南国アイスホッケー部出てて頷いてしまった
急にあかほりが出てきて、これがトリガーになってセイバーマリオネットJが復活するなら奇跡過ぎるんだが。彼は今は小説は書かないと言っていたが。
バナナフィッシュも、初期のアッシュと後期のアッシュは別人だしな。
『ガクサン』はあまり変わってるように見えないが。
ベルセルクは絵が変わらないのか
マンガ家は連載を進めていくと、どんどん上手くなる人と、わけのわからん崩れ方をしていく人がいる。武論尊先生なんかの話を読むと、絵が崩れても描いてる本人は気付かないものらしい。
こち亀なんかは6巻あたりで急に絵柄が変わった気がする
そういや福本伸行先生って最初期普通に美人絵が描けてたのに今は殆ど描いてない。描けなくなったのかそれとも描いてないだけで今も描けるのか、誰か調べて欲しいな。
作者の「こっちのほうがいい」って選択の末にあるものですからね。よりベター(理論上)。
確かに本人が描いてるとその時々のブームや手癖、加齢で勝手に絵柄が変わるよね。ずっと同じ絵を描けるアシの方が凄い説納得
まあ作者の作風を変えていいのは本人だけだもんなあ。
昔は、単行本の表紙だけ別のイラストレーターが書いてる本とかもあった。
デビューから数年で劇的に絵柄が変わって、以後安定する人が多いよね。幽遊白書(4年)、あずまんが大王(3年)、SLAMDUNK(6年)、ヒカルの碁(4年)とかが顕著で、連載を通して画風が変化して、次作からは10年単位で安定してる。
漫画家は基本的に上手くなってるとか考えずに描いてると思うよ、第一的には如何に締切に間に合わせるかでそのために現状の描き方より早い描写が出来る様にする為の最適化の結果が絵の変化
いや、絵柄変わらん作家もおるで。変わらん作家は自分で描いてないと言いたいのか
ゴルゴとドラえもんはもう変化しないのだ。ドラゴンボールもしないのだ。
変わるのも変わらないのも良さの一つ。
ヤニねこなんて現在進行形で絵柄がコロコロ変わってるやろ ()
そういう言い方をすると淡々と同じ絵柄で書いている先生が風評被害に遭わないか?
ある時期以降は絵柄が安定する漫画家はいるけど、デビュー時から全く変化しないって作家はほぼいないでしょ。長年変わってないと思う作家でも初期作と見比べると結構違ってたりするし
以前、ゆでたまごがインタビューで美術教室に通って画力を上げたと言って、はてなで努力がすごいと称賛されてたけど、俺はアシスタントが描いてると思ってる。
それも楽しみなので、新版で今の絵で表紙描き直しするのやめてほしいな。データ無いとかなら仕方ないけど。描き下ろしより、その時の絵で作って欲しいっすわ
2000年以降の漫画って絵が上達することはあっても絵柄が劇的に変わることがほとんどない印象がある。デジタル化の影響かな。
この手の事例では、古本屋で山本康人『打鐘』全巻セットを見かけた時の衝撃が、いまだに私的第一位です。
アオのハコ、顔がどんどん三角形になっていった。アゴ、そんなにシャープだったっけ?って思った。
今の木多康昭の画力でガチョビンスーツや奈良カッターが見たい
まぁ......ゴルゴ......それはそう (´・ω・`)
「きまぐれオレンジ☆ロード」の最終巻近くはアシスタント作画で乗り切ったために、絵柄の違いが露骨だったというのが定説だったと記憶している。作者次作「せさみ☆すとりーと」ともかなり違ってたような記憶が。
イタコ漫画家ってよく放言できるな
わざと変えたり知らんうちに変わったり意図的に固定したりとまあ様々。指摘されてようやくかなりやばくなってるのを自覚する人もいたり。
見田竜介は『ドラゴンハーフ』時代は一巻どころか1話ごとに(意図的に)絵柄を変えてきてびっくりしたのと同時に凄いなあチャレンジャーだなあと思った思い出(尊敬する)。
漫画家が最初から理想の絵を描けているわけじゃないのだ。そして連載というスパルタ修行により上達し、描きたい絵柄に近づいていく。絵柄は生き物なのだ。その時々を愛してあげてほしいのだ。
むしろ、アゴなし源さんの作者は同じ作品の中では作品イメージを大事にする為にまだ絵柄を変えないように努力してたんじゃないかなと思ってる。
魔法陣グルグルの変化の早さは尋常じゃなかった。
セイバーマリオネットJの新作まじ頼んます
少女漫画勢ですが老年劣化は確実にあるのでリバイバル新作は辞めて頂きたい。紅白の懐メロみたいにあの頃の良い思い出が本人により破壊される悲しさ
同一の作品で第1巻と最終巻の絵柄が完全に別物といえばカムイ伝、白土三平も最初期は手塚石ノ森藤子ぽい絵柄だったんだなあ
小畑健はバクマン。の一巻は上手かったなぁ。最終巻は下手すぎたけれど。
キャプテン2は、原作キャラはちばあきお調だけど、原作外のキャラ特に一色くんはコージィ城倉調でオモロイ
それにつけても植田まさし氏の絵の変わらなさよ
幽白はデビュー作じゃないぞ
安彦良和を出されると確かに。シャアとセイラさん、ずっと安定して美麗
この手の話題はまとめに「お前誰だよ?」と突っ込みたくなる有象無象漫画家が「俺も俺も」「私なんかは…」と湧いて出るが、今回はあまりいなくてよかった。
好みの絵柄から遠ざかって離脱したのはあるな。アメコミ風のカッコいい絵柄だったのに途中から画面白くてスカスカのロリ絵化したり。
ここに出てないのだとハロルド作石とかもそうよね。ゴリラーマンの中で画風がいろいろ変わり、ベックで定着してそこからは画風としては大きく変化してない。細かくはうまくなってるとは思うけど。
皆川亮二のスプリガンとかは初期の絵柄が好きだったなぁ
荒木飛呂彦を見ろ
業界で、昔の方がはるかに上手い人がチラホラ散見されるのは何故なの?視力?絵柄じゃなくて、人体の比率・バランスが明らかに狂っていって下手くそになる人は何の現象が起こってるの…?
こち亀は劇画卒業~麗子奇乳化の間くらいがちょうどよかった
小畑健の連載デビューはあやつり左近。1年未満の打ち切りだけども。
まあ、あんたほどの人がそう言うなら… の例
柳本光晴や三田紀房が一向にうまくならないのってそうゆう
『ヒトミ先生』と『ガクサン』は全然変わってないやんけ。なんなんだ。
絵柄って個性でもあるけど「写実的な絵から何をどのバランスでデフォルメするか」っていう「表現手法」でもあるから、作者の手札が増えたりやりたいことに変化があれば変わらざるを得ないものでもあるよね
こち亀とかすごい変わったよな。
ひとみ先生の目の数まで変わっとるやないかい!
長編読み終えて2周目入るとびっくりするの、何度経験したろう。これも漫画読みの醍醐味。
別に"証明"にはならないでしょう。
正直もう今の荒木飛呂彦先生のジョナサン見たくないんよね。承太郎は六部まで並走してたから良いんだけど、ジョナサンなんかはあの丸太のような脚はどこいったんだよと思ってしまう。今の絵が嫌いなんじゃなく。
変わらない例として挙げられてたあだち充氏とかも陽当たり良好!の初期絵柄から比べると変わってると思う
麻宮騎亜の悪口はやめろ!
カイジの絵はどちらも良いなあ
カレー沢薫氏のひとりでしにたいの絵が変わったね。 マガポケかDAYSで年末の143話と4月の151話を比べるとよくわかる
絵は変わるものと思ってた、本人以外のスピンオフとかの方が絵柄変わらなかったりするしなぁ
あかほりさとるの名前を久しぶりに見たな。引退したのかと思ってた。/ 作者相手に新作書くなはあまりにもひどすぎる。「お前は二度とブコメを書くな」だぞ。なんで人間相手にそんなひどいことが言えるんだ。
新沢基栄「奇面組」は「フラッシュ!」だけでなく「3年」「ハイスクール!」の時期によっても絵柄が大幅に変化してるし腰痛が酷かった時期は絵がボロボロだった時期もあったし最近は良く持ち直せてるなと。
画風の変化の最初の事例でカイジ出してるけどもっと適切なのが山ほどあるだろw
バスタードみたいに堂々と変えてくる漫画家もいるしなぁ。
単眼本当に無理なんだ急に貼らんでくれ
桜野みねねェ…
藤栄道彦氏はもの凄く絵柄が変わる漫画家で、なんつーか「常に意図的に変化させてる」気がする。「上手くなる」とか「洗練」とかとなんか変化の「方向性」が違う感じなのよ。芸術家肌なんだろうか?
たまにその変化についていけない事が……
大暮維人はエアギアの連載中に顔の描き方を変えていた。単行本派なのでいきなり顔のニュアンスが変わってびっくりした。しかし次第に馴染んでいく。
だからなんだという気持ちはある。新人が上手くなる過程ならまだしも、作品の途中で描き方変わっちゃうのはなぁ。最初の絵だから手に取ったというのもあるし、読者側としては変わることは望んでいないのでは。
誰も藤島康介の話をしない。「逮捕しちゃうぞ」の1巻は各話ごとに顔が違う。その後の絵柄の変遷も凄いが。俺は「逮捕しちゃうぞ」1巻の最後らへんあたりの美幸の顔の思い出だけあれば他いらない
連載開始時と終了時で絵柄が変わってることはよくあるよね。
絵柄変わってしまって合わなくなったら、読まなくなるで良いのでは。今は作画担当が変わる時代やぞ。もうがっかりよ。
「絵が変化するのは、作者本人が描いてる証明なの」→「そうだぞ」井上純一先生の漫画の絵柄が変化することについての持論に、ことぶきつかさ先生らが自身の例を出して証明
南国アイスホッケー部出てて頷いてしまった
急にあかほりが出てきて、これがトリガーになってセイバーマリオネットJが復活するなら奇跡過ぎるんだが。彼は今は小説は書かないと言っていたが。
バナナフィッシュも、初期のアッシュと後期のアッシュは別人だしな。
『ガクサン』はあまり変わってるように見えないが。
ベルセルクは絵が変わらないのか
マンガ家は連載を進めていくと、どんどん上手くなる人と、わけのわからん崩れ方をしていく人がいる。武論尊先生なんかの話を読むと、絵が崩れても描いてる本人は気付かないものらしい。
こち亀なんかは6巻あたりで急に絵柄が変わった気がする
そういや福本伸行先生って最初期普通に美人絵が描けてたのに今は殆ど描いてない。描けなくなったのかそれとも描いてないだけで今も描けるのか、誰か調べて欲しいな。
作者の「こっちのほうがいい」って選択の末にあるものですからね。よりベター(理論上)。
確かに本人が描いてるとその時々のブームや手癖、加齢で勝手に絵柄が変わるよね。ずっと同じ絵を描けるアシの方が凄い説納得
まあ作者の作風を変えていいのは本人だけだもんなあ。
昔は、単行本の表紙だけ別のイラストレーターが書いてる本とかもあった。
デビューから数年で劇的に絵柄が変わって、以後安定する人が多いよね。幽遊白書(4年)、あずまんが大王(3年)、SLAMDUNK(6年)、ヒカルの碁(4年)とかが顕著で、連載を通して画風が変化して、次作からは10年単位で安定してる。
漫画家は基本的に上手くなってるとか考えずに描いてると思うよ、第一的には如何に締切に間に合わせるかでそのために現状の描き方より早い描写が出来る様にする為の最適化の結果が絵の変化
いや、絵柄変わらん作家もおるで。変わらん作家は自分で描いてないと言いたいのか
ゴルゴとドラえもんはもう変化しないのだ。ドラゴンボールもしないのだ。
変わるのも変わらないのも良さの一つ。
ヤニねこなんて現在進行形で絵柄がコロコロ変わってるやろ ()
そういう言い方をすると淡々と同じ絵柄で書いている先生が風評被害に遭わないか?
ある時期以降は絵柄が安定する漫画家はいるけど、デビュー時から全く変化しないって作家はほぼいないでしょ。長年変わってないと思う作家でも初期作と見比べると結構違ってたりするし
以前、ゆでたまごがインタビューで美術教室に通って画力を上げたと言って、はてなで努力がすごいと称賛されてたけど、俺はアシスタントが描いてると思ってる。
それも楽しみなので、新版で今の絵で表紙描き直しするのやめてほしいな。データ無いとかなら仕方ないけど。描き下ろしより、その時の絵で作って欲しいっすわ
2000年以降の漫画って絵が上達することはあっても絵柄が劇的に変わることがほとんどない印象がある。デジタル化の影響かな。
この手の事例では、古本屋で山本康人『打鐘』全巻セットを見かけた時の衝撃が、いまだに私的第一位です。
アオのハコ、顔がどんどん三角形になっていった。アゴ、そんなにシャープだったっけ?って思った。
今の木多康昭の画力でガチョビンスーツや奈良カッターが見たい
まぁ......ゴルゴ......それはそう (´・ω・`)
「きまぐれオレンジ☆ロード」の最終巻近くはアシスタント作画で乗り切ったために、絵柄の違いが露骨だったというのが定説だったと記憶している。作者次作「せさみ☆すとりーと」ともかなり違ってたような記憶が。
イタコ漫画家ってよく放言できるな
わざと変えたり知らんうちに変わったり意図的に固定したりとまあ様々。指摘されてようやくかなりやばくなってるのを自覚する人もいたり。
見田竜介は『ドラゴンハーフ』時代は一巻どころか1話ごとに(意図的に)絵柄を変えてきてびっくりしたのと同時に凄いなあチャレンジャーだなあと思った思い出(尊敬する)。
漫画家が最初から理想の絵を描けているわけじゃないのだ。そして連載というスパルタ修行により上達し、描きたい絵柄に近づいていく。絵柄は生き物なのだ。その時々を愛してあげてほしいのだ。
むしろ、アゴなし源さんの作者は同じ作品の中では作品イメージを大事にする為にまだ絵柄を変えないように努力してたんじゃないかなと思ってる。
魔法陣グルグルの変化の早さは尋常じゃなかった。
セイバーマリオネットJの新作まじ頼んます
少女漫画勢ですが老年劣化は確実にあるのでリバイバル新作は辞めて頂きたい。紅白の懐メロみたいにあの頃の良い思い出が本人により破壊される悲しさ
同一の作品で第1巻と最終巻の絵柄が完全に別物といえばカムイ伝、白土三平も最初期は手塚石ノ森藤子ぽい絵柄だったんだなあ
小畑健はバクマン。の一巻は上手かったなぁ。最終巻は下手すぎたけれど。
キャプテン2は、原作キャラはちばあきお調だけど、原作外のキャラ特に一色くんはコージィ城倉調でオモロイ
それにつけても植田まさし氏の絵の変わらなさよ
幽白はデビュー作じゃないぞ
安彦良和を出されると確かに。シャアとセイラさん、ずっと安定して美麗
この手の話題はまとめに「お前誰だよ?」と突っ込みたくなる有象無象漫画家が「俺も俺も」「私なんかは…」と湧いて出るが、今回はあまりいなくてよかった。
好みの絵柄から遠ざかって離脱したのはあるな。アメコミ風のカッコいい絵柄だったのに途中から画面白くてスカスカのロリ絵化したり。
ここに出てないのだとハロルド作石とかもそうよね。ゴリラーマンの中で画風がいろいろ変わり、ベックで定着してそこからは画風としては大きく変化してない。細かくはうまくなってるとは思うけど。
皆川亮二のスプリガンとかは初期の絵柄が好きだったなぁ
荒木飛呂彦を見ろ
業界で、昔の方がはるかに上手い人がチラホラ散見されるのは何故なの?視力?絵柄じゃなくて、人体の比率・バランスが明らかに狂っていって下手くそになる人は何の現象が起こってるの…?
こち亀は劇画卒業~麗子奇乳化の間くらいがちょうどよかった
小畑健の連載デビューはあやつり左近。1年未満の打ち切りだけども。
まあ、あんたほどの人がそう言うなら… の例
柳本光晴や三田紀房が一向にうまくならないのってそうゆう
『ヒトミ先生』と『ガクサン』は全然変わってないやんけ。なんなんだ。
絵柄って個性でもあるけど「写実的な絵から何をどのバランスでデフォルメするか」っていう「表現手法」でもあるから、作者の手札が増えたりやりたいことに変化があれば変わらざるを得ないものでもあるよね
こち亀とかすごい変わったよな。
ひとみ先生の目の数まで変わっとるやないかい!
長編読み終えて2周目入るとびっくりするの、何度経験したろう。これも漫画読みの醍醐味。
別に"証明"にはならないでしょう。
正直もう今の荒木飛呂彦先生のジョナサン見たくないんよね。承太郎は六部まで並走してたから良いんだけど、ジョナサンなんかはあの丸太のような脚はどこいったんだよと思ってしまう。今の絵が嫌いなんじゃなく。
変わらない例として挙げられてたあだち充氏とかも陽当たり良好!の初期絵柄から比べると変わってると思う
麻宮騎亜の悪口はやめろ!
カイジの絵はどちらも良いなあ
カレー沢薫氏のひとりでしにたいの絵が変わったね。 マガポケかDAYSで年末の143話と4月の151話を比べるとよくわかる
絵は変わるものと思ってた、本人以外のスピンオフとかの方が絵柄変わらなかったりするしなぁ
あかほりさとるの名前を久しぶりに見たな。引退したのかと思ってた。/ 作者相手に新作書くなはあまりにもひどすぎる。「お前は二度とブコメを書くな」だぞ。なんで人間相手にそんなひどいことが言えるんだ。
新沢基栄「奇面組」は「フラッシュ!」だけでなく「3年」「ハイスクール!」の時期によっても絵柄が大幅に変化してるし腰痛が酷かった時期は絵がボロボロだった時期もあったし最近は良く持ち直せてるなと。
画風の変化の最初の事例でカイジ出してるけどもっと適切なのが山ほどあるだろw
バスタードみたいに堂々と変えてくる漫画家もいるしなぁ。
単眼本当に無理なんだ急に貼らんでくれ
桜野みねねェ…
藤栄道彦氏はもの凄く絵柄が変わる漫画家で、なんつーか「常に意図的に変化させてる」気がする。「上手くなる」とか「洗練」とかとなんか変化の「方向性」が違う感じなのよ。芸術家肌なんだろうか?
たまにその変化についていけない事が……
大暮維人はエアギアの連載中に顔の描き方を変えていた。単行本派なのでいきなり顔のニュアンスが変わってびっくりした。しかし次第に馴染んでいく。
だからなんだという気持ちはある。新人が上手くなる過程ならまだしも、作品の途中で描き方変わっちゃうのはなぁ。最初の絵だから手に取ったというのもあるし、読者側としては変わることは望んでいないのでは。
誰も藤島康介の話をしない。「逮捕しちゃうぞ」の1巻は各話ごとに顔が違う。その後の絵柄の変遷も凄いが。俺は「逮捕しちゃうぞ」1巻の最後らへんあたりの美幸の顔の思い出だけあれば他いらない
連載開始時と終了時で絵柄が変わってることはよくあるよね。
絵柄変わってしまって合わなくなったら、読まなくなるで良いのでは。今は作画担当が変わる時代やぞ。もうがっかりよ。