小学校中学年ころから苦手や。
詳しくは平田オリザの演出理論などに触れるべきですが、日常生活そのままの振る舞いでは「(観客から見て)自然な演技」にはならないので、実際にはタイミングや声量を細かく指示・管理する必要があるわけです。
おじさんになると物覚えが悪くなるから新しい声優を覚えられなくなるんだよ。伊藤かな恵は長年めが姉ぇのイメージだったからヴォジャニーツァの声聞いてびっくりしたのだわ
はぁ?オジサンに興味あるの?ほっといて欲しいんだけど。ワシはオジーサンだけどね。。
聞いたこと無い話すぎる
俺は特に女性声優さんの声がキンキン感じて疲れるようになってきた。全般的に声優さんの声って生活の中にない声の質とテンションなので、合わないと思っちゃうと全くダメになっちゃう。
仕事でアマチュア声優さんに依頼したらキンキン声の棒読みが届いて依頼、ベテラン声優さんを尊敬するようになった。
知らんけど、地上波の番組がしんどくなってきたのはある。若い頃はつけっぱなしにしててもBGMくらいにしか感じなかったけど、騒音に感じる番組が増えた。たぶん音の足し算掛け算の番組ばかりなのだろう
ナチュラルめな演技にしている最近のアニメもあるよ
こういうのと似たやつ他所でもたまに見るけど単に自分が飽きただけって結論にならずなにか理由があるはずと思うの面白いよな
アニメを声優で見ないで見るならナチュラルな演技を求めるのは当然だけど本職さんが何も芸能人に及ばないって訳じゃなくてむしろ監督やP、音響監督やファンの要望に応えた結果がアニメ声って事にいい加減気付けよ。
単に高めの周波数に対応できなくなった人が増えるからではないだろうか。分かりやすく言うと「老化」ということかもしれない。
声優が無理というよりエモに振りすぎた演技で作品のトーンが乱れるのが苦手って感じ。FF12は新人からベテラン声優まで幅広く渋い好演が見られて至福だったがミュリン役のゆかなだけ華がありすぎて浮いてた
媒体ごとの演技をそろえてほしい派。舞台と映画では全然違う演技の技術があるように、アテレコにはアテレコの演技の技術があるよね。媒体に合わない演技をしないでほしい。演技できない素人を出すのは論外として。
吹替版のダイハードを観るのが好きだ。ダイハード4.0の野沢那智の年齢を重ねた声の変化と作中のマクレーンが重ねてきた苦労がシンクロしているように聞こえる。でもラストはバシっとキメるのだ。エモい。
若い頃から苦手だったな。パニック映画でずっと怒鳴ったりヒステリックだったりして疲れた
邦画の会話シーンは言うほど自然か、、、?
井上和彦ずっとすごいよ。大袈裟にならないしモタらないし/追。そういや、僕がサトジュンがシリーズDやるアニメが好きなのは、サトジュンが音響監督兼任しがちだからかもしれん
「ねぇ、ちょっと待ってくれよ。僕が悪いっていうのかい?」『ええっ、ジョン、そうよ!私たちの関係はもう終わりね!』← 昔の米国の映画の吹き替えのイメージ
舞台演劇と実写映画・ドラマでは演技方法が違う。前者は良くも悪くも大げさで、一般的なアニメは前者が近い。あんなハキハキしたしゃべり方を実写でやったら不自然だぞ。
ズレた話なのかもしれんがアニメが好きでも声優にキャーキャー言う気になれん。正反対アニメの声優さんがpodcastで場面ごとの解釈や演技について語るのを聞くのはとても面白かったのだが。キャラと同一視はいかんやろ
自然でリアルが面白いかというのは警視-Kを見てみたらいいと思います。まあ面白いんだけどw
今の声優は結構過剰演技で舞台俳優に近いと思ってる。日常でそんな声を張り上げないし感情を丸出しにしない。別にそういうものだと割り切って観てるから気にならないけども。
歳を取ると、「現実」の重みが呪いになり、何に接しても、自分にとっての現実を基準にして考えるようになってしまう。若い頃の視野狭窄とはまた違った意味での能力的限界なんだとは思う。
ブコメも見てて思うんだけどこの話題なら音響監督の仕事の部分も大きいんじゃないのかなあ。それとも当たり前すぎてみなさまあえて話さないだけ?/アニメと吹き替えの仕事両方やってる声優さんはいっぱいいる
大人の男の声が少なくなったなあと感じる。玄田哲章、銀河万丈、羽佐間道夫のような。
昔みたいにアニメを見られないという傾向はあるような。加齢による活力や好奇心の衰えというのもありそう。
映画は表情を克明に写せるから声で情報量多い演技すると胸焼けする。 舞台は観客は離れて見るし、アニメは抽象化されてる受け取る情報が限定されてるから、情報量多い演技がちょうどいい。
自分は逆かも。以前なら洋画は字幕で観てたけど、最近はもっぱら吹き替えを観ちゃう。日本語字幕もあるならそれもセットで。原音の雰囲気も楽しみたいけど、それ以上に内容を一度できちんと理解したいというか。
フィクションをフィクションとして捉える能力が衰えていくんだろうな…と私も不安になってる
声優が年を取ると厳しいという話かとおもったら、アニメにつかれた中年の話題で哀しみを負った…。
共感できないセオリー。演劇でも映画でもアニメでも、全てを素直に受け取れる幼子以外は、ある程度の文脈を飲んで見るもので、文脈を知らないか、更新が間に合っていないだけでは?
アニメは役に応じているからいいけれども、ラジオとかのテンションにはまったくついて行けない。というか、うるさいw
パヤオをディスってんじゃねえよ ( ˘ω˘ )
みんなジブリになる。
アニメ(ヒロイン)とアニメ(母親世代)と洋画吹き替えとナレーションと舞台と、全部出来る声優がいっぱいいるんですよね。すごい。
YouTubeとかであまり訓練をしていない人の話は聞きにくいことがある(学者とか棋士なので、話のプロではない)けど、声優の人たちは全くストレスを感じない。すごいんだなーと思う。
俺はアニメ声はいけるけど声優お遊戯会は無理なので、やはりゼロイチではないんでねーかなー
「誰もが同じ」というデータはないですね
アニメは別にいいんだけどVIVANTのAI音声とかでそこら中流れると違和感が。
洋モノ映画(実写)の吹き替えは嫌だなあ。昔は『刑事コジャック』とか『刑事コロンボ』とか、寧ろテリー・サバラスやピーター・フォークの自声の方にに違和感があったけど。何でだろう。
声優が無理というよりアニメ声が合わなくなったのはある。配信者もキャピキャピしてるのが合わなくて見てなかったんだけど落ち着いた喋りの人を見かけて見るようになった。本阿弥あずさとか。
自然、自然とあまり強調するのもおかしいのだけどね。/本当に自然な声は滑舌もはっきりしていないし、抑揚もない。プレゼンでもないのに普段から声張って喋らない。/自然なだけじゃ芝居にならない。
歌舞伎役者は舞台寄りの演技をする人が多くてちょっと浮きがち 半沢直樹みたいな感じの作品なら大丈夫なんだろうけど
小学生くらいになると「おかあさんといっしょ」のノリがキツくなるのと同じような感じだと思う。過剰な演技がしんどくなる。プリキュアおじさんは幼児番組のノリでOKなんだろうけど
チェンソーマンのTVシリーズの日本映画っぽい演技は非難轟々だったな。アニメの絵が誇張されてるものだし、それに合わせると強めな声が合うんじゃないかね。
オーバーアクトが当たり前のようになったのって大映ドラマらしい。それが流行る前の古い映画の俳優さんの演技とか、自然な演技が現代には足らんのは確かかなと。そういうの目指してる声優さんもいるけどね
おっと高倉健の悪口はそこまでだ!
アニメ好きな人がおじさんになってからボソボソ日本映画に目覚めることある?あれらは聴き取りやすさ以外のところで反目してるのでは?
元増田にはおじさんになってとは書いてないような?
50代ですが全然平気です。タレントがCVやってる作品の方が違和感感じます。
パヤオの話やなかった
「おじさんになると声優が無理になるという話」初めて聞いた。ついていけないなら黙って離れればよいだけで、わざわざ悪態を吐くのは自分の感性が老いたことを認めたくないだけだろ。
アニメとかは見なきゃいいだけなんだけど間違って声優ソング(ゴミ)なんかを耳に入れるとたいへん苦痛だし最近はオタク媚び媚び社会なので駅のアナウンスをご当地アニメ?の声優にやらせてたりするのでこれも苦痛
芝居が脳内条件を設定することじゃなくて感情をこめることになってる人は俺は無理だな だから声優どうこうってより結局、音響監督次第みたいなところがある
日本人の演技はなんか劇団の公演を見てるみたいに明瞭で噛まないしセリフに迷わないので見てて気持ち悪い。洋画を字幕で見るとそういうの無いので気持ち悪いくない。アニメだとそういうの気にならない。なぜか
知らない話ですね。
かなりひさびさにアニメを見たけど(チー付与と世界最強の魔女、始めました)、アニメの声優ってこういうものだと思ってるので何の問題もないな/今年の前半は降幡愛をアニメ以外で割と見かけたけどあれも平気
自分の場合は別に無理ではないしそういうものとして楽しむけど、どちらかというと抑えめの演技の方が好み。酷評されがちなジブリも好きだし、近年の作品だとフリーレンが好みだった。
むしろおじさんの方が田村ゆかりやほっちゃんなどのアニメアニメした声全盛期では
主語がデカすぎてわからん・・・黒沢ともよさんのワルプルギスの廻天でのエルマの演技は素晴らしいと思ったし、TVでは転生重騎士の若山詩音さんの演技は超キンキン声なのに無茶苦茶心地よく感じた。ちな50代。
癒しでしかない
監督と音響監督の方針による部分ではあるから一概に(音響監督一緒だけど演技グダってる時とかあるから色んな要因もあるだろうし)
なにそれ
所謂アニメ声がある時から苦手になった。なんでだろうか。
先日8番出口の映画見たんだけどまーじで何言ってるのか分からなかったなぁ。洋画吹替ぐらいがちょうどいいかも。
『わたし、かわいいでしょ』みたいな声を出すでしょ。あれがたまらんのですよ
日本映画はボソボソ話してて音量上げたら急にBGMが爆音で鳴るトラップあるから
アニメとか絵なら大丈夫だけど洋画の吹き替えとか実写の人間だと気持ち悪くて聞いてられない。自分の場合は年取る前からずっとそう。この世の中で声優しかしない喋り方が「正しい」とされてるのか意味がわからない。
慣れる。アニメより大手のvtuberのほうがだいぶ無理じゃないか?でも慣れる。
逆に黒沢ともよみたいな意識高い系の演技きらい
昔から、アニメはOKだけど、ドラマCDはダメだった。最近、アニメでも無理なケースがあるので、何等かパターンがあるっぽい。声というより、間の取り方や話す長さ、速さな気がする。
そこまで主語でかくはならなくとも、このしゃべらせ方は生理的に無理、ってなるアニメがあるといったら確かにそう。/ 画の品格に合わせた音声というものがあるのは確かにそうだな。/ 下品なものを禁圧する必要はない
声優が無理なのではなく、「このアニメでこの性格ならこの声でしょ」ってテンプレで早口のキンキン声をやられるのが嫌。ミルキーサブウェイなんかは聞きやすいし、洋画吹き替えの釘宮理恵や行成とあは最高
昔、劇場版キャプテンハーロックに石原裕次郎が初代ハーロックの役で声優として出演していたんだけど、セリフが全部モノローグで、全然聴き取れなかったんだよね。
リゼロで言うとシャウラの声質が耳に辛い(´-`)演技とか羞恥とかじゃなくて、純粋に音質。いい声だとは思う
いわゆるアニメ声なら10代の頃からずっと苦手ではあるが…
そういうカルチャーで育ってきてないんじゃないの。いまの推し活わっしょいしてる若者はジジババになっても声優最高っていってるんじゃない。そしてここはジジババしかおらんよ。
ゲーム好きなら、Judge Eyesシリーズのキムタクの演技が最初違和感あるんだけど、その違和感がドラマ・実写映画とアニメやゲームの演技手法の違いだってのが分かってきて面白いよ。
アニメ映画を見に行くと僕以外にもおじさんの観客けっこういるので、少なくともみんながそうということはないだろう。(ていうか、アニメのスタッフもおじさんおばさんが多いんじゃないか。)
気にならないアラフィフ独身限界おじさん
やっぱ羽賀研二なんだよなあ…
声が高すぎるのと抑揚が過剰。
自分が喋ったり歌ったりしたのを聞き返してみると、裏声寄りの発声をしてるときキンキンしてるんだよなー。声優さんもそうなのかも。倍音が少なくなるのかな?
息の演技が過剰には感じますが、それ以外は普通に受け入れています。画の雰囲気と合っていれば。
そうはいっても少しづつ自然になってきてると思うよ。今期やってる『とある暗部の少女共棲』とか、台詞回しや演技が一昔前すぎて聞けたものじゃないのを実感できる。
洋ドラだと最初の数話こそ違和感あるけどそのうち慣れるね。池田秀一さんみたいにキャラクターのイメージが強い声優さんは苦労しそう。フラッシュバックに奴の影がちらつく。
ムリとは感じてない派だが、声作りすぎてなんかみんな同じだよなぁ・・・と思うことはある。ここ5年ほどの芸歴の声優で名前知ってるのほとんどいない。名前覚える頃には十年選手になってる感
自分は逆にアニメをよく見るようになってからドラマが無理になった。アニメはファンタジーとして見られるけど、ドラマは実写だから登場人物が“演技をしている人間”としか見られなくて、全然物語に入っていけない。
声優に興味はないけど、猫猫とかヤニ吸うの田山とか、低い声に惹かれるようになった
逆にVtuberとかのアニメな見た目なのに普通のおばさん声が聞こえる方がキツかったけどこっちももう慣れたな
大枠で画一的なのが。
びっくりした、声優というから開いたら白夜行の山田孝之の悪口書いてるのかと思ったよ
ひとつは演技が過剰だから。もう一つは幼い感じを全面に出してるから。ゲームをフルボイスにするのほんとやめて欲しい。
過去は美化されるというか良き体験の集積なのでちょっとした芝居の違和感も許せなくなるからだと思う。ドラストで流れてるアリナミンのコラボCMも辛い。イオンとかの店内音声も声優起用が増えててキツいのよ。
最近、公式の切り抜きショートに字幕がついててはじめて何喋ってるか理解できた時、高い声が聞き取りづらくなってるのに気がついた
声優大好きおじさんの俺はクレバテスで俳優が2人紛れ込んでてかなり違和感あった。声優の演技と混ぜるのはよろしくない。やるなら統一したほうがいい。
よくわからんけど「月がきれい」を観てからもう一回話をしたらいいと思う。
関智一さんはおじさんになって仕事が激減したとボヤいてましたね。
少し気になるんだが、おじさんになると声優が無理になるという話は誰もが..
小学校中学年ころから苦手や。
詳しくは平田オリザの演出理論などに触れるべきですが、日常生活そのままの振る舞いでは「(観客から見て)自然な演技」にはならないので、実際にはタイミングや声量を細かく指示・管理する必要があるわけです。
おじさんになると物覚えが悪くなるから新しい声優を覚えられなくなるんだよ。伊藤かな恵は長年めが姉ぇのイメージだったからヴォジャニーツァの声聞いてびっくりしたのだわ
はぁ?オジサンに興味あるの?ほっといて欲しいんだけど。ワシはオジーサンだけどね。。
聞いたこと無い話すぎる
俺は特に女性声優さんの声がキンキン感じて疲れるようになってきた。全般的に声優さんの声って生活の中にない声の質とテンションなので、合わないと思っちゃうと全くダメになっちゃう。
仕事でアマチュア声優さんに依頼したらキンキン声の棒読みが届いて依頼、ベテラン声優さんを尊敬するようになった。
知らんけど、地上波の番組がしんどくなってきたのはある。若い頃はつけっぱなしにしててもBGMくらいにしか感じなかったけど、騒音に感じる番組が増えた。たぶん音の足し算掛け算の番組ばかりなのだろう
ナチュラルめな演技にしている最近のアニメもあるよ
こういうのと似たやつ他所でもたまに見るけど単に自分が飽きただけって結論にならずなにか理由があるはずと思うの面白いよな
アニメを声優で見ないで見るならナチュラルな演技を求めるのは当然だけど本職さんが何も芸能人に及ばないって訳じゃなくてむしろ監督やP、音響監督やファンの要望に応えた結果がアニメ声って事にいい加減気付けよ。
単に高めの周波数に対応できなくなった人が増えるからではないだろうか。分かりやすく言うと「老化」ということかもしれない。
声優が無理というよりエモに振りすぎた演技で作品のトーンが乱れるのが苦手って感じ。FF12は新人からベテラン声優まで幅広く渋い好演が見られて至福だったがミュリン役のゆかなだけ華がありすぎて浮いてた
媒体ごとの演技をそろえてほしい派。舞台と映画では全然違う演技の技術があるように、アテレコにはアテレコの演技の技術があるよね。媒体に合わない演技をしないでほしい。演技できない素人を出すのは論外として。
吹替版のダイハードを観るのが好きだ。ダイハード4.0の野沢那智の年齢を重ねた声の変化と作中のマクレーンが重ねてきた苦労がシンクロしているように聞こえる。でもラストはバシっとキメるのだ。エモい。
若い頃から苦手だったな。パニック映画でずっと怒鳴ったりヒステリックだったりして疲れた
邦画の会話シーンは言うほど自然か、、、?
井上和彦ずっとすごいよ。大袈裟にならないしモタらないし/追。そういや、僕がサトジュンがシリーズDやるアニメが好きなのは、サトジュンが音響監督兼任しがちだからかもしれん
「ねぇ、ちょっと待ってくれよ。僕が悪いっていうのかい?」『ええっ、ジョン、そうよ!私たちの関係はもう終わりね!』← 昔の米国の映画の吹き替えのイメージ
舞台演劇と実写映画・ドラマでは演技方法が違う。前者は良くも悪くも大げさで、一般的なアニメは前者が近い。あんなハキハキしたしゃべり方を実写でやったら不自然だぞ。
ズレた話なのかもしれんがアニメが好きでも声優にキャーキャー言う気になれん。正反対アニメの声優さんがpodcastで場面ごとの解釈や演技について語るのを聞くのはとても面白かったのだが。キャラと同一視はいかんやろ
自然でリアルが面白いかというのは警視-Kを見てみたらいいと思います。まあ面白いんだけどw
今の声優は結構過剰演技で舞台俳優に近いと思ってる。日常でそんな声を張り上げないし感情を丸出しにしない。別にそういうものだと割り切って観てるから気にならないけども。
歳を取ると、「現実」の重みが呪いになり、何に接しても、自分にとっての現実を基準にして考えるようになってしまう。若い頃の視野狭窄とはまた違った意味での能力的限界なんだとは思う。
ブコメも見てて思うんだけどこの話題なら音響監督の仕事の部分も大きいんじゃないのかなあ。それとも当たり前すぎてみなさまあえて話さないだけ?/アニメと吹き替えの仕事両方やってる声優さんはいっぱいいる
大人の男の声が少なくなったなあと感じる。玄田哲章、銀河万丈、羽佐間道夫のような。
昔みたいにアニメを見られないという傾向はあるような。加齢による活力や好奇心の衰えというのもありそう。
映画は表情を克明に写せるから声で情報量多い演技すると胸焼けする。 舞台は観客は離れて見るし、アニメは抽象化されてる受け取る情報が限定されてるから、情報量多い演技がちょうどいい。
自分は逆かも。以前なら洋画は字幕で観てたけど、最近はもっぱら吹き替えを観ちゃう。日本語字幕もあるならそれもセットで。原音の雰囲気も楽しみたいけど、それ以上に内容を一度できちんと理解したいというか。
フィクションをフィクションとして捉える能力が衰えていくんだろうな…と私も不安になってる
声優が年を取ると厳しいという話かとおもったら、アニメにつかれた中年の話題で哀しみを負った…。
共感できないセオリー。演劇でも映画でもアニメでも、全てを素直に受け取れる幼子以外は、ある程度の文脈を飲んで見るもので、文脈を知らないか、更新が間に合っていないだけでは?
アニメは役に応じているからいいけれども、ラジオとかのテンションにはまったくついて行けない。というか、うるさいw
パヤオをディスってんじゃねえよ ( ˘ω˘ )
みんなジブリになる。
アニメ(ヒロイン)とアニメ(母親世代)と洋画吹き替えとナレーションと舞台と、全部出来る声優がいっぱいいるんですよね。すごい。
YouTubeとかであまり訓練をしていない人の話は聞きにくいことがある(学者とか棋士なので、話のプロではない)けど、声優の人たちは全くストレスを感じない。すごいんだなーと思う。
俺はアニメ声はいけるけど声優お遊戯会は無理なので、やはりゼロイチではないんでねーかなー
「誰もが同じ」というデータはないですね
アニメは別にいいんだけどVIVANTのAI音声とかでそこら中流れると違和感が。
洋モノ映画(実写)の吹き替えは嫌だなあ。昔は『刑事コジャック』とか『刑事コロンボ』とか、寧ろテリー・サバラスやピーター・フォークの自声の方にに違和感があったけど。何でだろう。
声優が無理というよりアニメ声が合わなくなったのはある。配信者もキャピキャピしてるのが合わなくて見てなかったんだけど落ち着いた喋りの人を見かけて見るようになった。本阿弥あずさとか。
自然、自然とあまり強調するのもおかしいのだけどね。/本当に自然な声は滑舌もはっきりしていないし、抑揚もない。プレゼンでもないのに普段から声張って喋らない。/自然なだけじゃ芝居にならない。
歌舞伎役者は舞台寄りの演技をする人が多くてちょっと浮きがち 半沢直樹みたいな感じの作品なら大丈夫なんだろうけど
小学生くらいになると「おかあさんといっしょ」のノリがキツくなるのと同じような感じだと思う。過剰な演技がしんどくなる。プリキュアおじさんは幼児番組のノリでOKなんだろうけど
チェンソーマンのTVシリーズの日本映画っぽい演技は非難轟々だったな。アニメの絵が誇張されてるものだし、それに合わせると強めな声が合うんじゃないかね。
オーバーアクトが当たり前のようになったのって大映ドラマらしい。それが流行る前の古い映画の俳優さんの演技とか、自然な演技が現代には足らんのは確かかなと。そういうの目指してる声優さんもいるけどね
おっと高倉健の悪口はそこまでだ!
アニメ好きな人がおじさんになってからボソボソ日本映画に目覚めることある?あれらは聴き取りやすさ以外のところで反目してるのでは?
元増田にはおじさんになってとは書いてないような?
50代ですが全然平気です。タレントがCVやってる作品の方が違和感感じます。
パヤオの話やなかった
「おじさんになると声優が無理になるという話」初めて聞いた。ついていけないなら黙って離れればよいだけで、わざわざ悪態を吐くのは自分の感性が老いたことを認めたくないだけだろ。
アニメとかは見なきゃいいだけなんだけど間違って声優ソング(ゴミ)なんかを耳に入れるとたいへん苦痛だし最近はオタク媚び媚び社会なので駅のアナウンスをご当地アニメ?の声優にやらせてたりするのでこれも苦痛
芝居が脳内条件を設定することじゃなくて感情をこめることになってる人は俺は無理だな だから声優どうこうってより結局、音響監督次第みたいなところがある
日本人の演技はなんか劇団の公演を見てるみたいに明瞭で噛まないしセリフに迷わないので見てて気持ち悪い。洋画を字幕で見るとそういうの無いので気持ち悪いくない。アニメだとそういうの気にならない。なぜか
知らない話ですね。
かなりひさびさにアニメを見たけど(チー付与と世界最強の魔女、始めました)、アニメの声優ってこういうものだと思ってるので何の問題もないな/今年の前半は降幡愛をアニメ以外で割と見かけたけどあれも平気
自分の場合は別に無理ではないしそういうものとして楽しむけど、どちらかというと抑えめの演技の方が好み。酷評されがちなジブリも好きだし、近年の作品だとフリーレンが好みだった。
むしろおじさんの方が田村ゆかりやほっちゃんなどのアニメアニメした声全盛期では
主語がデカすぎてわからん・・・黒沢ともよさんのワルプルギスの廻天でのエルマの演技は素晴らしいと思ったし、TVでは転生重騎士の若山詩音さんの演技は超キンキン声なのに無茶苦茶心地よく感じた。ちな50代。
癒しでしかない
監督と音響監督の方針による部分ではあるから一概に(音響監督一緒だけど演技グダってる時とかあるから色んな要因もあるだろうし)
なにそれ
所謂アニメ声がある時から苦手になった。なんでだろうか。
先日8番出口の映画見たんだけどまーじで何言ってるのか分からなかったなぁ。洋画吹替ぐらいがちょうどいいかも。
『わたし、かわいいでしょ』みたいな声を出すでしょ。あれがたまらんのですよ
日本映画はボソボソ話してて音量上げたら急にBGMが爆音で鳴るトラップあるから
アニメとか絵なら大丈夫だけど洋画の吹き替えとか実写の人間だと気持ち悪くて聞いてられない。自分の場合は年取る前からずっとそう。この世の中で声優しかしない喋り方が「正しい」とされてるのか意味がわからない。
慣れる。アニメより大手のvtuberのほうがだいぶ無理じゃないか?でも慣れる。
逆に黒沢ともよみたいな意識高い系の演技きらい
昔から、アニメはOKだけど、ドラマCDはダメだった。最近、アニメでも無理なケースがあるので、何等かパターンがあるっぽい。声というより、間の取り方や話す長さ、速さな気がする。
そこまで主語でかくはならなくとも、このしゃべらせ方は生理的に無理、ってなるアニメがあるといったら確かにそう。/ 画の品格に合わせた音声というものがあるのは確かにそうだな。/ 下品なものを禁圧する必要はない
声優が無理なのではなく、「このアニメでこの性格ならこの声でしょ」ってテンプレで早口のキンキン声をやられるのが嫌。ミルキーサブウェイなんかは聞きやすいし、洋画吹き替えの釘宮理恵や行成とあは最高
昔、劇場版キャプテンハーロックに石原裕次郎が初代ハーロックの役で声優として出演していたんだけど、セリフが全部モノローグで、全然聴き取れなかったんだよね。
リゼロで言うとシャウラの声質が耳に辛い(´-`)演技とか羞恥とかじゃなくて、純粋に音質。いい声だとは思う
いわゆるアニメ声なら10代の頃からずっと苦手ではあるが…
そういうカルチャーで育ってきてないんじゃないの。いまの推し活わっしょいしてる若者はジジババになっても声優最高っていってるんじゃない。そしてここはジジババしかおらんよ。
ゲーム好きなら、Judge Eyesシリーズのキムタクの演技が最初違和感あるんだけど、その違和感がドラマ・実写映画とアニメやゲームの演技手法の違いだってのが分かってきて面白いよ。
アニメ映画を見に行くと僕以外にもおじさんの観客けっこういるので、少なくともみんながそうということはないだろう。(ていうか、アニメのスタッフもおじさんおばさんが多いんじゃないか。)
気にならないアラフィフ独身限界おじさん
やっぱ羽賀研二なんだよなあ…
声が高すぎるのと抑揚が過剰。
自分が喋ったり歌ったりしたのを聞き返してみると、裏声寄りの発声をしてるときキンキンしてるんだよなー。声優さんもそうなのかも。倍音が少なくなるのかな?
息の演技が過剰には感じますが、それ以外は普通に受け入れています。画の雰囲気と合っていれば。
そうはいっても少しづつ自然になってきてると思うよ。今期やってる『とある暗部の少女共棲』とか、台詞回しや演技が一昔前すぎて聞けたものじゃないのを実感できる。
洋ドラだと最初の数話こそ違和感あるけどそのうち慣れるね。池田秀一さんみたいにキャラクターのイメージが強い声優さんは苦労しそう。フラッシュバックに奴の影がちらつく。
ムリとは感じてない派だが、声作りすぎてなんかみんな同じだよなぁ・・・と思うことはある。ここ5年ほどの芸歴の声優で名前知ってるのほとんどいない。名前覚える頃には十年選手になってる感
自分は逆にアニメをよく見るようになってからドラマが無理になった。アニメはファンタジーとして見られるけど、ドラマは実写だから登場人物が“演技をしている人間”としか見られなくて、全然物語に入っていけない。
声優に興味はないけど、猫猫とかヤニ吸うの田山とか、低い声に惹かれるようになった
逆にVtuberとかのアニメな見た目なのに普通のおばさん声が聞こえる方がキツかったけどこっちももう慣れたな
大枠で画一的なのが。
びっくりした、声優というから開いたら白夜行の山田孝之の悪口書いてるのかと思ったよ
ひとつは演技が過剰だから。もう一つは幼い感じを全面に出してるから。ゲームをフルボイスにするのほんとやめて欲しい。
過去は美化されるというか良き体験の集積なのでちょっとした芝居の違和感も許せなくなるからだと思う。ドラストで流れてるアリナミンのコラボCMも辛い。イオンとかの店内音声も声優起用が増えててキツいのよ。
最近、公式の切り抜きショートに字幕がついててはじめて何喋ってるか理解できた時、高い声が聞き取りづらくなってるのに気がついた
声優大好きおじさんの俺はクレバテスで俳優が2人紛れ込んでてかなり違和感あった。声優の演技と混ぜるのはよろしくない。やるなら統一したほうがいい。
よくわからんけど「月がきれい」を観てからもう一回話をしたらいいと思う。
関智一さんはおじさんになって仕事が激減したとボヤいてましたね。