ファミコン
ファーストガンダムのラストといい、このセリフがすべてだったんだろうな
"その前に「ナナイ! 男と男の間に入るな!」があるから完璧。ただ当時は女性ファンが怒ったり失望したりで凄かったけど……" そうだったんだ…シャアの女性人気は知ってたけど失望は知らんかった
むしろZで?マークが出て逆シャアでロリコンマザコン二刀流を確証、完成させたと言うか
ギュネイの「ロリコンだってウワサだぜ」がすべて。シャアはロリコン。
親在りに見えてる世界と、親無しに見えている世界は違うからな…マザコンで笑って済ませられるなら幸せなことだ。幸せな無神経。
Zはお禿の中で無かった事になっていて、1stと逆シャアだけで話が成立するように出来ている。だから後半のアムロとのやり取りが1st最終回の延長みたいな戦いが多い。(第四部なぐりあい宇宙)
こんな天才的にキモいセリフをよく生み出せるよね(褒めてる)
こういう直截なセリフって白けると思うんだけどいまだに歯応えも味がするのすごいよ
ロリコンとマザコンは共存し得るという人類の革新をもたらした
シュウジが若いシャアかシャアとララァの子供かもはこれも理由かな アムロ説もまだ消えてないか
アムロとシャアのようなNTをもってしても最後まですれ違ってたというのが逆シャアのいいところ
シャアの複雑さ、逆襲のシャア独自の魅力ですわ!
TV最終話で「教えてくれ どうしたらいいのだ」と言ってる。伏線は45年前に張られてた。あのシャアの弱音は”実は依存する相手を求めていたのだ”と中学生の自分に深く突き刺さったの覚えてるよ。
まあ多くのネオジオンの忠実な部下とか年端もいかないNTの娘とか散々他人巻き込んだ挙句がこれなんで…
俺がアムロだったら3回は聞き返すわ。今なんて?え?え??
まともな子供時代を過ごせなかった人間の、ある種凡庸な悩み、苦しみをあのクソダサいセリフに載せる富野監督の人間観が好きなんですよね。/説明などしないし出来ない、故に伝わらない。そういう類のリアリティ。
ユングのグレートマザー的な意味で「母」という言葉を使ったのに、マザコンやロリコンのレッテルを貼られたのではと今でも思っている。進化しても他者とは分かり合えない、これがガンダムの結論かと絶望してしまう。
潘恵子のお芝居あってこそのあのセリフ。島本須美とか女神的な意味のディーヴァな女優さんってすごいなと思う。
「大佐は〇リコンなのさ!!」
紫式部もやってるよね。マザコンとロリコンの共存。
NT同士は分かりあえなかったけれど、アムロとオールドタイプのブライトは「アクシズを押すんだよ!」にたどり着けるというのも逆シャアのいいところ
自分はこのセリフは知っててファースト見始めたので、逆にお前らキスするんかーいと思ってしまった。まあ源氏物語よね。こんだけキャラ濃いと主役食っちゃいそうだが全然天パも負けてないんでやっぱすごい作品だなと
エウーゴでのクワトロ時代の交流はいったい何だったのか感もあるが。
あれはぶっちゃけ公式が解釈違い。ララァには人類の未来としてのニュータイプに期待していたからこそ、先に感応されてしまったアムロに嫉妬した。
シャア・アズナブルってまだまだ味のするキャラなんだなってのがジークアクスで分かった。そら50年人気だよ
「マリア姉さん助けてよ」も中々のものよ
ママー・スーン(早ゆで)は私の主食になってくれるパスタだ(独身)
ていうかアクシズって、戦艦でおしたほうがよくね?
あのセリフは名台詞なのだが、アクシズを押す方向が逆なのがいまだに引っかかる映画。
それよりあの場にいた人間が敵味方関係なく最後は一致団結してアクシズ押し返そうとするって展開の最中、あれでシャアの評価はなんじゃコイツと下がったけどなぁ。悪役のポジション守ったというか。
凄いセリフですよねぇ。あのセリフの有無で人物の粘度が大分変わって来るもんなぁ。ロボアニメでも妥協せず性愛の表現にも果敢に取り組んで源氏物語にも見られるキャラ造形に至るお禿げ。
確かに宇宙世紀ガンダムのマスターピース的な台詞ではある。僕はあれで決定的にガンダムが嫌いになった。精神分析的な意味でも、倫理的にも、あれはない。あれでシャアという男が酷くつまらないものになった。
いくつもの並行世界のどれかはそういう設定もありうるわよね
1st ガンダムは太平洋戦争前後の空気感出てるけど、現実の特攻隊や帝国陸軍兵士の手紙を読むと「母上様」に言及した部分が多い。スペイン語圏のようなマッチョ文化の地域も、旅行するとマリア信仰をビシビシ感じる…
ニュータイプって、互いに理解はできるけど、だからといってそれを受け入れられるか、分かり合えるかはまた別なんだろうね
最初から一貫して「私を導いてくれ」って言ってるのにな。
アムロは地球に降りたとき母に会い「母離れ」を通過しているが、シャアにはそれがない。母離れして以降のアムロは女性に対してかなりドライで(だからフラウに三行半された)、それはZ~逆シャアでも続いてる
能力とカリスマゆえに持ち上げられてしまうシャアにとって、その能力とは無関係に愛してくれたのがララァだった。無償の愛=母。浮気母を持つアムロなら理解しえたかもしれないが、2人は他の因縁が強すぎた
何度も天然パーマにやられる世界をやり直しさせるからな。
ユンクの太母でも十分キモいけどね。そもそも神話素の話自体相当胡散臭い。
daughtermommywaifu
「お母さん? ララァが? うわっ!」が英雄の最期の言葉になるのもすごい。「身構えている時には死神は来ないものだ」が信条の男が、唐突なマザコン台詞で構えを解かされて死んでしまうの伏線回収感ある
シャアは「バブみを感じてオギャる」の実例をもたらしてくれた、これはリリンの生み出した文化の極みだよ(何か混ざった)
イケメン悪役にこういったヘナっとする属性付けるのは長浜忠夫の影響じゃねと思う次第です
ソノラマの小説を読んでいたので違和感はなかった。一度アニメを卒業していてZガンダム以降は比較的最近観たので、生き残ったアムロはこうなるのかと思った
ララァはママ候補だったにゃ!?シャアったらボクより甘えん坊にゃ?猫パンチしちゃうにゃ!
1st当時でシャア20歳、ララァ17歳なのでロリコンっていうのはちょっと可哀想では。マザコンはそうだと思うけど。
幼少期に政争の都合で親の愛を受けられず親の愛に飢えてたんだろうな、みたいな背景も匂わせるよね。
宮崎駿が精神の幼いヒロインを持ち出すのと対照的に、ガンダムは明らかに年上好き・母性好きが強くて、ララァも若い体を持ってはいても中身は未熟って感じじゃないからなぁ。「ロリコン」で括るのは粗すぎる。
つまりシャアは失われた母性を求めるエヴァの碇ゲンドウと同じだったということだ。だからガンダムとエヴァの合体ジークアクスは大正解ではないか。
あ、シャアもアムロも死ぬんだ(ガンダム全然知らない勢)
広義の心の母の意味であると、当時は今より普通に伝わってた気がする。有名占い師とかが、⚪︎⚪︎の母とか言われてたし。今書いたら感覚的に違うなってなるから、富野監督ですら違う言い回しをしそうな気がするけど
バブみの系譜は本邦文化に滔々脈々。『源氏物語』藤壺 →『曽根崎心中』お初 →『こころ』Kの恋人 →『ダイモス』エリカ → ララァ → 『エヴァ』レイ →『仮面ライダー555』雅人の真理 → 『麒麟がくる』信長の帰蝶 →
これ言った相手がアムロだったのもポイント。小説版読むとシャアとアムロは良い友人になれる可能性がある関係と示唆されている。アムロじゃなかったら引き出せなかった言葉
小学生なので言語化は無理だったけど、1stのシャアのララァへの執着は恋愛なの?とは思ってて、劇場で逆シャア見たとき、腑に落ちた感。いま言語化すると、母とは妹でさえ拒否した全肯定。vsアムロは克己。
現在でこそこの評価が定着してるけど1988年の公開時このイメージ破壊はまだ不評だった。本当に逆シャアは30歳過ぎないとよく理解できない。再評価の発端となった逆襲のシャア友の会は1990年代の庵野秀明の隠れた良仕事
ナナイに文句言ってるうちにトドメ?を刺されるシャア、決着を求めて見た側からするとすげえ消化不良だったよ!w
1年戦争を生き抜き見事ザビ家に復讐を果たし、ブレックス准将に後を任され、アクシズで自身の派閥のデカい組織を作り上げて理想の為にアクシズを落とす一大作戦の最中に宿敵にぶつけた等身大の自分を表す台詞だから
監督はシャアで遊びすぎたと反省していたけどな
「紫の上は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」なるほど、光の君もここまでキモくはなかった
早く富野の新作が見てえ
宇宙服着てる時に言うセリフじゃないよな
逆襲のシャアの「ララァ・スンは私の母になってくれるかも知れなかった女性だ!」のセリフがシャアというキャラを完成させ、唯一無二の存在にさせたことだけは否定できない事実という話
ファミコン
ファーストガンダムのラストといい、このセリフがすべてだったんだろうな
"その前に「ナナイ! 男と男の間に入るな!」があるから完璧。ただ当時は女性ファンが怒ったり失望したりで凄かったけど……" そうだったんだ…シャアの女性人気は知ってたけど失望は知らんかった
むしろZで?マークが出て逆シャアでロリコンマザコン二刀流を確証、完成させたと言うか
ギュネイの「ロリコンだってウワサだぜ」がすべて。シャアはロリコン。
親在りに見えてる世界と、親無しに見えている世界は違うからな…マザコンで笑って済ませられるなら幸せなことだ。幸せな無神経。
Zはお禿の中で無かった事になっていて、1stと逆シャアだけで話が成立するように出来ている。だから後半のアムロとのやり取りが1st最終回の延長みたいな戦いが多い。(第四部なぐりあい宇宙)
こんな天才的にキモいセリフをよく生み出せるよね(褒めてる)
こういう直截なセリフって白けると思うんだけどいまだに歯応えも味がするのすごいよ
ロリコンとマザコンは共存し得るという人類の革新をもたらした
シュウジが若いシャアかシャアとララァの子供かもはこれも理由かな アムロ説もまだ消えてないか
アムロとシャアのようなNTをもってしても最後まですれ違ってたというのが逆シャアのいいところ
シャアの複雑さ、逆襲のシャア独自の魅力ですわ!
TV最終話で「教えてくれ どうしたらいいのだ」と言ってる。伏線は45年前に張られてた。あのシャアの弱音は”実は依存する相手を求めていたのだ”と中学生の自分に深く突き刺さったの覚えてるよ。
まあ多くのネオジオンの忠実な部下とか年端もいかないNTの娘とか散々他人巻き込んだ挙句がこれなんで…
俺がアムロだったら3回は聞き返すわ。今なんて?え?え??
まともな子供時代を過ごせなかった人間の、ある種凡庸な悩み、苦しみをあのクソダサいセリフに載せる富野監督の人間観が好きなんですよね。/説明などしないし出来ない、故に伝わらない。そういう類のリアリティ。
ユングのグレートマザー的な意味で「母」という言葉を使ったのに、マザコンやロリコンのレッテルを貼られたのではと今でも思っている。進化しても他者とは分かり合えない、これがガンダムの結論かと絶望してしまう。
潘恵子のお芝居あってこそのあのセリフ。島本須美とか女神的な意味のディーヴァな女優さんってすごいなと思う。
「大佐は〇リコンなのさ!!」
紫式部もやってるよね。マザコンとロリコンの共存。
NT同士は分かりあえなかったけれど、アムロとオールドタイプのブライトは「アクシズを押すんだよ!」にたどり着けるというのも逆シャアのいいところ
自分はこのセリフは知っててファースト見始めたので、逆にお前らキスするんかーいと思ってしまった。まあ源氏物語よね。こんだけキャラ濃いと主役食っちゃいそうだが全然天パも負けてないんでやっぱすごい作品だなと
エウーゴでのクワトロ時代の交流はいったい何だったのか感もあるが。
あれはぶっちゃけ公式が解釈違い。ララァには人類の未来としてのニュータイプに期待していたからこそ、先に感応されてしまったアムロに嫉妬した。
シャア・アズナブルってまだまだ味のするキャラなんだなってのがジークアクスで分かった。そら50年人気だよ
「マリア姉さん助けてよ」も中々のものよ
ママー・スーン(早ゆで)は私の主食になってくれるパスタだ(独身)
ていうかアクシズって、戦艦でおしたほうがよくね?
あのセリフは名台詞なのだが、アクシズを押す方向が逆なのがいまだに引っかかる映画。
それよりあの場にいた人間が敵味方関係なく最後は一致団結してアクシズ押し返そうとするって展開の最中、あれでシャアの評価はなんじゃコイツと下がったけどなぁ。悪役のポジション守ったというか。
凄いセリフですよねぇ。あのセリフの有無で人物の粘度が大分変わって来るもんなぁ。ロボアニメでも妥協せず性愛の表現にも果敢に取り組んで源氏物語にも見られるキャラ造形に至るお禿げ。
確かに宇宙世紀ガンダムのマスターピース的な台詞ではある。僕はあれで決定的にガンダムが嫌いになった。精神分析的な意味でも、倫理的にも、あれはない。あれでシャアという男が酷くつまらないものになった。
いくつもの並行世界のどれかはそういう設定もありうるわよね
1st ガンダムは太平洋戦争前後の空気感出てるけど、現実の特攻隊や帝国陸軍兵士の手紙を読むと「母上様」に言及した部分が多い。スペイン語圏のようなマッチョ文化の地域も、旅行するとマリア信仰をビシビシ感じる…
ニュータイプって、互いに理解はできるけど、だからといってそれを受け入れられるか、分かり合えるかはまた別なんだろうね
最初から一貫して「私を導いてくれ」って言ってるのにな。
アムロは地球に降りたとき母に会い「母離れ」を通過しているが、シャアにはそれがない。母離れして以降のアムロは女性に対してかなりドライで(だからフラウに三行半された)、それはZ~逆シャアでも続いてる
能力とカリスマゆえに持ち上げられてしまうシャアにとって、その能力とは無関係に愛してくれたのがララァだった。無償の愛=母。浮気母を持つアムロなら理解しえたかもしれないが、2人は他の因縁が強すぎた
何度も天然パーマにやられる世界をやり直しさせるからな。
ユンクの太母でも十分キモいけどね。そもそも神話素の話自体相当胡散臭い。
daughtermommywaifu
「お母さん? ララァが? うわっ!」が英雄の最期の言葉になるのもすごい。「身構えている時には死神は来ないものだ」が信条の男が、唐突なマザコン台詞で構えを解かされて死んでしまうの伏線回収感ある
シャアは「バブみを感じてオギャる」の実例をもたらしてくれた、これはリリンの生み出した文化の極みだよ(何か混ざった)
イケメン悪役にこういったヘナっとする属性付けるのは長浜忠夫の影響じゃねと思う次第です
ソノラマの小説を読んでいたので違和感はなかった。一度アニメを卒業していてZガンダム以降は比較的最近観たので、生き残ったアムロはこうなるのかと思った
ララァはママ候補だったにゃ!?シャアったらボクより甘えん坊にゃ?猫パンチしちゃうにゃ!
1st当時でシャア20歳、ララァ17歳なのでロリコンっていうのはちょっと可哀想では。マザコンはそうだと思うけど。
幼少期に政争の都合で親の愛を受けられず親の愛に飢えてたんだろうな、みたいな背景も匂わせるよね。
宮崎駿が精神の幼いヒロインを持ち出すのと対照的に、ガンダムは明らかに年上好き・母性好きが強くて、ララァも若い体を持ってはいても中身は未熟って感じじゃないからなぁ。「ロリコン」で括るのは粗すぎる。
つまりシャアは失われた母性を求めるエヴァの碇ゲンドウと同じだったということだ。だからガンダムとエヴァの合体ジークアクスは大正解ではないか。
あ、シャアもアムロも死ぬんだ(ガンダム全然知らない勢)
広義の心の母の意味であると、当時は今より普通に伝わってた気がする。有名占い師とかが、⚪︎⚪︎の母とか言われてたし。今書いたら感覚的に違うなってなるから、富野監督ですら違う言い回しをしそうな気がするけど
バブみの系譜は本邦文化に滔々脈々。『源氏物語』藤壺 →『曽根崎心中』お初 →『こころ』Kの恋人 →『ダイモス』エリカ → ララァ → 『エヴァ』レイ →『仮面ライダー555』雅人の真理 → 『麒麟がくる』信長の帰蝶 →
これ言った相手がアムロだったのもポイント。小説版読むとシャアとアムロは良い友人になれる可能性がある関係と示唆されている。アムロじゃなかったら引き出せなかった言葉
小学生なので言語化は無理だったけど、1stのシャアのララァへの執着は恋愛なの?とは思ってて、劇場で逆シャア見たとき、腑に落ちた感。いま言語化すると、母とは妹でさえ拒否した全肯定。vsアムロは克己。
現在でこそこの評価が定着してるけど1988年の公開時このイメージ破壊はまだ不評だった。本当に逆シャアは30歳過ぎないとよく理解できない。再評価の発端となった逆襲のシャア友の会は1990年代の庵野秀明の隠れた良仕事
ナナイに文句言ってるうちにトドメ?を刺されるシャア、決着を求めて見た側からするとすげえ消化不良だったよ!w
1年戦争を生き抜き見事ザビ家に復讐を果たし、ブレックス准将に後を任され、アクシズで自身の派閥のデカい組織を作り上げて理想の為にアクシズを落とす一大作戦の最中に宿敵にぶつけた等身大の自分を表す台詞だから
監督はシャアで遊びすぎたと反省していたけどな
「紫の上は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」なるほど、光の君もここまでキモくはなかった
早く富野の新作が見てえ
宇宙服着てる時に言うセリフじゃないよな