個人的体験としてはメリーミルクさんなんだけど、もう追えないからなあ。
勉強になるなあ
この流れから属人性のないAITuberが来るのか来ないのか
高い城のアムフォ
名取はきらめく絆創膏が滅茶苦茶良くってぇ……/IPからだとぱかチューブが印象強かった
鳩羽つぐの頃のあの「得体の知れない感」は異常だったな。今は生配信が主流すぎて寂しい
黎明期からだとマリー・アンドロイドも印象強い
肉体性や個体性から脱却したコンテンツと思いきや、今もまだ匿名配信者の身売りに見えてる
ぱかちゅーぶがそうだけど、初期のころはアニメ等のIPへの集客装置として期待されたってのもあるのよね こういうの→音楽少女 https://www.youtube.com/@%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
ウェザーロイドなどなかった
黛灰という「作品」が好きだった
このラインナップなら馬越健太郎は入る。知らねえ奴はモグリ
Vtuberの設定ってガワだけの人がほとんどで、中身は演者そのものだけど、黛灰は、ちゃんと黛灰というキャラクターを演じてた。
カフェ野ゾンビ子があって満足したよ 俺たちはそこに、居たんだぜ
ファン歴2年ほどで初期を含めた分析に手を出すのはなかなかすごいな。もっと歴史の長い文化だと多くの人が考古学を始めるが、今の時期が最も「当時を知らない人が研究しにくい」時期だと思う
げんげん懐かしい。「作品としてのVTuber」はその「作品」の部分が難しいのだな
動画勢復権してほしい。配信ばっか追えないよ
動画勢は作り込むわりに儲からないんだからしょうがない。商業主義に基づいたら。大衆が求めてたのは結局バーチャルキャバクラだったという事実。虚しい
『みならいディーバ』がもっと評価されて欲しかった
個人が作っているコンテンツの面白さは千差万別だと思うけど、ずっと追いかけられるの凄いな
それでいうと黛は結局ただの配信者であるところのやみえんに戻ったわけで割には合わないんだろうなってのはあるな
ここに出てきてない論点としては、明確にずっと作者のいるバーチャルおばあちゃんはなぜこれらの延長上で語られないのか、同作者が2000年代からしている同様のニコ生コンテンツをどう評価するか、とかがある。
「作品としてのVTuber」とその鑑賞を検討する。|gobu
個人的体験としてはメリーミルクさんなんだけど、もう追えないからなあ。
勉強になるなあ
この流れから属人性のないAITuberが来るのか来ないのか
高い城のアムフォ
名取はきらめく絆創膏が滅茶苦茶良くってぇ……/IPからだとぱかチューブが印象強かった
鳩羽つぐの頃のあの「得体の知れない感」は異常だったな。今は生配信が主流すぎて寂しい
黎明期からだとマリー・アンドロイドも印象強い
肉体性や個体性から脱却したコンテンツと思いきや、今もまだ匿名配信者の身売りに見えてる
ぱかちゅーぶがそうだけど、初期のころはアニメ等のIPへの集客装置として期待されたってのもあるのよね こういうの→音楽少女 https://www.youtube.com/@%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
ウェザーロイドなどなかった
黛灰という「作品」が好きだった
このラインナップなら馬越健太郎は入る。知らねえ奴はモグリ
Vtuberの設定ってガワだけの人がほとんどで、中身は演者そのものだけど、黛灰は、ちゃんと黛灰というキャラクターを演じてた。
カフェ野ゾンビ子があって満足したよ 俺たちはそこに、居たんだぜ
ファン歴2年ほどで初期を含めた分析に手を出すのはなかなかすごいな。もっと歴史の長い文化だと多くの人が考古学を始めるが、今の時期が最も「当時を知らない人が研究しにくい」時期だと思う
げんげん懐かしい。「作品としてのVTuber」はその「作品」の部分が難しいのだな
動画勢復権してほしい。配信ばっか追えないよ
動画勢は作り込むわりに儲からないんだからしょうがない。商業主義に基づいたら。大衆が求めてたのは結局バーチャルキャバクラだったという事実。虚しい
『みならいディーバ』がもっと評価されて欲しかった
個人が作っているコンテンツの面白さは千差万別だと思うけど、ずっと追いかけられるの凄いな
それでいうと黛は結局ただの配信者であるところのやみえんに戻ったわけで割には合わないんだろうなってのはあるな
ここに出てきてない論点としては、明確にずっと作者のいるバーチャルおばあちゃんはなぜこれらの延長上で語られないのか、同作者が2000年代からしている同様のニコ生コンテンツをどう評価するか、とかがある。