まとめました。年を取っても少年時代や青年時代の自分はなくならず、中年として生きる自分自身の根っこにまだ生きています。そう思うと、昔のアニメやゲームを振り返る意義も、違った風に見える気がします。
読んだ。共感したし白熊先生を少し理解できた。俺とはだいぶ異なる人なんだなと改めて思う。
「やっと理解力がついてきた自分と出会いたい、出会い直したい」みたいなことで「反芻」があったりしますけど、それを今を生きていると見るか過去に生きていると見るかは他人の目次第かもですね。私は前者と思う。
関係薄いが、記憶力が落ちてきてて、既知コンテンツを読んだときの「発見」が大人になった事による視点差による物か、単なる忘却による再発見なのか分からない時はある。発見それ自体は有益なのだ、と割り切るべきか
昔のアニメやゲームを眺め、少年/青年時代の自分に栄養を届ける - シロクマの屑籠
まとめました。年を取っても少年時代や青年時代の自分はなくならず、中年として生きる自分自身の根っこにまだ生きています。そう思うと、昔のアニメやゲームを振り返る意義も、違った風に見える気がします。
読んだ。共感したし白熊先生を少し理解できた。俺とはだいぶ異なる人なんだなと改めて思う。
「やっと理解力がついてきた自分と出会いたい、出会い直したい」みたいなことで「反芻」があったりしますけど、それを今を生きていると見るか過去に生きていると見るかは他人の目次第かもですね。私は前者と思う。
関係薄いが、記憶力が落ちてきてて、既知コンテンツを読んだときの「発見」が大人になった事による視点差による物か、単なる忘却による再発見なのか分からない時はある。発見それ自体は有益なのだ、と割り切るべきか