「児童書のマンガには小学校で習う漢字しか使わないっていうルール」思いがけずカメントツ先生の手法を聞けた。読み進めると急にこわいやさんが始まった
案件じゃないのかよ!!中2までくもんやってたワイ、今子ども3人全員にくもんやらせてます。信者。
オモコロの文化のヒントがこの辺にありそうな気がする
やっててよかった公文式、結局役に立ったのは国語の読解力と歪んだ性格っての草
懐かしい。5桁x3桁の掛け算とか5桁/2桁の割り算とかをひたすらやらされる辺りで力尽きた記憶があるが、四則演算の速度が鍛えられたので高校受験くらいまでなら証明問題を力業で解くような用途には役に立ったな
公文バイトワイ、懐かしいなぁ/Oであったかは忘れたが国語教材は後半になると1,2枚は問題なしで文章だけとかだった記憶がある(基本5枚で1組セット)/あの赤ペンはいいぞ
田舎なのでなかったけれど、あったら行きたかった
公文は小3位の抽象的概念が薄い段階までは良いけど、それ以降は不十分。公立ならそれでもいいけど、中受志向なら違うルートの方が良い。そもそも中受が早熟度勝負でよろしくないが、他のルートがもっと悪いので…
同じところの周回プレイが多くてダルくて宿題溜め込んでたらバレてゲーム禁止になりました。小5から大学進学するまでゲームに触れませんでした。大学では独り暮らしでした。あとはどうなったかわかるな。
ぼくは公文式中退なので
>くもんに通うと周りの同級生たちより勉強が進むので、調子こいて性格が歪みます。 これはガチだと思う
算数・数学は計算が早くなって公文以外の勉強が不要になったけど、国語と英語の良さはよくわからずじまいだった…
公文に行く子は字が汚くなるんですよねぇ…って学校の先生が苦笑いしていたのが忘れられん。俺も子供の字が読めん。
"その教室の最高傑作" に綾小路清隆みを感じた。
かまど「今までみくのしんに本を読ませてたのも、くもんの先生になりたいという欲望の表れだったのかもしれない。」←おもしろすぎるだろ
くもんは基礎体力というイメージ
書いてある通りで公文に通わせた我が子の学校のテストの点は上がらなかった。そういう目的で行く場所じゃないと気づくのに2年ほどかかった。
この赤ペンは小学校の先生も使ってた気がする
理科や社会の教室が無いのは初めて知った。くもんでひねくれたガキの行き着く先がオモコロみたいな結論が導かれてしまう。オモコロのライターってくもんで勉強した成果として誇れるものなのだろうか?
くもんやってるやつでやってない自分より成績いいヤツ1人もいなかったからあれ意味ないんだろうなと思ってたが今これ読んで思うとそういうできない人間の基礎体力をつける訓練だったのか
公文は計算を呼吸をするようにできるようにする場所であり、出来るだけ早く終わらせるために字が汚くなる場所でもある。(決まった枚数が終われば帰れるため)
創始者は凄いよ。"究極の目標は「自学自習で高校教材」を学習できる"一生ものの「生きる力」"2000年の記事なのに最新の学習指導要領と同じこと言ってる https://www.kumon.ne.jp/toru/column/page11.html
公文といえば専用カバンだと思うんだがなぜ話題に出ていない?旧式 https://i0.wp.com/1010kurakki.com/wp-content/uploads/2018/04/kumon-bag-scaled.jpg?resize=940%2C705&ssl=1 現在 https://www.kumon.ne.jp/tetsuzuki/point/index.html 自分が使ってたのは更に古い型
オモコロ限定でこれだから地味に日本の諸文化に影響を与えているのかも。
くもんをやると何年生分も進むので神童になりがち。その貯金で生きてきた
自分は非公文、子どもは公文、なので興味深く読みました。
くもんで先取りすると性格悪くなる、めちゃくちゃ分かる。もちろん子どもにもさせてる
懐かしい。クソほど字が汚くなるのわかりすぎる。「さっさと終わらせてさっさと帰ろう」みたいなマインドセットのかけらみたいなのは残っているかもしれない
『くもんに通うと周りの同級生たちより勉強が進むので、調子こいて性格が歪みます』参考になるw/『今までみくのしんに本を読ませてたのも、くもんの先生になりたいという欲望の表れだったのかもしれない』伏線回収w
自分の行ってた所は学級崩壊状態で、とてもじゃないが集中できる環境じゃなかったな。
小3ぐらいまでやってたけど、部活入ったのでやめちゃったんだよなぁ。友達と野球したくて2分でプリント10枚終わらせるとかやってた。アレは筋トレ。小3の頃二次関数で???ってなったのよく覚えてる
恐山とかまどってかまどのほうが年齢上なんだな
自分も「なぁ、この問題解ける?」とか言ってる図に乗った子供だった。あの頃の友達に「仲良くしてくれてありがとね」と言いたい
ほんとに性格悪くなるし、くもんじゃない教科に対して「学ぶ姿勢」が歪んで、理科社会とかでこけがち。。。 オープンクエスチョンに「こたえはよ!!」って感じになって困る。。。
私も公文卒業生で子どもにも行かせてるけど、先生が「お母様より先にトロフィー取らせたい」とやる気
くもんを中3までやって、子どももやってるけど、何かを学ぶというよりかは、学ぶための足腰の力を徹底的に鍛えるための教材、と思っている。楽器でいえば音階練習みたいなもんかな。
くもんって効率よく解くために字が汚くなるのわかりみが深すぎる。
ここからみちびきだせる「オモコロの文化のヒント」はようするに富裕層の家庭で何一つ苦労せずに育った、ということだろうな
ワイ氏、数学めちゃくちゃ先まで進んで小4で微積まで行って県の表彰大会みたいなところに行った。一緒に呼ばれてた連中、その後落ちぶれてたら笑う(←性格悪くなった例)
次は進研ゼミ受講生でひとつどうか
Netflixにもよく出てる中国出身のジミー・O・ヤンもスタンドアップコメディで「アジアには公文があるから数学に強い。公文のロゴは笑ってない。狂ってる」見たいなこと言ってた
“なんとでも言うがいい。俺は「昔、くもんですごかったんだ」という古いトロフィーを一生みがいて過ごすと決めたんだ。”
“僕はその教室の最高傑作”すごいw
小学生のうちに英数の中学課程を終わらせたので中学はヌルゲーになった(なお高校)。同じプリント繰り返すので、宿題で答えをわざと間違えながら写すテクを身につけた / くもんといえばコペル21、みんな知ってるね
くもんとエレクトーンはなんか新しい習い事って感じしてたな
これ公文にとって滅茶苦茶マイナスな記事だなwwww 平気か??
ここで言う 最高傑作とは 魅力的な生徒や先生が いらっしゃった説も 考えられよう
くもん卒業生たちが思い出を振り返る座談会 | オモコロ
「児童書のマンガには小学校で習う漢字しか使わないっていうルール」思いがけずカメントツ先生の手法を聞けた。読み進めると急にこわいやさんが始まった
案件じゃないのかよ!!中2までくもんやってたワイ、今子ども3人全員にくもんやらせてます。信者。
オモコロの文化のヒントがこの辺にありそうな気がする
やっててよかった公文式、結局役に立ったのは国語の読解力と歪んだ性格っての草
懐かしい。5桁x3桁の掛け算とか5桁/2桁の割り算とかをひたすらやらされる辺りで力尽きた記憶があるが、四則演算の速度が鍛えられたので高校受験くらいまでなら証明問題を力業で解くような用途には役に立ったな
公文バイトワイ、懐かしいなぁ/Oであったかは忘れたが国語教材は後半になると1,2枚は問題なしで文章だけとかだった記憶がある(基本5枚で1組セット)/あの赤ペンはいいぞ
田舎なのでなかったけれど、あったら行きたかった
公文は小3位の抽象的概念が薄い段階までは良いけど、それ以降は不十分。公立ならそれでもいいけど、中受志向なら違うルートの方が良い。そもそも中受が早熟度勝負でよろしくないが、他のルートがもっと悪いので…
同じところの周回プレイが多くてダルくて宿題溜め込んでたらバレてゲーム禁止になりました。小5から大学進学するまでゲームに触れませんでした。大学では独り暮らしでした。あとはどうなったかわかるな。
ぼくは公文式中退なので
>くもんに通うと周りの同級生たちより勉強が進むので、調子こいて性格が歪みます。 これはガチだと思う
算数・数学は計算が早くなって公文以外の勉強が不要になったけど、国語と英語の良さはよくわからずじまいだった…
公文に行く子は字が汚くなるんですよねぇ…って学校の先生が苦笑いしていたのが忘れられん。俺も子供の字が読めん。
"その教室の最高傑作" に綾小路清隆みを感じた。
かまど「今までみくのしんに本を読ませてたのも、くもんの先生になりたいという欲望の表れだったのかもしれない。」←おもしろすぎるだろ
くもんは基礎体力というイメージ
書いてある通りで公文に通わせた我が子の学校のテストの点は上がらなかった。そういう目的で行く場所じゃないと気づくのに2年ほどかかった。
この赤ペンは小学校の先生も使ってた気がする
理科や社会の教室が無いのは初めて知った。くもんでひねくれたガキの行き着く先がオモコロみたいな結論が導かれてしまう。オモコロのライターってくもんで勉強した成果として誇れるものなのだろうか?
くもんやってるやつでやってない自分より成績いいヤツ1人もいなかったからあれ意味ないんだろうなと思ってたが今これ読んで思うとそういうできない人間の基礎体力をつける訓練だったのか
公文は計算を呼吸をするようにできるようにする場所であり、出来るだけ早く終わらせるために字が汚くなる場所でもある。(決まった枚数が終われば帰れるため)
創始者は凄いよ。"究極の目標は「自学自習で高校教材」を学習できる"一生ものの「生きる力」"2000年の記事なのに最新の学習指導要領と同じこと言ってる https://www.kumon.ne.jp/toru/column/page11.html
公文といえば専用カバンだと思うんだがなぜ話題に出ていない?旧式 https://i0.wp.com/1010kurakki.com/wp-content/uploads/2018/04/kumon-bag-scaled.jpg?resize=940%2C705&ssl=1 現在 https://www.kumon.ne.jp/tetsuzuki/point/index.html 自分が使ってたのは更に古い型
オモコロ限定でこれだから地味に日本の諸文化に影響を与えているのかも。
くもんをやると何年生分も進むので神童になりがち。その貯金で生きてきた
自分は非公文、子どもは公文、なので興味深く読みました。
くもんで先取りすると性格悪くなる、めちゃくちゃ分かる。もちろん子どもにもさせてる
懐かしい。クソほど字が汚くなるのわかりすぎる。「さっさと終わらせてさっさと帰ろう」みたいなマインドセットのかけらみたいなのは残っているかもしれない
『くもんに通うと周りの同級生たちより勉強が進むので、調子こいて性格が歪みます』参考になるw/『今までみくのしんに本を読ませてたのも、くもんの先生になりたいという欲望の表れだったのかもしれない』伏線回収w
自分の行ってた所は学級崩壊状態で、とてもじゃないが集中できる環境じゃなかったな。
小3ぐらいまでやってたけど、部活入ったのでやめちゃったんだよなぁ。友達と野球したくて2分でプリント10枚終わらせるとかやってた。アレは筋トレ。小3の頃二次関数で???ってなったのよく覚えてる
恐山とかまどってかまどのほうが年齢上なんだな
自分も「なぁ、この問題解ける?」とか言ってる図に乗った子供だった。あの頃の友達に「仲良くしてくれてありがとね」と言いたい
ほんとに性格悪くなるし、くもんじゃない教科に対して「学ぶ姿勢」が歪んで、理科社会とかでこけがち。。。 オープンクエスチョンに「こたえはよ!!」って感じになって困る。。。
私も公文卒業生で子どもにも行かせてるけど、先生が「お母様より先にトロフィー取らせたい」とやる気
くもんを中3までやって、子どももやってるけど、何かを学ぶというよりかは、学ぶための足腰の力を徹底的に鍛えるための教材、と思っている。楽器でいえば音階練習みたいなもんかな。
くもんって効率よく解くために字が汚くなるのわかりみが深すぎる。
ここからみちびきだせる「オモコロの文化のヒント」はようするに富裕層の家庭で何一つ苦労せずに育った、ということだろうな
ワイ氏、数学めちゃくちゃ先まで進んで小4で微積まで行って県の表彰大会みたいなところに行った。一緒に呼ばれてた連中、その後落ちぶれてたら笑う(←性格悪くなった例)
次は進研ゼミ受講生でひとつどうか
Netflixにもよく出てる中国出身のジミー・O・ヤンもスタンドアップコメディで「アジアには公文があるから数学に強い。公文のロゴは笑ってない。狂ってる」見たいなこと言ってた
“なんとでも言うがいい。俺は「昔、くもんですごかったんだ」という古いトロフィーを一生みがいて過ごすと決めたんだ。”
“僕はその教室の最高傑作”すごいw
小学生のうちに英数の中学課程を終わらせたので中学はヌルゲーになった(なお高校)。同じプリント繰り返すので、宿題で答えをわざと間違えながら写すテクを身につけた / くもんといえばコペル21、みんな知ってるね
くもんとエレクトーンはなんか新しい習い事って感じしてたな
これ公文にとって滅茶苦茶マイナスな記事だなwwww 平気か??
ここで言う 最高傑作とは 魅力的な生徒や先生が いらっしゃった説も 考えられよう