現地に行くのはそもそも楽しい。アニメと同じで更に楽しい。こういう移動経路だとか、思ったより階段なげぇなとか、こういう景色を見てたんだとか。考察や理解じゃなくて共感だけどね
現地のいろんなアングルを確認して素材収集できるやろがい
主人公の自宅最寄り駅から○時の電車に乗って学校まで行くと、トータルの通学時間は×分くらいか〜…みたいな「実感」は現地で体験しないとわからないので…。「点」だけじゃなく、それを結んだ「線」を辿ると楽しい
通常の聖地巡礼も経典を読んだり祈ったりすれば良いのにリアルな現地に行くんだし似たような物では。旅行なんて理解を深めるためではなく楽しむためで良いだろ?
「ここで〇〇が××してたなー」というのはそれはそれで感慨深い
聖地巡礼と作品の考察は別では?金田一なら現場検証って意味はあるだろうけど
龍が如くの舞台になった街に行くたびにだいぶ端折ってんなと思いつつ、ゲームデザインやレベルデザインに思いを馳せたりするので無駄じゃないと思っている。
現地を歩いてみた時にしか分からない視点があると思うが・・作品によっては考査とか求めてないので・・
関西行って奈良(南朝の方)行って、延々と連なる山々をみたときに、型月のいうYAMA育ちとはこういう所で生活する人のことなんだなという実感が得られた
モニター越しに見ていた景色、オブジェ、空気感を、視覚含めた五感で肌で感じることで得られる手触り感が精神的満足感を満たしてるんだと思う、知らんけど。
何回も見たらテープが傷んで解像度が落ちるのでは?!
「わざわざ関ヶ原に行ったけど合戦してなかった」みたいな話?
アニメに限らず大河ドラマの舞台になると観光客が増えるとかあるみたい。
いや旅行したいが先にあって行先決める時にじゃあこれでってぐらいのモンだよ
信者の信仰心アピールだよ
ざつ旅を知ると「旅ってああいうのでいいんだよ、ああいうので」と思えるようになる。厳島神社の工事みたいなのを見ると……w
シンプルにおお~ってならんか?(・ω・)
アニメで見た風景の中を歩くことに意味がある。/京アニが風景描写をリアルにしたのが聖地巡礼ブームのきっかけだって聞いた。
逆に、元々土地勘のあるとこを舞台にされると、急に場所がワープして見てて気になるので、詳しくなるのも良し悪しだなとは思う。
現実の舞台がモデルになってるなら、現物を見て「なるほど、こうなってるのかー」と感じるのは解像度アップに繋がると思う。ついでに旅行も兼ねることが出来てお得。
「聖地巡礼する時間で教会でお祈りしたり教典読んでる方が有意義じゃない?」とか言ってるヤツが昔にもいたのだろうか。
旅行の動機付です。
浅草にある会社に10年くらい勤めていたので、ろくでなしBLUESの浅草編を読むと、主人公達がどういう風に移動したのかが分かって臨場感が増す気がする
新海誠の作品見て東京行くとキラキラしてなくてがっかりするよね
聖地巡礼するような人は原典は擦り切れるほど鑑賞済みじゃないのかな。
現地に行くとアニメに登場した主人公愛飲のヤシの実サイダー飲めたり、等身大パネル巡りしたり、彩葉とかぐやが引っ越したタワマン見上げたり、グッズショップも充実してるしいろいろ楽しいよ!
聖地巡礼する知り合い居るけど、金銭的にも余裕があって引きこもりではないアクティブ系オタクの家から出て旅行する理由作りだと思ってる
その疑問と同じくらい「それを知ってどうすんの?」っておもう
スラムダンクの踏切は実物見たらテンション上がったよ。
宇治橋を「上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい」って念じながら歩いたり久美子ベンチに座ってコーヒー飲んだりすると楽しい。
自分は2次元を見ただけだとわからない距離感とかあるから、現地に行くと解像度が上がる
旅行の言い訳づくりなんだ。実際行くと〇〇で見たとこだ!ウヒョヒョー!ってなるし楽しい
行かないとわからんことは沢山あるよ、ひぐらし好きで白川郷によく行くようになったけど、石豆腐の旨さや岐阜のどぶろくのレベルの高さを知ったり、実際の建物や気候に触れてみないと空気感までは伝わらんからね
「東海道五十三次」(安藤広重)の「庄野/白雨」が好きすぎて、昨年三重県鈴鹿市庄野町に行ってきた。石薬師~庄野~亀山間を25キロくらい歩いたが、いろいろと学びがあって素晴らしい体験だった。特に驚いたのは字数
実写と違って実際にそこにキャラクターが居た訳ではないので、「同じ場所」って実感がないって事では。私はどっちかっていうとそっち側だけど、他の人の感動は他の人のものだろ。
耳をすませばの舞台、聖蹟桜ヶ丘に行ったことがある。何も調べずに行ったけど、見覚えのある風景が次々と現れてテンションがハネ上がった。ラストのプロポーズの高台?から多摩川も眺められたのも良い思い出
その論法突き詰めると旅自体なんの意味がないわな
作品の解像度を高める行為かな?実際に巡ると本編でこういう事考えながら歩いたのかなーとかを追体験するみたいな。
まず「仕方」とは何か(
想像力のない馬鹿ほどアニメと現実を繋げちゃうんだよね。
「仕方なくない?」←この人にとって仕方なくない“意味ある”ものって何なんだろうね。「何回も作品見て作品の理解や解像度を上げ」ても仕方なくない?ってならないんだろうか。
子供時代、あんなに面白かったブロック遊び(多分今はマイクラ)、大人になると部屋づくりや車の改造だったりリアルに変換されてる。同じく読書(というか情報摂取)は旅行の最も大きなきっかけになってると思う。
アニメの声優(中の人)萌えに対しても同じ感想を持ち続けて30年
ちょうど沖ツラの聖地に行ったばかり。「この生活圏の作品なんだ」って体感できて良かったよ。ああいうのは現地に行かないと分からない。逆に、現地に行ってみたらそれぞれの場所が非現実的な距離ってのも良くある。
ベルばら好きでヴェルサイユ宮殿行った日本人多そう。気持ちは分かる。中学生のとき、三銃士やフランス革命好きだったから、初めてパリ行った時知ってる地名見るたびテンションあがったもん。
旅行否定増田。本人がそれに価値を見出していて、増田に強要されるのでもなければ別に構わなくないか?想像だと画面上には見えていない部分を見て、こうなってるのかなんて考えてると思うぞ
アニメの中には入れないからなぁ。
遙かなる時空の中での聖地巡礼友達としたけど、めちゃくちゃ楽しかったよ!香道体験や壺装束で京都歩いたり。時代は違うけどこんな景色を見てたのかなとか想像するの楽しい
わかる、わかるよ。このタイプだわ俺。こういう人って多分人生が圧倒的につまらないと思う。意味や価値にしか興味が持てないタイプ。人生楽しくないよな。わかるよ。
図鑑で見た岩とか植物とか鳥を現地で見ると最高ですけどね。本当に世界に存在したんだという驚きと、自分の無知、これからもっと新しいことを知ることができるかもしれないという未来
結局見て終わりでしょって大抵の観光地に言えることだろ
なんでもそうだけど、一度試してみて自分がどう感じるか確認するのは0と比べたら差が大きいと思う。キャラが入った温泉シーンとかで、そこに行った記憶と経験が被ると脳を焼かれる。
そこで感想言い合うのが楽しいんよ
歴史的建造物を観光とかもそれを言ったら現地に行く必要ないよね、先日、聖地巡礼とは関係なく北海道観光で五稜郭とか網走刑務所観に行ったんだが、やっぱりゴールデンカムイの解像度は上がった気がするわ
あのシーン、ここら辺なら映らずに隠れてられるなーとか見てるよ
俺も昔、増田と同じ意見だったんだけど、デジモンアドベンチャーのロケ地の光が丘行ったら満足度ものすごかったので、ロケ地行くのめちゃくちゃアガるぞ。安上がりに楽しみたいならストリートビューでもいいんだが
例えば、ハルヒの学校前の坂なんて実際に駅や自転車置き場から歩いてみないと感覚わからんと思うぞ
映像で見るのとリアルで行くの空気感や雰囲気が全然違うからな。その違いを楽しむのもの一興。
初めて来たのに知ってる!って感覚は中々楽しいものだよ
それはアニメ関係なく実写も同じなのでは
解像度という点では単に同じ作品を見るより聖地に行ったほうが上がるんじゃない?そもそも解像度を上げるために行ってる訳じゃないと思うけど
たまたま出張で横浜のスナックのある通りを通って、ここ龍が如くまんまじゃん!って思いもよらず感動したのを思い出した。シリーズの熱狂的なファンというわけじゃないのに感動したから、そんな自分にびっくりした。
現物の手触りに価値を見出さない人もいるんだよな。単に価値観の違いだし無理して理解しようとする必要もない。
何回も作品見て作品の理解や解像度をカンストさせたうえでさらにその上を狙って現地に行くんじゃないの
聖地巡礼しないからしらんけど、現地に行ったほうが場所に対する解像度は上がらん?場所に対する解像度が上がると作品理解度や作品解像度もあがるんじゃない?
キャラクターが見たのと同じ景色を追体験できるのって、ファンとしてこれ以上ないコンテンツだよ。シュタゲハマった時に観光でアキバ行ったけど、最高の体験だったよ。
「二次創作してる暇とお金があるなら公式にお金落とせばいいのに」とかもそうだけど、「その時間があるなら〜」みたいなの本当に意味がわからない、オタクのパッションのぶつけ先なんていくらあっても足りないのに
現実を「虚構化」するためでしょう。
ヤマノススメの聖地巡礼は実際に登山しないといけないから達成感あるぞ(全部登ってる https://creco.net/hiking/yamanosusume/ )
歴史オタクの史跡巡りみたいなもので、現場に立って分かる地理感覚が作品理解に重要となる場合もあるし、ストーリーが架空であっても実在する舞台があれば、そこは研究あるいは信仰の対象となり得るのですよ。
岡山の横溝正史疎開宅は行く価値はある。
聖地側としては、まず来てもらえることが大事。しかも、相手は最初から無条件に好意を持ってくれている。この人たちをどうリピーターに繋げていくかが地元の課題となる。
遠出する理由のひとつにすぎない。一歩踏み出したらそれが旅なのだ。
まぁぶっちゃけ綺麗な景色の聖地でもない限りは俺は興味はない。ぼざろ好きだけど例の階段とか興味ないし。逆に考察勢とかガチ勢はそういうのこそ楽しいんだろうな。別に否定はしない。興味の問題。
時かけ(私)と放浪記(母)の聖地巡礼をしたことなら/聖地巡礼になるような舞台になれれば観光客がいっぱい来るから自治体やその税収の影響を受ける地元の人にとっては有り難い。ロケ地に選ばれるよう自治体も動く
アニメ含む広義での聖地巡礼は旅じゃない旅行の超本質でしょうよ
話ずれるけど小説の聖地巡礼はなかなか楽しかったよ。
自分の場合はアニメじゃなくてゲーム(龍が如く)だが、自分がゲームの中の世界にいるような感覚が楽しい。勿論そこで何か特別なことする訳じゃなくて写真撮ったり飯食ったりしながら歩いてるだけなんだけど
ほな世界遺産も社会の資料集だけ見てればええな
博物館とか動物園みたいなもんだよ
要はロケ地でしかないのだが、そもそもフィクションとは想像を育むことだからね。このキャラがあそこに座ってたんだとか想像することに意義がある。旅行として有名な場所へ訪問しただよね。
どこかに出かけるためのきっかけのひとつ。きっかけが無ければ興味も湧かない。知らなければ、そもそも意識にのぼらない。
アニメ本編のメインのコンテンツから設定資料集とかのサブコンテンツまで公式に提供されたものを全てしゃぶり尽くした後に行くもんじゃないの?逆にニワカでも観光のついでに聖地巡礼に行く人もいるだろう。
上級者になると久美子ベンチに座っている久美子が見えるようになります。
優先順位の話?一番欲しいフィギュア買えてなかったとして、一番くじやったらダメなのか?
ゆるキャンの聖地巡礼?やってる人は楽しそうにキャンプしているよ。ゆるキャン見ていない側からすると迷惑だが(もうここに来るのはやめようと思ったキャンプ場が1箇所ある)。
「別メディアで見慣れてるものの実物を見る」で感慨に耽る人とそうじゃない人で結構割れる気がする。私は十円玉で散々見慣れた平等院鳳凰堂を初めて宇治で見たとき人生で一番感動した
神に祈りを捧げる
さらっと見ただけで現地へ行っても得られるものが少なかったりかもみたいなことかしら。超かぐや姫の中で岳南電車とか出てきてたかしらみたいな
無限城のモデルとなった場所があるなら、それがどうやって作者のイマジネーションに繋がったのか気にならないほうが嘘なわけよ、ファン心理としては。または、メロスが走った走路とか風景とか、気になるやろがい。
そうだな、お墓参りも意味ないし、記念碑とかも意味ないよな、歴史的な場所や建物も意味ないしな
『この世界の片隅に』のすずさんちの近くを歩いたらとんでもない急勾配で、こりゃ木炭バスもエンストするわと納得した。描かれなかった生活の空気を共有する体験は貴重だよ。
旅行が楽しいのよ。江の島とか「TARI TARI」「つり球」「青ブタ」「海獣の子供」「きみ声」「ぼざろ」「想星アクエリオン」の聖地巡礼なんかで毎年行ってる。今年も「超かぐや姫!」の聖地巡礼する予定だわ。
はじめて見るブコメなのに、コメントに自分がスターを付けたことになっている。/聖地巡礼するけど、解像度上がるでしょ。/スター消えていた。
想像力が足らん!やり直し
なんだかんだ口実を作ってあちこちに出かけるのは楽しい。
何事も「体験しないとわからない事」は必ずある。本を読む者はわかったつもりにならない様に常に戒めておくべき事でもある。アニメは特に身体性に乏しいので、聖地巡礼は最大の「体験」になる可能性がある。
こういう機会がなければその場所に旅行なんて行かないだろ。それだけで十分な人生の豊かさなわけよ。別にアニメ関連ポップがなくてもその場所に行っただけで知らない体験ができるし思い出になる。
その通り!別に行く金も時間も余裕もないから言っているわけではない
おまえそれムスリムの前でも言えんの?
聖地巡礼を目的としない訪問でも府中競馬場で勝手にウマ娘の解像度が上がってる
聖地巡礼=松尾芭蕉のおくのほそ道。話に出てきた土地に行ってみたいのは普通だと思う
自分もこれはぜんぜんわからん。「実際にはこう」は創作を味わうには必要ないというか邪魔とすら思う。作中に描かれているものが全てであり正解という考え。
昔、群馬榛名湖に行った時に「ほほー、これがあのミゾか…」と謎の感動を覚えました(イニシャルDのアレ)
2Dで見たものを3Dでみて「こうなってるのか」は面白いけどね。うちから40km先にある下灘駅は聖地以外にインスタ映えでオーバーツーリズムになってしまったけどさ
死ぬ前に一度でいいからネヴァ川に行ってみたかった。その日は来るのだろうか。
わかる。同じように声優のCD買ったりとかも意味ないよね。監督と握手したりとか作品のクリアファイル買ったりも意味ないね。
じつに同意
金沢八景に行きたい
そこがわからないなら書いている通り「何回も作品見て作品の理解や解像度を上げる」方が先だろうねえ。/ブルアカの聖地巡礼の為に韓国のKCIA事案の跡地を訪れたい(ブルアカ五共説の民)
したことないけど楽しいと思う
自分の住んでいる町が人気アニメの「聖地」になったことがあって、そのときはまた別の感慨があった。
自分も行ってもしゃーないやろ派(何回も見て理解度を上げるのも意味ないやろ派)ではあるが別に行っても行かなくても同じなら行ってもいいだろ派でもあり
友達おらんやつこういうこと言いがち
誤:アニメの聖地巡礼 正:聖地巡礼 もともと、何百回も聖典(比喩にあらず)読むなり暗唱するなりして信仰心高めた人が行くものだった。一方で中世や古代からパックツアーやスタンプラリーになってた事例も存在(2万字略
SDガンダムしか知らんかった人が、ファーストガンダムから逆襲のシャアまで見て、モビルスーツどれも知ってる…ってなるのも聖地巡礼みたいなもんでしょうか。
到達できないはずの地に立てる。あのキャラたちが生きていた場所に自分がいる。というのはある意味ストーカーじみた恋心だと思ってやっている
それ言い出すと逆に「アニメにわざわざ現実の世界をだしてどうすんの?どんな世界だって描けるのに」ってならない?
"車やバイクを走らせる口実"だと思っている。目的を一切決めない移動って結構難しい。行ってみると、作中で触れられてないモノやコトを発見することもある。これがなかなか悪くない
楽しみ方は人それぞれなんで。聖地巡礼行く人には増田には思い付かない楽しみ方がある、ってだけ
「こんなチラシの裏に書いてどうすんの? 聖地巡礼が趣味の人に直接言えば良くない?」で終わり。他人の趣味にケチ付けるのが趣味なんだろうけど、それ相応の覚悟を持って書くべき。
これに近い感覚で「サインもらってどうすんの?」とか「握手してもらってどうすんの?」と思ってる。感動ポイントは人によるね/なお私は聖地巡礼は楽しめる方、作品理解の4D補完として。
旅行に行く口実になるから楽しいよ
それを言い出すと水族館の魚だって見て終わりだよ
リアル調の背景だと、実際に見てみたいという気持ちにはなる。その気持ちを満たすためには行ってみるしかなさそう。食べ物とか、温度とか、音とか、風とか、光とか、行って体感しないと分からないものもあると思う。
聖地巡礼には別の楽しみもある。たとえば氷菓の舞台は岐阜県高山市なのだが、高山市の高山祭屋台会館には日光東照宮の1/10模型がある。なぜ岐阜に東照宮(栃木県)の模型があるかというとちゃんと理由があって(文字数)
観光に行く人に「実物見てどうするの?見るだけならYouTubeで見れるし、解説とか読んで解像度上げた方が良くない?」っていう人は実際にいるから、たぶんこの人はそちら側の人だと思う。
それを突き詰めるとアニメ見たって仕方なくない?になるだろ!!
どうもしない
最初に始めたのはガチ勢だけど後からのは旅行したいだけだと思う、もっと言えば日常から逃げ出したい感覚。
古来より「聖地巡礼」は「聖地にいく」という建前で旅行することなのですよ。何をどうしたって『我が家が一番』なのだけど、仕事をほっぽって旅をする贅沢の建前なのです。
(アニメではないが)西行の足跡を辿ったのが松尾芭蕉の『奥の細道』。その場所でしか感じられないものがあるのですよ。
レゼ篇の電話ボックスの前で泣いてた白人女子の目撃例もあるので、当人にはそれなりに意義があるんじゃないか?
現地に行って空気を感じて観て終わり、に価値を感じる人がいるんだよ。作品の理解を深めたり解像度を上げることに価値を感じる人がいるみたいに。
解像度をあげる為に行くのでは……?
ラブライブサンシャインの沼津には埼玉で見られない風景を見に行く。 埼玉に海はないし、沼津でしか食べれない物もある。 4月に行けたらいいな。
映画もドラマも同じ 実際の現地を見ると解像度が上がる 理解力が増える
確かに聖地巡礼ってよくわかんないな。ベイカー街221Bに行って鹿打帽かぶってパイプ持って記念撮影してきたことくらいしかない私には(
製作陣がそもそも現地を参考にしたのだからそれを共有することに意味がある
あれは旅行だよw
逆のパターンとしては、自分の住んでる町がアニメの舞台になると、景色が理解できすぎて作品が微妙でも妙な親近感を覚える。それを人為的に行うのが聖地巡礼なのだろう
体験イベントみたいなもんだね。
現地にいかないとわからないことってのがあるのです
聖地巡礼?ボクはゴロゴロしてる方が幸せにゃ〜。アニメ、もっと見せてほしいにゃ〜!
牛乳工場を俺らが見学しても意味なくない?買って飲んだ方が社員さん喜ぶじゃんとか言ってる小学生かな
行ってみたら「ここが◯◯(キャラ名)が△△した場所かー…いやキャラは実在しないし、なんならモデルになっただけなんだけど」と複雑な気分になりつつも、思いのほか楽しかった。追体験が楽しいんだと思う。
作品の世界観に没入したくて行くんだよ。コスプレの動機も同じ。作品鑑賞では世界を外からしか見られない。
呪術廻戦のYoutube動画で現地の画像とアニメ画像を重ねるやつあったから、二次的なネタに使えるんだろう。
あっちとこっちがちょっと地続きになった気がするのよ
制作者インタビューに価値を感じられるのであれば、聖地巡礼にも価値を見出せると思うけどな。
そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね。
聖地巡礼回が公開中https://comic-days.com/episode/12207421983347124767/現実の思い出でも虚構の思い出でもそこに立つことで動かされる感情があるのでは
現地に行けば解像度上がるでしょ。街の雰囲気だったり食べ物の味だったり、そういうものは映像だけでは知り得ない。
アニメ聖地巡礼って制作スタッフが行った場所であってそこにアニメキャラは居ないんだよな。なんでわざわざ作品は虚構だって再確認しに行かなきゃならないんだって。関ケ原は時系列はズレてるけど史実としてある
旅行せずガイドブックなどを読んで好きなだけ解像度あげて満足すればいいんじゃない
現地の飯を食うんだ。それだけで楽しい
スラムダンクの聖地の意味がいちばんわからん。インドア派が趣味バスケを始めるとかならわかるんだが。
「あの場所に行ってみる」という「言い訳」を貰って、重かった腰が上がっていろんな経験ができるキッカケになるのだゾ。
渋谷に行って『街』を感じるの難しいし行けるうちに行っておいた方がよさげ
アニメや小説の聖地巡礼の旅行するけど、現地の空気感みたいのを知りたいんだよね。寒い暑い、風が強い、天気がいい悪いみたいな。吊り下げ式モノレール乗ってみてジェットコースターやんけとなったり
もしかして旅行行ったことない人?
作品世界およびロケハンの追体験ができる。デジタルツインならぬリアルワールドツインを直接拝めて、ものによっては触ったり食べたりなどすることもできる。作品に愛着があるほど喜びは大きくなる。日本最高
SNSが無ければやってない人たくさんいるよなとは思う
あなたの価値感がズレているのでは?別に否定はしないが、一般論としては行って楽しいという方が優勢かと。
逆ロケハンなんだから有意義に決まってる。
そんなこと言ったら聖地に限らずあらゆる観光がそうだよ。GoogleMapのストリートビューで満足できる人はそれでいいんじゃないの。
アニメじゃないけど岐阜を車で回ってみたら、山の合間にデカい川が連続する関西じゃ見ない地形で、そのうち一番デカい山から岐阜城がこっちを見降ろしてた。「こら難攻の地だわ」と豊臣兄弟の解像度が上がったな
『作品の理解や解像度を上げる方が良いのでは?』作品の理解や解像度をあげることが作品ファン全員にとっての正解(良い)じゃねーですよ。娯楽作品なら「聖地行ったらなんか楽しかった」も正解(良い)だよ
そう思うなら、それで良いと思います。人の感じ方はそれぞれですから。何が正しくて、何が間違いということはありません。
自分が理解できない他人の楽しみにいちいち絡むのは悪いくせなので治した方がいい
“お前にとっての無価値が、他人にとっても無価値であるとは限らないんだけど、そこから勉強が必要な感じ?” これ
描いた人も当然現地を自分の足で取材しているので、実際に聖地はもちろんその周辺の地理や雰囲気を理解することで作中の世界の解像度がグッと上がり、再視聴した際により没頭できるようになる。
世界遺産をなんとなく回るよりも好きな作品の聖地巡礼をした方がいい旅行かもしれない。やったことないけど。
聖地に行く事はないが、京都市の端のほうの人間なので、見ているアニメや漫画、ドラマなんかに普段通っている所が描写されていると「おおっ」となる
逆に考えればいいんじゃない?アニメの中の飯を再現したみたいに、アニメの世界を現実化しました的に
龍が如くの横浜はうまいことまとめたなあと感心してしまった。山下公園桜木町関内伊勢崎町あたりの風景が全部うまいこと入ってる
俺もスラブ叙事詩の実物を観るまではそう思ってた。ミュシャの画集でいいじゃんって。
どうすんの?じゃなくて行きたい!って欲望なんだから、行った時点で目的は叶ってるんだよ
主人公が飛び出してきそうな街角、アニメの印象より意外と狭い道幅、風に混じる踏切の音、いつもいい匂いのする店の前。祭にソワソワする街、雨上がりの美しさ。聖地があるのにアニメだけなんてもったいない!
自分の場合はまあ出かける口実だな、なんとなくよりは目的あった方がモチベ上がるからね。
普通の観光名所だってそんなものでは
それを言うなら観光地行ってどうするの。景色見て終わりでしょって話になるかと。聖地と合わせてその土地の食べ物や文化に触れたりはするでしょう。現地への経路を辿るだけでも解像度は上がるよ
ハルヒの聖地巡礼で通学の苛酷さを実感してキョンを讃えたり、長門のマンションに行って近隣に高級スーパーしかないことを確認して情報統合思念体からの仕送りの多さを予想したり、色々と楽しいよ。
ブコメ見て、聖地巡礼ってそういうところを楽しむのかと学んでいる…
友達と行けば現地で思い出トークに花が咲く事もあるだろうけど、SNSで書くだけなら写真数枚取ってすぐにやることなくなりそう。SNSで書く相手も無いから行くモチベーションは全く無い
ポップアートは、大量印刷されたマリリンや量産されたコカコーラ瓶など、広く共有された同一イメージが土台にあるからこそ作品の加えた価値も強く伝わるとか/聖地巡礼も同一土台の共有で作品の影響力が強まるのかと
ゆるキャン△の聖地巡礼で本栖湖行ったけどモデルになった浩庵キャンプ場から見た富士山はアニメよりずっと絶景だったよ。立冬でも人が多くてアニメみたいにはのんびり出来なかったけど。
訪問でドーパミンめっちゃ出るんだよ。出ない人の方が多いだろうし基本誘わないけどね。
行くのも当然良い。おねティーに木崎湖を教えてもらったのは本当に感謝している。逆も然り。ゆるキャンの特にアニメ2期以後リンちゃんが僕のツーリングのテリトリーにどんどんやって来るので鼻血が出そうになった。
思いを馳せるという概念がないのかな。作品の理解や解像度ってなに?
増田の発想を延長していくとキャラクターの不確かな背景や書かれていないタイムラインの出来事を推測することすら無価値ということになりそうだが。
多分増田は発達障害持ってると思うから、一度診断受けに行ったほうがよいと思う。ADHDではなくASDだと思う。診断もらうと生きづらいのが多少楽になるよ。
描かれなかった物がわかる。
百聞は一見にしかずってこういうときのための言葉があるよ。アニメじゃないけど、私も先人にならって京都の丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を置いたりした。
じじいなんでドブ医者の聖地(車往来激しい、追体験)は今やトンネル開通(これも体験、世紀変わり目くらい?)で安全になったとかでも萌えられる。あとは実家近くでしょっ中目にしてた風景丸写しがあったり、とか。
頭文字Dで出てくる峠道ぜんぶバイクで走ったよ。パープルラインだけは二輪禁止なんで車だったが。
宇部新川駅にシンエヴァの聖地巡礼に行ったけどびっくりするくらい普通の田舎の駅だったよ(当たり前だが)。でもそういう生の空気感からしか得られない栄養素だってあるのだ
実際の現場では登場人物が歩いて移動していたところが車で30分ぐらいかかったりする
完全に人によるとしか言えないんだけど、現地に行って「ここであのシーンで描かれたことが起こったんだなあ」とか考えて想いに耽るのも楽しいよ
現実の自分が「ああ、ここが〇〇の舞台になった場所か」「今、〇〇達と同じ場に立ってるんだなあ」とか考えたりするなぁ。
そんな事をネットに書いてどうすんの?って思うんだけど。結局書き散らかして終わりでしょ?
それ言ったら旅行全部無意味になっちゃう。
よく通ってた建物やスポットが後日アニメなどによって聖地化されると変な気分になる
うちの近所の神社は、ラストシーンに登場するんだが、いまでも外国人が来とる。昔、プロポーズの動画も見た。
特に興味はないが、楽しんでる人を腐すつもりはないし、聖地として受け入れてる地方もあるので、興味なければスルーでいいんじゃねえの。自分が理解できないもの=不要っていう考え方は教条主義サヨクと同じやで。
聖地巡礼は、AR(MR)的だとずっと思ってる。現実世界に空想世界の像を重ね合わせることで、その“場“に新しい価値を発生させる行為。空想世界を現実世界に顕現させることそのものが価値。
高山で氷菓のあのカフェのあの席でお茶できた時は感動した。佐賀で細い道の向こうにゾンサガのあの屋敷が見えてきたときも嬉しかった。大洗や沼津は最高だけど、あれほど歓迎熱が高くない所も奥ゆかしくて良いです。
聖地巡礼すき。なんならアニメ視聴より聖地巡礼がすき。聖地巡礼 > アニメ視聴の優先度だな(´・ω・`)
つまんない人生送るのは勝手だけど、他人を巻き込むなよ
アニメに限らずなんでもいいんだけど、リアルな現地に行ったことないの?あたりまえだけど情報量半端ないよ
つまんない奴だな〜って話だが、そもそもアニメ限定の話で言ってるのか?アニメではなく、現実に何かがあった場所だとしても、両者に違いはあるのか?
それ言ったら、「大河ドラマ」で観光客ホイホイ狙ってる「地元」とか涙目やろ。
豊郷小学校はガチ
列車と競争かな
某アニメのオープニングに自分が働いてる会社が毎回出てくるので現地を見て終わりどころか聖地出勤だった
和歌の歌枕を訪ねることの現代バージョン
すごい苦労してカノッサ城まで行ったけど虚無に襲われた話する?ブラン城に行って虚無に襲われた話する?(アニメじゃないけど)
何だってそうだと思うが。観光してどうすんのって言ってるに等しい。意味を見つけるのは本人。
アニメと同じ画角で写真を撮る
いちばん行ってみたいと思ったのはキアロスタミの三部作に出てくるジグザグの坂なんだけど、いまも残ってるかわからないのと当面行けない気がする
その点イスラームは経典に聖地巡礼についてあらかじめ書いてあるんだから強いよな🕋
パラノマサイトは実在の怪異譚をベースにしてて、ゲーム外の史跡もあったから怪異譚巡り楽しかったな。あとシンプルにゲームで見たシーンや構図が見つかると楽しくなるね。デメリットは不審者になる事くらいです。
何回も見て、何回も聖地巡礼するんだよ。両方やるんだよ。大体、ガチで聖地巡礼する人間はすでに頭の中で全話再生できるレベルまで「仕上がってる」ことが多い。
演出上全ての設定は説明しないし、その視聴者が知らない省略された暗黙の前提を前提とした演出は画面を何回見ても解像度は上がらんと思うん。設定資料集を読んで上がる解像度の類。
思いを馳せるスタート地点をめちゃくちゃ底上げさせるために行くのだと思ってる。
srgyさんのはてブロは聖地巡礼の記事がいっぱいだよ!
さー今日はどんな魚かな
ハルヒの西宮北高までの通学路はぜひ歩いてみるといい。あんなもん毎朝歩けるか
画面に写ってないものがある /盛岡(都雇圏45万人)の中心商業地(菜園)ではdepart(川徳)の西160mに月額13万円(管理費込)で80㎡弱の賃貸mansionがあるな…는事を毎日net上の情報だけでやってるが… (東京(本物)都市圏では北国分駅
理解の次元が少ないとか記号接地しなくていい人は確かに作品世界の密度や解像度を必要としないだろう。作品を「世界」と可分に考えて、そこで作中の人物は人間にならない。古典的幼稚さかAI主義的ハルシネーションか
id:ma-ke の続きが聞きたすぎるので増田に投稿するように
ブコメ読んでこの増田が「ほう…、そんならこんど試してみようかな」ってなったら、それはそれでニッコリ
ゴールデンカムイの聖地巡礼で北海道行った時はすごく解像度が上がって良かったわ。リアルな大きさがわかると作品が入ってきやすい。
旅行やぞ。楽しいに決まってる
多分、普通に旅行が好きなのだと思う。そもそも
ファンタジー的に言えば、ここをキャラクターたちが歩いたんだ!だし、事実に則して言えば、ここをスタッフたちがロケハンしたんだ!と思う。いずれにしても想いを馳せて楽しい
エスケーエイトで主人公達がよく練習してる公園があるんだけど、東海岸側にあるので実際には夕陽が沈むことは無いんだ。実際行くとそういう発見があるんだよ。行かなくてもわかるけどw
旅行で五稜郭タワーに登ったあと近くの警察署の前からバスに乗ったが、後でコナン映画をレンタルで見たらその警察署が出てきてめっちゃ興奮した。
え、正にその作品の理解や解像度を上げる手段の1つじゃないの?
俺も分からん/ちなみに普通の旅行も興味ない派だ
近くに聖地があったので行ってみた感想だと、背景からでは感じ取りにくかった雰囲気が感じ取れたりとより作品への解像度が上がる。
『スラムダンク』の例のあの場所に行って、外国人観光客相手にそれを力説してくださいよ!
つまり旅行には行くだけ無駄だということか。
原理的にほとんどすべての愛好は投影なので関連商品を購入するのと何ら変わりは無いかと。ただ置くだけのプラスチック片を集めてる事には疑問を持たないのは何故か。
行ってみたいから行くのであって行ってみたくならない奴にはそりゃあ無意味だろう。なんで聞こうと思ったんだ。
ただ友だちと遊ぶ理由にしてるだけの人も多いと思う。
アニメばっか見てたって理解も解像度も上がるわけないだろ素人かよ。
自分にはアニメはよくわからないけど、映画のロケ地や歴史的な事があった場所に行くと何か感じるんだよなあ。アニメ好きな人の心にも何かが起きているのだろう。
アニメの世界に入れないから現実の世界に落とし込むって言うのがしっくりくる
関ヶ原合戦場をリアルタイムでうろうろしたのは面白かったな。意外と狭いとか、ここに数万人もいたのかとか、この距離で激突したのか。やっぱ肌感は大事ね
わざわざ行こうとは思わないけど、よく知ってる場所とかがアニメや映画やドラマに出てくるとテンション上がるのはある。
キャラの目線がちょっと違うほう見てたとして、その場所を現地でみたら、ああなるほど・・ってなることってあると思いませんか?
聖地巡礼っていう宗教的に大事な言葉を使ってるのヤバいと思って10年の時が経った
行ってみたいっていう純粋な欲求を否定するのか。
シミュラークルとシミュレーションの話誰もしてなかった。わかりやすくはしょって言えば、アニメによって意味が付与された現実を見にいっている。
現地行って作品に対する理解が深まらないと思うなら、それこそおかしい
匿名ダイアリーを書いてどうすんの?noteとかxの方が金稼げたり承認欲求得られない?こんな日記書いてても仕方なくない?
コメント集めたんだから追記しろよ
聖地巡礼する人はアニメの熱烈なファンもいるけど、かなり多くはもともと旅好きで、それの目的決めの選択肢として聖地巡礼を定めている場合が多いのでは。「温泉むすめ」とかもそれで。
語感がいいから大袈裟な言い方してるだけで、ほとんどの人は「写真でしか見たことがない光景」を体感する感動が大きいと思うよ。
「うおお!」てなって写真撮りまくるに決まってるだろ
…で、白川郷のことを雛見沢村って呼び始めるわけ
海外行っても大体のことは日本でできるし、観光も見るだけでだから旅行意味ないって話?
人間が遠出するには理由が必要というだけでは
アニメの聖地巡礼って、 リアルな現地に行ってどうすんの?って思うんだけ..
現地に行くのはそもそも楽しい。アニメと同じで更に楽しい。こういう移動経路だとか、思ったより階段なげぇなとか、こういう景色を見てたんだとか。考察や理解じゃなくて共感だけどね
現地のいろんなアングルを確認して素材収集できるやろがい
主人公の自宅最寄り駅から○時の電車に乗って学校まで行くと、トータルの通学時間は×分くらいか〜…みたいな「実感」は現地で体験しないとわからないので…。「点」だけじゃなく、それを結んだ「線」を辿ると楽しい
通常の聖地巡礼も経典を読んだり祈ったりすれば良いのにリアルな現地に行くんだし似たような物では。旅行なんて理解を深めるためではなく楽しむためで良いだろ?
「ここで〇〇が××してたなー」というのはそれはそれで感慨深い
聖地巡礼と作品の考察は別では?金田一なら現場検証って意味はあるだろうけど
龍が如くの舞台になった街に行くたびにだいぶ端折ってんなと思いつつ、ゲームデザインやレベルデザインに思いを馳せたりするので無駄じゃないと思っている。
現地を歩いてみた時にしか分からない視点があると思うが・・作品によっては考査とか求めてないので・・
関西行って奈良(南朝の方)行って、延々と連なる山々をみたときに、型月のいうYAMA育ちとはこういう所で生活する人のことなんだなという実感が得られた
モニター越しに見ていた景色、オブジェ、空気感を、視覚含めた五感で肌で感じることで得られる手触り感が精神的満足感を満たしてるんだと思う、知らんけど。
何回も見たらテープが傷んで解像度が落ちるのでは?!
「わざわざ関ヶ原に行ったけど合戦してなかった」みたいな話?
アニメに限らず大河ドラマの舞台になると観光客が増えるとかあるみたい。
いや旅行したいが先にあって行先決める時にじゃあこれでってぐらいのモンだよ
信者の信仰心アピールだよ
ざつ旅を知ると「旅ってああいうのでいいんだよ、ああいうので」と思えるようになる。厳島神社の工事みたいなのを見ると……w
シンプルにおお~ってならんか?(・ω・)
アニメで見た風景の中を歩くことに意味がある。/京アニが風景描写をリアルにしたのが聖地巡礼ブームのきっかけだって聞いた。
逆に、元々土地勘のあるとこを舞台にされると、急に場所がワープして見てて気になるので、詳しくなるのも良し悪しだなとは思う。
現実の舞台がモデルになってるなら、現物を見て「なるほど、こうなってるのかー」と感じるのは解像度アップに繋がると思う。ついでに旅行も兼ねることが出来てお得。
「聖地巡礼する時間で教会でお祈りしたり教典読んでる方が有意義じゃない?」とか言ってるヤツが昔にもいたのだろうか。
旅行の動機付です。
浅草にある会社に10年くらい勤めていたので、ろくでなしBLUESの浅草編を読むと、主人公達がどういう風に移動したのかが分かって臨場感が増す気がする
新海誠の作品見て東京行くとキラキラしてなくてがっかりするよね
聖地巡礼するような人は原典は擦り切れるほど鑑賞済みじゃないのかな。
現地に行くとアニメに登場した主人公愛飲のヤシの実サイダー飲めたり、等身大パネル巡りしたり、彩葉とかぐやが引っ越したタワマン見上げたり、グッズショップも充実してるしいろいろ楽しいよ!
聖地巡礼する知り合い居るけど、金銭的にも余裕があって引きこもりではないアクティブ系オタクの家から出て旅行する理由作りだと思ってる
その疑問と同じくらい「それを知ってどうすんの?」っておもう
スラムダンクの踏切は実物見たらテンション上がったよ。
宇治橋を「上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい」って念じながら歩いたり久美子ベンチに座ってコーヒー飲んだりすると楽しい。
自分は2次元を見ただけだとわからない距離感とかあるから、現地に行くと解像度が上がる
旅行の言い訳づくりなんだ。実際行くと〇〇で見たとこだ!ウヒョヒョー!ってなるし楽しい
行かないとわからんことは沢山あるよ、ひぐらし好きで白川郷によく行くようになったけど、石豆腐の旨さや岐阜のどぶろくのレベルの高さを知ったり、実際の建物や気候に触れてみないと空気感までは伝わらんからね
「東海道五十三次」(安藤広重)の「庄野/白雨」が好きすぎて、昨年三重県鈴鹿市庄野町に行ってきた。石薬師~庄野~亀山間を25キロくらい歩いたが、いろいろと学びがあって素晴らしい体験だった。特に驚いたのは字数
実写と違って実際にそこにキャラクターが居た訳ではないので、「同じ場所」って実感がないって事では。私はどっちかっていうとそっち側だけど、他の人の感動は他の人のものだろ。
耳をすませばの舞台、聖蹟桜ヶ丘に行ったことがある。何も調べずに行ったけど、見覚えのある風景が次々と現れてテンションがハネ上がった。ラストのプロポーズの高台?から多摩川も眺められたのも良い思い出
その論法突き詰めると旅自体なんの意味がないわな
作品の解像度を高める行為かな?実際に巡ると本編でこういう事考えながら歩いたのかなーとかを追体験するみたいな。
まず「仕方」とは何か(
想像力のない馬鹿ほどアニメと現実を繋げちゃうんだよね。
「仕方なくない?」←この人にとって仕方なくない“意味ある”ものって何なんだろうね。「何回も作品見て作品の理解や解像度を上げ」ても仕方なくない?ってならないんだろうか。
子供時代、あんなに面白かったブロック遊び(多分今はマイクラ)、大人になると部屋づくりや車の改造だったりリアルに変換されてる。同じく読書(というか情報摂取)は旅行の最も大きなきっかけになってると思う。
アニメの声優(中の人)萌えに対しても同じ感想を持ち続けて30年
ちょうど沖ツラの聖地に行ったばかり。「この生活圏の作品なんだ」って体感できて良かったよ。ああいうのは現地に行かないと分からない。逆に、現地に行ってみたらそれぞれの場所が非現実的な距離ってのも良くある。
ベルばら好きでヴェルサイユ宮殿行った日本人多そう。気持ちは分かる。中学生のとき、三銃士やフランス革命好きだったから、初めてパリ行った時知ってる地名見るたびテンションあがったもん。
旅行否定増田。本人がそれに価値を見出していて、増田に強要されるのでもなければ別に構わなくないか?想像だと画面上には見えていない部分を見て、こうなってるのかなんて考えてると思うぞ
アニメの中には入れないからなぁ。
遙かなる時空の中での聖地巡礼友達としたけど、めちゃくちゃ楽しかったよ!香道体験や壺装束で京都歩いたり。時代は違うけどこんな景色を見てたのかなとか想像するの楽しい
わかる、わかるよ。このタイプだわ俺。こういう人って多分人生が圧倒的につまらないと思う。意味や価値にしか興味が持てないタイプ。人生楽しくないよな。わかるよ。
図鑑で見た岩とか植物とか鳥を現地で見ると最高ですけどね。本当に世界に存在したんだという驚きと、自分の無知、これからもっと新しいことを知ることができるかもしれないという未来
結局見て終わりでしょって大抵の観光地に言えることだろ
なんでもそうだけど、一度試してみて自分がどう感じるか確認するのは0と比べたら差が大きいと思う。キャラが入った温泉シーンとかで、そこに行った記憶と経験が被ると脳を焼かれる。
そこで感想言い合うのが楽しいんよ
歴史的建造物を観光とかもそれを言ったら現地に行く必要ないよね、先日、聖地巡礼とは関係なく北海道観光で五稜郭とか網走刑務所観に行ったんだが、やっぱりゴールデンカムイの解像度は上がった気がするわ
あのシーン、ここら辺なら映らずに隠れてられるなーとか見てるよ
俺も昔、増田と同じ意見だったんだけど、デジモンアドベンチャーのロケ地の光が丘行ったら満足度ものすごかったので、ロケ地行くのめちゃくちゃアガるぞ。安上がりに楽しみたいならストリートビューでもいいんだが
例えば、ハルヒの学校前の坂なんて実際に駅や自転車置き場から歩いてみないと感覚わからんと思うぞ
映像で見るのとリアルで行くの空気感や雰囲気が全然違うからな。その違いを楽しむのもの一興。
初めて来たのに知ってる!って感覚は中々楽しいものだよ
それはアニメ関係なく実写も同じなのでは
解像度という点では単に同じ作品を見るより聖地に行ったほうが上がるんじゃない?そもそも解像度を上げるために行ってる訳じゃないと思うけど
たまたま出張で横浜のスナックのある通りを通って、ここ龍が如くまんまじゃん!って思いもよらず感動したのを思い出した。シリーズの熱狂的なファンというわけじゃないのに感動したから、そんな自分にびっくりした。
現物の手触りに価値を見出さない人もいるんだよな。単に価値観の違いだし無理して理解しようとする必要もない。
何回も作品見て作品の理解や解像度をカンストさせたうえでさらにその上を狙って現地に行くんじゃないの
聖地巡礼しないからしらんけど、現地に行ったほうが場所に対する解像度は上がらん?場所に対する解像度が上がると作品理解度や作品解像度もあがるんじゃない?
キャラクターが見たのと同じ景色を追体験できるのって、ファンとしてこれ以上ないコンテンツだよ。シュタゲハマった時に観光でアキバ行ったけど、最高の体験だったよ。
「二次創作してる暇とお金があるなら公式にお金落とせばいいのに」とかもそうだけど、「その時間があるなら〜」みたいなの本当に意味がわからない、オタクのパッションのぶつけ先なんていくらあっても足りないのに
現実を「虚構化」するためでしょう。
ヤマノススメの聖地巡礼は実際に登山しないといけないから達成感あるぞ(全部登ってる https://creco.net/hiking/yamanosusume/ )
歴史オタクの史跡巡りみたいなもので、現場に立って分かる地理感覚が作品理解に重要となる場合もあるし、ストーリーが架空であっても実在する舞台があれば、そこは研究あるいは信仰の対象となり得るのですよ。
岡山の横溝正史疎開宅は行く価値はある。
聖地側としては、まず来てもらえることが大事。しかも、相手は最初から無条件に好意を持ってくれている。この人たちをどうリピーターに繋げていくかが地元の課題となる。
遠出する理由のひとつにすぎない。一歩踏み出したらそれが旅なのだ。
まぁぶっちゃけ綺麗な景色の聖地でもない限りは俺は興味はない。ぼざろ好きだけど例の階段とか興味ないし。逆に考察勢とかガチ勢はそういうのこそ楽しいんだろうな。別に否定はしない。興味の問題。
時かけ(私)と放浪記(母)の聖地巡礼をしたことなら/聖地巡礼になるような舞台になれれば観光客がいっぱい来るから自治体やその税収の影響を受ける地元の人にとっては有り難い。ロケ地に選ばれるよう自治体も動く
アニメ含む広義での聖地巡礼は旅じゃない旅行の超本質でしょうよ
話ずれるけど小説の聖地巡礼はなかなか楽しかったよ。
自分の場合はアニメじゃなくてゲーム(龍が如く)だが、自分がゲームの中の世界にいるような感覚が楽しい。勿論そこで何か特別なことする訳じゃなくて写真撮ったり飯食ったりしながら歩いてるだけなんだけど
ほな世界遺産も社会の資料集だけ見てればええな
博物館とか動物園みたいなもんだよ
要はロケ地でしかないのだが、そもそもフィクションとは想像を育むことだからね。このキャラがあそこに座ってたんだとか想像することに意義がある。旅行として有名な場所へ訪問しただよね。
どこかに出かけるためのきっかけのひとつ。きっかけが無ければ興味も湧かない。知らなければ、そもそも意識にのぼらない。
アニメ本編のメインのコンテンツから設定資料集とかのサブコンテンツまで公式に提供されたものを全てしゃぶり尽くした後に行くもんじゃないの?逆にニワカでも観光のついでに聖地巡礼に行く人もいるだろう。
上級者になると久美子ベンチに座っている久美子が見えるようになります。
優先順位の話?一番欲しいフィギュア買えてなかったとして、一番くじやったらダメなのか?
ゆるキャンの聖地巡礼?やってる人は楽しそうにキャンプしているよ。ゆるキャン見ていない側からすると迷惑だが(もうここに来るのはやめようと思ったキャンプ場が1箇所ある)。
「別メディアで見慣れてるものの実物を見る」で感慨に耽る人とそうじゃない人で結構割れる気がする。私は十円玉で散々見慣れた平等院鳳凰堂を初めて宇治で見たとき人生で一番感動した
神に祈りを捧げる
さらっと見ただけで現地へ行っても得られるものが少なかったりかもみたいなことかしら。超かぐや姫の中で岳南電車とか出てきてたかしらみたいな
無限城のモデルとなった場所があるなら、それがどうやって作者のイマジネーションに繋がったのか気にならないほうが嘘なわけよ、ファン心理としては。または、メロスが走った走路とか風景とか、気になるやろがい。
そうだな、お墓参りも意味ないし、記念碑とかも意味ないよな、歴史的な場所や建物も意味ないしな
『この世界の片隅に』のすずさんちの近くを歩いたらとんでもない急勾配で、こりゃ木炭バスもエンストするわと納得した。描かれなかった生活の空気を共有する体験は貴重だよ。
旅行が楽しいのよ。江の島とか「TARI TARI」「つり球」「青ブタ」「海獣の子供」「きみ声」「ぼざろ」「想星アクエリオン」の聖地巡礼なんかで毎年行ってる。今年も「超かぐや姫!」の聖地巡礼する予定だわ。
はじめて見るブコメなのに、コメントに自分がスターを付けたことになっている。/聖地巡礼するけど、解像度上がるでしょ。/スター消えていた。
想像力が足らん!やり直し
なんだかんだ口実を作ってあちこちに出かけるのは楽しい。
何事も「体験しないとわからない事」は必ずある。本を読む者はわかったつもりにならない様に常に戒めておくべき事でもある。アニメは特に身体性に乏しいので、聖地巡礼は最大の「体験」になる可能性がある。
こういう機会がなければその場所に旅行なんて行かないだろ。それだけで十分な人生の豊かさなわけよ。別にアニメ関連ポップがなくてもその場所に行っただけで知らない体験ができるし思い出になる。
その通り!別に行く金も時間も余裕もないから言っているわけではない
おまえそれムスリムの前でも言えんの?
聖地巡礼を目的としない訪問でも府中競馬場で勝手にウマ娘の解像度が上がってる
聖地巡礼=松尾芭蕉のおくのほそ道。話に出てきた土地に行ってみたいのは普通だと思う
自分もこれはぜんぜんわからん。「実際にはこう」は創作を味わうには必要ないというか邪魔とすら思う。作中に描かれているものが全てであり正解という考え。
昔、群馬榛名湖に行った時に「ほほー、これがあのミゾか…」と謎の感動を覚えました(イニシャルDのアレ)
2Dで見たものを3Dでみて「こうなってるのか」は面白いけどね。うちから40km先にある下灘駅は聖地以外にインスタ映えでオーバーツーリズムになってしまったけどさ
死ぬ前に一度でいいからネヴァ川に行ってみたかった。その日は来るのだろうか。
わかる。同じように声優のCD買ったりとかも意味ないよね。監督と握手したりとか作品のクリアファイル買ったりも意味ないね。
じつに同意
金沢八景に行きたい
そこがわからないなら書いている通り「何回も作品見て作品の理解や解像度を上げる」方が先だろうねえ。/ブルアカの聖地巡礼の為に韓国のKCIA事案の跡地を訪れたい(ブルアカ五共説の民)
したことないけど楽しいと思う
自分の住んでいる町が人気アニメの「聖地」になったことがあって、そのときはまた別の感慨があった。
自分も行ってもしゃーないやろ派(何回も見て理解度を上げるのも意味ないやろ派)ではあるが別に行っても行かなくても同じなら行ってもいいだろ派でもあり
友達おらんやつこういうこと言いがち
誤:アニメの聖地巡礼 正:聖地巡礼 もともと、何百回も聖典(比喩にあらず)読むなり暗唱するなりして信仰心高めた人が行くものだった。一方で中世や古代からパックツアーやスタンプラリーになってた事例も存在(2万字略
SDガンダムしか知らんかった人が、ファーストガンダムから逆襲のシャアまで見て、モビルスーツどれも知ってる…ってなるのも聖地巡礼みたいなもんでしょうか。
到達できないはずの地に立てる。あのキャラたちが生きていた場所に自分がいる。というのはある意味ストーカーじみた恋心だと思ってやっている
それ言い出すと逆に「アニメにわざわざ現実の世界をだしてどうすんの?どんな世界だって描けるのに」ってならない?
"車やバイクを走らせる口実"だと思っている。目的を一切決めない移動って結構難しい。行ってみると、作中で触れられてないモノやコトを発見することもある。これがなかなか悪くない
楽しみ方は人それぞれなんで。聖地巡礼行く人には増田には思い付かない楽しみ方がある、ってだけ
「こんなチラシの裏に書いてどうすんの? 聖地巡礼が趣味の人に直接言えば良くない?」で終わり。他人の趣味にケチ付けるのが趣味なんだろうけど、それ相応の覚悟を持って書くべき。
これに近い感覚で「サインもらってどうすんの?」とか「握手してもらってどうすんの?」と思ってる。感動ポイントは人によるね/なお私は聖地巡礼は楽しめる方、作品理解の4D補完として。
旅行に行く口実になるから楽しいよ
それを言い出すと水族館の魚だって見て終わりだよ
リアル調の背景だと、実際に見てみたいという気持ちにはなる。その気持ちを満たすためには行ってみるしかなさそう。食べ物とか、温度とか、音とか、風とか、光とか、行って体感しないと分からないものもあると思う。
聖地巡礼には別の楽しみもある。たとえば氷菓の舞台は岐阜県高山市なのだが、高山市の高山祭屋台会館には日光東照宮の1/10模型がある。なぜ岐阜に東照宮(栃木県)の模型があるかというとちゃんと理由があって(文字数)
観光に行く人に「実物見てどうするの?見るだけならYouTubeで見れるし、解説とか読んで解像度上げた方が良くない?」っていう人は実際にいるから、たぶんこの人はそちら側の人だと思う。
それを突き詰めるとアニメ見たって仕方なくない?になるだろ!!
どうもしない
最初に始めたのはガチ勢だけど後からのは旅行したいだけだと思う、もっと言えば日常から逃げ出したい感覚。
古来より「聖地巡礼」は「聖地にいく」という建前で旅行することなのですよ。何をどうしたって『我が家が一番』なのだけど、仕事をほっぽって旅をする贅沢の建前なのです。
(アニメではないが)西行の足跡を辿ったのが松尾芭蕉の『奥の細道』。その場所でしか感じられないものがあるのですよ。
レゼ篇の電話ボックスの前で泣いてた白人女子の目撃例もあるので、当人にはそれなりに意義があるんじゃないか?
現地に行って空気を感じて観て終わり、に価値を感じる人がいるんだよ。作品の理解を深めたり解像度を上げることに価値を感じる人がいるみたいに。
解像度をあげる為に行くのでは……?
ラブライブサンシャインの沼津には埼玉で見られない風景を見に行く。 埼玉に海はないし、沼津でしか食べれない物もある。 4月に行けたらいいな。
映画もドラマも同じ 実際の現地を見ると解像度が上がる 理解力が増える
確かに聖地巡礼ってよくわかんないな。ベイカー街221Bに行って鹿打帽かぶってパイプ持って記念撮影してきたことくらいしかない私には(
製作陣がそもそも現地を参考にしたのだからそれを共有することに意味がある
あれは旅行だよw
逆のパターンとしては、自分の住んでる町がアニメの舞台になると、景色が理解できすぎて作品が微妙でも妙な親近感を覚える。それを人為的に行うのが聖地巡礼なのだろう
体験イベントみたいなもんだね。
現地にいかないとわからないことってのがあるのです
聖地巡礼?ボクはゴロゴロしてる方が幸せにゃ〜。アニメ、もっと見せてほしいにゃ〜!
牛乳工場を俺らが見学しても意味なくない?買って飲んだ方が社員さん喜ぶじゃんとか言ってる小学生かな
行ってみたら「ここが◯◯(キャラ名)が△△した場所かー…いやキャラは実在しないし、なんならモデルになっただけなんだけど」と複雑な気分になりつつも、思いのほか楽しかった。追体験が楽しいんだと思う。
作品の世界観に没入したくて行くんだよ。コスプレの動機も同じ。作品鑑賞では世界を外からしか見られない。
呪術廻戦のYoutube動画で現地の画像とアニメ画像を重ねるやつあったから、二次的なネタに使えるんだろう。
あっちとこっちがちょっと地続きになった気がするのよ
制作者インタビューに価値を感じられるのであれば、聖地巡礼にも価値を見出せると思うけどな。
そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね。
聖地巡礼回が公開中https://comic-days.com/episode/12207421983347124767/現実の思い出でも虚構の思い出でもそこに立つことで動かされる感情があるのでは
現地に行けば解像度上がるでしょ。街の雰囲気だったり食べ物の味だったり、そういうものは映像だけでは知り得ない。
アニメ聖地巡礼って制作スタッフが行った場所であってそこにアニメキャラは居ないんだよな。なんでわざわざ作品は虚構だって再確認しに行かなきゃならないんだって。関ケ原は時系列はズレてるけど史実としてある
旅行せずガイドブックなどを読んで好きなだけ解像度あげて満足すればいいんじゃない
現地の飯を食うんだ。それだけで楽しい
スラムダンクの聖地の意味がいちばんわからん。インドア派が趣味バスケを始めるとかならわかるんだが。
「あの場所に行ってみる」という「言い訳」を貰って、重かった腰が上がっていろんな経験ができるキッカケになるのだゾ。
渋谷に行って『街』を感じるの難しいし行けるうちに行っておいた方がよさげ
アニメや小説の聖地巡礼の旅行するけど、現地の空気感みたいのを知りたいんだよね。寒い暑い、風が強い、天気がいい悪いみたいな。吊り下げ式モノレール乗ってみてジェットコースターやんけとなったり
もしかして旅行行ったことない人?
作品世界およびロケハンの追体験ができる。デジタルツインならぬリアルワールドツインを直接拝めて、ものによっては触ったり食べたりなどすることもできる。作品に愛着があるほど喜びは大きくなる。日本最高
SNSが無ければやってない人たくさんいるよなとは思う
あなたの価値感がズレているのでは?別に否定はしないが、一般論としては行って楽しいという方が優勢かと。
逆ロケハンなんだから有意義に決まってる。
そんなこと言ったら聖地に限らずあらゆる観光がそうだよ。GoogleMapのストリートビューで満足できる人はそれでいいんじゃないの。
アニメじゃないけど岐阜を車で回ってみたら、山の合間にデカい川が連続する関西じゃ見ない地形で、そのうち一番デカい山から岐阜城がこっちを見降ろしてた。「こら難攻の地だわ」と豊臣兄弟の解像度が上がったな
『作品の理解や解像度を上げる方が良いのでは?』作品の理解や解像度をあげることが作品ファン全員にとっての正解(良い)じゃねーですよ。娯楽作品なら「聖地行ったらなんか楽しかった」も正解(良い)だよ
そう思うなら、それで良いと思います。人の感じ方はそれぞれですから。何が正しくて、何が間違いということはありません。
自分が理解できない他人の楽しみにいちいち絡むのは悪いくせなので治した方がいい
“お前にとっての無価値が、他人にとっても無価値であるとは限らないんだけど、そこから勉強が必要な感じ?” これ
描いた人も当然現地を自分の足で取材しているので、実際に聖地はもちろんその周辺の地理や雰囲気を理解することで作中の世界の解像度がグッと上がり、再視聴した際により没頭できるようになる。
世界遺産をなんとなく回るよりも好きな作品の聖地巡礼をした方がいい旅行かもしれない。やったことないけど。
聖地に行く事はないが、京都市の端のほうの人間なので、見ているアニメや漫画、ドラマなんかに普段通っている所が描写されていると「おおっ」となる
逆に考えればいいんじゃない?アニメの中の飯を再現したみたいに、アニメの世界を現実化しました的に
龍が如くの横浜はうまいことまとめたなあと感心してしまった。山下公園桜木町関内伊勢崎町あたりの風景が全部うまいこと入ってる
俺もスラブ叙事詩の実物を観るまではそう思ってた。ミュシャの画集でいいじゃんって。
どうすんの?じゃなくて行きたい!って欲望なんだから、行った時点で目的は叶ってるんだよ
主人公が飛び出してきそうな街角、アニメの印象より意外と狭い道幅、風に混じる踏切の音、いつもいい匂いのする店の前。祭にソワソワする街、雨上がりの美しさ。聖地があるのにアニメだけなんてもったいない!
自分の場合はまあ出かける口実だな、なんとなくよりは目的あった方がモチベ上がるからね。
普通の観光名所だってそんなものでは
それを言うなら観光地行ってどうするの。景色見て終わりでしょって話になるかと。聖地と合わせてその土地の食べ物や文化に触れたりはするでしょう。現地への経路を辿るだけでも解像度は上がるよ
ハルヒの聖地巡礼で通学の苛酷さを実感してキョンを讃えたり、長門のマンションに行って近隣に高級スーパーしかないことを確認して情報統合思念体からの仕送りの多さを予想したり、色々と楽しいよ。
ブコメ見て、聖地巡礼ってそういうところを楽しむのかと学んでいる…
友達と行けば現地で思い出トークに花が咲く事もあるだろうけど、SNSで書くだけなら写真数枚取ってすぐにやることなくなりそう。SNSで書く相手も無いから行くモチベーションは全く無い
ポップアートは、大量印刷されたマリリンや量産されたコカコーラ瓶など、広く共有された同一イメージが土台にあるからこそ作品の加えた価値も強く伝わるとか/聖地巡礼も同一土台の共有で作品の影響力が強まるのかと
ゆるキャン△の聖地巡礼で本栖湖行ったけどモデルになった浩庵キャンプ場から見た富士山はアニメよりずっと絶景だったよ。立冬でも人が多くてアニメみたいにはのんびり出来なかったけど。
訪問でドーパミンめっちゃ出るんだよ。出ない人の方が多いだろうし基本誘わないけどね。
行くのも当然良い。おねティーに木崎湖を教えてもらったのは本当に感謝している。逆も然り。ゆるキャンの特にアニメ2期以後リンちゃんが僕のツーリングのテリトリーにどんどんやって来るので鼻血が出そうになった。
思いを馳せるという概念がないのかな。作品の理解や解像度ってなに?
増田の発想を延長していくとキャラクターの不確かな背景や書かれていないタイムラインの出来事を推測することすら無価値ということになりそうだが。
多分増田は発達障害持ってると思うから、一度診断受けに行ったほうがよいと思う。ADHDではなくASDだと思う。診断もらうと生きづらいのが多少楽になるよ。
描かれなかった物がわかる。
百聞は一見にしかずってこういうときのための言葉があるよ。アニメじゃないけど、私も先人にならって京都の丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を置いたりした。
じじいなんでドブ医者の聖地(車往来激しい、追体験)は今やトンネル開通(これも体験、世紀変わり目くらい?)で安全になったとかでも萌えられる。あとは実家近くでしょっ中目にしてた風景丸写しがあったり、とか。
頭文字Dで出てくる峠道ぜんぶバイクで走ったよ。パープルラインだけは二輪禁止なんで車だったが。
宇部新川駅にシンエヴァの聖地巡礼に行ったけどびっくりするくらい普通の田舎の駅だったよ(当たり前だが)。でもそういう生の空気感からしか得られない栄養素だってあるのだ
実際の現場では登場人物が歩いて移動していたところが車で30分ぐらいかかったりする
完全に人によるとしか言えないんだけど、現地に行って「ここであのシーンで描かれたことが起こったんだなあ」とか考えて想いに耽るのも楽しいよ
現実の自分が「ああ、ここが〇〇の舞台になった場所か」「今、〇〇達と同じ場に立ってるんだなあ」とか考えたりするなぁ。
そんな事をネットに書いてどうすんの?って思うんだけど。結局書き散らかして終わりでしょ?
それ言ったら旅行全部無意味になっちゃう。
よく通ってた建物やスポットが後日アニメなどによって聖地化されると変な気分になる
うちの近所の神社は、ラストシーンに登場するんだが、いまでも外国人が来とる。昔、プロポーズの動画も見た。
特に興味はないが、楽しんでる人を腐すつもりはないし、聖地として受け入れてる地方もあるので、興味なければスルーでいいんじゃねえの。自分が理解できないもの=不要っていう考え方は教条主義サヨクと同じやで。
聖地巡礼は、AR(MR)的だとずっと思ってる。現実世界に空想世界の像を重ね合わせることで、その“場“に新しい価値を発生させる行為。空想世界を現実世界に顕現させることそのものが価値。
高山で氷菓のあのカフェのあの席でお茶できた時は感動した。佐賀で細い道の向こうにゾンサガのあの屋敷が見えてきたときも嬉しかった。大洗や沼津は最高だけど、あれほど歓迎熱が高くない所も奥ゆかしくて良いです。
聖地巡礼すき。なんならアニメ視聴より聖地巡礼がすき。聖地巡礼 > アニメ視聴の優先度だな(´・ω・`)
つまんない人生送るのは勝手だけど、他人を巻き込むなよ
アニメに限らずなんでもいいんだけど、リアルな現地に行ったことないの?あたりまえだけど情報量半端ないよ
つまんない奴だな〜って話だが、そもそもアニメ限定の話で言ってるのか?アニメではなく、現実に何かがあった場所だとしても、両者に違いはあるのか?
それ言ったら、「大河ドラマ」で観光客ホイホイ狙ってる「地元」とか涙目やろ。
豊郷小学校はガチ
列車と競争かな
某アニメのオープニングに自分が働いてる会社が毎回出てくるので現地を見て終わりどころか聖地出勤だった
和歌の歌枕を訪ねることの現代バージョン
すごい苦労してカノッサ城まで行ったけど虚無に襲われた話する?ブラン城に行って虚無に襲われた話する?(アニメじゃないけど)
何だってそうだと思うが。観光してどうすんのって言ってるに等しい。意味を見つけるのは本人。
アニメと同じ画角で写真を撮る
いちばん行ってみたいと思ったのはキアロスタミの三部作に出てくるジグザグの坂なんだけど、いまも残ってるかわからないのと当面行けない気がする
その点イスラームは経典に聖地巡礼についてあらかじめ書いてあるんだから強いよな🕋
パラノマサイトは実在の怪異譚をベースにしてて、ゲーム外の史跡もあったから怪異譚巡り楽しかったな。あとシンプルにゲームで見たシーンや構図が見つかると楽しくなるね。デメリットは不審者になる事くらいです。
何回も見て、何回も聖地巡礼するんだよ。両方やるんだよ。大体、ガチで聖地巡礼する人間はすでに頭の中で全話再生できるレベルまで「仕上がってる」ことが多い。
演出上全ての設定は説明しないし、その視聴者が知らない省略された暗黙の前提を前提とした演出は画面を何回見ても解像度は上がらんと思うん。設定資料集を読んで上がる解像度の類。
思いを馳せるスタート地点をめちゃくちゃ底上げさせるために行くのだと思ってる。
srgyさんのはてブロは聖地巡礼の記事がいっぱいだよ!
さー今日はどんな魚かな
ハルヒの西宮北高までの通学路はぜひ歩いてみるといい。あんなもん毎朝歩けるか
画面に写ってないものがある /盛岡(都雇圏45万人)の中心商業地(菜園)ではdepart(川徳)の西160mに月額13万円(管理費込)で80㎡弱の賃貸mansionがあるな…는事を毎日net上の情報だけでやってるが… (東京(本物)都市圏では北国分駅
理解の次元が少ないとか記号接地しなくていい人は確かに作品世界の密度や解像度を必要としないだろう。作品を「世界」と可分に考えて、そこで作中の人物は人間にならない。古典的幼稚さかAI主義的ハルシネーションか
id:ma-ke の続きが聞きたすぎるので増田に投稿するように
ブコメ読んでこの増田が「ほう…、そんならこんど試してみようかな」ってなったら、それはそれでニッコリ
ゴールデンカムイの聖地巡礼で北海道行った時はすごく解像度が上がって良かったわ。リアルな大きさがわかると作品が入ってきやすい。
旅行やぞ。楽しいに決まってる
多分、普通に旅行が好きなのだと思う。そもそも
ファンタジー的に言えば、ここをキャラクターたちが歩いたんだ!だし、事実に則して言えば、ここをスタッフたちがロケハンしたんだ!と思う。いずれにしても想いを馳せて楽しい
エスケーエイトで主人公達がよく練習してる公園があるんだけど、東海岸側にあるので実際には夕陽が沈むことは無いんだ。実際行くとそういう発見があるんだよ。行かなくてもわかるけどw
旅行で五稜郭タワーに登ったあと近くの警察署の前からバスに乗ったが、後でコナン映画をレンタルで見たらその警察署が出てきてめっちゃ興奮した。
え、正にその作品の理解や解像度を上げる手段の1つじゃないの?
俺も分からん/ちなみに普通の旅行も興味ない派だ
近くに聖地があったので行ってみた感想だと、背景からでは感じ取りにくかった雰囲気が感じ取れたりとより作品への解像度が上がる。
『スラムダンク』の例のあの場所に行って、外国人観光客相手にそれを力説してくださいよ!
つまり旅行には行くだけ無駄だということか。
原理的にほとんどすべての愛好は投影なので関連商品を購入するのと何ら変わりは無いかと。ただ置くだけのプラスチック片を集めてる事には疑問を持たないのは何故か。
行ってみたいから行くのであって行ってみたくならない奴にはそりゃあ無意味だろう。なんで聞こうと思ったんだ。
ただ友だちと遊ぶ理由にしてるだけの人も多いと思う。
アニメばっか見てたって理解も解像度も上がるわけないだろ素人かよ。
自分にはアニメはよくわからないけど、映画のロケ地や歴史的な事があった場所に行くと何か感じるんだよなあ。アニメ好きな人の心にも何かが起きているのだろう。
アニメの世界に入れないから現実の世界に落とし込むって言うのがしっくりくる
関ヶ原合戦場をリアルタイムでうろうろしたのは面白かったな。意外と狭いとか、ここに数万人もいたのかとか、この距離で激突したのか。やっぱ肌感は大事ね
わざわざ行こうとは思わないけど、よく知ってる場所とかがアニメや映画やドラマに出てくるとテンション上がるのはある。
キャラの目線がちょっと違うほう見てたとして、その場所を現地でみたら、ああなるほど・・ってなることってあると思いませんか?
聖地巡礼っていう宗教的に大事な言葉を使ってるのヤバいと思って10年の時が経った
行ってみたいっていう純粋な欲求を否定するのか。
シミュラークルとシミュレーションの話誰もしてなかった。わかりやすくはしょって言えば、アニメによって意味が付与された現実を見にいっている。
現地行って作品に対する理解が深まらないと思うなら、それこそおかしい
匿名ダイアリーを書いてどうすんの?noteとかxの方が金稼げたり承認欲求得られない?こんな日記書いてても仕方なくない?
コメント集めたんだから追記しろよ
聖地巡礼する人はアニメの熱烈なファンもいるけど、かなり多くはもともと旅好きで、それの目的決めの選択肢として聖地巡礼を定めている場合が多いのでは。「温泉むすめ」とかもそれで。
語感がいいから大袈裟な言い方してるだけで、ほとんどの人は「写真でしか見たことがない光景」を体感する感動が大きいと思うよ。
「うおお!」てなって写真撮りまくるに決まってるだろ
…で、白川郷のことを雛見沢村って呼び始めるわけ
海外行っても大体のことは日本でできるし、観光も見るだけでだから旅行意味ないって話?
人間が遠出するには理由が必要というだけでは