画家の違いみたい
あたしかわいい、あたしかわいいって言ってくれる皆だいすき、かわいい、かわいい、こんなのばかり
アーティスト達は本当は純粋に曲を作って評価されたいはずだ、という妄執が見え隠れしてるけど、オファーきて大喜びしたり何なら推し作品に自分から売り込む時代でして。アニメ嫌いのJ-POP好きには冬の時代で御愁傷様
たしかにドラマ見なくなったからドラマ主題歌と言うやつを聞かなくなったなぁ…もうどんなドラマやってるのかも知らないわ…
美空ひばり等昔からではと思ったら言及されてた。おもしろい話と思う。では他国ではどうなのか。どのように知られていくのか。ライラックとか普通に好きだな。モンキー・マジックとか西遊記だけど曲自体が雰囲気ある
米津とかの解像度高い系は苦手だったりする。ネタバレ聞かされてる気になるって言うか、単純に飽きた。
ポップソングは今聴かれることに価値があるし、20年後に聴かれていることはまた別の話なんだ。20年後に忘れられるタイアップ文脈を拾い上げていくほうが批評として価値があると思う。
コラボじゃなくて?
作品をイメージして作られた曲で作品と切り離して語るのは片手落ちに感じるけどなあ。
YOASOBIの勇者が内容まんまのあらすじじゃねーかって点で賛否両論だったりする辺り求められてるのは単なる作品の従属物じゃなくてプロのアーティストの目を通した作品世界の解釈なんだと思うけどなあ
曲を知るきっかけとしてタイアップはよくあるが好きになるかどうかはまた別だし、タイアップと知らなくて聴いてる曲も結構あるのよね
ラッキーマンとか聞いた事なさそう
昔はCMタイアップで売ってたのよな。アニメは世界に売れるんだからオイシイ。
こいつの理屈で言うとアニメはマンガの下請けってことなのか?んな訳ねえだろ。凡作、駄作、クソ作品、タイアップにまみれようともアニメもマンガも最高なんだよ。お前がJ-POPを信じられてないだけだろうが
わかりすぎる。タイアップはアーティスト性と作品の世界観のガチンコだった。それは対立的でなく共闘というか友情めいて一体感を伴って。それが従属・隷属になっている。決して悪いのではなくてどいつもこいつも
握手券がアニメの下請になったのなら大幅昇格じゃん。よかったね。 / ネット配信だと飛ばされるの推奨なんだから価値認められてないんだよなあ
個人的にアーティスト側がアニメ(作画力の高い)OPの力を借りることで楽曲のアニメPV(90秒)を得られる共存共栄の側面があると思う。真に寄り添うなら、(劇場版以外で)ED曲でのヒット作品も多くなっても良いはず。
"純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらい" オーディション番組からヒットにつなげるやり方で、他にも前例・類似がさんざんあるのに「純粋な楽曲の力」って。幻想すぎ
昔はアーティストがアニメから自分のフィールドに引き込むだったのが、アーティストがアニメにあうように曲を作るようになったってことだな よくわかるわ
るろ剣の話題出た?
全然ジャンルも時代も違う話するけど、昭和の武満徹や伊福部昭クラスの大作曲家も映画やドラマの音楽で食ってた。世間の大半は“ゴジラのテーマ”は知ってても、伊福部の交響曲など聞いたことないはず。
アイドルの歌詞に言及してばかりだからしょうがないかも。最初のオケヒを褒めてたのはよかった。1サビでの転調はアニソンではあまり珍しくなくつまりもっと先進的なアニソン聞いてほしい(そんな時間はないかもだけど)
え~、では一句。コアなファン 捨てても欲しい タイアップ
ニコ動出身のオタクミュージシャンはそもそも国産のゴミみたいな音楽の総称であるじぇーぽっぷ呼ばわりされるの嫌な人多いんじゃないのー?恋愛サーキュレーションも愛screamもアニメの文脈と関係なく世界的大人気。
ミセスは知らんが、米津とYOASOBIはアニメありきだからアニメ見ないで楽曲聴いても意味ないと思う。特に『アイドル』は、ただのアイのキャラソンだし
オーイシマサヨシを始め米津玄師やYOASOBIはアニソンを歌ってるから歌詞が原作に寄り添ってて、多用されるんだよ。J-POPのままタイアップをしたければレコード事務所が製作委員会に入ってすれば良い。
「ライラック」のときは原作ファンの声は大きくなかったかもしれないが、「lulu.」は原作が超人気コンテンツだから放映が進むにつれて、いろんな声が出てくると思う。
音楽というか創作物批評として浅い感は否めない。「代償としての自律」と言うが、ルーツも影響も無い作品を尊ぶべきという姿勢は明確に反対したい。「音楽は社会現象の下請けになったのか?」としたらどう思うか?
>かつてのアーティストが物語を自分のフィールドに「引き寄せた」のだとすれば、米津は音楽の側から物語の懐へと「踏み込んだ」/この「踏み込み」を、もはや後戻りできないレベルのシステムへと昇華させたのがYOASOBIだ
マヂレスすると、価値観の多様化によって歌謡曲がJ-POPになった時点で既に大衆性を失ってる。以後は他の商品もそうだが世の中がナラティブ消費全盛になったから下請けにならざるを得ない。他に理由なんてあるの?。
この人にとって「原作」とはアニメのことらしい。アニメはアニメで「原作」と比較されるけどね。
89秒縛りがJ-POPの多様性を阻害してるだろうか。俳句とかもそうだけど、日本人ってむしろ縛りがきつい方が燃えるタチだと思う。
GLAY が ヤマトタケルの主題歌を担当してたよ! 風のマジカルばりに ウソじゃなかったんだ! https://youtu.be/r50Is90YcWs
まぁでもこの状況になる直前は、上位にアイドルの握手券目当てのファンによる複数枚購入が並んでいたわけで、それに比べたらまだ健全な気がするけど
「Sweet Child O' Mine」はガンダムとは本来何の関係もないが、映画の最後にあれが流れ出せば、あの子の事ねと一発で分かる。/作品と楽曲はベッタリでなくても良いけれど、少なくとも、その程度の関係性はあるべき。
単にドラマのタイアップはテレビ様だから構わないけどアニメは一歩劣るキモオタ文化だからダサいし気に食わない、という価値観アップデートできないクソ老害の意見だと思う
「考察する若者」の話と理解した
タイアップが強いのは、音楽だけで露出するメディアがなくなったから仕方ないんでしょうし、昔からでもあるけど、映像作品が主になりすぎてると。なるほどと思うものの、映像作品が強くないと露出しないだけではとも
日本語の曲を海外の人に広く聞かせる手法が、今の所アニメくらいしかない、って部分を無視し過ぎでは。それ以外の手法を模索せず、半端にアニメを腐すことしかできないなら、この先も望む形になることはないのでは
その「3割から5割」のネガティブ反応はノイジーマイノリティでしょ、アニメには昔から厄介ファンが多いから。そもそもタイアップ先のアニメやドラマを観た事が無い大勢の人にまで届いたからこそヒット曲になった訳で
昔はスカパーでMTVやスペースシャワーTVでMV垂れ流しで気に入ったアーティスト買ってたけど今それもないし
動画見たら、音楽技術面だけでなく歌詞解釈についても話してて、歌詞解釈の面で原作知る人から説明されてるだけだった。/Flight of Icarusの歌詞解釈を原作のギリシャ神話知らずにやって突っ込まれたみたいな。
バズり目当てでJPOP側がにじり寄ってる印象だなあ、シングレのオープニングJAM Projectじゃなくてエーとなったクチなので。
昔から音楽は宗教や貴族や物語の付属物だった。芸術としての音楽に昇華した作曲家が偉大なんだ
1期はあんまり有名じゃない歌手がテーマソング歌ってたのに、アニメがバカ売れすると2期から有名歌手がテーマソング歌い出すのとか。群がってんなー、ておもう。
“タイアップという補助線が消え去った未来において、純粋な音の設計”→井上陽水氏の「少年時代」は同名映画に書き下ろされたが、下手したら映画以上に稼いでそうだもんに/しかし、とてもおもしろいもっと語りたい
アニメのタイアップはほぼ自動的に世界市場に出られる状況。逆にJ-POPの人たちが長編の映像作品を作るなら面白い。MVじゃなく。『風をあつめて』なんていまだにカバー含めてCMで使われている。曲自体に物語があるから。
再生回数がゴールになって楽曲の長さがどんどん短くなりアルバムも1つの作品として聴かれ難い現状だと、タイアップ作品で世界観を補う必要がありそう
アニメのタイアップ「すら出来てない歌」が多過ぎる。作品読んで観て理解してから歌を作ってくれ。そうすりゃ売れるから。/1985年に作られた秋元康歌詞「うしろゆびさされ組」の方がよっぽど原作理解してたぞ。
元々タイアップでしかJ-POPは売れてない(時々その外でスマッシュヒットが生まれる)として、問いは「自由はあるのか」。スポンサーじゃなく客が寄り添いを求めるのは最近の傾向かも。下に見てるとかあほらしい。
ベテランアーティストは尖ってた10代20代を経て、特にもう世に伝えたいメッセージなどない、という達観というか老化というか生活化が起きると聞いたことある。これアーティストじゃないけど何か分かるんだよな
「アーティスト」と崇めてる感じなので炎上。 「ミュージシャン」と言ってればいいのに
id:yamuchagold その答えは文中に書いてあるでしょ?ドラマにおいては基本的に「出来合いの曲を無理やりくっつける」後づけタイアップなんだよ。だからそれを言っても意味がない
BOW AND ARROWに感じてた物足りなさ(過不足なさ過ぎ)のヒントがある気がする。/CMタイアップの現状はどうなんだろう。Mrs. GREEN APPLEとか使い回し多いし(ライラックやクスシキをCMに使うの、この記事の文脈ではどう捉える?)
ライブは物販ないと赤字になるから、楽曲はタオルやTシャツのノベルティ扱いされてるのは運営側としては常識(いま思いついた
1990年代の音楽の絶望に比べれば全然マシだよ
別に90年代もヒット曲ってほとんどドラマの主題歌だったと思う。大体ラブストーリーなので、適当にラブソング合わせればハマってたから、現状のアニソンとは話が変わって来るが。
ガンダムを作った男達にあっただろ……御大曰く「いずれこういった連中がいないと立ち行かなくなる」と。その時が来たのよ。
音楽を批評するために原作を読め(観ろ)という過激派オタクへの反論と理解(ブコメにもあるけどなんでこんな回りくどい言い回しなんだ...これだから批評家はry )。個人的には曲のみを批評する目線はあってもいいと思う
TOP10みた感想は「ミセス強い」。世界に簡単に発信する手段の1つとしてアニメ主題歌があり、裏側コンペみたいになってんだろうなとは思う
“対照的なのが藤井風『Prema』(2025年)だ。”サイババのタイアップだろそりゃ。バカも休み休み言え。J-POPが主で、アニメやその他は曲に傅けってのもなかなか乱暴な意見ではないか?
海外進出しやすいからな
アニソンへの回帰だとして、記事の言う寄り添いから「さらばやさしき日々よ」とか「亜空大作戦のテーマ」が生まれるイメージが湧かないのよなあ。漫画のコマをなぞった作画を原作再現と呼ぶ風潮と似たものを感じて。
ドラマ云々のトップコメについては記事内で触れらているので的外れなコメントにスターが付けられている 全文読んだけどアニメを下に見ているとも感じなかった 主張が明確で評論の意味を解く良い記事だった
不良やヤクザをドラマに使わないから、ドラマの人気がないだけだよ。最近の大河は「朝ドラ」だよwアニメはなぜか、殺し合いをしても問題ないから。
90年代にラジオでかかった全米ヒットの洋楽がいまいちでなんだこりゃと思っていたらパーソナリティがドラマのタイアップでなければこの曲はヒットしていないだろうと解説していてみんなそう思ってたのかと納得した
そもそも「楽曲の力だけで」売れるってのがそもそもの幻想でしょう。何らかのナラティブ無しに売れない。コバンザメみたいにヒット作を利用して再生数稼がずにヒットしてないけど曲としていいものを取り上げれば
”「原作への忠実さ」”が倫理になっているのは昔からで、90年代後半がおかしかっただけではと思っている。楽曲が売れるかどうかとは別の文脈。/作詞には原作の文脈は重要だが、作曲には重要ではない気はする。
秋元商法が終わっただけのようにも思える。密度が変わった。
昔から売れる曲はタイアップのものが多かったが、近年では歌詞が寄り添う形に変化していった。それを下請けと表現してオタクを釣っている
原作リスペクトが絶対正義になると音楽自体の評価が二の次になるのは分かる。ヒットチャートがアニメのお品書き状態だしな
Spotifyで聴くけどアニメはそんなに知らないので後から何のタイアップか知ることが多いなあ。
アニメはアニメで原作へのコマ単位での過剰な忠誠を求められ漫画の下請けなのか?状態だったりするわけで
OPEDスキップしてるので何とも言い難い。アーティスト様には好きにやっとくれと思うが一部の考察勢がうぜえなと時々感じる。ミセスはもう名前だけでOKの地位か/関係ないが3位の「アーパツアパツ」がすげえ異質w
アニメが大きく貢献するようになったのは間違いない。もはや、かつてのるろ剣のOPみたいなことにはなるまいよ。
「批評」と「批判」を取り違えてそうなブコメがいっぱい観察される
このnote自体は少々過激だが、この人が普段書く批評はこういうスタンスだという宣言なのだろう。それに原作見ろとか文句付けるのは間違い。個人的にはタイアップ曲はヨルシカの向き合い方が好き
下に見ているとかではなくて、「原作に触れないのなんなんだよ」に対するアンサーなんでは? 見出しが強いからあれだけど
YOASOBIはMVも含めて原作に寄り添いすぎな気はする。もはやアーティストとして何を表現したいのかよくわからない。
ややオフトピだけど、アニメとは逆にCMタイアップで売れた曲というのがなくなってきたねえ。
協業でしょう。Jpopのないアニメって最早想像出来んし、多分売れない。
タイアップが多いのは確かだとして、人気が出る前のミュージシャンにタイアップは来ないので、まずオリジナルの楽曲で人気になるというプロセスはあるような。
既存の音楽ファンがあまりに金を出さなすぎたからでは..
逆だよね。タイアップしないと売れないってだけ。
PENICILLINのロマンス
yoasbiは小説を読んで風景が浮かぶ様に曲が浮かぶ人なのだと思う、売れすぎて商売に絡まない曲を作るヒマが無さそうなのと影響力があるので好きに曲が発表出来なさそうに見えるけど
“かつてのアーティストが物語を自分のフィールドに「引き寄せた」のだとすれば、米津は音楽の側から物語の懐へと「踏み込んだ」のだ”
しかし、音楽ってのは嫌でも聴こえてきて特に若い世代には「刷り込まれ」てタイアップ先見てなくても覚えるもんなので、「タイアップ文脈」を過剰に重視するのは、たとえ批判者が20代でも、オッサンの論理だなぁと
アニメファンを虐げていた飯島真理の見苦しい往年の掌返しを苦々しく思っていたが、「自分は偉いんだ!アーティストなんだ!おまえら底辺アニメファンと一緒にすんな!」という人がいると。このスノッブがって感じ。
そもそもJpopて音楽ジャンルなの?日本で売れてる特定のジャンルに属さない楽曲の総称でしかないのでは?そしてタイアップは売れる。というだけでは?んでタイアップなれば元の作品とのシナジーが求められるのは必然
音楽が単体で立ってたっていうのが割と幻想だと思うよ?タイアップやメディアの下請け構造が音楽っていう単体では売るのが難しいものに価値を生み出していた。「従属」してなかったってのはメディアに力があっただけ
論点はアニソンでは?jpopやタイアップ云々だと面倒くさい話になる。アニメのために作られた曲こそ純粋にアニソンとして評価できる令和のアニソン論。結局は自称音楽ファン側がアニソン・タイアップを下に見ている
例えばラップの歌詞批評するなら、他のラッパーへのdisとかは当人達の関係性という『原作』への理解が無いなら語り得ない訳でさ タイアップ曲を語るなら原作の文脈知識が必要ってのも同じ事じゃない?
↓『君の名は。』はRADWIMPSの曲を聴くために若者が見に行ってると聞いて、当時なんでここまでヒットしているのか分からなかった自分はマジかよ?!って思った記憶。
JPOPはケチで貧乏な音しかしないからアニメ絵でもついてないと聞かんってことでしょう。KPOP業界もうんこだけど、唯一いいところは音楽に大金かけてるところで、とりあえず聞いてみようかなってなる品質にはなっている
音楽だけで成り立ってた時代なんて一度もありませんでした。こういう人がコピーコントロールCDみたいなわけわかんないことを始めて業界の未来をつぶすんでしょうね。アーティストが被害を受けないよう祈ります
主題歌として正常化しただけで今までが異常だったとも言える
最近OP/EDを飛ばすことが増えた。推しの子なんか両方飛ばしている。
"「原作を無視するな」という反応は、タイアップ元の知名度によってその熱量が露骨に変わる" フリーレンで見た id:entry:4742891943751947503
そもそもPOP=広告である。ポップミュージックは泡のように弾ける広告(消費物)であり、20年後には中古店に100円で陳列される運命。本質的には100円で買う価値もない。金を払って広告を消費したくなんてないだろ?
絶対当てたいアニメの主題歌を依頼する邦楽アーティストが固定過ぎてつまらない。Ado, Creepy Nuts, YOASOBI, ano, 米津玄師, ヒゲダン, ユニゾンetc. 全部「大ヒットしたアレみたいなやつお願いします」を発注しすぎ続けている
アーティストはドル箱で、表現云々はおまけだから、シナジーが出るプラットフォームに移行するのは必然
まぁ、すげー嫌な言い方すれば下請けだよね
ポジティブに考えればアニメは「主戦場」に躍り出たんだよね。実際その90秒でさえドラマは提供してくれない場合もある
メディアの多様化により人々の注意が分散され、その中でアニメがどれよりも大衆に注目されたコンテンツだったというのがランキングの結果ということなのだと思います。音楽の良し悪しは別問題。
アニメが好きな人が歌うようになったんちゃうの?
この人が言いたいのはタイトルのようなことでなく、冒頭に集約されていよう。音楽分析してんのにアニメ見ろって何?ってなるわな。でも芸術ってアホくさいがコンテキストに金払ってる面もあるなぁ。JPOPは芸術否かも
被害妄想やめろ。日本のヒットナンバーはずっと(昭和平成通して)起承転結で物語的展開を内包していたじゃん。それはそれとして厄介オタがウザ絡みしてすみません
“それが批評の基準ではなく、個人の愛着によって変動する「ファンダムの論理」であるならば、僕はそれに従うつもりはない。”まぁ、「(私が好きな)作品を貶めるな」と同じよな。「私が好きな」が大事なのよね
自律したヒット曲なんて昔っから無いでしょ。歌番組やドラマ主題歌とかラジオとかで流れる頻度がいかに多いかってのも大きいでしょ
物語と関係なさそうなタイアップが量産されてた時代を思うと、隔世の感がある。
スラダンタイアップなつかし/コナンもタイアップ良い/モチーフ匂わせじゃなくて、ガチ名前連呼する歌が好きだ。心を強くする。 そこで、みんなでブレイバーン視聴ですね。バンバンババンバーンババンバン!♪
“純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらいのものである。”HANAもオーディション番組がなければ楽曲売れてないと思うが
“純粋に楽曲の力だけでこの圏内に食い込んだのは、実質的には6位のHANA「ROSE」くらい”ほんとか?なんかオーディション番組で宣伝して「低評価されてきた私たちが云々」って文脈つけて売った曲じゃなかったっけ?
私は「アーティストで音楽を聴いてない層」なので、「きっかけがあって思い出があって初めて好きな曲」になる。学校などがなくなった今、きっかけはアニメしか無い。
JUDY AND MARYがるろうに剣心の主題歌歌っておいて「なんかアニメに曲が使われてるんでしょ、るろうに剣心とか知らない見たことない」みたいな事を公言していたので、アニメファンとしては今の時代の方が真っ当に見える
話題のアニメを見たら米津かYOASOBIかCreepy Nutsが絡んでる理由は 大抵アニプレックス製作だからやね 話題作を独占し主題歌もソニー・ミュージック所属アーティストが担当するから。
ワンピースのヤスタカはいつも合わないなと思ってる。ワートリとかの方が聞きたい
それは米津玄師がやる前から奥井雅美がやっていたことだな/https://www.youtube.com/watch?v=T2wjFqWFl1Q&t アイデンティティは2015年だが物語と融合を成してる。https://www.lisani.jp/0000001780/ 酒井ミキオ氏がインタビューで発注に触れてる
流通経路の一つとしてのタイアップだったものが、音声という比較プアなメディアを映像で補完する意味合いとなってきてる。タイアップは無視したければ無視できたが、メディアとして終わることには抗えない
本筋とは関係ないが「団子3兄弟」を「おかあさんといっしょ」とのタイアップというのはおかしいだろ。
動画見るのしんどいので、動画での楽曲批評と、それへの反応ってどんなだったのだろう?私はチェンソーマンも推しの子もほとんど見てないけど曲は好き。
たぶんこのひとが想定している「JPOP世界観」が、とうの昔に頭打ちしたせい。70-80年代がシティポップと認識を改められているように、90-00年代にもいずれ総括的な名前がつけられる予感。Y2Kあたりが妥当かもしれないが
AIが書いた文章って読んでて疲れる
映像作品へのタイアップ以外の販路を構築しようにも、著作権管理の現状がその足かせになってると思うんだよね。かつてラジオや有線が担っていた役割を、ストリーミングサービスが担えていないような…(´・ω・`)
タイアップするなら仕方あるまい。嫌ならしなければ良いだけの事。
JAM Projectをドームに連れていけなかった時点でオタクってのはそもそも自分勝手な存在だとは思ってる。
『そばかす』こそ『愛をとりもどせ!!』『タッチ』『CHA-LA HEAD-CHA-LA』などのアニソンの名曲の流れをぶったぎってしまった不評のヒット曲。米津玄師やシドやYOASOBIはアニオタ待望のアニメに理解のあるアーティストだった。
ドラマタイアップからの変化も、歌詞がアニメに寄り添うようになった変化も本文に書いてあるんだから読んでやれよ……/テレビが力を失いドラマ、歌番組を見なくなった結果、音楽がリーチしなくなったんじゃない?
まず無駄にカッコいい言い回しをやめよう。「楽曲と映像は同じ時間を共有していても、意味の次元では鮮やかに分離」なんて、「歌詞はアニメの内容と無関係」で伝わるだろ
“「あのアニメのOPだから」という理由で聴かれるとき、楽曲の音楽的な達成は保留される。その保留を解除することが、批評の仕事”えぇ/アニメタイアップだとこのインタビューを思い出す https://wesugisan.exblog.jp/22226256/
冒頭の話は単に想定視聴者以外にリーチしただけに聞こえる。作編曲に興味無い人は曲の構造なんか知らんし、詞はタイアップ先ありきなのでなんか言いたいなら原作を踏まえた意見が聞きたいのは納得する。
アニメは元々専用の主題歌が奢られていたのが80年代半ばくらいからタイアップ中心に変わった経緯があるのでアニメとの関係性が求められるのは仕方ないのかなと思う
ドラマだと本編の内容と歌詞が関係なくても普通なのにアニメだとオタクがうるせえんだな
ドラマやCMの主題歌がアニメに置き換わっただけ、かもしれないがアニメの方が原作理解の解像度が要求されるので「文脈を理解して語れ」は正解ではある。ていうか米津玄師の才能がこの業界をややこしくしてるのでは。
昔はアニメタイアップ曲というだけで変な空気になってたもんな、、
せっかくの音楽が、性差別&児童ポルノアニメに使われることが残念。
「歌詞が原作から生えたような曲のほうが無関係タイアップより売れてる」のを音楽がアニメの下請けになったと嘆くなら一般大衆がサブスクで満足せずCD買うような曲をオリジナルでバンバン出したほうが良いのでは
fhanaの佐藤さんからの反論も秀逸。歴史的には音楽が単体で成立している時代の方が稀という話。それはそうとYOASOBIは良くも悪くもやりすぎたと思う
米津とかYOASOBIとかヨルシカとかもう飽きたわ。はっぴぃにゅうにゃあみたいな骨のあるアニソンは無いのか。あとアニソン歌手ってどこいった?エイルとか
そばかすのあの大惨事をそう評する時点で、お立場が透けて見えすぎる。5のあたりの論説はもうタイアップというよりは歌手によるファン活動なところまで踏み込んでると考えている
鬼滅の刃の映画は原作に忠実ではあるけれど映画としての出来には疑問を感じた。 楽曲もそんな感じなのが大ヒットしたりするのだろうか。 ただ今のところそういうのは出現してない。
まあ曲だけ良くても誰も聴かないし売れないもんな。リーチする媒体が変わっただけ。言い方悪いが寄生みたいなもんだと思うのでお高くとまる意味が本当にわからん
なるほど。どれも納得できるな。しかし、小説ですら批評の中にそれが書かれた背景が出てくることもあるので、音楽も背景の影響をゼロとして語れはしないだろうとも思う。
まとめると、お前らもっと忘却バッテリー見ろや、ってことですね(多分違う
下請けになってあらゆる意見を取り入れた曲は、強い曲が多い気がする。
娯楽コンテンツが分散しすぎて「みんなが見る歌番組」なんて存在しなくなったので、アニメがマスに曲を届ける歌番組の役割を担ってるんだと思う。
こういう人、タイアップなくても海外で人気のあるBAND-MAIDやLOVEBITESとかは見向きもしないんだよな。海外ミュージシャンのリアクションの方がよっぽど音楽的に分析していて面白い。
”「原作を無視して批評するな」「アニメを観てから語れ」”要するにつまらん素人のべき論がいちばんつまらんっていうことよね?
自分の中にある言語化できないモヤモヤを表現し、世間に訴えてくれるようなアーティストに惹かれるし、それを探すのが音楽の醍醐味だと思っている昭和のおじさんからすると、流行の曲しか聞かないのは残念と思う。
音楽好きには理解できないかもしれないが、音そのものを好きな人は案外少ない。多くの人は歌手のルックス、キャラ、タイアップとその文脈、歌詞、友人関係などとの総合(またはそれのみ)で音楽を聴いている
昔からドラマタイアップとかTV番組タイアップしたほうが売れやすい傾向はあったから過去40年分位のデータ調査すると面白い傾向が見えてくる気がした。いつ頃ドラマタイアップからアニメタイアップに推移したかとか
SNS上の意見を世間一般と同じように勘違いする風潮は止めなさいよ。メッセージを直に受ける側はそう思っちゃうのも分かるけど、そのへんの区別を出来ない人にSNSでの発信は向いてないよ。
タイトルしか読んでない奴多すぎ問題
スラムダンクに顕著だけど特にジャンプ作品のアニソン利権がビーイング系からロッキンフェス系に奪われた2-30年だったと見れる。
握手券売りで大手アイドルの誰も聴いてない曲がヒットチャートを席巻していた時代とかよりはマシになった気もする。とはいえ曲を批評するのにタイアップのアニメまで観る必要は別にないわな。
じゃあどんな音楽が好きなんだいとnoteの他の記事をざっと見てみた。見事なサブカルおじさんだった
米津とyoasobiの功罪だと思うよ⋯、米津なんかそれでいて単品でもすげー楽曲あげてるんだもんな。あと、アニメ以外でもコンテキストがないと売れないのが主流だと。すなわち、アイドルや推し活のようなコンテキスト。
下請けがドラマからアニメに変わっただけでは?
音楽のみならずあらゆる芸術の価値はコンテキストにあるのに何に文句を言っているんだ
今はアーティストさんのほうもアニメ大好きでオフィシャルでアニメを解釈しなおして音楽に落とし込むなんて絶頂するほど楽しいお仕事なんだと思う。みんな楽しそうだもん。
「90年代のCDバブル」←かつての「KDD(カラオケ、ドラマ、大幸システム)」もそうだし、J-POPじゃないけどオペラや映画音楽だってタイアップみたいなもんだよね。佐藤純一氏の評 https://x.com/jsato_FLEET/status/2031397551904285130
というか霞食って生きてるわけでもなし、自分らが出すコンテンツをバフ出来る上に何度でも擦り倒せる方法があったらそりゃ繰り返すでしょとしか言えないんだが。 現状を変えたきゃ別ルールで売れるしかない。
みのさん的には議論を巻き起こすことが目的だったろうから、意図的に挑発的なタイトルにした狙いも当たったんじゃないかな ブクマ数もXでの音楽評論家の長文もたくさん読めた
“求められる熱量は原作への敬意というより、単にファンダムの大きさに比例しているだけ”
ステージが変わった(いつも変わってるが)
タフボーイは80年代後半に出た曲だから、元の歌詞だと10年ずれてるんだよなあ
アニプレックスにまったく触れてない時点で、読む価値のない元記事。
アニソンシンガーのOP、声優がキャラ声で歌うEDが聴きたいのにね
https://x.com/jsato_FLEET/status/2031397551904285130 こういう「下請け」みたいなワードで分断を煽る奴は嫌いだね
「物語の記憶が薄れ、楽曲が単体で、裸の音楽として聴かれるようになったとき、最後に残るのは音楽そのものの実体だ」時間の試練に打ち勝った曲が名曲である。
まず、音楽批評で社会的なものが優位なのはなぜか?純粋に音楽的な批評はできないのかというちょっとした論争があって(noteのちょっと前の記事)技術的な分析をしてみたらアニメの事を書けと言う人が来たという流れ
一番えげつなく稼いだ小室と秋元はとっくに勝ち逃げ済み。
"90年代まで、楽曲はあくまで独立した作品として先にあり、それが後から映像に「あてがわれる」形が主流だった。" むしろ、こんな形が主流だったことが不思議な現象だな。「主題歌」だよ?作品の一部だと思うよ。
音楽評論家が純粋に音だけを元に音楽を語れない空気はおかしいだろ、歌詞とアニメ作品の関連性を語るのはアニメ評論家がやる仕事では?
キャッツアイとかタッチまでは作品名入れ込んでたけど、シティハンターくらいから変わってきて90年代はタイアップばっかりになってたな。最近はタイアップ通り過ぎて先祖返りしてる印象。
アニメの方が海外にリーチしやすいから海外展開狙いたいならアニメタイアップが早いよね。“楽曲の評価”そのものがなされない虚しさはあるだろうが、まず聞いてもらえなければ意味はないので
30年経っても「そばかす」 が、本編の内容と合ってないアニソンの代名詞なの笑っちゃう。いやこの論旨なら、もう超えられることのない壁なのかもしれないな…
ドラマのタイアップは制作側がレコード会社に頭を垂れて作品を楽曲のMVにと差し出してきた、クリエイターにとって忌まわしい歴史だったと思うんだが……
「アーティスト」ってなんだろう?とはなってる。音楽は良いし作品の没入感向上にもなっている。が、これはもはや「アート」ではなく、音楽職人による「デザイン」になっているなとは感じる。
歌詞のある楽曲には世界観が大切だから、タイアップとは相性がいい。原作者より良い歌詞を書くかもしれない米津玄師が天才過ぎるってのもある。
歌詞がある曲はすでに純粋な音楽じゃなくて歌詞で音楽を説明してるやん。ていうかタイトルで説明してるやん。今こそ絶対音楽を復興せよ!交響曲を再び音楽のメインシーンへ!(過激派
記事は、ドラマがアニメになっただけではない(主従関係ができてる)という主張をしてるのに、トップブコメに星つけてる面々は記事読んでないのな。
2016年YouTubeどハマり世代なので、みの君がこうして様々な議論を巻き起こしてるのはなんだか嬉しい。
一時期はアニメがJ-POPの下請けだった。/コメントを見て。タフボーイは原曲は「living in 80's」であり、それを90に変えて北斗の拳で使っただけ。今は20に変えて歌いたい。/たしかに「アニソン」回帰かもしれない。
音楽・楽曲にのみにフォーカスした批評はウケが悪い…とタイアップを語ったとたん従来型の音楽評論家からこってり言及される様式美。みの氏のアナリーゼ的な批評スタイルは面白いのでめげずに続けて欲しい
個人的には10年代以降の若いミュージシャン達は「歌うべき何か」を持ってないと思ってて、でもなんとなく歌いたいのでアニメがあってラッキー、くらいだと思ってる。それは大衆音楽家として普通の姿だよ。
大筋は同意しつつ、大衆に認知されたターニングポイントは確かに君の名は。な気がする。
タイトルからいきなり「そこに上下関係があることを事実化する」のやめたほうがいいと思う
アニメがメインストリームに上がってきたから力関係が替わっただけな気がしないでもない。アーティストの世界観に引っ張り込む感じだとアニオタに刺さらないから迎合せざるを得ないのでは?
アニメのタイアップなしでは曲が売れないが、タイアップの曲がなくてもアニメは視聴されるってことでしょう。アニメが主で曲が従。現実としてそうなっているのになぜ怒っている人がいるのかわからない。
杏里が嫌々歌ってた話してたな
ゴダイゴに丸投げしたらすごいの出来て原曲を知らない世代が聴いている・・・米津も変わらないよね?タイアップなしでも売れるけど代理店は逃さんよな。逆にAdoは演者側に寄ってて微妙に世界観ズレた曲乱発してる感。
アニメと音楽が一丸となるのは訴求力や品質向上に繋がる良い流れだし、そこに音楽的な批評もあるべきだという意見にも同意。ただこれ流行歌限定の話なので「J-POP」という主語は大きすぎる。フックなんだろうけど。
今は音楽がアニメに過度に従属しすぎて音楽としての独立した価値が批評として語りにくい。ってこと言ってるだけでアニメをダサいとか下にみては無いと思うが。下請けに引っ張られすぎじゃね?
じゃあ健全な売れ方って何よ?ラジオ?MTV?握手会商法?とか考えるとブコメの文字数では語りきれない。/個人的にはジョジョのEDでイエスの『Roundabout』が起用されたのは衝撃だった。
そもそも音楽はドラマだったり演劇だったり宗教儀式だったり何かの「下請け」という面のほうが大きいと思う。
朝ドラのテーマ曲なんか、モロにドラマをモチーフに取り入れてヒットしてきたわけで。ドラマに限らない。地上の星とかも番組企画寄り添い。それがアニメになったところで、それがなにか?という話でしかない。
山口一郎の発言もなんだけど、最近のこの手の人の話って最先端の話をしているつもりが、よく見ると90年代あたりで音楽業界なりの認識が止まっているとしか思えない。タイアップなんてbeingの代名詞でしょ。
嫌な言い方するなあwまあアニメの背景ありきの曲とか単体で見たらクソになるのは仕方ないよね
「リライトは鋼の錬金機師に向けて作って頂いた訳ではありません」 https://x.com/oichanmusi/status/2031558029532135544
ドラマがアニメになっただけでは、って書いてる人、記事の5節以降読んでます...?
やしきたかじんが草葉の陰で喜んでくれてたらそれで良し。
歌謡曲の時代にサザンが日本語破壊者みたいに扱われたけどJ-POPとして認められたみたいに、既存の何かは破壊(拡張?)している気がするから、別の言葉になるんじゃない。
具体的にアニメきっかけでそのアーティストを知って、ファンになるパターンはすごく多い。 いいではないか(´Д`)めう
アジカンだとリライトの2年後の「ある街の群青」(映画「鉄コン筋クリート」主題歌)はもうアニメの中身にがっつり合わせて書いた曲なんよね。大サビの「そこから何が見える」は原作・映画のラストに出てくる台詞
オリコンならともかくBillboard JAPANでしょ?海外で売れようとしたら仕方ないのでは
元々映画やドラマやCMとのタイアップだらけだったのに、今更? こういうオタクの見下し合う文化きらい……
動画見たけど前半は面白かった。けど、この人は叩かれてる理由が、2番の解説が余りにも見当外れだからだと言う事に気付いてるのかね
けいおんの曲が流行ってた頃FM愛知上野がこれをあからさまに差別して「J-POP頑張れ!」と言ってたのを今でも鮮明に覚えているが、相変わらずの同類だな。まるで藤原がアビスの物語を支配したかのような言い方までして。
以前からある「批評を攻撃としか受け止められない層にすら拡声器が与えられてしまった」という話でしか無いような。どんな音楽でも自由よね。個人的な趣向で言うと寄せ過ぎて楽曲が稚拙になるのは嫌い。
興味深い考察だった。ちなみに自分はオープニング曲は雰囲気で聴いてるので、あんまり原作の理解とかは気にならない(これがオッサンになったということか…)
昔の化粧品キャンペーンCMのタイアップ曲はキャッチコピーそのまま歌詞にしてたよね。
ドラマとのタイアップのころはそこまで原作解釈ゲームではなかったよね
2015年のクラムボン・ミトのインタビューの中で、ポップソングがアニソンやボカロと同じ土俵で戦うには言葉やメロディの強度が圧倒的に足りないと危機感を訴えていた事を思い出した。それから11年。
「なった」かどうかはともかく、この記事に寄せられた意見を見るにアニメ込みで評価も売り上げも変わるのは事実のようだ / A-B-サビの形式に固執してるのもタイアップのためだったのかもね。形式にまで影響している。
やってることが総合芸術よりになってきてるから主題の作品込みで評価しないと評価にならないのはそうなんじゃないの。オペラの本編観ないでオペラ曲語るようなもの。体験としては音楽単体より強くなるのは当たり前
これだけ丁寧に説明されても、昔からタイアップはあった、では残念 / 「勇者」好きなんだけど、物語本体とEvan Call劇伴との組み合わせ(一致&ギャップ)かな、と思ったり
ジュディマリの「るろうに剣心」のOPのひどかった無理やりタイアップ時代を知っているとね
この流れでCreepy Nutsの名前が出なくてタイトルのBBBBだけとかある?タイアップなのに持ち前のパワーでタイアップ先ぶん殴って音楽だけでも成立させてる数少ないヒットメーカーだろ。
現代のタイアップは、しばしば音楽が原作に「従属」することを求められる > 鋭い論考。ポピュラー音楽が悉く注文楽曲となった窮屈な世界。音楽で食べるのはしんどいねぇ...
かつて作品に合わないタイアップが多かった時代でもそういったタイアップは叩かれていた。そばかすはその代表例。作品に沿ったタイアップが増えたのはその反省から。
おたくに非ずんばミュージシャンに非ず時代か
「そばかす」の失点は「HEART OF SWORD~夜明け前~」で全部取り戻した感はある(読んでない
売れてない曲あたりを漁るのが好きな部族からすると、ドラマやCMタイアップで売ってた曲が定型化して、自由にできた深夜アニメ枠で新人輩出しやすかったという印象。今アニメで同じ現象が起きてるのかもしれんけど。
この点2枚組のコンセプトアルバムの半分をタイアップ曲で構成して両立させてる意味わからんことしてるのが中田ヤスタカなんすけどコールドスリープの話題ばっかでみんなネビュラロマンスの話しない
アニメじゃない!
全体的にオタクを見下してたサブカル評論家ルサンチマンが滲み出てて読むのが辛い/みんなアニメタイアップに群がってるせいでアニソン専業歌手が絶滅に瀕してるのはちょっと悲しい
この記事がサブカルのオタク界隈蔑視という風に捉えてる人がいるのは違和感かなあ、むしろ切り分けられてない人たちのほうが、なにかを軽んじてる気がする。
ケイト・ブッシュの「嵐が丘」は「嵐が丘」があってこそだね。そういう作品もある。米津玄師の「M八七」はそういう領域
ドラマファンと違い何故かアニメオタクは作品への従属を要求するので結果的にミュージシャンの作家性が損なわれると。考えたことなかったけど面白かった。
昔はメジャーかインディーかみたいな対立あったね。売れたら自由がなくなる、みたいな。今はもっとフラットで、ただアニメ作品が好きで盛り上げたいって素直に面白がってそう。
日本の映画業界だって、子供向けの特撮やアニメの劇場版がヒットしたから他のジャンルの映画が撮れるって、スタッフ自ら自嘲してたがw。