ガチ考察助かる。結局創作者の無自覚な消費と業を描いた作品ってことやな(´・ω・`)
"厄介なのは、その善意と「面白がる」視線が、山田自身の中でもほとんど区別されないまま同居している点だと思う。"
金田一やコナンみたいなIQ300位の天才(笑)だったらいーのになーって増田は考えたの?
小池といい高市といい亜月といい経歴をアレするカスは腹いっぱいだ。
どちらか一方ではなくみぃちゃんと山田さんの両方を観察対象として描かれている作品であり、漫画のタイトル通りです。
断言するけど批判者の95%はまともに読んでいない。みい山が青春群像劇でありみいちゃんと山田さんの友情さえ知らないだろうし題材の様々な社会問題の描写も知らない。一種の集団ヒステリーみたいなものだったと思う。
ここまで共感できない感想は初めてだな。AIが書いているか読まずに書いているの?
作者の人、そこまで考えてないと思うよ。いやマジで
作者は多分意識してないけど、映画版『火垂るの墓』に酷似。冒頭で提示される死、救いを拒み破滅を選ぶ2人、無関心で攻撃的な周囲、逃れられない結末。観客には客観視点しか与えない。違いは美醜と2人の道の分岐。
みい山っぽい文
「自分はここにいるべき人間ではない」と思っている人が、そこにいる分かりやすい「ダメな存在」を見下すことで自尊心を保とうとしてるんだよ。差別の基本的な構造。
“問うべきはその先で、自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う”
芸術として昇華されるって、逆に低俗さが極まるだけだろ。描きたいテーマはみいちゃんだし、観察者として山田さんが居る。増田曰く、こういう構図で描かれる文学は芸術として昇華されていないらしい。ドパガキ増田。
この批評が正しいかどうかはともかく一般に作品は人間と同じように多層的多義的に読めるものなんだよ。「悪いからアニメ化するな」などと境界作って判断できるものではない。だからこそ表現の自由が尊重されるべき
創作物すべてに文学性があると思ってる残念な増田
みい山で何か学ぶ事が有るとするならば「人生は誰しもが簡単に転落する、犯罪に巻き込まれる可能性が有る」という事だろうか。
「ショート動画のドパガキを批判する奴の95%はショート動画を観てない」みたいな笑 漫画は多種多様の一例としてリアルと思うが、それを他の知的障害者や夜職に安易に敷衍する馬鹿が大量発生する危険もありそう。
トップにあるがこの問題に口出ししている人の何割が果たして1巻から全部読んでいるのか。先日話を振ってきた相手は全く読んでいなかったのに色々と意見を言っていたので解説したら「そういう話なのか」と言っていた
単純に先天的発達障害の一形態と毒親に破壊された自尊心を持つACの一形態を描写するだけの漫画という理解。前者には救いがないし後者にも救いがなさそうで、途中何も問題提起や解説がないのには違和感はある。
十分に成立しうる読み方だと思う。『みいちゃんと山田さん』は「みいちゃん」という存在についてだけでなく、「山田さんという語り手をどう読むか」という作品。そして山田さんにも2012年と2025年の語りの層がある。
作者や編集がどういうつもりかは知らないけど、私はまさにこういう読み方をしていたよ。
“みいちゃんという「深淵」を前にした周囲の人間たち、そして読者自身の浅ましさや欲望を映し出す鏡” ほんこれ。だから山田は社不。みいちゃんへの加虐性と読む人は作中の周囲の人間と同じ醜悪さが滲み出てる。
みい山は嫌われ松子の一生を思い出す。見てて辛い。楽しくない。途中まで読んだけど、辛くなって読めなくなった。
(そうなの?)
「ストーリー内での語り手である山田さんは作者のオルターエゴ」で正しい。問題は「両者(作者と山田さん)の間には違いもある」点で大衆は単なるエッセイ漫画(作者と語り手が同一)と見なしてるからあれほど批判してる
こういう角度でまとめてみると、テーマ設定としては平凡・類型的と言えるのも事実。すると結局、他の作品との違いを生み出すために盛り込まれた要素で問題が起きている、ということになってしまうのでは?
作者、そこまで考えてないと思うよ
頭から最後まで読んでないと評価できないってのも実は幻想ではある。ゲームでも漫画でも大抵そういうもんだ。この手の知り尽くしてから書けって事を書いてる人間も、他作品だと平気でそうじゃない状態で感想を言う
普通の女子である山田さんがみいちゃんを上から目線でああだこうだ言わないとリアリティがないんだろうね。
みいちゃんを「主人公」と呼ぶ人は呼んでない証拠。どちらかというと主人公は山田さん//コメの「自分より劣った者を見下して、安心したい」はみい山でもキャバの描写で言及されてる。その問題への言及を含めての作品
山田がシゲオに偉そうに暴力じゃなくて理性で対応するべきって正論ぶつけたけどいざ自分がみいちゃんと同棲したら自分もシゲオと同じことをしてしまった自己嫌悪とか境界知能との付き合い方の難しさとか社会派の一面
山田さんがバ先やキャバの同僚から小馬鹿にされる描写、ストーリーに不要な気がするのよね
アニメ版はシゲオを主人公にして再構成しよう https://dic.pixiv.net/a/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%8C%82%E9%9B%84
作品を通じて自分の内奥を問う、あるいはこれを自己点検の契機とするなんて「モダン」な教養の形。今は何事も客体視してバサッと斬るか、メタ分析バトル上等の時代だから目立ちますね。良いもの読みました。
山田が作者の投影なのは多分そう、逆にもっと"それ"を前に出してストーリーが下衆なのは自分の下衆さが理由と開き直った方が非難されなかった気がする
山田が天才だったら本当に救いがないからな 最後にメタしそうな気はする リアル描写のコマみても
天才を描いたことない、描けるイメージがないんじゃない?山田=作者だし ダイアナの時からそうだけど、基本主人公はイキリ冷笑系として描いてるんだよね 作者の夢の中を見させられてる気分
『普通なら、壮絶な人生を送る主人公と、その人生を作品へ昇華する才能ある創作者という対比にするはずだ』そうかな?そんな事したら絶対そこだけ浮くし、作者の得意なあるあるネタにならないでしょ
良い批評だ。よく見て淡々としている。
やばいのは山田であり作者であり読者であるっていうのは弱いけど整理の一つとしてあると思う。
縦糸の1つは山田さんの成長譚だよね。未熟な創作者なのはむしろ当然で、変わる山田さんと、変わらない中村さんを対比させる狙いがあったのでは。あとはまあ、凡人の自覚はあるよ、ってことでは。
プレーンな作品批評で、興味深く読めた。視点人物山田さん、狂言回し「みいちゃん」な作品なのに騒動では山田さんガン無視な傾向を感じるので、こういう文章は必要だった。
いわゆる「なろう系」の、主人公が無双する話ばっか読んでると、誰も無双する人物がいないことに違和感を抱くようになってしまうのかなぁ
“なぜ他人を語りたいと思うのか、その欲望はどういう形をしているのか““無自覚な観察者としての山田” 山田さんの立ち位置にずっともやもやしていたけど納得した。自分も同じだと自覚するキツさよ。
このくらいのベースラインでいいと思うんだよな。細かいところで色々言いたいことがある人はたくさんいるだろうけど、とにかく今どきの批評批判は細かいところから導出した仮定が多すぎる。人間もっと適当なものだよ
漫画まだ半分までしか読んでないけど、上手い漫画だと思うな~。山田さんの立ち位置が上手い。あと、とにかく読ませるよね。絵が上手いのかストーリーが上手いからなのか知らんけど(両方かな)。
なるほど。みいちゃんはゴルゴ13だったか。/原作作画のユニットで描いてこれが煮詰まってくるとストーリー担当が何かにつけてなじってくる場合はあるあるなので独立すると自尊心がしんどいままスタートになりやすい
逆にTwitter版では山田と作者は分離されてなかったけどマガポケ版では山田のワナビ性を描くことで明確に分離にかかっている
反面教師を描いているならば、その表現に批判が起きるのはなお織り込み済みで進められてなきゃあかんのでは? ご批判はごもっともです!を繰り返しながら進めるべき企画では? 押してなお訴えたい情熱があるなら…
みいちゃんと山田は、急逝するロックスターと太い厄介ファンみたいな関係だから、山田が天才だと意味ない。
友情の話にしようと思うと、種類や程度は大きく違うが、同じ属性の生きづらいとされてる側の人間である必要があったからでは…
そこがリアルでいいんじゃない?
持込失敗のところ、作者が「自分は運がよかっただけの山田」と自己認識してるとしたらまあ合ってるかもしれんが謙虚だなとは思ったな
読み返しはしていないけど、トップコメの断言ニキのように青春群像劇や友情として読んでる人が多いというのはちょっと意外だった。
山田さんは教育虐待を受けててコンプレックスも多い。まぁ、社会問題ぽい要素を色々詰め込んだ作品とも言えるが、山田さんのキャラはそれなりに作り込まれてる。
そんな高尚なこと考えてないと思うョ。
的外れ。みいちゃんは創作で鉄板の馬鹿キャラ(馬鹿やって酷い目に遭い読者を笑わせる)だけど、「山田も馬鹿である」という設定で二度美味しく面白くしてる/文学好きってアホだから、馬鹿キャラの重要性が解らない
「なぜ」って、作者が自分で言ってるじゃん。「バズればそれでいい」って。一時的なバズしか求めてないのでキャラがブレるし展開も場当たり的なんだよ。編集が仕事してないってことだ
読んで楽しくなさそうだし全く興味がなかったがこれ読んでちょっと読みたくなった。ハンチバックは面白かった。でもやっぱり読まないかなー…
"「では消費にならない読み方はあるのか」だろう。" みいちゃんがそう生きるように強いられた環境に対して怒りを感じる人が増えれば世の中ちょっと良くなる。 最後に山田さんは怒るのだろうか。
これだけ擦り倒したらアニメ放映時はすっかり飽きられるか、それとも、ちいかわの映画みたいにミリしら勢が湧いて出るか。
みい山の主人公はみぃちゃんじゃなくて山田さんなんよ
https://x.com/Urot3/status/2083495158063223223 作者の認識だと山田はレイブンクロー。https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC
『みいちゃんと山田さん』は、なぜ山田を「天才」にしなかったのか
ガチ考察助かる。結局創作者の無自覚な消費と業を描いた作品ってことやな(´・ω・`)
"厄介なのは、その善意と「面白がる」視線が、山田自身の中でもほとんど区別されないまま同居している点だと思う。"
金田一やコナンみたいなIQ300位の天才(笑)だったらいーのになーって増田は考えたの?
小池といい高市といい亜月といい経歴をアレするカスは腹いっぱいだ。
どちらか一方ではなくみぃちゃんと山田さんの両方を観察対象として描かれている作品であり、漫画のタイトル通りです。
断言するけど批判者の95%はまともに読んでいない。みい山が青春群像劇でありみいちゃんと山田さんの友情さえ知らないだろうし題材の様々な社会問題の描写も知らない。一種の集団ヒステリーみたいなものだったと思う。
ここまで共感できない感想は初めてだな。AIが書いているか読まずに書いているの?
作者の人、そこまで考えてないと思うよ。いやマジで
作者は多分意識してないけど、映画版『火垂るの墓』に酷似。冒頭で提示される死、救いを拒み破滅を選ぶ2人、無関心で攻撃的な周囲、逃れられない結末。観客には客観視点しか与えない。違いは美醜と2人の道の分岐。
みい山っぽい文
「自分はここにいるべき人間ではない」と思っている人が、そこにいる分かりやすい「ダメな存在」を見下すことで自尊心を保とうとしてるんだよ。差別の基本的な構造。
“問うべきはその先で、自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う”
芸術として昇華されるって、逆に低俗さが極まるだけだろ。描きたいテーマはみいちゃんだし、観察者として山田さんが居る。増田曰く、こういう構図で描かれる文学は芸術として昇華されていないらしい。ドパガキ増田。
この批評が正しいかどうかはともかく一般に作品は人間と同じように多層的多義的に読めるものなんだよ。「悪いからアニメ化するな」などと境界作って判断できるものではない。だからこそ表現の自由が尊重されるべき
創作物すべてに文学性があると思ってる残念な増田
みい山で何か学ぶ事が有るとするならば「人生は誰しもが簡単に転落する、犯罪に巻き込まれる可能性が有る」という事だろうか。
「ショート動画のドパガキを批判する奴の95%はショート動画を観てない」みたいな笑 漫画は多種多様の一例としてリアルと思うが、それを他の知的障害者や夜職に安易に敷衍する馬鹿が大量発生する危険もありそう。
トップにあるがこの問題に口出ししている人の何割が果たして1巻から全部読んでいるのか。先日話を振ってきた相手は全く読んでいなかったのに色々と意見を言っていたので解説したら「そういう話なのか」と言っていた
単純に先天的発達障害の一形態と毒親に破壊された自尊心を持つACの一形態を描写するだけの漫画という理解。前者には救いがないし後者にも救いがなさそうで、途中何も問題提起や解説がないのには違和感はある。
十分に成立しうる読み方だと思う。『みいちゃんと山田さん』は「みいちゃん」という存在についてだけでなく、「山田さんという語り手をどう読むか」という作品。そして山田さんにも2012年と2025年の語りの層がある。
作者や編集がどういうつもりかは知らないけど、私はまさにこういう読み方をしていたよ。
“みいちゃんという「深淵」を前にした周囲の人間たち、そして読者自身の浅ましさや欲望を映し出す鏡” ほんこれ。だから山田は社不。みいちゃんへの加虐性と読む人は作中の周囲の人間と同じ醜悪さが滲み出てる。
みい山は嫌われ松子の一生を思い出す。見てて辛い。楽しくない。途中まで読んだけど、辛くなって読めなくなった。
(そうなの?)
「ストーリー内での語り手である山田さんは作者のオルターエゴ」で正しい。問題は「両者(作者と山田さん)の間には違いもある」点で大衆は単なるエッセイ漫画(作者と語り手が同一)と見なしてるからあれほど批判してる
こういう角度でまとめてみると、テーマ設定としては平凡・類型的と言えるのも事実。すると結局、他の作品との違いを生み出すために盛り込まれた要素で問題が起きている、ということになってしまうのでは?
作者、そこまで考えてないと思うよ
頭から最後まで読んでないと評価できないってのも実は幻想ではある。ゲームでも漫画でも大抵そういうもんだ。この手の知り尽くしてから書けって事を書いてる人間も、他作品だと平気でそうじゃない状態で感想を言う
普通の女子である山田さんがみいちゃんを上から目線でああだこうだ言わないとリアリティがないんだろうね。
みいちゃんを「主人公」と呼ぶ人は呼んでない証拠。どちらかというと主人公は山田さん//コメの「自分より劣った者を見下して、安心したい」はみい山でもキャバの描写で言及されてる。その問題への言及を含めての作品
山田がシゲオに偉そうに暴力じゃなくて理性で対応するべきって正論ぶつけたけどいざ自分がみいちゃんと同棲したら自分もシゲオと同じことをしてしまった自己嫌悪とか境界知能との付き合い方の難しさとか社会派の一面
山田さんがバ先やキャバの同僚から小馬鹿にされる描写、ストーリーに不要な気がするのよね
アニメ版はシゲオを主人公にして再構成しよう https://dic.pixiv.net/a/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%8C%82%E9%9B%84
作品を通じて自分の内奥を問う、あるいはこれを自己点検の契機とするなんて「モダン」な教養の形。今は何事も客体視してバサッと斬るか、メタ分析バトル上等の時代だから目立ちますね。良いもの読みました。
山田が作者の投影なのは多分そう、逆にもっと"それ"を前に出してストーリーが下衆なのは自分の下衆さが理由と開き直った方が非難されなかった気がする
山田が天才だったら本当に救いがないからな 最後にメタしそうな気はする リアル描写のコマみても
天才を描いたことない、描けるイメージがないんじゃない?山田=作者だし ダイアナの時からそうだけど、基本主人公はイキリ冷笑系として描いてるんだよね 作者の夢の中を見させられてる気分
『普通なら、壮絶な人生を送る主人公と、その人生を作品へ昇華する才能ある創作者という対比にするはずだ』そうかな?そんな事したら絶対そこだけ浮くし、作者の得意なあるあるネタにならないでしょ
良い批評だ。よく見て淡々としている。
やばいのは山田であり作者であり読者であるっていうのは弱いけど整理の一つとしてあると思う。
縦糸の1つは山田さんの成長譚だよね。未熟な創作者なのはむしろ当然で、変わる山田さんと、変わらない中村さんを対比させる狙いがあったのでは。あとはまあ、凡人の自覚はあるよ、ってことでは。
プレーンな作品批評で、興味深く読めた。視点人物山田さん、狂言回し「みいちゃん」な作品なのに騒動では山田さんガン無視な傾向を感じるので、こういう文章は必要だった。
いわゆる「なろう系」の、主人公が無双する話ばっか読んでると、誰も無双する人物がいないことに違和感を抱くようになってしまうのかなぁ
“なぜ他人を語りたいと思うのか、その欲望はどういう形をしているのか““無自覚な観察者としての山田” 山田さんの立ち位置にずっともやもやしていたけど納得した。自分も同じだと自覚するキツさよ。
このくらいのベースラインでいいと思うんだよな。細かいところで色々言いたいことがある人はたくさんいるだろうけど、とにかく今どきの批評批判は細かいところから導出した仮定が多すぎる。人間もっと適当なものだよ
漫画まだ半分までしか読んでないけど、上手い漫画だと思うな~。山田さんの立ち位置が上手い。あと、とにかく読ませるよね。絵が上手いのかストーリーが上手いからなのか知らんけど(両方かな)。
なるほど。みいちゃんはゴルゴ13だったか。/原作作画のユニットで描いてこれが煮詰まってくるとストーリー担当が何かにつけてなじってくる場合はあるあるなので独立すると自尊心がしんどいままスタートになりやすい
逆にTwitter版では山田と作者は分離されてなかったけどマガポケ版では山田のワナビ性を描くことで明確に分離にかかっている
反面教師を描いているならば、その表現に批判が起きるのはなお織り込み済みで進められてなきゃあかんのでは? ご批判はごもっともです!を繰り返しながら進めるべき企画では? 押してなお訴えたい情熱があるなら…
みいちゃんと山田は、急逝するロックスターと太い厄介ファンみたいな関係だから、山田が天才だと意味ない。
友情の話にしようと思うと、種類や程度は大きく違うが、同じ属性の生きづらいとされてる側の人間である必要があったからでは…
そこがリアルでいいんじゃない?
持込失敗のところ、作者が「自分は運がよかっただけの山田」と自己認識してるとしたらまあ合ってるかもしれんが謙虚だなとは思ったな
読み返しはしていないけど、トップコメの断言ニキのように青春群像劇や友情として読んでる人が多いというのはちょっと意外だった。
山田さんは教育虐待を受けててコンプレックスも多い。まぁ、社会問題ぽい要素を色々詰め込んだ作品とも言えるが、山田さんのキャラはそれなりに作り込まれてる。
そんな高尚なこと考えてないと思うョ。
的外れ。みいちゃんは創作で鉄板の馬鹿キャラ(馬鹿やって酷い目に遭い読者を笑わせる)だけど、「山田も馬鹿である」という設定で二度美味しく面白くしてる/文学好きってアホだから、馬鹿キャラの重要性が解らない
「なぜ」って、作者が自分で言ってるじゃん。「バズればそれでいい」って。一時的なバズしか求めてないのでキャラがブレるし展開も場当たり的なんだよ。編集が仕事してないってことだ
読んで楽しくなさそうだし全く興味がなかったがこれ読んでちょっと読みたくなった。ハンチバックは面白かった。でもやっぱり読まないかなー…
"「では消費にならない読み方はあるのか」だろう。" みいちゃんがそう生きるように強いられた環境に対して怒りを感じる人が増えれば世の中ちょっと良くなる。 最後に山田さんは怒るのだろうか。
これだけ擦り倒したらアニメ放映時はすっかり飽きられるか、それとも、ちいかわの映画みたいにミリしら勢が湧いて出るか。
みい山の主人公はみぃちゃんじゃなくて山田さんなんよ
https://x.com/Urot3/status/2083495158063223223 作者の認識だと山田はレイブンクロー。https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC