田舎の牧歌的なオタコミュニティでもデキる奴は東京のプロ周辺界隈に勧誘されセミプロ、プロ化していったな(デキる奴ではなかったので勧誘されなかった)。ゴロ化していった人も?
都会だとオタク用の交流スペースというのがマンションで営業してて、そこで情報交換を行っていたらしい。80年代ぐらいの話
アニメのエンドクレジットを全部メモし続けるオタク(の同人誌)とかいた。作画データベースの元祖だな https://b.hatena.ne.jp/entry/4729579088427499108 知識量に裏付けされた語り手のオタク、池田憲章はすごい
面白い話の宝庫だな。当事者ではないけど「同好の士が同じ時に何に注目してたか、え?よりによってそこか?」とか、偽史とは言わないまでも自分史の中でエピソードを上書きしていくプロセスとかも含めて。
まあ消費を伴うお気持ち表明屋さんもオタクを名乗れる時代になったのだ。かつてオタクが迫害されていたのは、言語化できていないだけで実は憧れの存在(頭良さそうとかに見えてた)のかもしれない・・・?(逆偏見)
フィクトセクシュアル(萌え豚)がオタクを名乗るようになったのは「文化の盗用」ではないか。
コミュニケーションノートとかも盛んだった。snsにくらべて手間がかかるので情熱を燃やすコアな人中心で密度が濃い、そして中の人とも近かった。
オタクがファン位の意味に変わったんだろう
今アニメ見てる層は当時トレンディドラマを見てた層なのでオタクと言って一括りにするべきではない
とは言え、事実ではない情報がその界隈で常識とされた事実もある。例えばウィザードリィのDELFとか。最初の攻略本における「デルフ焼きのこと」という独自の調査結果が常識となってたが、実際はスタッフの名前だった
紙の本が全盛期の時に生まれた嘘雑学が現代まで生き残っているとかいないとか
むしろ現代、オタクはそういう知識のある人を指すものではなく、消費家を指すようになりつつある気はする。資本主義に取り込まれたというよりはインターネットが知識のコモディティ化を進めた事が大きいように思う
???何が言いてぇんだ?
情報伝達や共有が難しかった時代は東京大阪と並び立つ要素もあったのにインターネット時代にになり大阪存在感はなくなった。なんでだろう
今もネットなんかに「情報」は転がってない。専門誌だ。専門誌を買うのだ
昔、オタクと呼ばれてた層は今では神となった。神、いわゆるゴッド
今は知識もない何も持たない人間もそれっぽい考察が当たれば専門家扱いされる。身銭切った古のオタクは詳しいだけ、コレクションしてるだけって排除されてかわいそうだわ
私が「おたく」って概念を初めて知ったのは映画の「七人のおたく」からだったな。
同行の志が集まって情報交換というか討論というか大体昭和のクリエイターはそういう昔話が多い。
オタク系だけに限らずあの本は書いてある事がメチャクチャだという指摘が簡単に入るので書籍の価値もだいぶ落ちたというか、間違いはあるのでそれを分かった上で読むとか何割まで許容とかやらんとダメなのかもなぁ。
おじいちゃん!説教垂れるお孫さんがいないからってネットにそんな歪んだ記憶で昔話を書いちゃだめでしょ?ほらインターネット育ちのみんなが「だからなんなん?」って顔してるよ?今日は三途の川で泳ぎましょうね~
文化資本やね。
何年ごろの何界隈かによるけど、SFオタクは定期的に神保町に行って入手困難本や海外のペーパーバックを大量に買っていた。
この前も話題になってたけど、オタクと言う呼び名が生まれた頃には既にfjやパソコン通信は存在していた。ただ情報の一次ソースはやはり雑誌やマスメディアがメインだった時代。
当時の熱心なマニアは、ほぼプロ予備軍だもんなあ。伝説的なマニアはだいたいプロになって……いや、プロになったから伝説になったのかもしれんが。
遠方にいる同好の士とのコミュニケーションの為、適度な距離感を保った相手の呼称として「おたく」が使われた、と言う通説もあるからね/ネット以前が想像できないというのは知的活動のあり方としてのピンチは感じる
その"「どうやって手に入れたんだ!?」と驚くような情報や知識" が本当に正しいのかどうかを確認する術も無かった。実際に自称情報通によってまことしやかに語られる嘘情報も多数あった。
神保町にジャニスがあった時代
無学無知なので「オタク」と呼んではもらえなかった…
一般的なオタクのイメージとは真逆に、濃いオタクほどコミュ力の高さと人脈が重要になるんだよな
むかーしの岡田斗司夫の言ってたことが本当かどうか、ネットが当たり前の現代になって調べてみたら……どっこ探してもそんな情報あれへんw岡田自身も今はそんな言うてへんかったw
公式から出す情報も限られてたから、突撃する人が強い時代だったんだよな。とはいえ昔も今もクレジットなどをチェックしてコツコツ収集するのが大事。
ネットの前ってテレビ欄見て予約決めてアニメ雑誌買い漁って公式から出る情報全て取りこぼさない気持ちでやってた気がする。それでも業界の知り合いとかいる人強かったろうなぁ。
とはいえ怪しげなネタを触れ回って恥じない押し出し強い奴が重鎮ヅラしたり、人脈が妙に太い同人ゴロみたいなのが跋扈したりした時代でもあった。主戦場が変わっただけで今でもそういう体質の連中は居るんだろうけど
そもそも同人誌自体に会報誌的な情報の流通交換機能があったし、コミケ等イベントや、少数点在したアニメショップ等も交流の場としての役割があったように思う。SNS(物理)で少人数が極めてゆっくり繋がる濃い世界。
言われてみれば、昔に比べて気軽に「オタク」を名乗れるようになってきてはいるかも?
これ、この増田 https://anond.hatelabo.jp/20250615140401 で言うところの“イキりオタクじいじ”じゃないの?/後、やっぱ「オタク世代論」(というか、「オタク第三世代(消費世代)叩き」)のリバイバルじゃないの?
そう言う人の成れの果てが岡田斗司夫や唐沢俊一な訳だが。
結局田舎のコミュ症&同好の士皆無だと、書店をハシゴしてインプットを稼ぐ以外にやることなかった。また昔は書店探し回るとお宝が出てきたもんだ。絶版や同人誌やら。だから、オタクには憧れと尊敬はある。
昔のオタクはとにかく本屋に通った。雑誌もめちゃくちゃ読んでたので、守備範囲外の知識も知ってた。とはいえ単純な情報量だけだと今のオタクのほうがはるかに多いと思うよ。
雑誌などのメディアが大きな役割を持ってた。
唐沢さん見てわかる通り、そのコア知識のいくらかは単なる嘘だかんね。あと彼らは基本カネ持ちだったよ。
この辺の情報の限られた感覚生まれた時からネットがある世代にはわかってもらえるのだろうか。今の若い子も小学生くらいにはネットにあまり触れないだろうから普通にわかるか
パラレル・クリエイションの時代、と言い換えてもいい
「昔のオタク」が尭舜の様に語られる時代なんだな。
雑誌を隅々まで読むとその情報量は結構凄い。毎号購読していると体系化された広範な知識が手に入る。情報スピードは当然ネットには敵わないが、教養とは蓄積なのでスピードは余り関係ない。
人脈がなくちゃオタクは出来なかったの。レンタルビデオもない時代にどうやって他地域のアニメ見てたと思う?上映会もボドゲもTRPGも、一人じゃ出来ない趣味だったんだぜ?
いわゆる旧シリーズ称される初期のスーパーロボット大戦にて、版権作品からの人物やユニットの設定におかしいところがあるというのも、原作へのアクセスが限られていた時代ゆえとは言われるそれと近い話か
ネットによる情報拡散がなかったからね。/格ゲーも青リロの頃まで関東と関西でエディの動かし方がかなり違うみたいな話はありましたよ。/各地域ごとのカリスマプレイヤーがいたりしてね。
ネットを使わない田舎のおばさん達も意外に情報知ってるし、口頭伝達ネットワークのスピードも速い。
オタクの語源が「お互いをオタクなんて呼び合う」のあたりに、様子のおかしい人を揶揄する意味が込められている。オタクが「詳しい人」の意味を持つようになったのはもっと後の話だと記憶している。
そういう存在の実在が「ニュータイプ」という存在にリアリティを与えていた「情報化社会」と呼ばれた時代/けど、郵便網による全国的民間連帯は戦中がピークと考えている(今のSNSエコチェン並に軍国主義を支えた)。
"昔はそういう人たちが「オタク」と呼ばれてた"は違うだろうなと思ったら、まとめの後半にあった
本当にそればっか追っかけてると、だんだん情報が情報を呼んでくるみたいな状態になるんだろうね。
当時の雰囲気を知りたければオタキングw
いつの時代も引きこもってるだけじゃオタクにはなれないのね。オタク趣味はイベント多いし活動的よね。
うちの兄も大学の友人づてで MAD TAPE をダビングしてもらってたな。 関西の大学のあいだで回り回っていたんだろうな。
そういった行動力があるオタクが増えすぎると鉄オタみたいに周りに迷惑をかける存在になるかと。まぁ鉄道とは違い創作物だと集まる場所が限定されないし、あっても町おこしに利用されるぐらいで済むのかも。
大学時代、飲み会で「俺ごときがオタクを名乗ったら本物のオタクに失礼だ!」と叫びながら酒をあおるオタクの先輩がいたなぁ
オタクのコモディティ化
大昔だけど父は大学に入ってまず鉄研を立ち上げたらしい。コミュニティを作って情報が入るようにしたわけで行動力があるオタクだった。
難易度はモノによって高いというだけ 多くは雑誌本があってその範囲はなんとかなる(バックナンバーは厳しい) 古本屋は多い 残るは人脈(サークルなんかは一番の近道)ってところだな あとは結局金ってのも大きい
ネット普及前は、日々変動する秋葉原の電子部品価格で、今日一番安い店の情報を知っている正統派オタクや、中国人・イラン人が闇販売するソフトや無限テレカの情報を知っているアングラオタクなどがいたな。
慶応出身の河森さんなど「才能が同年代で集まる特異点」みたいなところが当時はあったからね。うちらはその世代の後なので、情報は「集めようとしたら集められた」時代だけど
ネット普及前に雑誌の文通募集欄を介して友達になった人に自分が見れない地域のアニメのビデオテープを送ってもらう、みたいな人が当時の最高峰のオタクみたいな感覚はあるな。今考えると凄い労力だよな本当に
オタクの希薄化現象、という言葉を流行らせたい。
「人脈力が強い博識の年長者がハッタリや知ったかぶりもしつつ大きな顔をする」という傾向、べつにオタク分野に限らず、バンド、演劇、右や左の市民運動その他あらゆる文化活動ジャンルにあったんだよなあ
昔は雑誌が、一般の雑誌も専門誌も共に濃密だったんだけど、多分今30代の人はもうあの感じも分からなさそうだなぁ。昭和者からしたらあんまり雑なこと言わんで欲しい気もするよ
一回一つのことをとことんまで図書館で調べてみるとネットには全然情報が出ていないことが多数あることに気づくよ。
若い頃に接した上の世代のオタクはみんな博識に見えていたが、後年自分でも調べてみるととハッタリで適当なことを言ってる人も多かった。きちんと答え合わせするのも難しかったんだよな。
大衆化したアニメは公式が情報をいたるとこで公開してくれるからええけど、マイナージャンルでオタクやってると今もオシント能力とコネクションが物を言う。専門誌だと話せないとかも多い。
何にモヤモヤして何に反論してるのかさっぱり分からん
“オタクは超インドア派のくせに情報は足で稼ぐという矛盾を抱えながら生きてたのです”
一昔前のストリートダンサーは全員オタクだった説を唱えたい。裏zooのビデオとかオタクそのものだと思う
オタクのおじさんが言ってた。漫画雑誌は全部買って読んでた。今は多くて無理。だそうです。
そういう「マニアックな連中」、だいたい本職の目に止まって業界にスカウトされて現場の人に昇華しちゃうんだよねw
昔のオタクの一部は手癖が悪くてアニメ雑誌に「セルドロ(アニメのセル画の泥棒)はやめよう」と書かれるほどだった。制作スタジオにすら侵入して盗んで、しかも盗品セルの交換の場まであったとか。
今の方が礼儀とかルールみたいなのはうるさいけど、昔の方がみんなフレンドリーだった。主な連絡手段が郵便だからか、そこで適切な距離感があったのかもしれない。
「ネットが普及する以前のオタクは今よりも情報を入手することが困難だった」という話があるが、昔も皆が驚くような情報や知識を持ってる人はいたわけで、昔はそういう人たちが「オタク」と呼ばれてた
田舎の牧歌的なオタコミュニティでもデキる奴は東京のプロ周辺界隈に勧誘されセミプロ、プロ化していったな(デキる奴ではなかったので勧誘されなかった)。ゴロ化していった人も?
都会だとオタク用の交流スペースというのがマンションで営業してて、そこで情報交換を行っていたらしい。80年代ぐらいの話
アニメのエンドクレジットを全部メモし続けるオタク(の同人誌)とかいた。作画データベースの元祖だな https://b.hatena.ne.jp/entry/4729579088427499108 知識量に裏付けされた語り手のオタク、池田憲章はすごい
面白い話の宝庫だな。当事者ではないけど「同好の士が同じ時に何に注目してたか、え?よりによってそこか?」とか、偽史とは言わないまでも自分史の中でエピソードを上書きしていくプロセスとかも含めて。
まあ消費を伴うお気持ち表明屋さんもオタクを名乗れる時代になったのだ。かつてオタクが迫害されていたのは、言語化できていないだけで実は憧れの存在(頭良さそうとかに見えてた)のかもしれない・・・?(逆偏見)
フィクトセクシュアル(萌え豚)がオタクを名乗るようになったのは「文化の盗用」ではないか。
コミュニケーションノートとかも盛んだった。snsにくらべて手間がかかるので情熱を燃やすコアな人中心で密度が濃い、そして中の人とも近かった。
オタクがファン位の意味に変わったんだろう
今アニメ見てる層は当時トレンディドラマを見てた層なのでオタクと言って一括りにするべきではない
とは言え、事実ではない情報がその界隈で常識とされた事実もある。例えばウィザードリィのDELFとか。最初の攻略本における「デルフ焼きのこと」という独自の調査結果が常識となってたが、実際はスタッフの名前だった
紙の本が全盛期の時に生まれた嘘雑学が現代まで生き残っているとかいないとか
むしろ現代、オタクはそういう知識のある人を指すものではなく、消費家を指すようになりつつある気はする。資本主義に取り込まれたというよりはインターネットが知識のコモディティ化を進めた事が大きいように思う
???何が言いてぇんだ?
情報伝達や共有が難しかった時代は東京大阪と並び立つ要素もあったのにインターネット時代にになり大阪存在感はなくなった。なんでだろう
今もネットなんかに「情報」は転がってない。専門誌だ。専門誌を買うのだ
昔、オタクと呼ばれてた層は今では神となった。神、いわゆるゴッド
今は知識もない何も持たない人間もそれっぽい考察が当たれば専門家扱いされる。身銭切った古のオタクは詳しいだけ、コレクションしてるだけって排除されてかわいそうだわ
私が「おたく」って概念を初めて知ったのは映画の「七人のおたく」からだったな。
同行の志が集まって情報交換というか討論というか大体昭和のクリエイターはそういう昔話が多い。
オタク系だけに限らずあの本は書いてある事がメチャクチャだという指摘が簡単に入るので書籍の価値もだいぶ落ちたというか、間違いはあるのでそれを分かった上で読むとか何割まで許容とかやらんとダメなのかもなぁ。
おじいちゃん!説教垂れるお孫さんがいないからってネットにそんな歪んだ記憶で昔話を書いちゃだめでしょ?ほらインターネット育ちのみんなが「だからなんなん?」って顔してるよ?今日は三途の川で泳ぎましょうね~
文化資本やね。
何年ごろの何界隈かによるけど、SFオタクは定期的に神保町に行って入手困難本や海外のペーパーバックを大量に買っていた。
この前も話題になってたけど、オタクと言う呼び名が生まれた頃には既にfjやパソコン通信は存在していた。ただ情報の一次ソースはやはり雑誌やマスメディアがメインだった時代。
当時の熱心なマニアは、ほぼプロ予備軍だもんなあ。伝説的なマニアはだいたいプロになって……いや、プロになったから伝説になったのかもしれんが。
遠方にいる同好の士とのコミュニケーションの為、適度な距離感を保った相手の呼称として「おたく」が使われた、と言う通説もあるからね/ネット以前が想像できないというのは知的活動のあり方としてのピンチは感じる
その"「どうやって手に入れたんだ!?」と驚くような情報や知識" が本当に正しいのかどうかを確認する術も無かった。実際に自称情報通によってまことしやかに語られる嘘情報も多数あった。
神保町にジャニスがあった時代
無学無知なので「オタク」と呼んではもらえなかった…
一般的なオタクのイメージとは真逆に、濃いオタクほどコミュ力の高さと人脈が重要になるんだよな
むかーしの岡田斗司夫の言ってたことが本当かどうか、ネットが当たり前の現代になって調べてみたら……どっこ探してもそんな情報あれへんw岡田自身も今はそんな言うてへんかったw
公式から出す情報も限られてたから、突撃する人が強い時代だったんだよな。とはいえ昔も今もクレジットなどをチェックしてコツコツ収集するのが大事。
ネットの前ってテレビ欄見て予約決めてアニメ雑誌買い漁って公式から出る情報全て取りこぼさない気持ちでやってた気がする。それでも業界の知り合いとかいる人強かったろうなぁ。
とはいえ怪しげなネタを触れ回って恥じない押し出し強い奴が重鎮ヅラしたり、人脈が妙に太い同人ゴロみたいなのが跋扈したりした時代でもあった。主戦場が変わっただけで今でもそういう体質の連中は居るんだろうけど
そもそも同人誌自体に会報誌的な情報の流通交換機能があったし、コミケ等イベントや、少数点在したアニメショップ等も交流の場としての役割があったように思う。SNS(物理)で少人数が極めてゆっくり繋がる濃い世界。
言われてみれば、昔に比べて気軽に「オタク」を名乗れるようになってきてはいるかも?
これ、この増田 https://anond.hatelabo.jp/20250615140401 で言うところの“イキりオタクじいじ”じゃないの?/後、やっぱ「オタク世代論」(というか、「オタク第三世代(消費世代)叩き」)のリバイバルじゃないの?
そう言う人の成れの果てが岡田斗司夫や唐沢俊一な訳だが。
結局田舎のコミュ症&同好の士皆無だと、書店をハシゴしてインプットを稼ぐ以外にやることなかった。また昔は書店探し回るとお宝が出てきたもんだ。絶版や同人誌やら。だから、オタクには憧れと尊敬はある。
昔のオタクはとにかく本屋に通った。雑誌もめちゃくちゃ読んでたので、守備範囲外の知識も知ってた。とはいえ単純な情報量だけだと今のオタクのほうがはるかに多いと思うよ。
雑誌などのメディアが大きな役割を持ってた。
唐沢さん見てわかる通り、そのコア知識のいくらかは単なる嘘だかんね。あと彼らは基本カネ持ちだったよ。
この辺の情報の限られた感覚生まれた時からネットがある世代にはわかってもらえるのだろうか。今の若い子も小学生くらいにはネットにあまり触れないだろうから普通にわかるか
パラレル・クリエイションの時代、と言い換えてもいい
「昔のオタク」が尭舜の様に語られる時代なんだな。
雑誌を隅々まで読むとその情報量は結構凄い。毎号購読していると体系化された広範な知識が手に入る。情報スピードは当然ネットには敵わないが、教養とは蓄積なのでスピードは余り関係ない。
人脈がなくちゃオタクは出来なかったの。レンタルビデオもない時代にどうやって他地域のアニメ見てたと思う?上映会もボドゲもTRPGも、一人じゃ出来ない趣味だったんだぜ?
いわゆる旧シリーズ称される初期のスーパーロボット大戦にて、版権作品からの人物やユニットの設定におかしいところがあるというのも、原作へのアクセスが限られていた時代ゆえとは言われるそれと近い話か
ネットによる情報拡散がなかったからね。/格ゲーも青リロの頃まで関東と関西でエディの動かし方がかなり違うみたいな話はありましたよ。/各地域ごとのカリスマプレイヤーがいたりしてね。
ネットを使わない田舎のおばさん達も意外に情報知ってるし、口頭伝達ネットワークのスピードも速い。
オタクの語源が「お互いをオタクなんて呼び合う」のあたりに、様子のおかしい人を揶揄する意味が込められている。オタクが「詳しい人」の意味を持つようになったのはもっと後の話だと記憶している。
そういう存在の実在が「ニュータイプ」という存在にリアリティを与えていた「情報化社会」と呼ばれた時代/けど、郵便網による全国的民間連帯は戦中がピークと考えている(今のSNSエコチェン並に軍国主義を支えた)。
"昔はそういう人たちが「オタク」と呼ばれてた"は違うだろうなと思ったら、まとめの後半にあった
本当にそればっか追っかけてると、だんだん情報が情報を呼んでくるみたいな状態になるんだろうね。
当時の雰囲気を知りたければオタキングw
いつの時代も引きこもってるだけじゃオタクにはなれないのね。オタク趣味はイベント多いし活動的よね。
うちの兄も大学の友人づてで MAD TAPE をダビングしてもらってたな。 関西の大学のあいだで回り回っていたんだろうな。
そういった行動力があるオタクが増えすぎると鉄オタみたいに周りに迷惑をかける存在になるかと。まぁ鉄道とは違い創作物だと集まる場所が限定されないし、あっても町おこしに利用されるぐらいで済むのかも。
大学時代、飲み会で「俺ごときがオタクを名乗ったら本物のオタクに失礼だ!」と叫びながら酒をあおるオタクの先輩がいたなぁ
オタクのコモディティ化
大昔だけど父は大学に入ってまず鉄研を立ち上げたらしい。コミュニティを作って情報が入るようにしたわけで行動力があるオタクだった。
難易度はモノによって高いというだけ 多くは雑誌本があってその範囲はなんとかなる(バックナンバーは厳しい) 古本屋は多い 残るは人脈(サークルなんかは一番の近道)ってところだな あとは結局金ってのも大きい
ネット普及前は、日々変動する秋葉原の電子部品価格で、今日一番安い店の情報を知っている正統派オタクや、中国人・イラン人が闇販売するソフトや無限テレカの情報を知っているアングラオタクなどがいたな。
慶応出身の河森さんなど「才能が同年代で集まる特異点」みたいなところが当時はあったからね。うちらはその世代の後なので、情報は「集めようとしたら集められた」時代だけど
ネット普及前に雑誌の文通募集欄を介して友達になった人に自分が見れない地域のアニメのビデオテープを送ってもらう、みたいな人が当時の最高峰のオタクみたいな感覚はあるな。今考えると凄い労力だよな本当に
オタクの希薄化現象、という言葉を流行らせたい。
「人脈力が強い博識の年長者がハッタリや知ったかぶりもしつつ大きな顔をする」という傾向、べつにオタク分野に限らず、バンド、演劇、右や左の市民運動その他あらゆる文化活動ジャンルにあったんだよなあ
昔は雑誌が、一般の雑誌も専門誌も共に濃密だったんだけど、多分今30代の人はもうあの感じも分からなさそうだなぁ。昭和者からしたらあんまり雑なこと言わんで欲しい気もするよ
一回一つのことをとことんまで図書館で調べてみるとネットには全然情報が出ていないことが多数あることに気づくよ。
若い頃に接した上の世代のオタクはみんな博識に見えていたが、後年自分でも調べてみるととハッタリで適当なことを言ってる人も多かった。きちんと答え合わせするのも難しかったんだよな。
大衆化したアニメは公式が情報をいたるとこで公開してくれるからええけど、マイナージャンルでオタクやってると今もオシント能力とコネクションが物を言う。専門誌だと話せないとかも多い。
何にモヤモヤして何に反論してるのかさっぱり分からん
“オタクは超インドア派のくせに情報は足で稼ぐという矛盾を抱えながら生きてたのです”
一昔前のストリートダンサーは全員オタクだった説を唱えたい。裏zooのビデオとかオタクそのものだと思う
オタクのおじさんが言ってた。漫画雑誌は全部買って読んでた。今は多くて無理。だそうです。
そういう「マニアックな連中」、だいたい本職の目に止まって業界にスカウトされて現場の人に昇華しちゃうんだよねw
昔のオタクの一部は手癖が悪くてアニメ雑誌に「セルドロ(アニメのセル画の泥棒)はやめよう」と書かれるほどだった。制作スタジオにすら侵入して盗んで、しかも盗品セルの交換の場まであったとか。
今の方が礼儀とかルールみたいなのはうるさいけど、昔の方がみんなフレンドリーだった。主な連絡手段が郵便だからか、そこで適切な距離感があったのかもしれない。