全国的にあるとか言われるけど、どうもこの風習関西に集中している気がするのよね。
最近のX(Togetter?)毒親ネタ大好きだね。平均何歳の人達でわーわー言ってるんだろう。
プロフに「元JW2世、母がエホバの証人、宗教虐待、毒親、アダルトチルドレン。アラフィフのおばちゃんです。」
環境の違いから考えると、もう今は「橋の下で拾う」にリアリティがないが、昔はある程度のリアリティがあったということでもあるよな、これって。
愛情を込めて抱きしめてあげるところだと思う。
アンタら人攫いか? と聞いたらどうなるんだろ。
親のコミュニケーションに難があると幼少期にはろくなことにならない。毒親育ちが成長を歪められたことをボヤく権利くらいある
今ならとか言わずに今から言いに行って欲しい。もちろん録画しながら
「お前が始めた物語だろ」の返しが強すぎる。昭和の親はからかいと虐待の区別ついてない奴多すぎ
似たような事言われて、散々泣かされたけど、大人になった後にその時の親は育児ノイローゼになってたと知って何も言えなくなった
どうやって本当の両親を探すつもりだったんだろう?どこの橋の下かも分からないだろうに。そもそも事実なら捨てた親を探すってことになるので受け入れてもらえる可能性などないだろ。
ワイも言われたことあるわー。すこし信じたこともあるけど、歳を重ねるごとに親そっくりの顔になってきて察したよね…。
もしかして「赤ちゃんはコウノトリが運んでくる」って言われた人も「本当の両親のところに行きたい」って思ったりするのかな。
昔は子供の価値が本当に低くて、その名残が橋の下で拾ったという言い方に残ってたんだと思う。人命の価値が重くなったのは本当に最近で、昔は子供って死んだらまた産めばいいじゃんってくらいの存在だったんだよ
どの橋よ?
相手が嫌だと言っているのにやめない奴は人間のクズだよな。な、喫煙者? お前らは相手どころか周囲100メートルにいる全人類に嫌がられている。ベランダだろうが喫煙所だろうが煙が流れて臭くて不快だからな。
あと出かける時に「どこ行くの?」て聞くと「お前を捨てに」もあるよね?……あるよね?
橋の下には新生児がみっちみちに詰まってるのか?
妹が幼少時に橋の下で拾われてきたんだ!てキレたが母に激似なので全く説得力無かった…
オレもよく言われていたが、当時の自宅のすぐ近くに橋があったので「なるほどあそこか」と納得していた
面倒臭い子供だな
「避妊してなかったから、作るつもりはなかったけどできた」みたいなこともいうよね。もう忘れてるだろうからめんどくさくて今さら詰めないけども。
親がどんな状態だろうと幼少期の子には親が世界のすべてなのだから心の傷跡は生涯残るのよな。大人になっても愛を受けて育てられた人間とは世界観が根底から違うのを、甘えだので片付けられたくないもんだ。
祖母にデキ婚って言われたって父親に言ったら結婚して1年くらい子供できなくて…って言われたのを思い出した
からかいで言うのはよろしくないね。関連https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000316619
よくないけど、まあ流行りだったから同じように言われた子供が山ほどいた時代。工藤静香はブサイクすぎて「うちに娘なんて産まれてません」と親が近所に言っていたという鉄板ネタでのし上がった
ひどいな
私は3歳のときに、両親と祖母にベッドの上で毛布をかけられて覆いかぶさって出られないようにいたずらされた。泣いたら出してくれたが、向こうは笑っていた。
かわいそうに。小さい頃に1番身近な親からこういう事をされると、人間関係の構築に支障をきたす。相手の期待に過剰に応えようとしたり、裏切られる不安から信頼しないように防御する。
言われた言われた。自分はいい思い出なので問題は他にあるのでは
"橋の下"は「境界」「異界」のメタファーであり、実際ホームレスが住んでたり治安の問題で一般人が寄りつかない影のエリア。昔は本当に捨てられてたんだろうな。
ほんと。つまんない冗談につまんないと言ってやりたかったよねえ。まだハラスメントという概念がなかった時代だった
親だからって親になるわけじゃないエピソードだ、俺たちは親未満だがな
冗談が通じる子と通じない子がいる。俺も言われたが冗談だと理解できた。うちの子は、上は通じないので言わなかった、下の子は通じるので言った。下の子は「拾われてラッキー」って乗ってくるタイプ
俺、第一子の長男で父方では初孫なんだがそれでも同じことを言われてたよ、まあ半信半疑で聞いてたけど。マジでどういうつもりだったんだろうな? 子供がやきもきする姿が面白い(可愛い)ってことなんだろうか?
100倍の法則があるらしく、「言った側は1/100しか責任を感じない、言われた側は被害を100倍に感じる」らしい。/ 社会でいじめ等で揉めた時には客観的な判断を求めた方が良さそう、但し事勿れ主義者には頼むな。
貴種流離譚だと思えばいいのではないか
こういう時こそあのフレーズの出番。『お前おもんないねん』
うちも言われたな。流産で俺の前の子供が亡くなって 割と念願の子供だったろうに。まぁ、時代的に与太話っていう感じだったんだろうね。お約束ネタ的な。高校生くらいからは言われなくなったけど
豊臣秀頼の幼名は"拾"という。捨てられ拾われた子は健康に育つという伝承から縁起を担いで名付けられた。かつては「橋の下で拾った」には「だから健康に育つ」という意味もあったのにいつしか子を揶揄うだけの無教養
「親に不敬だわ!」って、流石にね、と思いプロフィールを見に行ったら、まあ、うーむ。となった
うちの兄弟も結構信じてたな。親とはいえ、やはり子供に悪い冗談は言うもんじゃないね。
言われたことあるけど、親は愛情を持って育ててくれているという自覚はあったのでまた冗談言ってんな今日はのってやるかくらいの感情しかなかった。みんなそうだと思ってた。さすがに子供には言わないが。
橋の下は冗談と思ってたが「大学の時の彼氏と結婚してたらアンタ生まれてなかったんだよね。あっちと結婚したら良かったな」が小学生には本気か冗談か測れなくて単純に気持ち悪かった。じゃあ最初から産むなと
「本当の親」「本当の家」は疎外感を持つ子が抱く古くからの幻想の王道。まだ聖戦士ダンバインもドラクエもなかった時代から「拾いっ子ファンタジー」というジャンルを形成していた
そのぐらいテキトーで不真面目でないと子作りポンポンできなかったのかもしれんな人類...
うちもほぼ橋の下みたいな家なんだけど、泣いたりしなかったな、、言い方が卑怯なんだろうな
なんか言われたような記憶はあるけど過干渉なほどの愛情は親から感じてたので冗談なんだろうなーって受け取ってたな。/自分と他人は違うって話をした時に「家族を他人と言うなんて!」って言われたときは困った。
子供を怖がらせて言うことを聞かせるという古典的パターンで、昔はそれくらい雑で稚拙な子育てが通用していたということなんだとは思う。
現代の感覚ではあるけど、親が子にそういう話をするのは無警戒に寄ってくるドードーを殴って屠って絶滅させるような邪悪な無邪気さだよ。
これマジでさあ昭和のジジババとにかく目下をからかうのがコミュニケーションだと思ってて、前提にして行動してくるんでムカつく。はてサは大体コレ側
自分で「拾った」と言ったくせに「本当の親のところに行きたい」言われたら怒るって、性格以前にバカすぎて自分がなに言ったか分かってないのでは?
母親の姉妹が娘時代ある芸能人と付き合ってたと聞いて「じゃあ付き合ってたのがお母さんだったら⚪︎⚪︎の子供だったかもしれないってこと!?」と頭悪すぎる発言をしたっけ…
自分が親になって初めて分かる。親子という絶対的な支配力の前にそれでもなお自分の子供に対して「お前は俺の子供じゃない」と言い放つその無思慮無見識の残酷さを。親に縋るしかない無力な子供をいたぶる惨さを
やっぱり女だった
親になって理解したのは「僕(私)はパパとママの子じゃなきゃやだー」と言う反応で愛情の確認作業をしたがる人が居てもおかしくないのよ。要は歪な愛情再確認欲求。
「橋の下で拾った」と現実逃避していた(0状態)ところ、「本当の両親にあいたい」と親失格(マイナス状態)と子どもに言われて激怒する。やはり親失格だよ。
言われたことないし言ったこともないなあ 何がおもろいの?センスない
うちの両親も、私にも弟にもそんな事を言ってたが、少なくとも私は弟の出産の時には母の実家に預けられてて、産まれたよ!とかって大騒ぎのシーンを知ってたので、大人が好む冗談の一つだろうという認識はあった。
あーそれもやられたなあ。あとあなた誰?どこの子?とか、小学校上がる前とかだよ?だから高校進学せずに就職して自立したかったし、結局は遠方の大学を選び家を出て帰らなくなった訳だが。
やはり家族は解体するべきだな
言われたことあるけど、別に普通に育ててもらってたし不満も無かったので「ふーん」って思ってた。
言われたことあるなー(40代男性
俺は言われたことないが、意味不明すぎて理解できない。まぁまだブチギレなら、こんなことする子は私の子じゃ無い!的な意図はわかる。からかいで言ってるのはどういうこと?というかからいかいとして成立してるの?
これに加えてワイは「生まれた病院でへその緒を捨てられる」「血液型も調べてないので分からない」で "拾ってきた" に若干の真実味があったけど、なんだかんだでちゃんと育ててくれました。
自分も言われてたけど、血の繋がりを微塵も重視しない性格なので、それならそうでもいいし、該当しそうな橋も思いつかないから十中八九ちょっと面白い冗談の一つやなと笑ってたわ。
これはまあ、大人になってみればたちの悪いジョークだったんだなとわかるけど、私は小学生の頃酔った父に「調子に乗るんじゃねえぞ、てめえなんかいつでもブチ殺せるんだ」と言われたのが今でも理解不能。
子供いじめたかったのか、「親に感謝しろ」と言いたかったのか。生まれたときの写真とかあるのに。
自分も同じこと言われたな。小学生の時分は割と本気で実の親はどこかにいるのだなと信じて暮らしていた。
自分は橋の下どころか川の下から拾ったと言われてきたなあ。ただ周りの友達も親からそういうのは言われてたので数十年前までの親たちの鉄板ネタみたいなものでは。
本当の事を言うと激昂するヤツ...。日本初の女性総理で、良く再現されるヤツですね。
たとえ育児ノイローゼだったとしてもそれを子供にぶつけるのは違うと思うんだが。子供の立場としては普通に文句は言っていいだろ。理不尽すぎる仕打ちじゃん
うちの親も言ってたけどあれって何を思って言ってるんだろうな??どこから広まった言い回しなのか気になるわ。
fuckコミュニケーションする人苦手だわ。何が面白いのか…
自分も言われた。何かの流行りなのか。今親になって、何とか解釈してみるとすれば、子どもはある程度の年齢まで冗談が通じないから、本気にするのを見てそんなはずないじゃーんってして落差を楽しみたかったのかな。
「そうかもしれないね。だって貴方達は河原者だものね」
言われてないけど親が嫌いすぎてそうであれよと思ってた
一時期、いろんな家庭で「お前は橋の下で…」が言われてたの、何の影響だったんだろうね?/子供の悪さを叱る時に言うのは百歩譲って分からなくもないけど、何の意味もなく言うとか、からかうために言うの、謎だよな
俺も言われたけど顔が親父に似過ぎてるから、傷つき様がなかった。
「自分は前の親に捨てられたのか」と思い付かない程度に馬鹿だったのでショック受けずに済んだ
私は父のちんちんから産まれたと母から聞きました
この流れだとコウノトリが連れてきてくれたも許されなさそうだ
捨て子は育つ(豊臣秀吉の子が捨とか拾とかの名前はそれ)辺りからの元々はそんなにブラックな冗談でもなかった可能性もあるのよね。
冗談は相手が笑わなかったら冗談では無いんだよ。セックスを誤魔化す為に言う嘘とは違う。
「お前は橋の下で拾った」と言っては泣いている私を見てニヤニヤ笑っていた両親にある日「本当の両親のところに行きたい」と言ったら顔を真っ赤にして怒り出した
全国的にあるとか言われるけど、どうもこの風習関西に集中している気がするのよね。
最近のX(Togetter?)毒親ネタ大好きだね。平均何歳の人達でわーわー言ってるんだろう。
プロフに「元JW2世、母がエホバの証人、宗教虐待、毒親、アダルトチルドレン。アラフィフのおばちゃんです。」
環境の違いから考えると、もう今は「橋の下で拾う」にリアリティがないが、昔はある程度のリアリティがあったということでもあるよな、これって。
愛情を込めて抱きしめてあげるところだと思う。
アンタら人攫いか? と聞いたらどうなるんだろ。
親のコミュニケーションに難があると幼少期にはろくなことにならない。毒親育ちが成長を歪められたことをボヤく権利くらいある
今ならとか言わずに今から言いに行って欲しい。もちろん録画しながら
「お前が始めた物語だろ」の返しが強すぎる。昭和の親はからかいと虐待の区別ついてない奴多すぎ
似たような事言われて、散々泣かされたけど、大人になった後にその時の親は育児ノイローゼになってたと知って何も言えなくなった
どうやって本当の両親を探すつもりだったんだろう?どこの橋の下かも分からないだろうに。そもそも事実なら捨てた親を探すってことになるので受け入れてもらえる可能性などないだろ。
ワイも言われたことあるわー。すこし信じたこともあるけど、歳を重ねるごとに親そっくりの顔になってきて察したよね…。
もしかして「赤ちゃんはコウノトリが運んでくる」って言われた人も「本当の両親のところに行きたい」って思ったりするのかな。
昔は子供の価値が本当に低くて、その名残が橋の下で拾ったという言い方に残ってたんだと思う。人命の価値が重くなったのは本当に最近で、昔は子供って死んだらまた産めばいいじゃんってくらいの存在だったんだよ
どの橋よ?
相手が嫌だと言っているのにやめない奴は人間のクズだよな。な、喫煙者? お前らは相手どころか周囲100メートルにいる全人類に嫌がられている。ベランダだろうが喫煙所だろうが煙が流れて臭くて不快だからな。
あと出かける時に「どこ行くの?」て聞くと「お前を捨てに」もあるよね?……あるよね?
橋の下には新生児がみっちみちに詰まってるのか?
妹が幼少時に橋の下で拾われてきたんだ!てキレたが母に激似なので全く説得力無かった…
オレもよく言われていたが、当時の自宅のすぐ近くに橋があったので「なるほどあそこか」と納得していた
面倒臭い子供だな
「避妊してなかったから、作るつもりはなかったけどできた」みたいなこともいうよね。もう忘れてるだろうからめんどくさくて今さら詰めないけども。
親がどんな状態だろうと幼少期の子には親が世界のすべてなのだから心の傷跡は生涯残るのよな。大人になっても愛を受けて育てられた人間とは世界観が根底から違うのを、甘えだので片付けられたくないもんだ。
祖母にデキ婚って言われたって父親に言ったら結婚して1年くらい子供できなくて…って言われたのを思い出した
からかいで言うのはよろしくないね。関連https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000316619
よくないけど、まあ流行りだったから同じように言われた子供が山ほどいた時代。工藤静香はブサイクすぎて「うちに娘なんて産まれてません」と親が近所に言っていたという鉄板ネタでのし上がった
ひどいな
私は3歳のときに、両親と祖母にベッドの上で毛布をかけられて覆いかぶさって出られないようにいたずらされた。泣いたら出してくれたが、向こうは笑っていた。
かわいそうに。小さい頃に1番身近な親からこういう事をされると、人間関係の構築に支障をきたす。相手の期待に過剰に応えようとしたり、裏切られる不安から信頼しないように防御する。
言われた言われた。自分はいい思い出なので問題は他にあるのでは
"橋の下"は「境界」「異界」のメタファーであり、実際ホームレスが住んでたり治安の問題で一般人が寄りつかない影のエリア。昔は本当に捨てられてたんだろうな。
ほんと。つまんない冗談につまんないと言ってやりたかったよねえ。まだハラスメントという概念がなかった時代だった
親だからって親になるわけじゃないエピソードだ、俺たちは親未満だがな
冗談が通じる子と通じない子がいる。俺も言われたが冗談だと理解できた。うちの子は、上は通じないので言わなかった、下の子は通じるので言った。下の子は「拾われてラッキー」って乗ってくるタイプ
俺、第一子の長男で父方では初孫なんだがそれでも同じことを言われてたよ、まあ半信半疑で聞いてたけど。マジでどういうつもりだったんだろうな? 子供がやきもきする姿が面白い(可愛い)ってことなんだろうか?
100倍の法則があるらしく、「言った側は1/100しか責任を感じない、言われた側は被害を100倍に感じる」らしい。/ 社会でいじめ等で揉めた時には客観的な判断を求めた方が良さそう、但し事勿れ主義者には頼むな。
貴種流離譚だと思えばいいのではないか
こういう時こそあのフレーズの出番。『お前おもんないねん』
うちも言われたな。流産で俺の前の子供が亡くなって 割と念願の子供だったろうに。まぁ、時代的に与太話っていう感じだったんだろうね。お約束ネタ的な。高校生くらいからは言われなくなったけど
豊臣秀頼の幼名は"拾"という。捨てられ拾われた子は健康に育つという伝承から縁起を担いで名付けられた。かつては「橋の下で拾った」には「だから健康に育つ」という意味もあったのにいつしか子を揶揄うだけの無教養
「親に不敬だわ!」って、流石にね、と思いプロフィールを見に行ったら、まあ、うーむ。となった
うちの兄弟も結構信じてたな。親とはいえ、やはり子供に悪い冗談は言うもんじゃないね。
言われたことあるけど、親は愛情を持って育ててくれているという自覚はあったのでまた冗談言ってんな今日はのってやるかくらいの感情しかなかった。みんなそうだと思ってた。さすがに子供には言わないが。
橋の下は冗談と思ってたが「大学の時の彼氏と結婚してたらアンタ生まれてなかったんだよね。あっちと結婚したら良かったな」が小学生には本気か冗談か測れなくて単純に気持ち悪かった。じゃあ最初から産むなと
「本当の親」「本当の家」は疎外感を持つ子が抱く古くからの幻想の王道。まだ聖戦士ダンバインもドラクエもなかった時代から「拾いっ子ファンタジー」というジャンルを形成していた
そのぐらいテキトーで不真面目でないと子作りポンポンできなかったのかもしれんな人類...
うちもほぼ橋の下みたいな家なんだけど、泣いたりしなかったな、、言い方が卑怯なんだろうな
なんか言われたような記憶はあるけど過干渉なほどの愛情は親から感じてたので冗談なんだろうなーって受け取ってたな。/自分と他人は違うって話をした時に「家族を他人と言うなんて!」って言われたときは困った。
子供を怖がらせて言うことを聞かせるという古典的パターンで、昔はそれくらい雑で稚拙な子育てが通用していたということなんだとは思う。
現代の感覚ではあるけど、親が子にそういう話をするのは無警戒に寄ってくるドードーを殴って屠って絶滅させるような邪悪な無邪気さだよ。
これマジでさあ昭和のジジババとにかく目下をからかうのがコミュニケーションだと思ってて、前提にして行動してくるんでムカつく。はてサは大体コレ側
自分で「拾った」と言ったくせに「本当の親のところに行きたい」言われたら怒るって、性格以前にバカすぎて自分がなに言ったか分かってないのでは?
母親の姉妹が娘時代ある芸能人と付き合ってたと聞いて「じゃあ付き合ってたのがお母さんだったら⚪︎⚪︎の子供だったかもしれないってこと!?」と頭悪すぎる発言をしたっけ…
自分が親になって初めて分かる。親子という絶対的な支配力の前にそれでもなお自分の子供に対して「お前は俺の子供じゃない」と言い放つその無思慮無見識の残酷さを。親に縋るしかない無力な子供をいたぶる惨さを
やっぱり女だった
親になって理解したのは「僕(私)はパパとママの子じゃなきゃやだー」と言う反応で愛情の確認作業をしたがる人が居てもおかしくないのよ。要は歪な愛情再確認欲求。
「橋の下で拾った」と現実逃避していた(0状態)ところ、「本当の両親にあいたい」と親失格(マイナス状態)と子どもに言われて激怒する。やはり親失格だよ。
言われたことないし言ったこともないなあ 何がおもろいの?センスない
うちの両親も、私にも弟にもそんな事を言ってたが、少なくとも私は弟の出産の時には母の実家に預けられてて、産まれたよ!とかって大騒ぎのシーンを知ってたので、大人が好む冗談の一つだろうという認識はあった。
あーそれもやられたなあ。あとあなた誰?どこの子?とか、小学校上がる前とかだよ?だから高校進学せずに就職して自立したかったし、結局は遠方の大学を選び家を出て帰らなくなった訳だが。
やはり家族は解体するべきだな
言われたことあるけど、別に普通に育ててもらってたし不満も無かったので「ふーん」って思ってた。
言われたことあるなー(40代男性
俺は言われたことないが、意味不明すぎて理解できない。まぁまだブチギレなら、こんなことする子は私の子じゃ無い!的な意図はわかる。からかいで言ってるのはどういうこと?というかからいかいとして成立してるの?
これに加えてワイは「生まれた病院でへその緒を捨てられる」「血液型も調べてないので分からない」で "拾ってきた" に若干の真実味があったけど、なんだかんだでちゃんと育ててくれました。
自分も言われてたけど、血の繋がりを微塵も重視しない性格なので、それならそうでもいいし、該当しそうな橋も思いつかないから十中八九ちょっと面白い冗談の一つやなと笑ってたわ。
これはまあ、大人になってみればたちの悪いジョークだったんだなとわかるけど、私は小学生の頃酔った父に「調子に乗るんじゃねえぞ、てめえなんかいつでもブチ殺せるんだ」と言われたのが今でも理解不能。
子供いじめたかったのか、「親に感謝しろ」と言いたかったのか。生まれたときの写真とかあるのに。
自分も同じこと言われたな。小学生の時分は割と本気で実の親はどこかにいるのだなと信じて暮らしていた。
自分は橋の下どころか川の下から拾ったと言われてきたなあ。ただ周りの友達も親からそういうのは言われてたので数十年前までの親たちの鉄板ネタみたいなものでは。
本当の事を言うと激昂するヤツ...。日本初の女性総理で、良く再現されるヤツですね。
たとえ育児ノイローゼだったとしてもそれを子供にぶつけるのは違うと思うんだが。子供の立場としては普通に文句は言っていいだろ。理不尽すぎる仕打ちじゃん
うちの親も言ってたけどあれって何を思って言ってるんだろうな??どこから広まった言い回しなのか気になるわ。
fuckコミュニケーションする人苦手だわ。何が面白いのか…
自分も言われた。何かの流行りなのか。今親になって、何とか解釈してみるとすれば、子どもはある程度の年齢まで冗談が通じないから、本気にするのを見てそんなはずないじゃーんってして落差を楽しみたかったのかな。
「そうかもしれないね。だって貴方達は河原者だものね」
言われてないけど親が嫌いすぎてそうであれよと思ってた
一時期、いろんな家庭で「お前は橋の下で…」が言われてたの、何の影響だったんだろうね?/子供の悪さを叱る時に言うのは百歩譲って分からなくもないけど、何の意味もなく言うとか、からかうために言うの、謎だよな
俺も言われたけど顔が親父に似過ぎてるから、傷つき様がなかった。
「自分は前の親に捨てられたのか」と思い付かない程度に馬鹿だったのでショック受けずに済んだ
私は父のちんちんから産まれたと母から聞きました
この流れだとコウノトリが連れてきてくれたも許されなさそうだ
捨て子は育つ(豊臣秀吉の子が捨とか拾とかの名前はそれ)辺りからの元々はそんなにブラックな冗談でもなかった可能性もあるのよね。
冗談は相手が笑わなかったら冗談では無いんだよ。セックスを誤魔化す為に言う嘘とは違う。