“みんなにウケるものをつくろうとすると,どうしても,誰にも刺さらないモノができてしまう”
10年前の人達は驚くだろうな。ガラパゴスじゃダメだ世界に受けるものを!!って言われまくったけど結果としてそうじゃなかったのが証明された
“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,”日本のメインカルチャーであるアニメでやりまくってますがそれは…
音楽業界について言えば、プラットフォームが儲けを吸い上げるようになってから、作り手が儲からなくなってしまったような。
自分が欲しいモノを作れてますか?
日本のガラパゴス文化が褒められてるが、今はそういう時期/アメリカ文化はハリウッドも「リベラル思想布教パワー」だから、疑問を持たれると終わる/日本のほうが個人主義でインディーズ主義。組織芸術ができない
自信を失っているクリエイターがいるとしたらぜひこれを読んでほしい
呪術廻戦とかチェンソーマンとか読んでいて思うのは作者が自分のリビドーに従って作った変なモノの方が面白いということ
市場の需要を見抜けずに死んでいった作品が山のようにある現実もたまには見てくださいね。ジャンプ新連載なんか需要見抜けなかったら大体死ぬ。大事なのはその計算を筆者のリビドーと勘違いさせることだ。
在りし日のアップルについて語っている文章として読むこともできると思う。別に日本に限らずあるところにはある話なんだろう
重版出来を読んで欲しい
とはいえ、この記事で取り上げられている『原神』をなぜ日本で作れなかったのかとは言われている…
“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,「インターポレーション」をやったり,派生作品をつくったりするばかりだ” ガンダム!
もしかして日本と中国をごっちゃにして衰退してないって勘違いしてるとか?
多くの作家が仕事としてではなく作者自身の表現としてスタートしているからだと思ってる。その中で読者に届いたものが結果としてヒットする。その逆ではない。
文化とは他の文化と差があることなんだろうなという感じがする。
クリエイティブであれ
私はこれが面白いと思うので作りました、という意識がクリエイターにあってこそ、作品と呼べるものが生み出されるのだろう。マーケティング主導で作ると、すでにあるものの焼き直しにしかならない。
良くも悪くも大義名分より欲望が先行するからかな。
良い分析じゃないかな、文化は競争じゃないのでな、安心出来るものでないと誰も受け取り、味わい、体内に入れはしないでしょう。へうげものの織部の割れた茶碗の面白さを見て米国の人には自分の事を思い出して欲しい
海外に届いているのが精鋭作品だけなのかも。それが多いのは土壌がもちろん関係していると思うけど。
言いたい事がモリモリ湧き出てくるのであとでまた読む。
う~ん漫画に関しちゃ「〇〇な鉄砲も数撃ちゃ当たる」が近いんじゃないの? トイレット博士の頃からジャンプ読んでたけど打ち切り漫画の数は凄まじいものだよ、まさに死屍累々。荒木飛呂彦もJOJOまでは打ち切り地獄。
漫画やアニメでダジャレ言ってるのを見ると『これ海外勢に伝わるのか』ってほんの少しは気にするぞw (翻訳の方ご苦労様です)
ルーカスのスターウォーズがディズニーには継げなかった理由
世界受けを狙った韓流商品もめちゃ売れてるけど
自分と狭い市場を相手にした上で、「ヒットしたら続く」体制が重要。連載はどんどん打ち切られ、どんどん新作が出てくる。アニメは四半期に数十本生産される/「失敗作も多い」とか行ってる奴は真性のアホ
ディズニー作品にそれを感じる。受け取り方に誤解の余地がないよう丁寧に作られているが、その分、発見とか気付きがなくて刺さらない。マップ上のマーカーを消化するだけのゲームと同じ。
へぇ~、日本すごいんだにゃ!ボクももっと日本文化を勉強するにゃ!
https://support.google.com/edu/classroom/thread/346365097?hl=en&sjid=16615960287314198824-NC
単純に層の厚さと社会の許容度の違いだと思う。漫画じゃないがサイコパスやまどマギの虚淵玄氏は美少女ゲーム業界出身だから海外なら大成する前に社会的に抹殺されていただろう。
原神は万人に愛される作品ではないでしょ。好きな人は好きってだけ。アメリカ人はトータルでの収益額しか見ないから判断をミスるんじゃないのかな?スターウォーズなんかもそれで潰した感。
隣の芝は青いみたいな話じゃないの
映画の作り方に結構差があると思っていて、プロの集いによるモノづくりであるアメリカ映画に対して監督の芸術のための営みである日本映画という感じ(なので監督の思想はモロ出しだし、継続性がない難点もある)
かつてロラン・バルトが指摘したようにテクスト(歴史)を編むことが人類に求められることである。表面的なデータ駆動だけではテクストが存在し得ない。両立させてこそ人類は先に進めるのだよ。
日本も、漫画コンテンツだけはマーケ重視じゃなく作られてるように見えるね。実際は知らんけど。とにかく裾野が広いせいか、新しいアイデアが枯渇しないように思える。
( "ガラパゴス化" 初出はiPhone発売前? https://ja.wikipedia.org/?curid=1542118 "注意喚起のカギ括弧" リンク先にオタクが"was originally so discriminatory that it was forbidden to be spoken on TV" NHKで岡田斗司夫氏の話中でカットされた以外のソースが?
日本は宗教的戒律がザルだから公にしていい表現の幅か広い。
チェンソーマンはアメリカB級映画がベースだから海外でウケる要素は少なからずあったし、ジャンプは伝統的に打ち切りをちらつかせることで日本一ウケる漫画を目指す媒体だったよ
アメリカだと「わかるやつだけわかれ」がそもそも差別と言われるのかもしれんな……
本朝IP論よりは、議論の枕であったHoYoVerseが市場でいかに頭打ちになるかの構造が面白かった。詰まるとこ「儲かる」を突き詰めた論理に回収されない遊び心を維持してる辺りの強みというのが、現状まだあるのかな、と。
面白いけど儲かんない、美味しいところをさらわれる、って事でもあるんだよなあ……
んなわきゃないw「なろう系」ってしらんのか?
アメリカ人は、「悩んで行き詰まると、日本文化をチヤホヤする事で、アイデンティティの中心をズラして、心のバランスを取ろうとする。」から、振り回されるなよ。
アメリカはマネタイズを前提にしすぎる。インディー音楽ですらそういう面がある。それが潜在的作り手にまで行き渡っている。だからウェブコミック、ウェブ小説も盛り上がっていかないのだろう。
わりと真面目に「表現規制による制約が薄いから」はあると思う。それにより幅が広がらずに多様なものを生み出せる環境にある。だから海外を過度に向き合わないは短期のビジネス的にはともかく文化的にプラス。
漫画は読むコストと作るコストが圧倒的に低いことが広い裾野と多様性を産んでおり、作るのにコストがかかるアニメとは全く違う。コストの低さは日本独自の要因ではないのに、日本以外で日本ほど広がらないのが不思議
日本人の悪癖である、職人的、マニアックさ何だと思う。商売とこだわりのバランス。意外と享楽主義で良い物は何でも食いつく。料理でも美味きゃそれで良いの精神。拘りに対し拘りが無い。拘った結果しか興味がない
"日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる."
バクマンで見た、ファンレターを参考にするなってやつだ。読者の想像の外をいかない漫画はアンケが稼げないから打ち切られる。AIや統計に頼るってそういうこと
そもそも、この疑問「どうしてアメリカのポップカルチャーは衰退しつつあるのに,日本のポップカルチャーはこんなに絶好調なんだろう?」に疑問w/日本でもテレビ業界は明らかに衰退してるのは非ポップ化したから?
日本は同人文化の根強さが関係してる気がする。特にオリジナル創作物がネットで覇権を握ってて上手く注目されればプロとして活躍しやすい土壌が日本にはある。海外クリエイティブはそこが微妙なので継続に苦労する。
“日本発の製品を消費していると,会話をしているような感覚を覚える.他方で,アメリカ発のコンテンツ,とくにオンラインのコンテンツを消費しているときには,まるでどこかの心理学実験室のスキナーボックス"
海外、アメリカとか持ち出すんであれば、日本のポップカルチャーってそれほどの盛り上がりか?かなり局所的じゃない?って気もする
日本人からするとアメリカは変わらず元気で、いつまでも日本は内向きだけど、もしかしたら日本の作り手は腹を括ったのかなぁとは少し思う。海外ウケ、わかんないから知らんって。
母数が多いだけだろう。どんだけ作品数あると思ってんだ
作者はじめ提供者側もだけど、受取側の日本人も漫画はじめサブカルに最適化されて、各界隈の楽しみ方を見出して、また開発しており、今後も良くも悪くも変化していくのが今の日本の良いところと思っている。
データに基づかないので、どう捉えればいいのか、という感じ。
ゲーム産業が切り拓いてくれたのが一番大きいんじゃないかな。ストリートファイター的マッチョは米国由来だったと思う。皮切りに色々渡ったイメージ
日本はポップカルチャーっていうかオタクカルチャーだけが成長している(漫画、アニメ、ゲーム etc)
結局漫画アニメの市場規模は日本が圧倒的だから、多くの制作者が生きていけるだけの市場があるからだよね エロ漫画でも食べていける市場があるの日本だけやで
ちょうど先週、外国人観光客が日本の良さについて、日本人の外国人嫌いが逆に良いそれが魅力を作ってるというようなことを言っていた
国内向けに作られたものが消化された余分が海外でヒットという構図だからね。KPOPみたいに海外向けに作られた虚像では無理な話。それに騙されるのも若いアジア人だけというのもみっともないけど。
何だリビドーリビドーって。流行ってんの?リビドーに従うことなんてできないでしょ。自我に抑圧されて、そのままでは出てこれないのがリビドーなんだから。欲動に従うように見えても、それは既に自我なんだよ。
AI要約のような簡潔さに慣れていくにつれて、回りくどい文章がどんどん苦手になってる気がする。AI曰く、日本の漫画は読者の反応に過度に依存しない姿勢が強みということらしい。
アメリカのポップカルチャーが衰退してるというより、自国語のカルチャーが復活しているってのが正しい。これは世界的な傾向で、南米とかでも、英語の歌や映画の人気は下火で、自国語の歌や映画が流行してるという。
“日本の漫画は,経済学者と心理学者ではなく,クリエイターが主導してる。漫画でもゲームでも、日本発を消費すると会話をしている感覚。アメリカ発を消費すると心理学実験室に閉じ込められた感覚に陥る”
日本は国内マーケットがけっこう大きいから。韓国は小さいので海外市場を視野に入れざるを得ない。あと、マンガは映画に比べると製作にお金かからないでしょう(アニメは知らんが)。ハリウッドメジャーはあれがねえ
でも最近のマンガって作者が好きに描いているように見えてかなり過去作を分析してデータで描かれてるもの多いんだよなあ。作家自身がもうそういう傾向
浦沢直樹もよく言ってるけど、マンガのいいところは1人が思いついたものを稟議なし予算ゼロでいきなり描き始められる=何でもいいから産まれて結果で淘汰されるところ
“盛田昭夫だ.「我々は知っている.だから,市場調査をやたらにやるのではなくて,製品とその使い方についての考えを他でもなく我々が磨くのだ.そして,その製品の市場をつくりだそうと試みる.」”
データ収集&分析の普遍性VS個人の欲望と内面を深堀りすることで到達する普遍性 ということなのだと思う。自分の内側を掘って、すべての人間の内側にまで到達するものが勝つ。あたりまえのことに思える。
あれ?またオレ何かやっちゃいました?
“「アメリカのポップカルチャーは衰退しつつある」説をとるとしよう.では,どうして今,日本はアメリカと真逆の経験をしているんだろう? どうして日本はポップカルチャー大盛況の時期を迎えているんだろう?”
別にアメリカのポップスも数撃ちゃ当たるをやっているだろう。それなのに先細って見えるのか、そうは見えないのかの違いについて考察しているのに、何でそれすら読めてない人が多いんだ。
「日本はポップカルチャー大盛況の時期を迎えている」アメリカのことは気にしないでいいとして、ところで、日本韓国と比べても、中国のポップカルチャーが盛況になりそうな気配が全くしないのはなぜだろう?
数多くの"つまらん奴"がコンテンツ制作とリリースに関わると、そのジャンルは廃れるという話。/「ネタは狭いほど面白い」論でもある。
良いエンタメは「作品」と「商品」の間のせめぎ合いから生まれてくるけど、日本は作り手の作家性を許容する「作品」寄りの文化。お客さんも、たとえ娯楽映画であっても「作品」として大人しく正座して鑑賞するし…
表現の広さはアメリカのコメディの尖り方やいかがわしい所から成り上がった人間の多さを見れば差は無い。違いは分業制による合理化が大きい。アメリカは映画やコミックは勿論、現代では作曲ですら分業化が進んでる。
日本にはできてないとされる、アメリカでスタートアップがたくさん生まれて死んでいく状況と似ている気はする。参加者の多さと、淘汰の多さ。それとは別に日本の内輪ウケ。
依然として映画・ドラマ・PCゲームの3分野はアメリカが世界一だと思いますが、一体何をもって衰退していることになっているんでしょうか
数撃ちゃ当たるは結局全てに言えることなのかもね
日本には“表現の自由”があるから……“!?”
“世界が日本発のあれこれを愛好している理由はここにある。日本の文化製品を作っている人たちは海外の客をあまり気にしていない。それは反感を抱いているからでもなければ閉鎖的な思考のせいだからでもない”
新しい物が生まれるのは文化的スラムを容認する場所だけである。需要がない事に踏み込めるのは楽しいからだしましてや危なっかしい表現の多くは止むに止まれぬ衝動をエネルギーに為される。
漫画は試行錯誤のコストが安いもんな。ウケなくても作家個人が食えないだけ
日本は試行回数が桁違いに多い気がする。同人的な文化の中から自発的に生まれて来る下草群と、その上澄を吸い上げる商業資本の生態系が異常な試行回数を実現可能にしている。この仕組みは世界でも珍しい物に思える。
漫画や小説は一人で作れるからリスクも小さいし自分の好きなようにできる。内向的な人間が多い日本人には相性もよかったんじゃないかな。
アメリカのエンタメはマス向けの工業製品なので独自の進化をしたり突然変異したりしない 早晩衰退する これはピクサーが人気になりはじめたあたりから思うようになった
アメリカ人は結論を先に言う、という記事を最近読んだが、あれはウソだ。
工業製品化された韓国製縦読みカラー漫画が顧客にあれほど寄り添ったというのに日本市場でメインストリームになれなかった理由とも重なるなぁ
あれだけスタートアップ企業をデカくするのがうまい国がなんでフィクション制作だけここまでコントロール下におけないのか不思議
そんな褒められるとくすぐったいですね! はっはリサーチ?欧米伝来の手法してるよ。でもホント?はどこまでも続くね。一番強いのは、これ良いでしょ、使っみてくれたのむ!ていうメーカー製品作品なのにね
欧米と違って社会に神のご加護が薄いしな。日本人で宗教を信仰している人は何%? 増えてるの減ってるの? https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/367473.html
80年代ぐらいから輸出されたアニメとかヒーロー物が世界中の子供の心を掴んできたのが刷り込みとして効いてるんじゃないかと思う。
日産が今の苦境を招いたのは、根本的にはガラパゴス性を否定したからだと思う。
https://complicit.bullfrogcommunities.com/koina
漫画ならマーケティングは出版社がするものであって作家は必ずしも関わる必要はないからな(編集の横槍はあるとしても)。だから打ち切りが多い、と同時に常に新陳代謝が行われ面白いものが残る。
アメリカのフォークやヒップホップと日本の漫画を比較するのが適切?ネットで見かける漫画読者は「思想が強い」「エンタメに政治を混ぜるな」等、作者が社会メッセージを作品に込めるのを蛇蝎の如く嫌っとるぞ。
逆にメーカーが「ガラパゴス」だ「デフレ」だ「グローバル」だと念仏唱えて技術者切り捨て内需を放り捨てた結果が今の日本。そうした分析や危惧は00年代には既にあったし、なんなんだろね
"「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる" 要は海外のクリエイティブから本質的な多様性が失われているということではないか。
深夜番組がゴールデンに移動するとつまらなくなる、のと似たような話だと思う。表現の幅を狭めると文化の多様性を失うのは当たり前の事
俺の中で今1番受けてるのはガンダムの焼き直しだから派生作品批判はできないな。オリジナルで最後に楽しんだのはガルパンやまどまぎ、イド
日本では音楽も漫画も、作品を作るにあたってそれでメシを食う必要はないし、ほかの仕事をしながらの人がいっぱいいる。専業でも大ヒットで大金持ちになる必要もない。米国はそういう人が少ないのかなという気はする
まあ一方で、世界を相手に戦うことを目指すのであれば多様な方面にエンパワメントする内容にはなるだろうな、という感じはある。人魚姫の肌が黒いってだけで文句をいう人間は日本にも数多くいるので。
海外から見たら狭い市場の中で蠱毒が如く様々なものが蠢いてるのは見えないと思うので、上澄みだけ見るとスゲーってなってるだけ、というのはあると思う
良くも悪くも株式市場の資本の原理に組み込まれてない会社が強いって話では。上場してても実質オーナー企業とか、そもそも上場してないとか、株持ち合いの文化に守られてたとか。つまり角川ソニーばっか勝つとヤバい
日本の漫画には異常なほどの多様性があるが、外国のものにはそれが感じられない。一発当ててみたいと思うクリエイターと嗅覚のある編集者が良い仕事をしていると思う。
https://econ101.jp/why-has-american-pop-culture-stagnated/ に対する文章なんだろうけど、ポップカルチャー自体の対比になってないし対象も限定的だし具体的な作品比較もない。内需向けなら蛸壺民からウケるんだろうけど海外の反応は
あんまり儲かってない変わったものが一杯ある。それは誇れることなのか。ゾンビ中小企業が沢山あるようなもの。
文化的にはガラパゴスじゃなかったのは事実なんだけどこの人は知らないのか。もちろん日本人向けに作るのが第一ではあったけど、一方で世界名作劇場やトランスフォーマーの昔から海外企業との協業もやってきたでしょ
ジャンプなんかはマーケットアウトのこじんまりとした作品は好まないらしいね。でも漫画事業単体で黒字化してるのは限られた年だけだしかなり無理矢理なビジネスモデルな気がする
アニメや漫画は大きく売上を上げているが、かつて世界に絶賛された邦画が今どうなってるか、SONYやPanasonicが今どうなっているかはよく見ておきたい。
この話を数打てば当たるに纏めちゃうの大分アレなのでは...
“アメリカ音楽と日本漫画を比べるのは適切な気がする”なるほど。文化が反映されているコンテンツが違うと
鳥山明が自分の趣味全開で描いてたらDr.スランプやDBのヒットはなかっただろうという話は有名。リビドーというよりは作者の長所を読者のニーズに結びつけられるか。それがリビドーと一致する幸運な作者もたまにいる。
“そのことに不満をつのらせ,不信感を抱いている.なにに値打ちがあるかという自分じしんの感覚を手放して,かわりに視聴人数や「いいね」数や再生数といったかたちで値打ちがあるものの認識を企業に外注している”
なぜメジャー化するとコンテンツはつまらなくなるのか。アングラだからこそ面白いコンテンツが生まれそれが大衆に認められるとつまらなくなる。我々は面白さを潰し回っている
日本のスタジオがディズニーほど大きくなれないのではなく、ディズニーが大きくなり過ぎたんだよ。自動車のBIG3にしてもそう。テクノロジーや航空宇宙産業にはまだアマチュアリズムが残ってるけどな
1~3年ごとにブームが起きるのは凄いと思う。スパイファミリーが来たら「子供たち、もう呪術とか忘れちゃって‥」なんて言われたり、勢いがあっていいね
一人か少数の世界観でとことん深堀する作品がおもしろい。例をあげると日本の漫画
うん、世界を相手にするチームを作らなかったことが、結果的に世界を魅了する作品を生む土壌になったと思う…という、アンビバレンツを解析しなければ、どこも勝てないと思う。原神は上手く解析した
面白い観点だった。翻訳物なのに訳がいいので読みやすい。日本の漫画は書き手の層の厚さが世界でも特異点で、その人たちがとんでもない熱量で自分にとって切実な漫画を描き続けて今の繁栄があるのだろう。
K-popは?まあどこかで頭打ちになりそうな感じはするが/『その結果,日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない. それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる』
顧客のニーズを満たす作品は最終的に受け取った顧客しかその世界に存在しない閉じた孤独だが、製作者が好きで作った作品は作者と読者が対話できる外に開かれた世界である という観点は目から鱗だった 面白い
今日LIVEに行ったバンドだけど海外での評価が高い、地元大阪だけどたった100人の客でも海外から見に来ている客もいた。他でも特定のバンドでは外国人客が2割近いものも見た。日本の「ニッチ」の幅広さは凄いよ
業界構造の特異性で創造性が爆発したのは漫画だけと思う。後は西洋との文化の違いが市場価値になってるという理解。/この10年の米国は縛りプレイをしてる側面もある。米リベラルが許す範囲でしか作れなくなってる
“「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる” 俺はボン・イヴェールの音楽を聴いてるとこういう気持ちになる。本当に国でくくれる話なのかな。
林士平氏に意見を聞いてみたい話である
編集者に変態(性癖)への理解があるのが大きい
京都大学大学院准教授「国籍や国境をなくすグローバルな制度の統合をハーモナイゼーション(調和)と呼んでいるが、事実上の画一化でしかなく結果的に世界全体での多様性が失われている」https://youtu.be/1DErfYEACvY?t=1597
呪術はマーケティングしっかりしている感じがある
アメリカのポップ・カルチャーが繁栄してた時期って?
「アメリカ文化はマーケティングに囚われてるが日本は個人が自由にやってる」は単に隣の芝生があおく見えてるだけ。日本人は存在そのものがマーケティングの産物(むしろ個人がないから葛藤もないし囚われようもない
いや普通に海外に売り込んだ結果だと思うけど…
おもろいなあ
アメリカ人が『アメリカ人の嗜好はこうあれ(他の国も然り』という意識が薄れ、フラットに多文化を観れるようになった結果、純粋にマンガ・アニメの娯楽性の高さにみんなシビれたのかも、なんて根拠ゼロで思ったり
海外から発のマンガも出てきて良さそうだが、数えるほどしかないのは、圧倒的なエコシステム、裾野の違いかなと思ってる。ありとあらゆるジャンルがあって、ありとあらゆる嗜好のファンが付く
日本の漫画が素晴らしいものであることは確か。…でも、アメリカのポップミュージックがAIコンテンツに押される一方、日本の漫画では人間が頑張れてるのは、何よりAIには(まだ)まともな漫画が描けないからでは?
“日本は,これまでずっと文化的なガラパゴスだった.19世紀に東洋と西洋が接触した瞬間からずっと,ガラパゴスのままだ.現代になっても,世界でヒットした日本のいろんな製品は,ウォークマンでもゲームボーイでも
新陳代謝が上手くできていて老害が居座らない構造と、ビジネスが優先されすぎずに数値以外のパラメータを大事に出来ることが多分大事なんだと思う。ドラマと映画と政治が全然ダメなのはそこがダメだから。
悪の権化のように言われがちな編集者だが、無味乾燥のアルゴリズムから作家を守ってるところもあるんだな。
アメリカのポップカルチャーが世界を席巻していたのは冷戦期じゃない? もちろん世界各地で生まれて影響を与えあってるんだけどさ
プロの翻訳だ/端的に一人の作家が作家性で描いてるからだとおもうけどな。組織化システム化されたらおしまいでどんづまる。つまりアートかどうかじゃなく人間がいて人間との対話だからだ。
エンタメに関しては尖ってるとこが面白い部分もあるって気はするし、その土壌として表現の自由に幅があって裾野が広いってのもあるように思う
実際は、漫画家自身じゃなくて、相棒の編集者が市場調査して市場にとっての最適解を提示した上で作られてる作品も多いと思うよ
日本の内向的な、自己の満足とある意味での“その道の玄人”への創作の矢印・探求が人間の中身を描き、かえって人の心をつかみ「自分に向けられている」と感じさせるという評論。なるほど感が高いし、翻訳がすごい
具体的に何のことを言っているのだろう。ケースを見ないと明らかではないが、漫画や音楽など、同人文化の根強さが理由かなと個人的には思う。そうでないカルチャー文化は日本としてもめざましさはないと思う。
日本のクリエイティブ才能の大半が漫画に向かった結果みたいな気はする。でもアメリカから森薫は出てこなそうだな
"0→1"と"1→10"と"10→100"の要件の差について。
“日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる”世界に届くようになってニッチでも市場として十分ともいえる
低質紙にモノクロ印刷する安価な日本式漫画は玉石混交の山から稀に生み出される貴石や宝石を拾い出す感じなので、とりあえず安価に気軽に粗製乱造出来る環境とマインドが必要なのではなかろうか
「自分たちは心理学者と統計学者が作った餌を食わされている豚だ」というのは、洋の東西を問わずポップカルチャーの消費者が自虐的に言いたがる台詞だけど、アメリカの方がガチ感が強そう。
puggとかtrap派生から新しいスタイルどんどん出てるし米発音楽は未だ面白いと思う。ディグるのが難しくなってきてるとは感じる
マット・アルトさんの日本の解像度高い。ジャンプシステムがマンガの底流にある。コメント欄の「異世界」作品と米国YouTuber(たぶんVideo Podcast)の指摘も https://blog.pureinventionbook.com/p/japan-doesnt-give-a-about-you/comment/118173288
海外ゲーやってると海外ニキネキのFAとかもガンガン流れてきてまあ二次創作も世界レベルで競い合ってる感あるけどなあ。そして色使いが大胆に鮮やかで良いんだ
『作品』と呼ばれるあらゆるものは結局『作家性』が全てだと思うんだよな。核心をコントロールできる『誰か』がいないと不自然なものになる。その優れた『誰か』は裾野と競争と鍛えあげられた顧客の中からでてくる。
クソでかいビジネスやるのに、たった一人の才能に背負わせるやり方がアメリカ人には意味不明なんだよ。日本人は江戸時代からたくさんの天才を見ているので、いくらでも天才が出てくると知っている。
個性や才能を活かしていると見るか、依存していると見るか、どうなんだろう
分かるなあ。売上王者のジャンプ含めて守りに入ってる編集部なんてない。また、次々にくる変化球を受け入れられる消費者の成熟度もまた相当なもんだろう。
アメリカの人気映画監督はそれこそ日本なんかとは比べ物にならないほどいると思うが、彼らは彼ら自身が好きなもの、作家性を表現してないのだろうか……
日本の方がエンタメをクリエイトする層が分厚い。いわゆるオタクが日本のエンタメを支えていて、一部のエリートだけが出世できるアメリカとは大きく構造が異なる
イカゲームのプロデューサーも同じようなこと言ってたな「世界ウケを狙ってません。自分達がおもしろいと思ったものを作ってるだけです。」って。
任天堂は記事で言及されてるHoyoverseのジレンマ(顧客が求めるものを作るだけでは広がりがない)にずっと昔から気づいているような気がする。だからこそハードウェアにいつも特異な仕掛けを入れて遊びを作ろうとしている
マーケットにリーチする商品の開発ではなく、マーケットにリーチした商品の販売拡大をしてるという話。 マンガの掲載数もそうだけど大手のアプリ対応で海賊版排除されてた結果とかもある?
アンケを出すような読者は、『全く新しい』『ジャンプらしい』漫画を渇望している。つまり完全に矛盾しており、解には論理的な飛躍が必要になる。論理的でない創造と、それによる多死を受け入れる土壌が山を高くする
元はアメリカのポップカルチャーが何で衰退してるのか?という記事。そんなのトランプが大統領の時代だからでしょ…強いのが偉い、ナヨナヨした奴は排除しろと隠さない政権下でポップカルチャーが流行るわけがない
本当にアメリカのポップカルチャーが衰退してるのかは知らんけど、本当だとしたら「必死すぎる」からじゃないかね。
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これはデカい。本物時代の到来って本を昔読んだ気がするけど、それって感じ。
そうか? 単純にアメリカ本流のコンテンツが予想の範囲になっているのと。日本のポップカルチャーを【方言】として咀嚼できるほど世界全体のリテラシーが上がっているだけなのでは?
日本人作家の大半は「自分が欲するモノ」or「読者にウケるモノ」を作る。ポリコレは「自分が欲するモノ」を作家に要求するのに、それを当然として対価を支払わないから、文化の衰退にしか繋がらない。それだけの話。
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“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,「インターポレーション」をやったり,派生作品をつくったりするばかり”→日本もそうじゃね?
マーケティングされていない日本の漫画のようなコンテンツが、海外の特にティーンにとって、私だけのものとしてネットで「発見」されやすくなり、それが個々のパーソナリティに強く影響した結果の積み重ねが今
作者のリビドーを発揮して生き残れる場所、数が打ち死に場所になれるところ、それを用意できること。別に狙ってやったわけじゃないけど、結果的にそれは割と大事で特殊なことだったんやね。適者生存みたいな話だな
日本に閉じた内輪のコンテンツも多いのによく皆さん咀嚼できるなーとは感じる
昔、インターネットって、どこまでもマイナーな情報に辿り着ける感じが、メビウスの輪みたい、って表現があった気がするけど、それに近い話に感じた。ポップカルチャーとマーケット戦略の相性の悪さというか。
これは同意。で、なぜアメリカからはアートが生まれにくいかといえば、アメリカ人たるアイデンティティが薄いからで、さらにそれは歴史を軽視しているからじゃないかと考える
いやー日本映画とか蛸壺だし、たまたまそういう時期なだけちゃうか?
と言いながら、決済システムで広い裾野をゴリゴリ削り多様な表現を許さない。一部カルチャーを亡き者にするのに躍起。
でも成ろう系と異世界系はもう暗黒期かな。
一応最後まで読んだけど「市場」の話全然してねえなって…。ほとんど全ての国で、漫画でも音楽でもなんでも、文化でメシ食うのめちゃくちゃ大変で、発表できる機会や場。それがあるかどうかが大事なんじゃねえかな
要約:日本の漫画やゲームなどのクリエイターは、自国の観客を第一に考え、データや市場に過剰に依存せず創造性を発揮している。結果として、世界の人々は「狙い撃ち」されていない安心感と「本物」らしさに惹かれる
"みんなにウケるものをつくろうとすると,どうしても,誰にも刺さらないモノができてしまう."
イノベーションのジレンマ
日本アニメが世界中で成功している理由は「ナードへのエンパワーメント」にあると思う。外国人から見れば「弱そうに見える日本人男性」が強さを見せて女を抱く様は、ナードの願望でもある。
日本企業の多くが昔からマーケティング下手で、それが偶然いい意味で天然の鎖国状態をつくったってこと?
商業に乗らないコンテンツを作って生きていこうとしたら日本が一番だろうな。エロ同人で食えてる人はいるっちゃいるし
先人に倣いつつ改善の歴史がある日本。ADO、YOASOBI、リーダーズ、米津、Babymetal…各個がレコ大に代表される旧体制を崩壊させた。自分に正直だから成し得た成果。ジョブズもそう。実は日本より改善しない保守的な欧米。
まぁ確かに、かつてのジャズやロックンロールは「世界」のことなど気にはしていなかったとは思う。しかし、韓流やK-POPはどうだろう。
ジャンプ(特にWJ)しか知らんようなブコメも見かけるが、ジャンプ以外がしっかり成立してるのが大きいかなと思う。進撃の巨人はジャンプからじゃ出てこない才能だった
自分自身の感覚を信じて従うことで面白さが生まれてるんだな。対人のコミュニケーションにおいて意外性や発見を面白く感じるのと似ている
表現に関われる人の層の厚さ。表現に対する規制の緩さ、有る種の表現の曖昧さ過剰さだったり、フィクションとしてのエロや暴力表現を受け入れる受け手側の許容力。国内の宗教や倫理観の他カルチャーへの柔軟さ。
初期衝動に突き動かされて勝手にすごいことやってた、それだけな気もする。それぞれの「まんが道」がずっと続いてる。
民主主義や表現の自由が海を越えて与えられたときに消えた建前の分くらいは自由かもしれんが。しかしオタクもこういう慰撫には弱いんだな。別ジャンルの日本スゴイは「お前の功績じゃない」って責めてたじゃん
一般化を目指しているかどうかというのを大きな線引だと思っている。一般化どこ吹く風、お前たちが無視できなくなったから媚びるんだろとDisられる人々が結局の病巣。市場や政治は加速要因で芽ではない。
自分が面白いってものは他の誰かにも刺さる
日本の場合は抑圧されて拗らせてるような気がする
漫画だとそうだけど、ゲームだとぜんぜん違うでしょ。デカいタイトルは世界向けにしか作れなくなった。
まぁね、特にウェブやアプリは、作家のたまごに連載持たせてKPIを満たさなかったら問答無用で打ち切る使い捨てが酷いけどね。出版社運営でもそう。|青年誌は割と一旦連載持たせたらじっくり育てる傾向があるけど。
日本から見ればハリウッドは全部ヒットに感じるように、アメリカに入ってるのは日本で当たった作品だけだから日本の芝生は青く見えるんだろうな
なろうのランキング狙いの作品と、そうではない初期のころの作品の違いみたいなもんか
アメリカの自主制作映画とかどうなん?アメリカが微妙と言うのも本当かわからんのよね、そこまで観察し切れてると思えない
ふた昔前と比べればだいぶ高カロリーとは言え、漫画の制作は他と比べれば低予算で小回りがきくから弾をたくさん撃てるというのは大きいのでは。/アベンジャーズとサメ映画が同じ予算規模で作られるみたいな状況。
競技人口の多いスポーツが国際的にも強い…みたいな話なんでないかなあ。
日本を神格化し過ぎな気も。日本のポップカルチャーだって最大公約数のような雰囲気が浸透しつつあるよ。ただ、漫画だったり職人気質の土壌は残ってるからオリジナリティが発芽しやすいってのはあるのかも
すべて結果論
つまり進撃の巨人が生まれずカバネリみたいなものばっかなんでしょ。そりゃ窒息するわ。
みんなむっちゃ気にしててわろた。現在はてブ総合一位。/ 漫画も特に漫画アプリのトップ(胸糞悪い作品多し)取ってる作家はむっちゃ客の趣味計算してるって話なかったっけ。
この写真好き
世界のどこでも自分が楽しいと思うことやってる人はいると思うが、日本のマンガは子ども向けから始まったので分かりやすさを意識してる、とか。 個性的だったらフランスの方があると思うが、その辺が…
アメリカ人も、閉塞感があるなら、もう「転生モノ」流行らせるしかないぜ…! 能力チート!ルール無用! あ〜キリスト教って輪廻ないんか……あらら〜
『べらぼう』を見ていて江戸時代もそう変らなかったのか、それとも現代風にアレンジされているのか。本屋でラノベのコーナーを見たけど、とんでもない数。こうした傾向は海外では少ないのだろうか。
「インターポレーション」ガンダムで毎週寝不足になってる我々はあんま変わらんのでは?
ネトフリのアジア統括の人も同じようなこと言ってたよな。最初っからグローバル考えんなって。まぁネトフリ自体も飽和作戦が基本だろうけど。
しかし、現在のソニーがゲームや音楽の力で過去最大利益をたたき出しているのは世界のみんなをクソ以下扱いしなかったからですよね。それもまた多様性だね…
自由な創作環境、少ない規制、寛容な二次創作、豊富な発表場所とマネタイズ手段、教育コンテンツなど学ぶ手段のの多さ。
隣の芝は青いだけな話である気もする。アメリカにも中国にも、楽園みたいなところもあるし、地獄もある
なんか日本の場合は仕組み作る側に搾取されてるだけのような気がする
日本は表現規制が世界一ゆるいからね。宗教縛りが薄いし、中国のように共産主義的な独裁でゲーム産業が潰されそうになることもあまりない、結果表現の幅が世界一広くなる
日本人の強みは、日本人であること。日本語を喋ること。日本文化を体現できること。日本人のまま、世界に出ていけばいい。
この人が見落してるものコミティアだよな。出版社は資本の論理に基いて海外をみてるのであって
ディズニーなんか理想の表現みたいな規範を探してる感じで、作者のやりたい事より、ディズニーのやりたい事が優先されてる感じよね。
“日本のクリエイティブたちは,国内でも海外でも自分を売り込むのがヘタなことで悪名高い―”
おお、クールジャパン機構のこともサラッと批判している。詳しいなぁ
マーケットイン思考の罠だな。
感覚を理解しやすい同族をターゲットにした方が伝わりやすいというシンプルな話かと思う。ただ、人口がそれなりにある人種だったから通用した話しで、少子化で人が少なくなれば今まで通りにはいかないだろうな。
オリジナル作品に予算が割かれずヒットした漫画の実写化や過去の名作アニメのリメイクが目立つのは思うところある
何らかの紙の商業媒体にかかわる漫画家だけで6千人以上、ウェブ媒体も含めると数万人いるのではという推定があり、これに同人のみ、純アマチュア活動を合わせると、他の国に比べて圧倒的な物量なんでは
ネトフリのアジア担当の元リーダーも日本人か韓国人が大喜びするものしか作る価値ない(結局それが世界でウケる)って言ってたね
斜陽になったらガラパゴス、人気になったら神輿。 海外の製品が盛り返してきたら「なぜ日本は衰退したのか。それは閉鎖的な日本の〜」って言いそうな記事
日本好きの外人のほとんどがアニメやゲームから入ってるもんな。下手にビジネス系政治系の奴らに食い荒らされずに好きにやれたのが良かったのかな。
ポリコレによる文化大革命がハレーション起こしまくってて大変そう。政治的イシューで公共や企業から金を引っ張れる確率や金額の違いでロビーイングの苛烈さが日米で違うのかなとは思う。
まぁ好きな作品があってその作品のことで楽しく騒げるのが一番だよね。余所様の作品に対する評価なんて関係ない!
”日本の漫画家たちの大半は,実名や顔写真を明かさずペンネームと自画像だけ表にして,隠れている” ワニ先生VS久米田島本富士鷹先生
id:anigoka 日本のアニメもっていうけど、そもそもアニメの大部分が漫画などの成功に乗っかってるコバンザメ業界なので。 参考: 日本のアニメがすごいわけではなくて、漫画がすごいんだよhttps://anond.hatelabo.jp/20240522091153
まあこうやっていい歳こいた大人もやいのやいの漫画やアニメの話してても許される雰囲気はあるかもねえ 確かに世界に向けてやってはないよね浮世絵の時代から
“日本の漫画家たちの大半は,実名や顔写真を明かさずペンネームと自画像だけ表にして,隠れている.企業も,国際的にはそれと大差ない.それに,おそらく政府の実績はそれすら下回って最悪だ.”
昔、FORZA2は車を飾るのに自由のないデカールしかなかったけど、何故か日本のゲーマーが内輪ウケだけ狙って作った異常な拘りによる痛車ペイントで海外に驚かれた事例があったな。日本の変で楽しいところよね。
日本のカルチャーどうこうは分からないけど、アメリカは自分たちのポップカルチャーが落ちぶれてると感じてるんだな
米国からの作品だが、ポリコレ以前の問題で「構成がおかしい」と感じる作品が増えていて、気にはなっている。またアクション大作を続けて2本鑑賞した時どちらもテンプレのような流れで驚いた。乱造が原因だろうか。
アメリカのコミックと日本の漫画は作り方も違うが、そもそも作品数が全く違う。少年ジャンプだけでも毎週100万部(最盛期は600万部!)も発行しており、これほど多種多様な漫画を作り続けている国は他にない。
アメリカだってインディー寄りの場では十分魅力的で多様なのに、映画にしろゲームにしろマンガにしろアメリカは大手が絡んだ時に台無しになる確率が高すぎる。
日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる.
海外のことは気にしてなくても国内の読者や視聴者のことは気にしてる。
結論としては,再販制度の有無に行き着くように思う。もし再販制度がなかったら日本だってアメリカみたいに売れるものしか作らなくなり,多様性がなくなる。
https://shorturl.at/ftQEx
創作にあたってのコード(規約)の少なさで言うなら、確かにアメリカの音楽に当たるのは日本の漫画よな。コミックは前世紀からコードに埋まってるし、映画やゲームも今世紀に入ってからはコードにまみれつつある。
マット・アルト「日本のポップカルチャーについて:日本はキミらのことなんかク○ほども気にしない」(2025年5月17日)
“みんなにウケるものをつくろうとすると,どうしても,誰にも刺さらないモノができてしまう”
10年前の人達は驚くだろうな。ガラパゴスじゃダメだ世界に受けるものを!!って言われまくったけど結果としてそうじゃなかったのが証明された
“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,”日本のメインカルチャーであるアニメでやりまくってますがそれは…
音楽業界について言えば、プラットフォームが儲けを吸い上げるようになってから、作り手が儲からなくなってしまったような。
自分が欲しいモノを作れてますか?
日本のガラパゴス文化が褒められてるが、今はそういう時期/アメリカ文化はハリウッドも「リベラル思想布教パワー」だから、疑問を持たれると終わる/日本のほうが個人主義でインディーズ主義。組織芸術ができない
自信を失っているクリエイターがいるとしたらぜひこれを読んでほしい
呪術廻戦とかチェンソーマンとか読んでいて思うのは作者が自分のリビドーに従って作った変なモノの方が面白いということ
市場の需要を見抜けずに死んでいった作品が山のようにある現実もたまには見てくださいね。ジャンプ新連載なんか需要見抜けなかったら大体死ぬ。大事なのはその計算を筆者のリビドーと勘違いさせることだ。
在りし日のアップルについて語っている文章として読むこともできると思う。別に日本に限らずあるところにはある話なんだろう
重版出来を読んで欲しい
とはいえ、この記事で取り上げられている『原神』をなぜ日本で作れなかったのかとは言われている…
“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,「インターポレーション」をやったり,派生作品をつくったりするばかりだ” ガンダム!
もしかして日本と中国をごっちゃにして衰退してないって勘違いしてるとか?
多くの作家が仕事としてではなく作者自身の表現としてスタートしているからだと思ってる。その中で読者に届いたものが結果としてヒットする。その逆ではない。
文化とは他の文化と差があることなんだろうなという感じがする。
クリエイティブであれ
私はこれが面白いと思うので作りました、という意識がクリエイターにあってこそ、作品と呼べるものが生み出されるのだろう。マーケティング主導で作ると、すでにあるものの焼き直しにしかならない。
良くも悪くも大義名分より欲望が先行するからかな。
良い分析じゃないかな、文化は競争じゃないのでな、安心出来るものでないと誰も受け取り、味わい、体内に入れはしないでしょう。へうげものの織部の割れた茶碗の面白さを見て米国の人には自分の事を思い出して欲しい
海外に届いているのが精鋭作品だけなのかも。それが多いのは土壌がもちろん関係していると思うけど。
言いたい事がモリモリ湧き出てくるのであとでまた読む。
う~ん漫画に関しちゃ「〇〇な鉄砲も数撃ちゃ当たる」が近いんじゃないの? トイレット博士の頃からジャンプ読んでたけど打ち切り漫画の数は凄まじいものだよ、まさに死屍累々。荒木飛呂彦もJOJOまでは打ち切り地獄。
漫画やアニメでダジャレ言ってるのを見ると『これ海外勢に伝わるのか』ってほんの少しは気にするぞw (翻訳の方ご苦労様です)
ルーカスのスターウォーズがディズニーには継げなかった理由
世界受けを狙った韓流商品もめちゃ売れてるけど
自分と狭い市場を相手にした上で、「ヒットしたら続く」体制が重要。連載はどんどん打ち切られ、どんどん新作が出てくる。アニメは四半期に数十本生産される/「失敗作も多い」とか行ってる奴は真性のアホ
ディズニー作品にそれを感じる。受け取り方に誤解の余地がないよう丁寧に作られているが、その分、発見とか気付きがなくて刺さらない。マップ上のマーカーを消化するだけのゲームと同じ。
へぇ~、日本すごいんだにゃ!ボクももっと日本文化を勉強するにゃ!
https://support.google.com/edu/classroom/thread/346365097?hl=en&sjid=16615960287314198824-NC
https://support.google.com/edu/classroom/thread/346365097?hl=en&sjid=16615960287314198824-NC
https://support.google.com/edu/classroom/thread/346365097?hl=en&sjid=16615960287314198824-NC
単純に層の厚さと社会の許容度の違いだと思う。漫画じゃないがサイコパスやまどマギの虚淵玄氏は美少女ゲーム業界出身だから海外なら大成する前に社会的に抹殺されていただろう。
原神は万人に愛される作品ではないでしょ。好きな人は好きってだけ。アメリカ人はトータルでの収益額しか見ないから判断をミスるんじゃないのかな?スターウォーズなんかもそれで潰した感。
隣の芝は青いみたいな話じゃないの
映画の作り方に結構差があると思っていて、プロの集いによるモノづくりであるアメリカ映画に対して監督の芸術のための営みである日本映画という感じ(なので監督の思想はモロ出しだし、継続性がない難点もある)
かつてロラン・バルトが指摘したようにテクスト(歴史)を編むことが人類に求められることである。表面的なデータ駆動だけではテクストが存在し得ない。両立させてこそ人類は先に進めるのだよ。
日本も、漫画コンテンツだけはマーケ重視じゃなく作られてるように見えるね。実際は知らんけど。とにかく裾野が広いせいか、新しいアイデアが枯渇しないように思える。
( "ガラパゴス化" 初出はiPhone発売前? https://ja.wikipedia.org/?curid=1542118 "注意喚起のカギ括弧" リンク先にオタクが"was originally so discriminatory that it was forbidden to be spoken on TV" NHKで岡田斗司夫氏の話中でカットされた以外のソースが?
日本は宗教的戒律がザルだから公にしていい表現の幅か広い。
チェンソーマンはアメリカB級映画がベースだから海外でウケる要素は少なからずあったし、ジャンプは伝統的に打ち切りをちらつかせることで日本一ウケる漫画を目指す媒体だったよ
アメリカだと「わかるやつだけわかれ」がそもそも差別と言われるのかもしれんな……
本朝IP論よりは、議論の枕であったHoYoVerseが市場でいかに頭打ちになるかの構造が面白かった。詰まるとこ「儲かる」を突き詰めた論理に回収されない遊び心を維持してる辺りの強みというのが、現状まだあるのかな、と。
面白いけど儲かんない、美味しいところをさらわれる、って事でもあるんだよなあ……
んなわきゃないw「なろう系」ってしらんのか?
アメリカ人は、「悩んで行き詰まると、日本文化をチヤホヤする事で、アイデンティティの中心をズラして、心のバランスを取ろうとする。」から、振り回されるなよ。
アメリカはマネタイズを前提にしすぎる。インディー音楽ですらそういう面がある。それが潜在的作り手にまで行き渡っている。だからウェブコミック、ウェブ小説も盛り上がっていかないのだろう。
わりと真面目に「表現規制による制約が薄いから」はあると思う。それにより幅が広がらずに多様なものを生み出せる環境にある。だから海外を過度に向き合わないは短期のビジネス的にはともかく文化的にプラス。
漫画は読むコストと作るコストが圧倒的に低いことが広い裾野と多様性を産んでおり、作るのにコストがかかるアニメとは全く違う。コストの低さは日本独自の要因ではないのに、日本以外で日本ほど広がらないのが不思議
日本人の悪癖である、職人的、マニアックさ何だと思う。商売とこだわりのバランス。意外と享楽主義で良い物は何でも食いつく。料理でも美味きゃそれで良いの精神。拘りに対し拘りが無い。拘った結果しか興味がない
"日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる."
バクマンで見た、ファンレターを参考にするなってやつだ。読者の想像の外をいかない漫画はアンケが稼げないから打ち切られる。AIや統計に頼るってそういうこと
そもそも、この疑問「どうしてアメリカのポップカルチャーは衰退しつつあるのに,日本のポップカルチャーはこんなに絶好調なんだろう?」に疑問w/日本でもテレビ業界は明らかに衰退してるのは非ポップ化したから?
日本は同人文化の根強さが関係してる気がする。特にオリジナル創作物がネットで覇権を握ってて上手く注目されればプロとして活躍しやすい土壌が日本にはある。海外クリエイティブはそこが微妙なので継続に苦労する。
“日本発の製品を消費していると,会話をしているような感覚を覚える.他方で,アメリカ発のコンテンツ,とくにオンラインのコンテンツを消費しているときには,まるでどこかの心理学実験室のスキナーボックス"
海外、アメリカとか持ち出すんであれば、日本のポップカルチャーってそれほどの盛り上がりか?かなり局所的じゃない?って気もする
日本人からするとアメリカは変わらず元気で、いつまでも日本は内向きだけど、もしかしたら日本の作り手は腹を括ったのかなぁとは少し思う。海外ウケ、わかんないから知らんって。
母数が多いだけだろう。どんだけ作品数あると思ってんだ
作者はじめ提供者側もだけど、受取側の日本人も漫画はじめサブカルに最適化されて、各界隈の楽しみ方を見出して、また開発しており、今後も良くも悪くも変化していくのが今の日本の良いところと思っている。
データに基づかないので、どう捉えればいいのか、という感じ。
ゲーム産業が切り拓いてくれたのが一番大きいんじゃないかな。ストリートファイター的マッチョは米国由来だったと思う。皮切りに色々渡ったイメージ
日本はポップカルチャーっていうかオタクカルチャーだけが成長している(漫画、アニメ、ゲーム etc)
結局漫画アニメの市場規模は日本が圧倒的だから、多くの制作者が生きていけるだけの市場があるからだよね エロ漫画でも食べていける市場があるの日本だけやで
ちょうど先週、外国人観光客が日本の良さについて、日本人の外国人嫌いが逆に良いそれが魅力を作ってるというようなことを言っていた
国内向けに作られたものが消化された余分が海外でヒットという構図だからね。KPOPみたいに海外向けに作られた虚像では無理な話。それに騙されるのも若いアジア人だけというのもみっともないけど。
何だリビドーリビドーって。流行ってんの?リビドーに従うことなんてできないでしょ。自我に抑圧されて、そのままでは出てこれないのがリビドーなんだから。欲動に従うように見えても、それは既に自我なんだよ。
AI要約のような簡潔さに慣れていくにつれて、回りくどい文章がどんどん苦手になってる気がする。AI曰く、日本の漫画は読者の反応に過度に依存しない姿勢が強みということらしい。
アメリカのポップカルチャーが衰退してるというより、自国語のカルチャーが復活しているってのが正しい。これは世界的な傾向で、南米とかでも、英語の歌や映画の人気は下火で、自国語の歌や映画が流行してるという。
“日本の漫画は,経済学者と心理学者ではなく,クリエイターが主導してる。漫画でもゲームでも、日本発を消費すると会話をしている感覚。アメリカ発を消費すると心理学実験室に閉じ込められた感覚に陥る”
日本は国内マーケットがけっこう大きいから。韓国は小さいので海外市場を視野に入れざるを得ない。あと、マンガは映画に比べると製作にお金かからないでしょう(アニメは知らんが)。ハリウッドメジャーはあれがねえ
でも最近のマンガって作者が好きに描いているように見えてかなり過去作を分析してデータで描かれてるもの多いんだよなあ。作家自身がもうそういう傾向
浦沢直樹もよく言ってるけど、マンガのいいところは1人が思いついたものを稟議なし予算ゼロでいきなり描き始められる=何でもいいから産まれて結果で淘汰されるところ
“盛田昭夫だ.「我々は知っている.だから,市場調査をやたらにやるのではなくて,製品とその使い方についての考えを他でもなく我々が磨くのだ.そして,その製品の市場をつくりだそうと試みる.」”
データ収集&分析の普遍性VS個人の欲望と内面を深堀りすることで到達する普遍性 ということなのだと思う。自分の内側を掘って、すべての人間の内側にまで到達するものが勝つ。あたりまえのことに思える。
あれ?またオレ何かやっちゃいました?
“「アメリカのポップカルチャーは衰退しつつある」説をとるとしよう.では,どうして今,日本はアメリカと真逆の経験をしているんだろう? どうして日本はポップカルチャー大盛況の時期を迎えているんだろう?”
別にアメリカのポップスも数撃ちゃ当たるをやっているだろう。それなのに先細って見えるのか、そうは見えないのかの違いについて考察しているのに、何でそれすら読めてない人が多いんだ。
「日本はポップカルチャー大盛況の時期を迎えている」アメリカのことは気にしないでいいとして、ところで、日本韓国と比べても、中国のポップカルチャーが盛況になりそうな気配が全くしないのはなぜだろう?
数多くの"つまらん奴"がコンテンツ制作とリリースに関わると、そのジャンルは廃れるという話。/「ネタは狭いほど面白い」論でもある。
良いエンタメは「作品」と「商品」の間のせめぎ合いから生まれてくるけど、日本は作り手の作家性を許容する「作品」寄りの文化。お客さんも、たとえ娯楽映画であっても「作品」として大人しく正座して鑑賞するし…
表現の広さはアメリカのコメディの尖り方やいかがわしい所から成り上がった人間の多さを見れば差は無い。違いは分業制による合理化が大きい。アメリカは映画やコミックは勿論、現代では作曲ですら分業化が進んでる。
日本にはできてないとされる、アメリカでスタートアップがたくさん生まれて死んでいく状況と似ている気はする。参加者の多さと、淘汰の多さ。それとは別に日本の内輪ウケ。
依然として映画・ドラマ・PCゲームの3分野はアメリカが世界一だと思いますが、一体何をもって衰退していることになっているんでしょうか
数撃ちゃ当たるは結局全てに言えることなのかもね
日本には“表現の自由”があるから……“!?”
“世界が日本発のあれこれを愛好している理由はここにある。日本の文化製品を作っている人たちは海外の客をあまり気にしていない。それは反感を抱いているからでもなければ閉鎖的な思考のせいだからでもない”
新しい物が生まれるのは文化的スラムを容認する場所だけである。需要がない事に踏み込めるのは楽しいからだしましてや危なっかしい表現の多くは止むに止まれぬ衝動をエネルギーに為される。
漫画は試行錯誤のコストが安いもんな。ウケなくても作家個人が食えないだけ
日本は試行回数が桁違いに多い気がする。同人的な文化の中から自発的に生まれて来る下草群と、その上澄を吸い上げる商業資本の生態系が異常な試行回数を実現可能にしている。この仕組みは世界でも珍しい物に思える。
漫画や小説は一人で作れるからリスクも小さいし自分の好きなようにできる。内向的な人間が多い日本人には相性もよかったんじゃないかな。
アメリカのエンタメはマス向けの工業製品なので独自の進化をしたり突然変異したりしない 早晩衰退する これはピクサーが人気になりはじめたあたりから思うようになった
アメリカ人は結論を先に言う、という記事を最近読んだが、あれはウソだ。
工業製品化された韓国製縦読みカラー漫画が顧客にあれほど寄り添ったというのに日本市場でメインストリームになれなかった理由とも重なるなぁ
あれだけスタートアップ企業をデカくするのがうまい国がなんでフィクション制作だけここまでコントロール下におけないのか不思議
そんな褒められるとくすぐったいですね! はっはリサーチ?欧米伝来の手法してるよ。でもホント?はどこまでも続くね。一番強いのは、これ良いでしょ、使っみてくれたのむ!ていうメーカー製品作品なのにね
欧米と違って社会に神のご加護が薄いしな。日本人で宗教を信仰している人は何%? 増えてるの減ってるの? https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/500/367473.html
80年代ぐらいから輸出されたアニメとかヒーロー物が世界中の子供の心を掴んできたのが刷り込みとして効いてるんじゃないかと思う。
日産が今の苦境を招いたのは、根本的にはガラパゴス性を否定したからだと思う。
https://complicit.bullfrogcommunities.com/koina
漫画ならマーケティングは出版社がするものであって作家は必ずしも関わる必要はないからな(編集の横槍はあるとしても)。だから打ち切りが多い、と同時に常に新陳代謝が行われ面白いものが残る。
アメリカのフォークやヒップホップと日本の漫画を比較するのが適切?ネットで見かける漫画読者は「思想が強い」「エンタメに政治を混ぜるな」等、作者が社会メッセージを作品に込めるのを蛇蝎の如く嫌っとるぞ。
逆にメーカーが「ガラパゴス」だ「デフレ」だ「グローバル」だと念仏唱えて技術者切り捨て内需を放り捨てた結果が今の日本。そうした分析や危惧は00年代には既にあったし、なんなんだろね
"「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる" 要は海外のクリエイティブから本質的な多様性が失われているということではないか。
深夜番組がゴールデンに移動するとつまらなくなる、のと似たような話だと思う。表現の幅を狭めると文化の多様性を失うのは当たり前の事
俺の中で今1番受けてるのはガンダムの焼き直しだから派生作品批判はできないな。オリジナルで最後に楽しんだのはガルパンやまどまぎ、イド
日本では音楽も漫画も、作品を作るにあたってそれでメシを食う必要はないし、ほかの仕事をしながらの人がいっぱいいる。専業でも大ヒットで大金持ちになる必要もない。米国はそういう人が少ないのかなという気はする
まあ一方で、世界を相手に戦うことを目指すのであれば多様な方面にエンパワメントする内容にはなるだろうな、という感じはある。人魚姫の肌が黒いってだけで文句をいう人間は日本にも数多くいるので。
海外から見たら狭い市場の中で蠱毒が如く様々なものが蠢いてるのは見えないと思うので、上澄みだけ見るとスゲーってなってるだけ、というのはあると思う
良くも悪くも株式市場の資本の原理に組み込まれてない会社が強いって話では。上場してても実質オーナー企業とか、そもそも上場してないとか、株持ち合いの文化に守られてたとか。つまり角川ソニーばっか勝つとヤバい
日本の漫画には異常なほどの多様性があるが、外国のものにはそれが感じられない。一発当ててみたいと思うクリエイターと嗅覚のある編集者が良い仕事をしていると思う。
https://econ101.jp/why-has-american-pop-culture-stagnated/ に対する文章なんだろうけど、ポップカルチャー自体の対比になってないし対象も限定的だし具体的な作品比較もない。内需向けなら蛸壺民からウケるんだろうけど海外の反応は
あんまり儲かってない変わったものが一杯ある。それは誇れることなのか。ゾンビ中小企業が沢山あるようなもの。
文化的にはガラパゴスじゃなかったのは事実なんだけどこの人は知らないのか。もちろん日本人向けに作るのが第一ではあったけど、一方で世界名作劇場やトランスフォーマーの昔から海外企業との協業もやってきたでしょ
ジャンプなんかはマーケットアウトのこじんまりとした作品は好まないらしいね。でも漫画事業単体で黒字化してるのは限られた年だけだしかなり無理矢理なビジネスモデルな気がする
アニメや漫画は大きく売上を上げているが、かつて世界に絶賛された邦画が今どうなってるか、SONYやPanasonicが今どうなっているかはよく見ておきたい。
この話を数打てば当たるに纏めちゃうの大分アレなのでは...
“アメリカ音楽と日本漫画を比べるのは適切な気がする”なるほど。文化が反映されているコンテンツが違うと
鳥山明が自分の趣味全開で描いてたらDr.スランプやDBのヒットはなかっただろうという話は有名。リビドーというよりは作者の長所を読者のニーズに結びつけられるか。それがリビドーと一致する幸運な作者もたまにいる。
“そのことに不満をつのらせ,不信感を抱いている.なにに値打ちがあるかという自分じしんの感覚を手放して,かわりに視聴人数や「いいね」数や再生数といったかたちで値打ちがあるものの認識を企業に外注している”
なぜメジャー化するとコンテンツはつまらなくなるのか。アングラだからこそ面白いコンテンツが生まれそれが大衆に認められるとつまらなくなる。我々は面白さを潰し回っている
日本のスタジオがディズニーほど大きくなれないのではなく、ディズニーが大きくなり過ぎたんだよ。自動車のBIG3にしてもそう。テクノロジーや航空宇宙産業にはまだアマチュアリズムが残ってるけどな
1~3年ごとにブームが起きるのは凄いと思う。スパイファミリーが来たら「子供たち、もう呪術とか忘れちゃって‥」なんて言われたり、勢いがあっていいね
一人か少数の世界観でとことん深堀する作品がおもしろい。例をあげると日本の漫画
うん、世界を相手にするチームを作らなかったことが、結果的に世界を魅了する作品を生む土壌になったと思う…という、アンビバレンツを解析しなければ、どこも勝てないと思う。原神は上手く解析した
面白い観点だった。翻訳物なのに訳がいいので読みやすい。日本の漫画は書き手の層の厚さが世界でも特異点で、その人たちがとんでもない熱量で自分にとって切実な漫画を描き続けて今の繁栄があるのだろう。
K-popは?まあどこかで頭打ちになりそうな感じはするが/『その結果,日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない. それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる』
顧客のニーズを満たす作品は最終的に受け取った顧客しかその世界に存在しない閉じた孤独だが、製作者が好きで作った作品は作者と読者が対話できる外に開かれた世界である という観点は目から鱗だった 面白い
今日LIVEに行ったバンドだけど海外での評価が高い、地元大阪だけどたった100人の客でも海外から見に来ている客もいた。他でも特定のバンドでは外国人客が2割近いものも見た。日本の「ニッチ」の幅広さは凄いよ
業界構造の特異性で創造性が爆発したのは漫画だけと思う。後は西洋との文化の違いが市場価値になってるという理解。/この10年の米国は縛りプレイをしてる側面もある。米リベラルが許す範囲でしか作れなくなってる
“「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる” 俺はボン・イヴェールの音楽を聴いてるとこういう気持ちになる。本当に国でくくれる話なのかな。
林士平氏に意見を聞いてみたい話である
編集者に変態(性癖)への理解があるのが大きい
京都大学大学院准教授「国籍や国境をなくすグローバルな制度の統合をハーモナイゼーション(調和)と呼んでいるが、事実上の画一化でしかなく結果的に世界全体での多様性が失われている」https://youtu.be/1DErfYEACvY?t=1597
呪術はマーケティングしっかりしている感じがある
アメリカのポップ・カルチャーが繁栄してた時期って?
「アメリカ文化はマーケティングに囚われてるが日本は個人が自由にやってる」は単に隣の芝生があおく見えてるだけ。日本人は存在そのものがマーケティングの産物(むしろ個人がないから葛藤もないし囚われようもない
いや普通に海外に売り込んだ結果だと思うけど…
おもろいなあ
アメリカ人が『アメリカ人の嗜好はこうあれ(他の国も然り』という意識が薄れ、フラットに多文化を観れるようになった結果、純粋にマンガ・アニメの娯楽性の高さにみんなシビれたのかも、なんて根拠ゼロで思ったり
海外から発のマンガも出てきて良さそうだが、数えるほどしかないのは、圧倒的なエコシステム、裾野の違いかなと思ってる。ありとあらゆるジャンルがあって、ありとあらゆる嗜好のファンが付く
日本の漫画が素晴らしいものであることは確か。…でも、アメリカのポップミュージックがAIコンテンツに押される一方、日本の漫画では人間が頑張れてるのは、何よりAIには(まだ)まともな漫画が描けないからでは?
“日本は,これまでずっと文化的なガラパゴスだった.19世紀に東洋と西洋が接触した瞬間からずっと,ガラパゴスのままだ.現代になっても,世界でヒットした日本のいろんな製品は,ウォークマンでもゲームボーイでも
新陳代謝が上手くできていて老害が居座らない構造と、ビジネスが優先されすぎずに数値以外のパラメータを大事に出来ることが多分大事なんだと思う。ドラマと映画と政治が全然ダメなのはそこがダメだから。
悪の権化のように言われがちな編集者だが、無味乾燥のアルゴリズムから作家を守ってるところもあるんだな。
アメリカのポップカルチャーが世界を席巻していたのは冷戦期じゃない? もちろん世界各地で生まれて影響を与えあってるんだけどさ
プロの翻訳だ/端的に一人の作家が作家性で描いてるからだとおもうけどな。組織化システム化されたらおしまいでどんづまる。つまりアートかどうかじゃなく人間がいて人間との対話だからだ。
エンタメに関しては尖ってるとこが面白い部分もあるって気はするし、その土壌として表現の自由に幅があって裾野が広いってのもあるように思う
実際は、漫画家自身じゃなくて、相棒の編集者が市場調査して市場にとっての最適解を提示した上で作られてる作品も多いと思うよ
日本の内向的な、自己の満足とある意味での“その道の玄人”への創作の矢印・探求が人間の中身を描き、かえって人の心をつかみ「自分に向けられている」と感じさせるという評論。なるほど感が高いし、翻訳がすごい
具体的に何のことを言っているのだろう。ケースを見ないと明らかではないが、漫画や音楽など、同人文化の根強さが理由かなと個人的には思う。そうでないカルチャー文化は日本としてもめざましさはないと思う。
日本のクリエイティブ才能の大半が漫画に向かった結果みたいな気はする。でもアメリカから森薫は出てこなそうだな
"0→1"と"1→10"と"10→100"の要件の差について。
“日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる”世界に届くようになってニッチでも市場として十分ともいえる
低質紙にモノクロ印刷する安価な日本式漫画は玉石混交の山から稀に生み出される貴石や宝石を拾い出す感じなので、とりあえず安価に気軽に粗製乱造出来る環境とマインドが必要なのではなかろうか
「自分たちは心理学者と統計学者が作った餌を食わされている豚だ」というのは、洋の東西を問わずポップカルチャーの消費者が自虐的に言いたがる台詞だけど、アメリカの方がガチ感が強そう。
puggとかtrap派生から新しいスタイルどんどん出てるし米発音楽は未だ面白いと思う。ディグるのが難しくなってきてるとは感じる
マット・アルトさんの日本の解像度高い。ジャンプシステムがマンガの底流にある。コメント欄の「異世界」作品と米国YouTuber(たぶんVideo Podcast)の指摘も https://blog.pureinventionbook.com/p/japan-doesnt-give-a-about-you/comment/118173288
海外ゲーやってると海外ニキネキのFAとかもガンガン流れてきてまあ二次創作も世界レベルで競い合ってる感あるけどなあ。そして色使いが大胆に鮮やかで良いんだ
『作品』と呼ばれるあらゆるものは結局『作家性』が全てだと思うんだよな。核心をコントロールできる『誰か』がいないと不自然なものになる。その優れた『誰か』は裾野と競争と鍛えあげられた顧客の中からでてくる。
クソでかいビジネスやるのに、たった一人の才能に背負わせるやり方がアメリカ人には意味不明なんだよ。日本人は江戸時代からたくさんの天才を見ているので、いくらでも天才が出てくると知っている。
個性や才能を活かしていると見るか、依存していると見るか、どうなんだろう
分かるなあ。売上王者のジャンプ含めて守りに入ってる編集部なんてない。また、次々にくる変化球を受け入れられる消費者の成熟度もまた相当なもんだろう。
アメリカの人気映画監督はそれこそ日本なんかとは比べ物にならないほどいると思うが、彼らは彼ら自身が好きなもの、作家性を表現してないのだろうか……
日本の方がエンタメをクリエイトする層が分厚い。いわゆるオタクが日本のエンタメを支えていて、一部のエリートだけが出世できるアメリカとは大きく構造が異なる
イカゲームのプロデューサーも同じようなこと言ってたな「世界ウケを狙ってません。自分達がおもしろいと思ったものを作ってるだけです。」って。
任天堂は記事で言及されてるHoyoverseのジレンマ(顧客が求めるものを作るだけでは広がりがない)にずっと昔から気づいているような気がする。だからこそハードウェアにいつも特異な仕掛けを入れて遊びを作ろうとしている
マーケットにリーチする商品の開発ではなく、マーケットにリーチした商品の販売拡大をしてるという話。 マンガの掲載数もそうだけど大手のアプリ対応で海賊版排除されてた結果とかもある?
アンケを出すような読者は、『全く新しい』『ジャンプらしい』漫画を渇望している。つまり完全に矛盾しており、解には論理的な飛躍が必要になる。論理的でない創造と、それによる多死を受け入れる土壌が山を高くする
元はアメリカのポップカルチャーが何で衰退してるのか?という記事。そんなのトランプが大統領の時代だからでしょ…強いのが偉い、ナヨナヨした奴は排除しろと隠さない政権下でポップカルチャーが流行るわけがない
本当にアメリカのポップカルチャーが衰退してるのかは知らんけど、本当だとしたら「必死すぎる」からじゃないかね。
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これはデカい。本物時代の到来って本を昔読んだ気がするけど、それって感じ。
そうか? 単純にアメリカ本流のコンテンツが予想の範囲になっているのと。日本のポップカルチャーを【方言】として咀嚼できるほど世界全体のリテラシーが上がっているだけなのでは?
日本人作家の大半は「自分が欲するモノ」or「読者にウケるモノ」を作る。ポリコレは「自分が欲するモノ」を作家に要求するのに、それを当然として対価を支払わないから、文化の衰退にしか繋がらない。それだけの話。
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“昔から続いていてもう味がしないシリーズを繰り返したり,ヒット作の前日譚を出してみたり,リブートをやってみたり,「インターポレーション」をやったり,派生作品をつくったりするばかり”→日本もそうじゃね?
マーケティングされていない日本の漫画のようなコンテンツが、海外の特にティーンにとって、私だけのものとしてネットで「発見」されやすくなり、それが個々のパーソナリティに強く影響した結果の積み重ねが今
作者のリビドーを発揮して生き残れる場所、数が打ち死に場所になれるところ、それを用意できること。別に狙ってやったわけじゃないけど、結果的にそれは割と大事で特殊なことだったんやね。適者生存みたいな話だな
日本に閉じた内輪のコンテンツも多いのによく皆さん咀嚼できるなーとは感じる
昔、インターネットって、どこまでもマイナーな情報に辿り着ける感じが、メビウスの輪みたい、って表現があった気がするけど、それに近い話に感じた。ポップカルチャーとマーケット戦略の相性の悪さというか。
これは同意。で、なぜアメリカからはアートが生まれにくいかといえば、アメリカ人たるアイデンティティが薄いからで、さらにそれは歴史を軽視しているからじゃないかと考える
いやー日本映画とか蛸壺だし、たまたまそういう時期なだけちゃうか?
と言いながら、決済システムで広い裾野をゴリゴリ削り多様な表現を許さない。一部カルチャーを亡き者にするのに躍起。
でも成ろう系と異世界系はもう暗黒期かな。
一応最後まで読んだけど「市場」の話全然してねえなって…。ほとんど全ての国で、漫画でも音楽でもなんでも、文化でメシ食うのめちゃくちゃ大変で、発表できる機会や場。それがあるかどうかが大事なんじゃねえかな
要約:日本の漫画やゲームなどのクリエイターは、自国の観客を第一に考え、データや市場に過剰に依存せず創造性を発揮している。結果として、世界の人々は「狙い撃ち」されていない安心感と「本物」らしさに惹かれる
"みんなにウケるものをつくろうとすると,どうしても,誰にも刺さらないモノができてしまう."
イノベーションのジレンマ
日本アニメが世界中で成功している理由は「ナードへのエンパワーメント」にあると思う。外国人から見れば「弱そうに見える日本人男性」が強さを見せて女を抱く様は、ナードの願望でもある。
日本企業の多くが昔からマーケティング下手で、それが偶然いい意味で天然の鎖国状態をつくったってこと?
商業に乗らないコンテンツを作って生きていこうとしたら日本が一番だろうな。エロ同人で食えてる人はいるっちゃいるし
先人に倣いつつ改善の歴史がある日本。ADO、YOASOBI、リーダーズ、米津、Babymetal…各個がレコ大に代表される旧体制を崩壊させた。自分に正直だから成し得た成果。ジョブズもそう。実は日本より改善しない保守的な欧米。
まぁ確かに、かつてのジャズやロックンロールは「世界」のことなど気にはしていなかったとは思う。しかし、韓流やK-POPはどうだろう。
ジャンプ(特にWJ)しか知らんようなブコメも見かけるが、ジャンプ以外がしっかり成立してるのが大きいかなと思う。進撃の巨人はジャンプからじゃ出てこない才能だった
自分自身の感覚を信じて従うことで面白さが生まれてるんだな。対人のコミュニケーションにおいて意外性や発見を面白く感じるのと似ている
表現に関われる人の層の厚さ。表現に対する規制の緩さ、有る種の表現の曖昧さ過剰さだったり、フィクションとしてのエロや暴力表現を受け入れる受け手側の許容力。国内の宗教や倫理観の他カルチャーへの柔軟さ。
初期衝動に突き動かされて勝手にすごいことやってた、それだけな気もする。それぞれの「まんが道」がずっと続いてる。
民主主義や表現の自由が海を越えて与えられたときに消えた建前の分くらいは自由かもしれんが。しかしオタクもこういう慰撫には弱いんだな。別ジャンルの日本スゴイは「お前の功績じゃない」って責めてたじゃん
一般化を目指しているかどうかというのを大きな線引だと思っている。一般化どこ吹く風、お前たちが無視できなくなったから媚びるんだろとDisられる人々が結局の病巣。市場や政治は加速要因で芽ではない。
自分が面白いってものは他の誰かにも刺さる
日本の場合は抑圧されて拗らせてるような気がする
漫画だとそうだけど、ゲームだとぜんぜん違うでしょ。デカいタイトルは世界向けにしか作れなくなった。
まぁね、特にウェブやアプリは、作家のたまごに連載持たせてKPIを満たさなかったら問答無用で打ち切る使い捨てが酷いけどね。出版社運営でもそう。|青年誌は割と一旦連載持たせたらじっくり育てる傾向があるけど。
日本から見ればハリウッドは全部ヒットに感じるように、アメリカに入ってるのは日本で当たった作品だけだから日本の芝生は青く見えるんだろうな
なろうのランキング狙いの作品と、そうではない初期のころの作品の違いみたいなもんか
アメリカの自主制作映画とかどうなん?アメリカが微妙と言うのも本当かわからんのよね、そこまで観察し切れてると思えない
ふた昔前と比べればだいぶ高カロリーとは言え、漫画の制作は他と比べれば低予算で小回りがきくから弾をたくさん撃てるというのは大きいのでは。/アベンジャーズとサメ映画が同じ予算規模で作られるみたいな状況。
競技人口の多いスポーツが国際的にも強い…みたいな話なんでないかなあ。
日本を神格化し過ぎな気も。日本のポップカルチャーだって最大公約数のような雰囲気が浸透しつつあるよ。ただ、漫画だったり職人気質の土壌は残ってるからオリジナリティが発芽しやすいってのはあるのかも
すべて結果論
つまり進撃の巨人が生まれずカバネリみたいなものばっかなんでしょ。そりゃ窒息するわ。
みんなむっちゃ気にしててわろた。現在はてブ総合一位。/ 漫画も特に漫画アプリのトップ(胸糞悪い作品多し)取ってる作家はむっちゃ客の趣味計算してるって話なかったっけ。
この写真好き
世界のどこでも自分が楽しいと思うことやってる人はいると思うが、日本のマンガは子ども向けから始まったので分かりやすさを意識してる、とか。 個性的だったらフランスの方があると思うが、その辺が…
アメリカ人も、閉塞感があるなら、もう「転生モノ」流行らせるしかないぜ…! 能力チート!ルール無用! あ〜キリスト教って輪廻ないんか……あらら〜
『べらぼう』を見ていて江戸時代もそう変らなかったのか、それとも現代風にアレンジされているのか。本屋でラノベのコーナーを見たけど、とんでもない数。こうした傾向は海外では少ないのだろうか。
「インターポレーション」ガンダムで毎週寝不足になってる我々はあんま変わらんのでは?
ネトフリのアジア統括の人も同じようなこと言ってたよな。最初っからグローバル考えんなって。まぁネトフリ自体も飽和作戦が基本だろうけど。
しかし、現在のソニーがゲームや音楽の力で過去最大利益をたたき出しているのは世界のみんなをクソ以下扱いしなかったからですよね。それもまた多様性だね…
自由な創作環境、少ない規制、寛容な二次創作、豊富な発表場所とマネタイズ手段、教育コンテンツなど学ぶ手段のの多さ。
隣の芝は青いだけな話である気もする。アメリカにも中国にも、楽園みたいなところもあるし、地獄もある
なんか日本の場合は仕組み作る側に搾取されてるだけのような気がする
日本は表現規制が世界一ゆるいからね。宗教縛りが薄いし、中国のように共産主義的な独裁でゲーム産業が潰されそうになることもあまりない、結果表現の幅が世界一広くなる
日本人の強みは、日本人であること。日本語を喋ること。日本文化を体現できること。日本人のまま、世界に出ていけばいい。
この人が見落してるものコミティアだよな。出版社は資本の論理に基いて海外をみてるのであって
ディズニーなんか理想の表現みたいな規範を探してる感じで、作者のやりたい事より、ディズニーのやりたい事が優先されてる感じよね。
“日本のクリエイティブたちは,国内でも海外でも自分を売り込むのがヘタなことで悪名高い―”
おお、クールジャパン機構のこともサラッと批判している。詳しいなぁ
マーケットイン思考の罠だな。
感覚を理解しやすい同族をターゲットにした方が伝わりやすいというシンプルな話かと思う。ただ、人口がそれなりにある人種だったから通用した話しで、少子化で人が少なくなれば今まで通りにはいかないだろうな。
オリジナル作品に予算が割かれずヒットした漫画の実写化や過去の名作アニメのリメイクが目立つのは思うところある
何らかの紙の商業媒体にかかわる漫画家だけで6千人以上、ウェブ媒体も含めると数万人いるのではという推定があり、これに同人のみ、純アマチュア活動を合わせると、他の国に比べて圧倒的な物量なんでは
ネトフリのアジア担当の元リーダーも日本人か韓国人が大喜びするものしか作る価値ない(結局それが世界でウケる)って言ってたね
斜陽になったらガラパゴス、人気になったら神輿。 海外の製品が盛り返してきたら「なぜ日本は衰退したのか。それは閉鎖的な日本の〜」って言いそうな記事
日本好きの外人のほとんどがアニメやゲームから入ってるもんな。下手にビジネス系政治系の奴らに食い荒らされずに好きにやれたのが良かったのかな。
ポリコレによる文化大革命がハレーション起こしまくってて大変そう。政治的イシューで公共や企業から金を引っ張れる確率や金額の違いでロビーイングの苛烈さが日米で違うのかなとは思う。
まぁ好きな作品があってその作品のことで楽しく騒げるのが一番だよね。余所様の作品に対する評価なんて関係ない!
”日本の漫画家たちの大半は,実名や顔写真を明かさずペンネームと自画像だけ表にして,隠れている” ワニ先生VS久米田島本富士鷹先生
id:anigoka 日本のアニメもっていうけど、そもそもアニメの大部分が漫画などの成功に乗っかってるコバンザメ業界なので。 参考: 日本のアニメがすごいわけではなくて、漫画がすごいんだよhttps://anond.hatelabo.jp/20240522091153
まあこうやっていい歳こいた大人もやいのやいの漫画やアニメの話してても許される雰囲気はあるかもねえ 確かに世界に向けてやってはないよね浮世絵の時代から
“日本の漫画家たちの大半は,実名や顔写真を明かさずペンネームと自画像だけ表にして,隠れている.企業も,国際的にはそれと大差ない.それに,おそらく政府の実績はそれすら下回って最悪だ.”
昔、FORZA2は車を飾るのに自由のないデカールしかなかったけど、何故か日本のゲーマーが内輪ウケだけ狙って作った異常な拘りによる痛車ペイントで海外に驚かれた事例があったな。日本の変で楽しいところよね。
日本のカルチャーどうこうは分からないけど、アメリカは自分たちのポップカルチャーが落ちぶれてると感じてるんだな
米国からの作品だが、ポリコレ以前の問題で「構成がおかしい」と感じる作品が増えていて、気にはなっている。またアクション大作を続けて2本鑑賞した時どちらもテンプレのような流れで驚いた。乱造が原因だろうか。
アメリカのコミックと日本の漫画は作り方も違うが、そもそも作品数が全く違う。少年ジャンプだけでも毎週100万部(最盛期は600万部!)も発行しており、これほど多種多様な漫画を作り続けている国は他にない。
アメリカだってインディー寄りの場では十分魅力的で多様なのに、映画にしろゲームにしろマンガにしろアメリカは大手が絡んだ時に台無しになる確率が高すぎる。
日本のいろんな製品に接しても,私たちは「自分が狙い撃ちにされている」とは感じない.それでいて,「自分たちの存在が認められている」と感じる.
海外のことは気にしてなくても国内の読者や視聴者のことは気にしてる。
結論としては,再販制度の有無に行き着くように思う。もし再販制度がなかったら日本だってアメリカみたいに売れるものしか作らなくなり,多様性がなくなる。
https://shorturl.at/ftQEx
創作にあたってのコード(規約)の少なさで言うなら、確かにアメリカの音楽に当たるのは日本の漫画よな。コミックは前世紀からコードに埋まってるし、映画やゲームも今世紀に入ってからはコードにまみれつつある。