令和日本社会のバイオポリティクスも、あまりにきつければ自覚せざるを得なくなるし、そうなると出口や外部で一服したくもなる。プロテストもしたくなるでしょう。 私の日頃の主張の延長にギルティ消費を見てます
シロクマ先生も何度か言及しているけど、伊藤計劃のハーモニーがまさにこの問題と向き合った作品で一通り描かれているなぁと。またそのうちテレビアニメ化されないかな(劇場ではなく)。
ヤニカス氏はたびたび「嫌煙ファシズム!」と主張するけれど、社会が今のようになる前は非喫煙者を「タバコも吸えない子供」としていじめたりしてきたわけで。わざと顔に煙を吹きかけられて咳込んだ日々を覚えている
清潔で正しい社会の要請が強まるほど不健康な消費が反逆の意味を帯びるの面白い考察
マヒ某みたいに、政治活動として「倫理」を前面に出して現在の体制を批判しながら性犯罪という「ギルティ消費」に勤しむみたいな事案もあって、アレが良く分からない
要するに「露悪趣味」ということか?日本のネットで古くから蔓延る悪趣味な文化
クソリプみたいでアレなんですが)ただの言い回しだったら申し訳ないのですが、「あぎと」ってなんなのでしょーか……。くびきから脱する、くびきに囚われる、ならわかるんですが……。クビとアゴで印象混同してる?
実際に政治運動として効力はなくても、現代は政治運動、とくに反権力運動と称すれば許される範囲が増えるある種のバグがあるので、そこをハックして自由を得るためプロテストという名目を語るのはイイかもと思った。
統治権力にアクセスでき、持論が選ばれて他人を誘導する機会が来たとき人はどう振る舞うかのほうに興味があるので、コロナ禍で医学・医療分野の各専門家がむき出しの嫉妬込みで卓越性を競ったのは勉強になりましたね
『ハーモニー』のはなしやな、って思ったらやっぱり1コメで言われてた
逆に何でもかんでも人間関係の問題に読み替えてしまう人文サイドのめんどくささを感じてしまう。クールビズを失礼とか言い出す昭和おじさんみたい
ルール化が進むほど逸脱に憧れや心地よさを感じる人が増えるだろう。フィクションで擬似的に消化してる人が多いのかもしれない。
「昔の白饅頭」が言ってたことをふと思い出した/遊び心や反発精神を外に向けるか内に向けるかというかそういう連帯精神みたいなのは、ネット民のよかれあしかれのやらかしをふと思い出す。
『逝きし世の面影』の著者か…と思って読むとまた違う感慨が
潔癖な世の中に対するオルタナティブな選択肢は必要なんだ
火の鳥2772の世界観ですね(´・ω・`)
嫌煙運動の嚆矢はナチスだよ、知ってる? 個人的には禁煙禁酒は進めて欲しいけどこれがさらに拡大して「禁糖分」「禁カロリー」みたいになるのは(一部国家で導入されてるサイダー税ね)嫌だなあ、線引きムズい。
ギルティ!こたけ正義感の話をしに来ました。
資本主義の目的は個人の内面の支配を内包している
喫煙、飲酒の次に来るのは糖分だろうね。管理社会は後戻りはできず先鋭化していく一方なので、漫画で見ていたようなディストピアもいつかは現実になるかもしれない。清潔感の基準も昔に比べて遥かに高くなってるしね
id:cinefuk 気の毒ではあるけど、その特定の人や経験を直ぐに一般化する癖はやめた方が・・人種や性別に置き換えれば分かると思う。/喫煙家の中にもそういう事をやる人とやらない人がいる、あなたはやる人になるんですか
喫煙に関しては定量的に非喫煙者の健康被害も確認された故の規制なので、こればかりはしょうがない。電子たばこで受動喫煙被害が防げるなら、仮に喫煙者の健康被害が増えても自業自得。まさにギルティ消費。
人権化(ひとごんげ)って人修羅みたいでカッコいいなと思いましたが、人権化(じんけんか)でしたね。すみませんでした。フーコーはますますクリティカルな思想家になっていますね。
誰もてめえらを健康にしたくて禁煙推し進めてきたわけじゃねえ、てめえらが迷惑なタバコの扱いしてきたから禁煙政策が支持されて捗っているだけだ。その文脈を理解しようともせず政治運動ぶったところでガキの泣き言
前近代にも個人の身体を統制する規範は別の形で強固にあったはずなので、全て近代のせいというわけではない。/言及されていないが反ワクとかは自己身体に向かう抵抗と政治運動が結びついた例では(迷惑だけど)。
昔の公権力はやってはいけないブラックリストを作って管理してたけど、今の公権力はやった方がいいこと(健康になろう)をリストアップする。そうすると管理される側が自発的にブラックリストを量産しはじめる。
この論点で行くと、反ワクなんかは反バイオポリティクスの一種ってことか。
同志、健康であることは義務です / 医療の発達で「正解」がわかってきた弊害だよね。人は正解を無視する人間を蔑視する
喫煙者から数々の仕打ちを受けたことのない世代が大多数になるまでは嫌われ続けるだろう
いうても駅前の“禁煙区域”ですら割と普通にタバコ吸ってる人が歩いててとくに取り締まられてる様子もない地域に住んでると、そこまで“バイオポリティクス”とか感じてない。一応東京23区内。
社会的なものなので全体の意識の方向性がそうなったらコミュニティが解体しない限りはより健康的・衛生的等の方向に行くしかないのかなと思っている。後はどの程度で「社会通念上相当」まで来るのかという所か
健康とは違うけど、「権力へのプロテストとして暴走する『表現の自由』」っていうのもあるよなって思った。
ちくわ大明神
凄く机上の空論みがある。例えば、運輸運送業界は飲酒と無呼吸に滅茶苦茶厳格だけど、喫煙ぐらいの嗜好・息抜き・許容がないとやってられない。そういう「退路を断つ」ような議論は大嫌いですね。
人の少ない公園で携帯灰皿持って喫煙したり、左右をよく見た上で赤信号横断したり、リスクや周りへの影響を考慮・判断してもっと自分の責任で行動したほうがいいと思ってる。それはある意味プロテスト行動なのかも
はてなの喫煙ヘイトがネトウヨに似てると感じた自分は間違ってなかった(のか?)
「ハーモニー」の世界観よな
喫煙なんて合法なことでプロテストするのではなくsmoke weedしたほうがプロテストっぽいのではないか。気持ちは分かるが普通にタバコって吸えますよね。
喫煙者は自分の隣りに座る風呂に入れていないホームレスみたいなもの
喫煙は認知症の発症率を大いに上げるので、まあ、自分と自分の家族の未来は、まあ
喫煙は喫煙者本人の健康とか周囲の人間の健康とかは置くとしても、普通に息をする権利を侵害する点が問題なんだと思うが… 自分が食べてる唐揚げに勝手にレモン汁ぶっかけられない権利くらいあるよな?
喫煙に比べてアルコールの許されっぷりを見れば、他者への迷惑度が喫煙は桁外れに大きかっただけで、他も次々と喫煙並みに厳しくなるとは思えないけどな。社会の自由度だって現代の方が昔よりはるかに高いよ。
昔はもっと自治が強かった気はするんだけど、もう廃れてきて。。町内会とか自治会とか。まあ安心安全が今はあるからなんだけど、これ税金が高くなる理由のひとつ。ということで
生権力に抗うのもいいけど自陣が早死にしては筋が悪い。もっといいプロテスト先があるのでは
十代の反抗期は「子供じゃないんだから世の中のキタナイ部分も、エッチなことも知ってるよ!隠しても無駄だせ!」って気持ちを表現してると思うけど、昨今の露悪流行りは、いい大人が青春の反抗期やってるみたいで…
この手の話を聞くたびに、でも大麻のような「現状許されてない」ものは擁護しないんだよな、とイヤミを言いたくなる
どんなことをしても政治活動だが、その必須度合いから喫煙での政治的強制力は低い。自分が吸いたいからと、自らその行為を政治活動と主張するのはおかしい。禁煙強制時に禁煙側が政治活動要素を考慮すべきもの
そうした科学的で正しい衛生と統治が何をもたらしてるかという視点がないよな。発達障害なんて新たな障害まで生み出し、ますます排除を強めてる結果になってるのになにかダイバーシティだインクルージョンだと白ける
タバコよりボクを吸ってほしいにゃ。煙よりモフモフした方が健康的だにゃ!
嫌煙家だけど、主に悪臭と汚れが嫌いなので、無臭の加熱式や電子タバコ、芳香性でインテリアをそこまで汚さない水タバコ、無煙の噛みタバコや嗅ぎタバコなら好きにすればという感じ(個人の感想です)
「ヤニ」という隠語を選ぶ風潮にも、品行方正であることへの対抗心を感じている。みんな精一杯つっぱって生きてるんだなぁ......
(ソーダ税への言及を見て)WHOは砂糖税を奨励してるんだね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E7%B3%96%E7%A8%8E
喫煙もドカ食いも『バイオポリティクスによる統治の圧力』を語るには不適切では?そんなの圧力感じる前に煙たいし臭うし体壊すでしょ
政治的プロテストとして、健康ではなく「安全」をことさらに破ってみせたのが、辺野古の基地反対運動ですかね。ぶつかりおじさんもそうかも
それを言うならオーバードースや向精神薬遊びも「ギルティ消費」として善悪判断を留保すべきという論理的帰結になりそうだけど、精神科医がそこまで踏み込めるかな?
もちづきさんは「そっか…政治的プロテストだったんだこれ…」とつぶやきながら糖質倍プッシュする姿しか想像できないので違うと思う
ナチスの話をしてるブコメがあるが、ナチスの嫌煙は「ナチスは良いこともした」だろう
健康のためなら死んでもいいとか、健康でない者はとっとと死ぬべきであるとか、めっちゃファシズム
基本的な考え方としてはドラッグにおける被害やらは個人においてに留められる場合は使用に関して制限しないのがあるべき姿だ。 もちろんドラッグキャピタリズムの問題は別の話だが。
7,80年代に喫煙してた若者の郷愁っぽくて草。むしろ令和は愚行権として尊重する風潮(モチヅキさんとか)。ただし喫煙は他人に著しい健康公害を与えてきたから駄目だ。
ハーモニーの世界観だ / ギルティ消費というワードでNOPEの「ギルティ炭酸」キャッチコピーを思い出した / 趣味に塗装があるので、タバコがなくなるのは困る
「個人的なことは政治的なこと」のテーゼがprivateとpublicを連結してしまったので、生きるのが息苦しくなってしまった。家のドアを閉めてもprivateの領域は無く、ノイキャンイヤホンの中に安寧を得るしかない
「嫌煙運動の嚆矢はナチスだよ、知ってる?」←知ってる。あと「健康的に食べて健康に生きよう」や「運動して健康になろう」もナチスからだし、「労働しよう」はスターリンだし、「子供産もう」は大日本帝国。
MFゴーストとか見てると、ガソリン車の(元違法)レースなんかもジャンルとして原罪を負ってる意識があるよなあと感じる
医学と規制は自然科学ではなくて工学だと思うし、それが個人で完結せず社会性を持つゆえに政治的にならざるを得ないが、そこに強制性を感じるのは個人の問題であり、その人と社会との関係によって決まるものだと思う
個人的な愚行権の行使が政治的に無意味とは思えないな。むしろ声高に権利を主張するより愚行を楽しんでる姿を見せるほうが共感を得られるんじゃないか。そうでもないか
このレベルの話なら、やりたきゃ勝手にやればいいだけでたいした強制力もない。ドカ食いでもなんでもいちいち「ギルティ」とか言ってないで好きにすればいい。たかだか飯を食うのに人の目を気にするのが愚か
喫煙は本人でなく他人への加害が強いから社会的に抑制されている面が大きい。迷惑かけなければ勝手にしろ。ファシズムダーナチスダーとか言っている輩は大体において大麻やタトゥには逆の反応を示す。超絶の馬鹿
喫煙に関しては副流煙と匂いがなければ勝手にやって自由に不健康になってもらっていいんだけどな。最近はそういうニコチン摂取できるのもあるしね。紙タバコやアイコスは喫煙所で吸って来ても臭いのでやめてほしい。
この話の裏返しが24時間ジムだと思うのだけど誰も言及していない…
この手の話題となると『健康帝国ナチス』(https://goldhead.hatenablog.com/entry/20120119/p1)を読み返したくなる
(極端に言って加害行為でしか安心や快楽を得られない人みたいな話?)
ギルティ消費は気になっている、あまりそんな、罪として意識させないほうが健康的なのではないか
「子ども産もう」はユダヤ教では
現代の健康や人権化は、「科学的に正しい」「倫理的に当然」という脱政治化された正当性で社会全体に浸透し、規範を個人に内面化させ、罪悪感や自己管理を通じて人を統治する(フーコーのバイオポリティクス)
ギルティ消費という言葉は初めてきいたが、タバコや酒の害と効用について、カント哲学における享楽の快にあたるものとして、國分功一郎の『手段からの解放』が語っているのがとても面白かった
「政治運動としての喫煙・ギルティ消費」を考える - シロクマの屑籠
令和日本社会のバイオポリティクスも、あまりにきつければ自覚せざるを得なくなるし、そうなると出口や外部で一服したくもなる。プロテストもしたくなるでしょう。 私の日頃の主張の延長にギルティ消費を見てます
シロクマ先生も何度か言及しているけど、伊藤計劃のハーモニーがまさにこの問題と向き合った作品で一通り描かれているなぁと。またそのうちテレビアニメ化されないかな(劇場ではなく)。
ヤニカス氏はたびたび「嫌煙ファシズム!」と主張するけれど、社会が今のようになる前は非喫煙者を「タバコも吸えない子供」としていじめたりしてきたわけで。わざと顔に煙を吹きかけられて咳込んだ日々を覚えている
清潔で正しい社会の要請が強まるほど不健康な消費が反逆の意味を帯びるの面白い考察
マヒ某みたいに、政治活動として「倫理」を前面に出して現在の体制を批判しながら性犯罪という「ギルティ消費」に勤しむみたいな事案もあって、アレが良く分からない
要するに「露悪趣味」ということか?日本のネットで古くから蔓延る悪趣味な文化
クソリプみたいでアレなんですが)ただの言い回しだったら申し訳ないのですが、「あぎと」ってなんなのでしょーか……。くびきから脱する、くびきに囚われる、ならわかるんですが……。クビとアゴで印象混同してる?
実際に政治運動として効力はなくても、現代は政治運動、とくに反権力運動と称すれば許される範囲が増えるある種のバグがあるので、そこをハックして自由を得るためプロテストという名目を語るのはイイかもと思った。
統治権力にアクセスでき、持論が選ばれて他人を誘導する機会が来たとき人はどう振る舞うかのほうに興味があるので、コロナ禍で医学・医療分野の各専門家がむき出しの嫉妬込みで卓越性を競ったのは勉強になりましたね
『ハーモニー』のはなしやな、って思ったらやっぱり1コメで言われてた
逆に何でもかんでも人間関係の問題に読み替えてしまう人文サイドのめんどくささを感じてしまう。クールビズを失礼とか言い出す昭和おじさんみたい
ルール化が進むほど逸脱に憧れや心地よさを感じる人が増えるだろう。フィクションで擬似的に消化してる人が多いのかもしれない。
「昔の白饅頭」が言ってたことをふと思い出した/遊び心や反発精神を外に向けるか内に向けるかというかそういう連帯精神みたいなのは、ネット民のよかれあしかれのやらかしをふと思い出す。
『逝きし世の面影』の著者か…と思って読むとまた違う感慨が
潔癖な世の中に対するオルタナティブな選択肢は必要なんだ
火の鳥2772の世界観ですね(´・ω・`)
嫌煙運動の嚆矢はナチスだよ、知ってる? 個人的には禁煙禁酒は進めて欲しいけどこれがさらに拡大して「禁糖分」「禁カロリー」みたいになるのは(一部国家で導入されてるサイダー税ね)嫌だなあ、線引きムズい。
ギルティ!こたけ正義感の話をしに来ました。
資本主義の目的は個人の内面の支配を内包している
喫煙、飲酒の次に来るのは糖分だろうね。管理社会は後戻りはできず先鋭化していく一方なので、漫画で見ていたようなディストピアもいつかは現実になるかもしれない。清潔感の基準も昔に比べて遥かに高くなってるしね
id:cinefuk 気の毒ではあるけど、その特定の人や経験を直ぐに一般化する癖はやめた方が・・人種や性別に置き換えれば分かると思う。/喫煙家の中にもそういう事をやる人とやらない人がいる、あなたはやる人になるんですか
喫煙に関しては定量的に非喫煙者の健康被害も確認された故の規制なので、こればかりはしょうがない。電子たばこで受動喫煙被害が防げるなら、仮に喫煙者の健康被害が増えても自業自得。まさにギルティ消費。
人権化(ひとごんげ)って人修羅みたいでカッコいいなと思いましたが、人権化(じんけんか)でしたね。すみませんでした。フーコーはますますクリティカルな思想家になっていますね。
誰もてめえらを健康にしたくて禁煙推し進めてきたわけじゃねえ、てめえらが迷惑なタバコの扱いしてきたから禁煙政策が支持されて捗っているだけだ。その文脈を理解しようともせず政治運動ぶったところでガキの泣き言
前近代にも個人の身体を統制する規範は別の形で強固にあったはずなので、全て近代のせいというわけではない。/言及されていないが反ワクとかは自己身体に向かう抵抗と政治運動が結びついた例では(迷惑だけど)。
昔の公権力はやってはいけないブラックリストを作って管理してたけど、今の公権力はやった方がいいこと(健康になろう)をリストアップする。そうすると管理される側が自発的にブラックリストを量産しはじめる。
この論点で行くと、反ワクなんかは反バイオポリティクスの一種ってことか。
同志、健康であることは義務です / 医療の発達で「正解」がわかってきた弊害だよね。人は正解を無視する人間を蔑視する
喫煙者から数々の仕打ちを受けたことのない世代が大多数になるまでは嫌われ続けるだろう
いうても駅前の“禁煙区域”ですら割と普通にタバコ吸ってる人が歩いててとくに取り締まられてる様子もない地域に住んでると、そこまで“バイオポリティクス”とか感じてない。一応東京23区内。
社会的なものなので全体の意識の方向性がそうなったらコミュニティが解体しない限りはより健康的・衛生的等の方向に行くしかないのかなと思っている。後はどの程度で「社会通念上相当」まで来るのかという所か
健康とは違うけど、「権力へのプロテストとして暴走する『表現の自由』」っていうのもあるよなって思った。
ちくわ大明神
凄く机上の空論みがある。例えば、運輸運送業界は飲酒と無呼吸に滅茶苦茶厳格だけど、喫煙ぐらいの嗜好・息抜き・許容がないとやってられない。そういう「退路を断つ」ような議論は大嫌いですね。
人の少ない公園で携帯灰皿持って喫煙したり、左右をよく見た上で赤信号横断したり、リスクや周りへの影響を考慮・判断してもっと自分の責任で行動したほうがいいと思ってる。それはある意味プロテスト行動なのかも
はてなの喫煙ヘイトがネトウヨに似てると感じた自分は間違ってなかった(のか?)
「ハーモニー」の世界観よな
喫煙なんて合法なことでプロテストするのではなくsmoke weedしたほうがプロテストっぽいのではないか。気持ちは分かるが普通にタバコって吸えますよね。
喫煙者は自分の隣りに座る風呂に入れていないホームレスみたいなもの
喫煙は認知症の発症率を大いに上げるので、まあ、自分と自分の家族の未来は、まあ
喫煙は喫煙者本人の健康とか周囲の人間の健康とかは置くとしても、普通に息をする権利を侵害する点が問題なんだと思うが… 自分が食べてる唐揚げに勝手にレモン汁ぶっかけられない権利くらいあるよな?
喫煙に比べてアルコールの許されっぷりを見れば、他者への迷惑度が喫煙は桁外れに大きかっただけで、他も次々と喫煙並みに厳しくなるとは思えないけどな。社会の自由度だって現代の方が昔よりはるかに高いよ。
昔はもっと自治が強かった気はするんだけど、もう廃れてきて。。町内会とか自治会とか。まあ安心安全が今はあるからなんだけど、これ税金が高くなる理由のひとつ。ということで
生権力に抗うのもいいけど自陣が早死にしては筋が悪い。もっといいプロテスト先があるのでは
十代の反抗期は「子供じゃないんだから世の中のキタナイ部分も、エッチなことも知ってるよ!隠しても無駄だせ!」って気持ちを表現してると思うけど、昨今の露悪流行りは、いい大人が青春の反抗期やってるみたいで…
この手の話を聞くたびに、でも大麻のような「現状許されてない」ものは擁護しないんだよな、とイヤミを言いたくなる
どんなことをしても政治活動だが、その必須度合いから喫煙での政治的強制力は低い。自分が吸いたいからと、自らその行為を政治活動と主張するのはおかしい。禁煙強制時に禁煙側が政治活動要素を考慮すべきもの
そうした科学的で正しい衛生と統治が何をもたらしてるかという視点がないよな。発達障害なんて新たな障害まで生み出し、ますます排除を強めてる結果になってるのになにかダイバーシティだインクルージョンだと白ける
タバコよりボクを吸ってほしいにゃ。煙よりモフモフした方が健康的だにゃ!
嫌煙家だけど、主に悪臭と汚れが嫌いなので、無臭の加熱式や電子タバコ、芳香性でインテリアをそこまで汚さない水タバコ、無煙の噛みタバコや嗅ぎタバコなら好きにすればという感じ(個人の感想です)
「ヤニ」という隠語を選ぶ風潮にも、品行方正であることへの対抗心を感じている。みんな精一杯つっぱって生きてるんだなぁ......
(ソーダ税への言及を見て)WHOは砂糖税を奨励してるんだね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%82%E7%B3%96%E7%A8%8E
喫煙もドカ食いも『バイオポリティクスによる統治の圧力』を語るには不適切では?そんなの圧力感じる前に煙たいし臭うし体壊すでしょ
政治的プロテストとして、健康ではなく「安全」をことさらに破ってみせたのが、辺野古の基地反対運動ですかね。ぶつかりおじさんもそうかも
それを言うならオーバードースや向精神薬遊びも「ギルティ消費」として善悪判断を留保すべきという論理的帰結になりそうだけど、精神科医がそこまで踏み込めるかな?
もちづきさんは「そっか…政治的プロテストだったんだこれ…」とつぶやきながら糖質倍プッシュする姿しか想像できないので違うと思う
ナチスの話をしてるブコメがあるが、ナチスの嫌煙は「ナチスは良いこともした」だろう
健康のためなら死んでもいいとか、健康でない者はとっとと死ぬべきであるとか、めっちゃファシズム
基本的な考え方としてはドラッグにおける被害やらは個人においてに留められる場合は使用に関して制限しないのがあるべき姿だ。 もちろんドラッグキャピタリズムの問題は別の話だが。
7,80年代に喫煙してた若者の郷愁っぽくて草。むしろ令和は愚行権として尊重する風潮(モチヅキさんとか)。ただし喫煙は他人に著しい健康公害を与えてきたから駄目だ。
ハーモニーの世界観だ / ギルティ消費というワードでNOPEの「ギルティ炭酸」キャッチコピーを思い出した / 趣味に塗装があるので、タバコがなくなるのは困る
「個人的なことは政治的なこと」のテーゼがprivateとpublicを連結してしまったので、生きるのが息苦しくなってしまった。家のドアを閉めてもprivateの領域は無く、ノイキャンイヤホンの中に安寧を得るしかない
「嫌煙運動の嚆矢はナチスだよ、知ってる?」←知ってる。あと「健康的に食べて健康に生きよう」や「運動して健康になろう」もナチスからだし、「労働しよう」はスターリンだし、「子供産もう」は大日本帝国。
MFゴーストとか見てると、ガソリン車の(元違法)レースなんかもジャンルとして原罪を負ってる意識があるよなあと感じる
医学と規制は自然科学ではなくて工学だと思うし、それが個人で完結せず社会性を持つゆえに政治的にならざるを得ないが、そこに強制性を感じるのは個人の問題であり、その人と社会との関係によって決まるものだと思う
個人的な愚行権の行使が政治的に無意味とは思えないな。むしろ声高に権利を主張するより愚行を楽しんでる姿を見せるほうが共感を得られるんじゃないか。そうでもないか
このレベルの話なら、やりたきゃ勝手にやればいいだけでたいした強制力もない。ドカ食いでもなんでもいちいち「ギルティ」とか言ってないで好きにすればいい。たかだか飯を食うのに人の目を気にするのが愚か
喫煙は本人でなく他人への加害が強いから社会的に抑制されている面が大きい。迷惑かけなければ勝手にしろ。ファシズムダーナチスダーとか言っている輩は大体において大麻やタトゥには逆の反応を示す。超絶の馬鹿
喫煙に関しては副流煙と匂いがなければ勝手にやって自由に不健康になってもらっていいんだけどな。最近はそういうニコチン摂取できるのもあるしね。紙タバコやアイコスは喫煙所で吸って来ても臭いのでやめてほしい。
この話の裏返しが24時間ジムだと思うのだけど誰も言及していない…
この手の話題となると『健康帝国ナチス』(https://goldhead.hatenablog.com/entry/20120119/p1)を読み返したくなる
(極端に言って加害行為でしか安心や快楽を得られない人みたいな話?)
ギルティ消費は気になっている、あまりそんな、罪として意識させないほうが健康的なのではないか
「子ども産もう」はユダヤ教では
現代の健康や人権化は、「科学的に正しい」「倫理的に当然」という脱政治化された正当性で社会全体に浸透し、規範を個人に内面化させ、罪悪感や自己管理を通じて人を統治する(フーコーのバイオポリティクス)
ギルティ消費という言葉は初めてきいたが、タバコや酒の害と効用について、カント哲学における享楽の快にあたるものとして、國分功一郎の『手段からの解放』が語っているのがとても面白かった