面白い
“1970年代からのサブカル雑誌や同時代の文化と密接に関わってきた渋谷陽一とロッキング・オンの半世紀を読み解く!”
キーパーソン水上はるこ。ミュージック・ライフで星加ルミ子と対立し中村とうようのニューミュージック・マガジンを手伝う。そして彼女のミニコミRevolutionで渋谷陽一はフェス批判を書く。20歳でロッキング・オン創刊!
昔はフェスを猛批判してたのに、後にロッキン主催してビジネスとして大成功させるの、ある意味で渋谷陽一らしい変節というか現実主義というか
“私の批評を構成しているひとつひとつの言葉は、ミュージシャンにとってのひとつひとつのサウンドにも相当”/(花田清輝なみに難解。でもなんかしらん面白かった。理解できず下手すると対象音楽家を知らなくてさえ
功罪は大きいんやろうなあ(私見では若い衆の退嬰化に一役買ってんのやけども、いうたら怒られるしな…)(#ここで渋谷の夢想する空間を日本でほんまに実現してんのはコミケや思うねん)
「私の批評を構成しているひとつひとつの言葉は、ミュージシャンにとってのひとつひとつのサウンドにも相当するものなのだ」批評もまたロックと同じ自己表現であるという渋谷陽一の表明だと読んだ。
日本のロックフェスの最初期の運営が中村とうようで、後に編集から「フェスの人」になる渋谷陽一がそれに噛みついているのが面白い。渋谷は、京大→銀行員でジャズ、ラテン通のとうようを仮想敵にしてたんだろうか。
「ロックが必要なぼくたちの空間をつくりだすこと」に渋谷が本格的にとり組み始める > ははぁ、根っこの思想はそれだったのか。
面白い。誰だと思ったら…
渋谷陽一を知ったのは70年対半ばNHK「若いこだま」なのでDJという認識。後で手元の雑誌を読み返して72年の『ミュージック・ライフ』読者投稿欄にいるのに気付き、こんな頃から⁉︎と驚いた。渋谷19歳か?
若い僕らの理想を求める時代から、年齢を経ていく上での変化なども面白い
おもしろかった
渋谷陽一の中村とうようへの攻撃は、父性への反抗で「Rebel Without a Cause」だったと歳を経ると分かる。全共闘〜しらけ世代の常套手段だけどその熱量が高度成長に寄与したのは否定しない。まぁとうようも大概アレやけどね
“国立国会図書館デジタルコレクションを検索すると、『共犯の回路 ロック×劇画・可能性のコミュニケーション』(1973年)で一部ではあるものの渋谷の文章が引用されているのだ。論争好きはロッキン創刊前から”
今のフェスは言い換えればイベント。中村の頃の方がより共同体的で、渋谷の理想に近い筈だけど。いずれにせよ、メディアとしてのロック言われも、音楽は音楽だよ、と返すしかない。犬は犬、猫は猫、と言うようにね。
第2回 音楽評論家・渋谷陽一の出発 - ロッキン以前のロッキング・オン|WEB本の雑誌
面白い
“1970年代からのサブカル雑誌や同時代の文化と密接に関わってきた渋谷陽一とロッキング・オンの半世紀を読み解く!”
キーパーソン水上はるこ。ミュージック・ライフで星加ルミ子と対立し中村とうようのニューミュージック・マガジンを手伝う。そして彼女のミニコミRevolutionで渋谷陽一はフェス批判を書く。20歳でロッキング・オン創刊!
昔はフェスを猛批判してたのに、後にロッキン主催してビジネスとして大成功させるの、ある意味で渋谷陽一らしい変節というか現実主義というか
“私の批評を構成しているひとつひとつの言葉は、ミュージシャンにとってのひとつひとつのサウンドにも相当”/(花田清輝なみに難解。でもなんかしらん面白かった。理解できず下手すると対象音楽家を知らなくてさえ
功罪は大きいんやろうなあ(私見では若い衆の退嬰化に一役買ってんのやけども、いうたら怒られるしな…)(#ここで渋谷の夢想する空間を日本でほんまに実現してんのはコミケや思うねん)
「私の批評を構成しているひとつひとつの言葉は、ミュージシャンにとってのひとつひとつのサウンドにも相当するものなのだ」批評もまたロックと同じ自己表現であるという渋谷陽一の表明だと読んだ。
日本のロックフェスの最初期の運営が中村とうようで、後に編集から「フェスの人」になる渋谷陽一がそれに噛みついているのが面白い。渋谷は、京大→銀行員でジャズ、ラテン通のとうようを仮想敵にしてたんだろうか。
「ロックが必要なぼくたちの空間をつくりだすこと」に渋谷が本格的にとり組み始める > ははぁ、根っこの思想はそれだったのか。
面白い。誰だと思ったら…
渋谷陽一を知ったのは70年対半ばNHK「若いこだま」なのでDJという認識。後で手元の雑誌を読み返して72年の『ミュージック・ライフ』読者投稿欄にいるのに気付き、こんな頃から⁉︎と驚いた。渋谷19歳か?
若い僕らの理想を求める時代から、年齢を経ていく上での変化なども面白い
おもしろかった
渋谷陽一の中村とうようへの攻撃は、父性への反抗で「Rebel Without a Cause」だったと歳を経ると分かる。全共闘〜しらけ世代の常套手段だけどその熱量が高度成長に寄与したのは否定しない。まぁとうようも大概アレやけどね
“国立国会図書館デジタルコレクションを検索すると、『共犯の回路 ロック×劇画・可能性のコミュニケーション』(1973年)で一部ではあるものの渋谷の文章が引用されているのだ。論争好きはロッキン創刊前から”
今のフェスは言い換えればイベント。中村の頃の方がより共同体的で、渋谷の理想に近い筈だけど。いずれにせよ、メディアとしてのロック言われも、音楽は音楽だよ、と返すしかない。犬は犬、猫は猫、と言うようにね。