“西洋では一つの神様に祈るのに慣れてるから”ギリシャ神やローマ神その他地元に根差した神と信者を今も片っ端から殺しまくってるって自己紹介?
インターネットで見た
『「祈る」と言うよりは「感謝する」と言語化した方が近い』...この表現はなんとなく理解できます。おもしろいよねぇ。
"感謝だけではなく失礼がないようにみたいな感覚もありますね" お天道様が見てると表現される倫理観が根付いてるので、神道の影響受けてると思ってる/ 神道的な太陽信仰、倫理哲学は中国の天思想の融合という可能性?
日本の神様は上(かみ)様で相対的に上にあるもの、英語圏は神様も自己も絶対的なもの。なので日本語は主語も相手によって相対的(俺私僕)だけど、英語は絶対的な"I"しかないって考察は書籍「英語の感覚」だったっけ
“西洋では一つの神様に祈るのに慣れてるから” → ダウト. その発想が既に一神教的だと主張したいがギリシャ神話や北欧神話とかはまだ撲滅はされていないと思うわよ
普通にキリスト教でもキリスト以外の聖人に祈るし、カトリックにいたっては直近で良いことした人を聖人認定しまくって祈る対象に加えてるんだよなあ。最近だと2006年に死んだインフルエンサーとかいるよ。
ギリシャローマ神話があるから、そんなに分かりにくいものでもないと思うが、でも神話の神々を宗教として信仰してる人って向こうにいないのかね
人が生活の中で向かい合う環境に見出すナラティブの積み重ね的なモノの中で、共有度合いが高いものが祀られ始めて具体的な形で神社化して行ったような。。
向こうでも聖人を崇めてたりするからそんな遠い概念ではないはず。たぶん
いや、適当な説明ばかりで酷いな。付喪神と須佐之男命と菅原道真とハチマンを、全部同じく扱っているかのよう。日本人の宗教に対する認識、レベルが低すぎるわ。
血の神とか落下の神とか戦争の神とかいるんだよ
西欧にも聖人信仰あるし、あれは東郷神社とか南洲神社、照国神社みたいな発想と近いよな。
「野球の神様」「漫画の神様」これは一般的にはある特定の個人を指しているw/川上哲治は「”打撃”の神様」だったわ
遍くあることに違いはないので、儀式の問題でしかない気がする。
「祈るな 祈れば手が塞がる」
それ、神道ではなくアニミズムでは?…というのがいくつか。/"お天道様"だって、中国の"天"思想に由来する外来思想ですからね(その証拠に、日本書紀や古事記の中の文脈に位置づけられないでしょ)。
ギリシャ神話やローマ神話は基礎教養として生活に馴染んでいる欧州人が、いまさら「多神教がわからない」とはカマトトが過ぎる
いわゆる西洋宗教とは異なることに価値を置く反面、国家神道は西洋化の道を進んでいくあたりに倒錯が感じ取れる
トイストーリーのオモチャたちになぞらえるのは大変秀逸だと思った。
神道は死を扱わず葬式に使えないので日本人にとって比較的どうでもいい宗教。多くの日本人は何を祀っているのかもわからず、主に年始に金を払って一方的に願い事を押し付けるだけ。
偉そうに神道の話してるけど「ぼくがこう思ってる」以上の何ものでもないのがほとんどだよね。ネットで活動している神職の方とかに話を聞いたほうが良いのでは?
お前らだってローマ帝国がキリスト教を国教化するまで多神教ウホウホしてたろうが。
何百万はいない維新政府の神社合祀で金成の数がぶち殺されたからだ
Godを神と訳したのがそもそも間違いとかなんとか。
好きな神様(神社)に祈ればいいんやで
一神教の人が例えば誰かに親切にしたとして、その誰かが自分では無く神様にお礼を言ったらイラッと来ないのかな?とかは思う。全部他人(神様)の手柄
かしこみ申すタイプのちゃんとしたやつもあるだろうけど、平時はご挨拶とお礼ぐらいの気はする。日本なら近所の氏神様からだが、海外の方はどうだろうね。
近所の神様か、配下が多い強力な神様。専門系の神様もいる。/コメントを見て。確かにキリスト教だと「聖人信仰」に近いわ。専門系の聖人いるからな。
ほとんどの人はそんなことを深く考えていない、というのが答えでしょうな。
神様の概念は学校で習ってないし両親や祖父母にも聞いてないしそういう機会もなかったので全然知らない。初詣で、葬儀、厄除けでお参りするくらい。
大して得意でもない人が説明に乗り出してくる地獄
ローマ帝国時代は天災とか起こる都度、とりあえず分からんから色んな神に祈って沈めてもらおうとしてたんだけど、当時のキリスト教徒がそれに協力しないから「無神論者殺す!」ってキレられてたのアイロニーだよね
インドには2兆の神がいると聞いたことがある。
キリスト教でも神とは別にキリストがいてマリア信仰もあるし、聖人もたくさんいるわけで、あまり変わらないような。天使もいた。
キリスト教の守護聖人と似たようなものだ。
「神様仏様🙏」って並べるしね。誰でもいいよね。最近はイエス様って追加する人もいそう
日本人て神道について外国人に質問されて語るの大好きだよな
この日本人に対する絶妙な解像度の低さが日の丸マークつきって感じやね
神様を怒らせるとどんな目に遭うのかわからないのでお祈りで恭順の意を示しているのかと思ってた。
困った時の神頼みでそれぞれ担当してる分野の人に突然お願い助けてっていう感じだけどこれを現実社会でやったら嫌われるよなと思う。コロナのときのアマビエとか普通にキレて良い神だと思う。
今の日本人の宗教観って土着信仰と神道と仏教のちゃんぽんだから明確な定義もないよな
無礼にならないよう気を付けて語りかければ、神様の世界の役所や事務所の窓口経由して担当の神様に届いたり、地元の神様が他の神様に話を通してくれたりする、…って話もあるのよ。
全然わからない。俺たちは雰囲気で神に祈ってる。
個人が感じている感覚と厳密な定義?って違いはありそうだけど。個人間のやりとりだしコレくらいの緩さでいいのでは?とも思ってしまう。民族的な意味と厳密な教義の違いかな
逆にこの拙い説明とバラバラの認識が八百万っぽくて良い。しかし日本代表としてはちょっと恥ずかしいな。
俺は何百万もいる神様に祈ったりしないよ。神社に行ったら、なんとなくお辞儀して手を叩くだけ。
1人で24時間全員の祈りを受け止めるなんてブラックすぎて他になり手がいないだけだろ。日本は分業制で神様の労働環境がいいから、たくさんの神様から選ばれて何百万もいるってわけ。
固有の神を戴かないので神頼みするときの神はふわっとした祈り。汎神論とはちょっと違うけどここで何かを祈るときそれは運命みたいな?って思えれば絶えず運命の潮流に翻弄されるギリシャ神話とも精神性は近いかも?
ぼんやりと人間界の上位に敬うべき存在を認めるっていう約束事をキャラ化したもの(キャラ化は日本は得意だし)と思う.お天道様みたいなイメージはアジアに広くあるんじゃないかな.
行動の原理を何かに委譲するのが唯一神で、行動は自己責任で判定を何かにしてもらうのが多神かと。唆しと供与の区別がつくかどうかで能動性が違っていそう。
信仰に大してこれくらい緩い認識でないと女神転生みたいなゲーム作れないよねって思った
別段積極的に祈る必要も無いし、特に神と人の関係を結ぶ必要も無いよな。珍しい野生動物を有り難がる感覚に近いのかなあ。ところで土地の神様って、日本固有では無いからフランスにも居るのでは。
俺達もわからない
現役神職の多くは近代軍事国家の礎となる国家神道としてキリスト教を参考に明治政府に整備されたあとの神道をベースに語ってるから、土着信仰としてのアニミズム的な神道を理解してない人も多い。宗教学を学ぼう。
万物に神が宿ると言ってるけど、その正しさは誰が担保してるの?それを誰も答えられないから、神という概念が必要なんでしょ。
祈ったもん祈ったもん( ゚∀゚)o彡°
「お天道様は見ている」は英語圏だと"Nobody knows"または“God only knows”で翻訳できると思う。誰も見てないって意味にもなるが、神が見てるのは近い感覚やろね
そのシーンに合致する適当な神を設定して祈ってるけどその神の実在は気にしてない
みなさん熱心に語るなあ
欧州圏は学校教科に宗教があるので基礎知識位はありそうだが、答える日本側に知識があるのか不安。最近読んだ日本人研究者の書いた基督教入門新書で二冊とも著者が東洋哲学の知識が皆無で間違った記述をしてたから。
相変わらず神道信徒を自認する人がやけに多いがそんなもんだっけ/ちなみにみんな初詣で行く神社の祭神とか神徳とか認知してるもんなの?
ChatGPTに質問をすると、裏で検索して分からない事は言葉の辻褄だけ合わせて適当なことを言ってくることでお馴染みだが、人間がそれより誠実な解答をしてくれるかっていうと。
向こうは1人が全てを担当していて、日本は色んな神様による分業制なだけでは?似たような神様もたくさんいるし。/ギリシャやローマ神話の神様をどう捉えてるのかはたしかに気になる。
精霊の概念があれば付喪神もそんなに難しい話ではない気がするし世界の神話はだいたい神様大勢いるのでむしろ一神教のほうが実は特殊なのでは
いいからヨーロッパはギリシャローマの宗教を復活させろ
一神教界隈では聖人だの聖霊だので神格に対して一生懸命「これは神ではない」ってやってるだけだけど、そういうもの達に対する信仰心だってあるんじゃろ?
まあ、神道の信徒では無いので確実な事は言えんが、そとみからだと大半の神様には仕事をしてもらうと人間にとって困る事になるので、大人しくしてもらう為に祀る。「何もしなくていいから、見ててください」的な。
教義がないということも知ってほしい
何百万も神がいれば、神であろうとも一期一会なのでは。昨日祈った神と今日祈った神は同じとはならない。むしろ、「同じ神か否か」はどのように判別してるのだろうか。
「神様」の一言で全部括って何となくお祈りしてます。詳しく知る必要も感じない。
まずキリスト教の神との関係性を理解しないと答えたことにならん。神のルールに誠実であることが善、っていう契約を前提とした発想なので、色んな神の色んなルール全部に誠実であるなんて可能なのか?という疑問かと
祈らないよね
なんか海外の反応シリーズで語らられるよう「神道」を騙るから嘘っぽくなる。一般の日本人は神道について詳しくないし、そもそも対して祈りもしない。
神道は単に原始宗教が広まってるだけ。仏教の戒律は真面目に実行するには職を捨て世捨て人になる他なく、世間に広まるには余りにも戒律が厳し過ぎた。
全然わからない。俺たちは雰囲気で信仰している
八百万の神がいると言ってもトイレ行くたびにトイレの神様に祈ったりしないけどな。しかもあれは明王(仏様)だし。まぁ、その辺り雰囲気だよな。
お祈りする時は、神様仏様っていう。仏様は、昇天された御霊全員。リンボーあたりでウロウロしてても可。神様は日本におわす八百万の神々+ユダヤキリ教アッラーその他諸々全部入り。抜かりはない。
明治時代に神教が迫害したのは道祖神などの土着の神様にも及ぶわけで、ある意味キリストやユダヤと同じものを目指した。けどこのやり方は日本にそぐわなかったので定義曖昧な今のやり方でいいんだよ
歴史的に大陸の人たちの最大の脅威は「人」なのに対して、日本は「自然」だった。人は制御可能だが干ばつ・台風・地震・噴火・津波などは制御不可能だから祈るようになった、ってコテンラジオで言ってた気がする
普段は別に祈ってないからな。「いただきます」のときに実際に米だかなんだかの神様のこと考える人どんだけいるの?
普通に神社に参拝すればええやろ。どこの神様がなんのご利益を司ってるかはだいたい調べれば出てくる。
欧州が多神教からキリスト教に移った理由、「行事や祭礼がいろいろあってめんどくさかったから」あたりじゃないかと思ってる。
多分キリスト教圏の人に神Godと言うから混乱するんだと思う。実際は、モノに宿るのは精霊Spirits の方が近いと思う。もしくは キリスト教の 守護聖人。神と人をつなぐ仲介として、それぞれ特定の分野を司る。
こういう時に我こそはと出張ってくるおしゃべりクソ野郎たち、だいたいネットの与太の受け売りなので本当に害悪だと思う
人類一般にアミニズムがあり、唯一神信仰はこれを抑圧するも、土着信仰と混ざって守護聖人とか精霊とか言って生き残ってる/怨霊を奉るの祈りよりは祟りを畏れる感覚/国家神道は八百万信仰に乗っかった別物
日本の神についての体系的な説明としては不正確だが、大抵の日本人はこれぐらいの雑な認識だという類型としては良いのかもしれない。
神仏含めて、ご利益。
これこそが正しい神道の教義だってのが存在しないんだから答えはないよね。日本列島各地のいろんなローカル民間信仰が寄せ集まっただけなんだから。神職がやってるのも伝統のでっちあげ
質問者は庶民の日常感覚を問うているのだから、専門家の意見より、一般人の意見の方が、求められている回答であろう。
神社に行っても、大多数の人はとりあえず賽銭投げて柏手打つだけで、祭神が誰とか認識してなさそう。お腹痛いとき神仏に祈る人がいるけど、あれも特定の神じゃないよな。/名前の知れてるお稲荷様や天神様は特殊かも
俺はこれでいいと思う。八百万の神々というのは様々なものに宿りその精神も多様で良い。下手にマナー講師みたいなことが始まるから中東のようにくだらない宗教戦争が始まる。各々が信じる神と所作でいい。
死後の救済ではなく現世利益のために祈ってることから理解してもらった方がいいきがする
『神道の逆襲』という新書がおもしろかたった(https://goldhead.hatenablog.com/entry/2025/08/26/231704)。神道の基礎的なところがわかるかもしれない。個人的にはもうちょっと本居宣長関係の本とか読みたいと思っている
Xの同時翻訳機能は、こういう風に「ある◯◯人が言ってた」ことが「◯◯ではこうだ!」となる新しいタイプの出羽守を量産するんだろうと思ってる
初詣もお盆もやらんし、ぼくにのこっている日本的な信仰なんて「おばけこわいな」程度だと思うんよね。「〇〇したらばちがあたる」とかおばけ的な要素じゃない?
誰もしっかり教義を習わず、日本で過ごしていくうちに自分の中でいつの間にか浸透しているものだから、他者から問われてもある程度バラバラになるのは当然かも。それが特徴でもあるよね。
聞いてる人が一般的な日本人の感覚を知りたいならこういう回答で大まかにはあってそう。細かくこれはこの宗教と認識してる人は少ないだろうね
あらゆるところに神様がいるからね。
白砂敷いて神域を作って祝詞をあげて巫女に神を降ろして審神者が問答してどんな神が降りたのか判定してからお祈りをするのが神道。その他は自然崇拝の土着宗教と習合したもの。
GodではなくDeity(Deus)あるいはangel、spirit、ghostの方が概念としては近い気がするよね。
「峠鬼」という漫画を紹介すると良いかもね、あれは日本人からしても「ほほう、こういう解釈があるか」という日本の神様の描写だが、腹立てて頭から否定するほど的外れでもない。まあ神とGODは違う概念だしな。
庶民がどう感じてるかを知りたいんだろうから、素人認識でいいんじゃね?正確な定義なんか知りたいわけじゃないだろ
日本人の大半が実は神道についてよく分かっていないし、深く考えてもいない、というのが実情だろう。
個人的には記紀由来の神々より、川のほとりにある水神や山にぽつんとある山神社に昔から妙に惹かれる。
日本人は基本的にアニミズムと祖霊信仰なのでそこだけ分かってればええんちゃう。アニミズム担当が神道で祖霊信仰担当が仏教
国家神道も一神教みあるけどね。神社巡りが許容されるのも特殊な気がする。沖縄の御嶽はどちらかというと土地の神様。よそ者が勝手に拝むとかはあんまりしない。アニミズムと国学の接ぎ木は複雑。
好きにすればいい
一気に祈りたいなら出雲大社がいいですよって話かと思った
大体祟り神なので、祈りの言葉は「(私に関わらず)安らかにお過ごしください」だよ。
八百万もいる上に神無月があるとか、もう滅茶苦茶だとちょっとだけ思う。
今日本で「神道です」いうてる人たちは江戸末期の国学が西洋文化とキメラ結合した明治トンデモ宗教がベースなので、現役の神職の話もあんまり真に受けて話聞かなくてもいいと思うし、好きなように祈ればいい
勉強なら菅原道真、台所は荒神が担当者、あとはそこらの氏神様と道祖神あたりにお願いしておけば大丈夫
拝みたいと思ったらそれが神様だし,あなたがそう思うものがラノベだし,あなたが良いねと言ったらそれがサラダ記念日だ / 合意形成による軋轢を嫌う日本人は宗教や神様の提議も曖昧なままにしておいた方が都合が良い
出てくる説明適当すぎて笑える。日本人の大半は神社の名前は知ってても祭神が何かとか知らないでしょ。
京都の寺社仏閣巡りをしたんだけど、行く先々でご利益ごとにお祈り?したので現金なことだなと思ったばかり。神様も役割分担できていいのかも。そういえば外国人が手を合わせてお参りしている姿は少なかった。
みんな適当に言ってるというツッコミは正しいが、実際の肌感としても各々適当にゆるくお祈りしているわけで、正式なお作法を知りたいという話でもないし、経験則的な感覚を言うのもあながち間違いではないのでは。
神の数や祈りの宛先はみてのとおり正しさの数だろ 唯一の神に許しを得たらぶん殴っても大丈夫なのか他人にも別の基準の神があるのを尊重できるのか 尊重せずに正しさ多すぎでも困らんのが平和やな
まあ適当なんだよな 結婚式は教会で、葬式は仏教でやってる国はない。日本人に宗教のことを聞くこと自体が間違い 何を信じてるかもわかってない
「お米一粒に七人の神様が宿っている」は昭和中期ぐらいの食育で語られたもので古い伝統ではない。文献で辿れるのは漫画「ドカベン」のセリフ。それを含めてある意味日本人の宗教観のおおらかさを表してる気もする...
どうして宗教や哲学ってディテールの話ばかりになるのだろう。楽しむ方法と違って救済には明確な結果が存在しないから祈りの方法が違えば喧嘩になるみたいな手段が目的になっては意味がないものなのに。
「運を天に任せる」「人事を尽くして天命を待つ」って気分のときは一神教的な神様を想定してるかもだけど、神様なしの運命そのものかも。自分の思考パターンに人知を超えた存在は組み込まれてるけど、正体不明だわ
これの真反対のことが日本でも日常的に起きてるんだよ。「知り合いの外国人が言ってた」という枕詞で。
とりあえず家に神棚つけて参拝なのかな? 神道って多くが生活のなかで親族とか、祭りで地域の人に教わる程度で、神主に教わるとか機会も自分はなかったし、宗教観の育ち方が人それぞれなんだろうな。
( キリスト教の聖人もたいがい多い… )
「神道は死を扱わず葬式ができないので」←うちは神主様が来て神式で葬式したが。伊邪那美命で死を扱っているでしょう//「みんな好き勝手言ってる」「レベルが低い」ってのが文化としての神道。教義なしで好き勝手
トイレには2羽ニワトリがいてな
語っている人たちの中で、じーちゃんばーちゃんたちが細々とやってる消えてなくなりそうな小さい小さい神社やお堂の祭礼を知っている、ましてや手伝っている人がどれだけいるのだろう
まあそんだけ適当に運用してるってことでしょ。適当に聞いたら適当な返事がくる。それが分からんではインターネットを使うのは難しい。
ギリシア・ローマ神話や北欧神話に喩えるのもズレていて、多くは神様の名前を気にせずに拝んでるんじゃないかな。
見方の違いだけで、日本のIT神社と、インターネットの守護聖人は同じだね、で済む話。日本の宗教観や四季は世界から不思議がられてて凄い、の承認欲求は、麻疹だからしょうがない。
お祈りしたことも忘れてるんじゃないか。
自称日本で一番祀ってる神様が多い鳥取の大江神社に行けば良いんじゃないすかね。61柱祀られてる。
「フランスは世界の中心だと聞いたが、その中心はどこにあるんだ?」
ブコメでは批判が多いんだけど、それぐらいおおらかで良い加減だけど、何にでも神様的なものを見出して感謝するのが我々の宗教観なんじゃないかな。文化ってそれぐらい適当じゃね?
「神に祈らなければ」が先に来るからそういう疑問になる気がする。日本人は感謝しようと思った時にその相手(モノ)を神として祈るのでは
いかに特定の宗教を信仰せず、ふわっとスピリチュアルなだけの人が多いかと言う証明になっとるがな。
昔から思っているのだけど。GODの対訳として神は適切ではなかったのではないかと。日本にGODという概念はないのではないか。
日本の多くの人が宗教に対して尊重はしているものの、あまり知識はなく理解してもいないことがわかる。自分にも宗教的感覚はあるけど、特定の宗教に当てはまるわけじゃないから、勝手に「いただきます教」と呼んでる
日本人ほとんど答えられてなくておもろい。そして答えてる人も信仰心なんかないって言うんだろう。「無自覚」が日本の宗教観だよ。
アミニズムなので別に珍しい話でも無い。ギリシャやローマ神話だって神沢山いるだろ。
Godをデウス、天主、上帝と訳していた時代もあったわけで、何らかの超常的な畏れるべき存在であるところの神と創造主であるGodを訳で対称にしたのが混乱の元
八百万はテキトーに言ってるだけですよ。
神道は土人のまじない。邪見を捨て仏に帰依しなさい。
神式の葬式もあるのだが神社に墓がないのとごっちゃになったのか
× 珍しい鳥たち / ⚪︎珍しいやつら
なんなら、汎用機にも神様がいて、再起動する時は皆で祈りを捧げるのが風習だった(神話
日本人も「よくわからんけどとりあえず拝んどけ」の精神。八百万の神は利便性高すぎだろ
例えば、長く使った道具が壊れて捨てる時に、その道具を与えてくれた唯一神に感謝するか、長く使えた道具そのものに感謝するかの違いだと思ってる。お日様の恵みは、お日様に感謝する。
比較的最近まで日本っぽい多神教文化だったアイルランド・バルト海沿岸あたりに聞いたら何も考えてない日本と大差ない様式を何も考えてない日本人よりは明晰に答えてくれるんじゃないの。
フランス人「神道では神様が何百万もいると聞いたが、どうやってどの神様に祈ればいいのかわかるの?」→神様の概念を説明するリプが集まる
“西洋では一つの神様に祈るのに慣れてるから”ギリシャ神やローマ神その他地元に根差した神と信者を今も片っ端から殺しまくってるって自己紹介?
インターネットで見た
『「祈る」と言うよりは「感謝する」と言語化した方が近い』...この表現はなんとなく理解できます。おもしろいよねぇ。
"感謝だけではなく失礼がないようにみたいな感覚もありますね" お天道様が見てると表現される倫理観が根付いてるので、神道の影響受けてると思ってる/ 神道的な太陽信仰、倫理哲学は中国の天思想の融合という可能性?
日本の神様は上(かみ)様で相対的に上にあるもの、英語圏は神様も自己も絶対的なもの。なので日本語は主語も相手によって相対的(俺私僕)だけど、英語は絶対的な"I"しかないって考察は書籍「英語の感覚」だったっけ
“西洋では一つの神様に祈るのに慣れてるから” → ダウト. その発想が既に一神教的だと主張したいがギリシャ神話や北欧神話とかはまだ撲滅はされていないと思うわよ
普通にキリスト教でもキリスト以外の聖人に祈るし、カトリックにいたっては直近で良いことした人を聖人認定しまくって祈る対象に加えてるんだよなあ。最近だと2006年に死んだインフルエンサーとかいるよ。
ギリシャローマ神話があるから、そんなに分かりにくいものでもないと思うが、でも神話の神々を宗教として信仰してる人って向こうにいないのかね
人が生活の中で向かい合う環境に見出すナラティブの積み重ね的なモノの中で、共有度合いが高いものが祀られ始めて具体的な形で神社化して行ったような。。
向こうでも聖人を崇めてたりするからそんな遠い概念ではないはず。たぶん
いや、適当な説明ばかりで酷いな。付喪神と須佐之男命と菅原道真とハチマンを、全部同じく扱っているかのよう。日本人の宗教に対する認識、レベルが低すぎるわ。
血の神とか落下の神とか戦争の神とかいるんだよ
西欧にも聖人信仰あるし、あれは東郷神社とか南洲神社、照国神社みたいな発想と近いよな。
「野球の神様」「漫画の神様」これは一般的にはある特定の個人を指しているw/川上哲治は「”打撃”の神様」だったわ
遍くあることに違いはないので、儀式の問題でしかない気がする。
「祈るな 祈れば手が塞がる」
それ、神道ではなくアニミズムでは?…というのがいくつか。/"お天道様"だって、中国の"天"思想に由来する外来思想ですからね(その証拠に、日本書紀や古事記の中の文脈に位置づけられないでしょ)。
ギリシャ神話やローマ神話は基礎教養として生活に馴染んでいる欧州人が、いまさら「多神教がわからない」とはカマトトが過ぎる
いわゆる西洋宗教とは異なることに価値を置く反面、国家神道は西洋化の道を進んでいくあたりに倒錯が感じ取れる
トイストーリーのオモチャたちになぞらえるのは大変秀逸だと思った。
神道は死を扱わず葬式に使えないので日本人にとって比較的どうでもいい宗教。多くの日本人は何を祀っているのかもわからず、主に年始に金を払って一方的に願い事を押し付けるだけ。
偉そうに神道の話してるけど「ぼくがこう思ってる」以上の何ものでもないのがほとんどだよね。ネットで活動している神職の方とかに話を聞いたほうが良いのでは?
お前らだってローマ帝国がキリスト教を国教化するまで多神教ウホウホしてたろうが。
何百万はいない維新政府の神社合祀で金成の数がぶち殺されたからだ
Godを神と訳したのがそもそも間違いとかなんとか。
好きな神様(神社)に祈ればいいんやで
一神教の人が例えば誰かに親切にしたとして、その誰かが自分では無く神様にお礼を言ったらイラッと来ないのかな?とかは思う。全部他人(神様)の手柄
かしこみ申すタイプのちゃんとしたやつもあるだろうけど、平時はご挨拶とお礼ぐらいの気はする。日本なら近所の氏神様からだが、海外の方はどうだろうね。
近所の神様か、配下が多い強力な神様。専門系の神様もいる。/コメントを見て。確かにキリスト教だと「聖人信仰」に近いわ。専門系の聖人いるからな。
ほとんどの人はそんなことを深く考えていない、というのが答えでしょうな。
神様の概念は学校で習ってないし両親や祖父母にも聞いてないしそういう機会もなかったので全然知らない。初詣で、葬儀、厄除けでお参りするくらい。
大して得意でもない人が説明に乗り出してくる地獄
ローマ帝国時代は天災とか起こる都度、とりあえず分からんから色んな神に祈って沈めてもらおうとしてたんだけど、当時のキリスト教徒がそれに協力しないから「無神論者殺す!」ってキレられてたのアイロニーだよね
インドには2兆の神がいると聞いたことがある。
キリスト教でも神とは別にキリストがいてマリア信仰もあるし、聖人もたくさんいるわけで、あまり変わらないような。天使もいた。
キリスト教の守護聖人と似たようなものだ。
「神様仏様🙏」って並べるしね。誰でもいいよね。最近はイエス様って追加する人もいそう
日本人て神道について外国人に質問されて語るの大好きだよな
この日本人に対する絶妙な解像度の低さが日の丸マークつきって感じやね
神様を怒らせるとどんな目に遭うのかわからないのでお祈りで恭順の意を示しているのかと思ってた。
困った時の神頼みでそれぞれ担当してる分野の人に突然お願い助けてっていう感じだけどこれを現実社会でやったら嫌われるよなと思う。コロナのときのアマビエとか普通にキレて良い神だと思う。
今の日本人の宗教観って土着信仰と神道と仏教のちゃんぽんだから明確な定義もないよな
無礼にならないよう気を付けて語りかければ、神様の世界の役所や事務所の窓口経由して担当の神様に届いたり、地元の神様が他の神様に話を通してくれたりする、…って話もあるのよ。
全然わからない。俺たちは雰囲気で神に祈ってる。
個人が感じている感覚と厳密な定義?って違いはありそうだけど。個人間のやりとりだしコレくらいの緩さでいいのでは?とも思ってしまう。民族的な意味と厳密な教義の違いかな
逆にこの拙い説明とバラバラの認識が八百万っぽくて良い。しかし日本代表としてはちょっと恥ずかしいな。
俺は何百万もいる神様に祈ったりしないよ。神社に行ったら、なんとなくお辞儀して手を叩くだけ。
1人で24時間全員の祈りを受け止めるなんてブラックすぎて他になり手がいないだけだろ。日本は分業制で神様の労働環境がいいから、たくさんの神様から選ばれて何百万もいるってわけ。
固有の神を戴かないので神頼みするときの神はふわっとした祈り。汎神論とはちょっと違うけどここで何かを祈るときそれは運命みたいな?って思えれば絶えず運命の潮流に翻弄されるギリシャ神話とも精神性は近いかも?
ぼんやりと人間界の上位に敬うべき存在を認めるっていう約束事をキャラ化したもの(キャラ化は日本は得意だし)と思う.お天道様みたいなイメージはアジアに広くあるんじゃないかな.
行動の原理を何かに委譲するのが唯一神で、行動は自己責任で判定を何かにしてもらうのが多神かと。唆しと供与の区別がつくかどうかで能動性が違っていそう。
信仰に大してこれくらい緩い認識でないと女神転生みたいなゲーム作れないよねって思った
別段積極的に祈る必要も無いし、特に神と人の関係を結ぶ必要も無いよな。珍しい野生動物を有り難がる感覚に近いのかなあ。ところで土地の神様って、日本固有では無いからフランスにも居るのでは。
俺達もわからない
現役神職の多くは近代軍事国家の礎となる国家神道としてキリスト教を参考に明治政府に整備されたあとの神道をベースに語ってるから、土着信仰としてのアニミズム的な神道を理解してない人も多い。宗教学を学ぼう。
万物に神が宿ると言ってるけど、その正しさは誰が担保してるの?それを誰も答えられないから、神という概念が必要なんでしょ。
祈ったもん祈ったもん( ゚∀゚)o彡°
「お天道様は見ている」は英語圏だと"Nobody knows"または“God only knows”で翻訳できると思う。誰も見てないって意味にもなるが、神が見てるのは近い感覚やろね
そのシーンに合致する適当な神を設定して祈ってるけどその神の実在は気にしてない
みなさん熱心に語るなあ
欧州圏は学校教科に宗教があるので基礎知識位はありそうだが、答える日本側に知識があるのか不安。最近読んだ日本人研究者の書いた基督教入門新書で二冊とも著者が東洋哲学の知識が皆無で間違った記述をしてたから。
相変わらず神道信徒を自認する人がやけに多いがそんなもんだっけ/ちなみにみんな初詣で行く神社の祭神とか神徳とか認知してるもんなの?
ChatGPTに質問をすると、裏で検索して分からない事は言葉の辻褄だけ合わせて適当なことを言ってくることでお馴染みだが、人間がそれより誠実な解答をしてくれるかっていうと。
向こうは1人が全てを担当していて、日本は色んな神様による分業制なだけでは?似たような神様もたくさんいるし。/ギリシャやローマ神話の神様をどう捉えてるのかはたしかに気になる。
精霊の概念があれば付喪神もそんなに難しい話ではない気がするし世界の神話はだいたい神様大勢いるのでむしろ一神教のほうが実は特殊なのでは
いいからヨーロッパはギリシャローマの宗教を復活させろ
一神教界隈では聖人だの聖霊だので神格に対して一生懸命「これは神ではない」ってやってるだけだけど、そういうもの達に対する信仰心だってあるんじゃろ?
まあ、神道の信徒では無いので確実な事は言えんが、そとみからだと大半の神様には仕事をしてもらうと人間にとって困る事になるので、大人しくしてもらう為に祀る。「何もしなくていいから、見ててください」的な。
教義がないということも知ってほしい
何百万も神がいれば、神であろうとも一期一会なのでは。昨日祈った神と今日祈った神は同じとはならない。むしろ、「同じ神か否か」はどのように判別してるのだろうか。
「神様」の一言で全部括って何となくお祈りしてます。詳しく知る必要も感じない。
まずキリスト教の神との関係性を理解しないと答えたことにならん。神のルールに誠実であることが善、っていう契約を前提とした発想なので、色んな神の色んなルール全部に誠実であるなんて可能なのか?という疑問かと
祈らないよね
なんか海外の反応シリーズで語らられるよう「神道」を騙るから嘘っぽくなる。一般の日本人は神道について詳しくないし、そもそも対して祈りもしない。
神道は単に原始宗教が広まってるだけ。仏教の戒律は真面目に実行するには職を捨て世捨て人になる他なく、世間に広まるには余りにも戒律が厳し過ぎた。
全然わからない。俺たちは雰囲気で信仰している
八百万の神がいると言ってもトイレ行くたびにトイレの神様に祈ったりしないけどな。しかもあれは明王(仏様)だし。まぁ、その辺り雰囲気だよな。
お祈りする時は、神様仏様っていう。仏様は、昇天された御霊全員。リンボーあたりでウロウロしてても可。神様は日本におわす八百万の神々+ユダヤキリ教アッラーその他諸々全部入り。抜かりはない。
明治時代に神教が迫害したのは道祖神などの土着の神様にも及ぶわけで、ある意味キリストやユダヤと同じものを目指した。けどこのやり方は日本にそぐわなかったので定義曖昧な今のやり方でいいんだよ
歴史的に大陸の人たちの最大の脅威は「人」なのに対して、日本は「自然」だった。人は制御可能だが干ばつ・台風・地震・噴火・津波などは制御不可能だから祈るようになった、ってコテンラジオで言ってた気がする
普段は別に祈ってないからな。「いただきます」のときに実際に米だかなんだかの神様のこと考える人どんだけいるの?
普通に神社に参拝すればええやろ。どこの神様がなんのご利益を司ってるかはだいたい調べれば出てくる。
欧州が多神教からキリスト教に移った理由、「行事や祭礼がいろいろあってめんどくさかったから」あたりじゃないかと思ってる。
多分キリスト教圏の人に神Godと言うから混乱するんだと思う。実際は、モノに宿るのは精霊Spirits の方が近いと思う。もしくは キリスト教の 守護聖人。神と人をつなぐ仲介として、それぞれ特定の分野を司る。
こういう時に我こそはと出張ってくるおしゃべりクソ野郎たち、だいたいネットの与太の受け売りなので本当に害悪だと思う
人類一般にアミニズムがあり、唯一神信仰はこれを抑圧するも、土着信仰と混ざって守護聖人とか精霊とか言って生き残ってる/怨霊を奉るの祈りよりは祟りを畏れる感覚/国家神道は八百万信仰に乗っかった別物
日本の神についての体系的な説明としては不正確だが、大抵の日本人はこれぐらいの雑な認識だという類型としては良いのかもしれない。
神仏含めて、ご利益。
これこそが正しい神道の教義だってのが存在しないんだから答えはないよね。日本列島各地のいろんなローカル民間信仰が寄せ集まっただけなんだから。神職がやってるのも伝統のでっちあげ
質問者は庶民の日常感覚を問うているのだから、専門家の意見より、一般人の意見の方が、求められている回答であろう。
神社に行っても、大多数の人はとりあえず賽銭投げて柏手打つだけで、祭神が誰とか認識してなさそう。お腹痛いとき神仏に祈る人がいるけど、あれも特定の神じゃないよな。/名前の知れてるお稲荷様や天神様は特殊かも
俺はこれでいいと思う。八百万の神々というのは様々なものに宿りその精神も多様で良い。下手にマナー講師みたいなことが始まるから中東のようにくだらない宗教戦争が始まる。各々が信じる神と所作でいい。
死後の救済ではなく現世利益のために祈ってることから理解してもらった方がいいきがする
『神道の逆襲』という新書がおもしろかたった(https://goldhead.hatenablog.com/entry/2025/08/26/231704)。神道の基礎的なところがわかるかもしれない。個人的にはもうちょっと本居宣長関係の本とか読みたいと思っている
Xの同時翻訳機能は、こういう風に「ある◯◯人が言ってた」ことが「◯◯ではこうだ!」となる新しいタイプの出羽守を量産するんだろうと思ってる
初詣もお盆もやらんし、ぼくにのこっている日本的な信仰なんて「おばけこわいな」程度だと思うんよね。「〇〇したらばちがあたる」とかおばけ的な要素じゃない?
誰もしっかり教義を習わず、日本で過ごしていくうちに自分の中でいつの間にか浸透しているものだから、他者から問われてもある程度バラバラになるのは当然かも。それが特徴でもあるよね。
聞いてる人が一般的な日本人の感覚を知りたいならこういう回答で大まかにはあってそう。細かくこれはこの宗教と認識してる人は少ないだろうね
あらゆるところに神様がいるからね。
白砂敷いて神域を作って祝詞をあげて巫女に神を降ろして審神者が問答してどんな神が降りたのか判定してからお祈りをするのが神道。その他は自然崇拝の土着宗教と習合したもの。
GodではなくDeity(Deus)あるいはangel、spirit、ghostの方が概念としては近い気がするよね。
「峠鬼」という漫画を紹介すると良いかもね、あれは日本人からしても「ほほう、こういう解釈があるか」という日本の神様の描写だが、腹立てて頭から否定するほど的外れでもない。まあ神とGODは違う概念だしな。
庶民がどう感じてるかを知りたいんだろうから、素人認識でいいんじゃね?正確な定義なんか知りたいわけじゃないだろ
日本人の大半が実は神道についてよく分かっていないし、深く考えてもいない、というのが実情だろう。
個人的には記紀由来の神々より、川のほとりにある水神や山にぽつんとある山神社に昔から妙に惹かれる。
日本人は基本的にアニミズムと祖霊信仰なのでそこだけ分かってればええんちゃう。アニミズム担当が神道で祖霊信仰担当が仏教
国家神道も一神教みあるけどね。神社巡りが許容されるのも特殊な気がする。沖縄の御嶽はどちらかというと土地の神様。よそ者が勝手に拝むとかはあんまりしない。アニミズムと国学の接ぎ木は複雑。
好きにすればいい
一気に祈りたいなら出雲大社がいいですよって話かと思った
大体祟り神なので、祈りの言葉は「(私に関わらず)安らかにお過ごしください」だよ。
八百万もいる上に神無月があるとか、もう滅茶苦茶だとちょっとだけ思う。
今日本で「神道です」いうてる人たちは江戸末期の国学が西洋文化とキメラ結合した明治トンデモ宗教がベースなので、現役の神職の話もあんまり真に受けて話聞かなくてもいいと思うし、好きなように祈ればいい
勉強なら菅原道真、台所は荒神が担当者、あとはそこらの氏神様と道祖神あたりにお願いしておけば大丈夫
拝みたいと思ったらそれが神様だし,あなたがそう思うものがラノベだし,あなたが良いねと言ったらそれがサラダ記念日だ / 合意形成による軋轢を嫌う日本人は宗教や神様の提議も曖昧なままにしておいた方が都合が良い
出てくる説明適当すぎて笑える。日本人の大半は神社の名前は知ってても祭神が何かとか知らないでしょ。
京都の寺社仏閣巡りをしたんだけど、行く先々でご利益ごとにお祈り?したので現金なことだなと思ったばかり。神様も役割分担できていいのかも。そういえば外国人が手を合わせてお参りしている姿は少なかった。
みんな適当に言ってるというツッコミは正しいが、実際の肌感としても各々適当にゆるくお祈りしているわけで、正式なお作法を知りたいという話でもないし、経験則的な感覚を言うのもあながち間違いではないのでは。
神の数や祈りの宛先はみてのとおり正しさの数だろ 唯一の神に許しを得たらぶん殴っても大丈夫なのか他人にも別の基準の神があるのを尊重できるのか 尊重せずに正しさ多すぎでも困らんのが平和やな
まあ適当なんだよな 結婚式は教会で、葬式は仏教でやってる国はない。日本人に宗教のことを聞くこと自体が間違い 何を信じてるかもわかってない
「お米一粒に七人の神様が宿っている」は昭和中期ぐらいの食育で語られたもので古い伝統ではない。文献で辿れるのは漫画「ドカベン」のセリフ。それを含めてある意味日本人の宗教観のおおらかさを表してる気もする...
どうして宗教や哲学ってディテールの話ばかりになるのだろう。楽しむ方法と違って救済には明確な結果が存在しないから祈りの方法が違えば喧嘩になるみたいな手段が目的になっては意味がないものなのに。
「運を天に任せる」「人事を尽くして天命を待つ」って気分のときは一神教的な神様を想定してるかもだけど、神様なしの運命そのものかも。自分の思考パターンに人知を超えた存在は組み込まれてるけど、正体不明だわ
これの真反対のことが日本でも日常的に起きてるんだよ。「知り合いの外国人が言ってた」という枕詞で。
とりあえず家に神棚つけて参拝なのかな? 神道って多くが生活のなかで親族とか、祭りで地域の人に教わる程度で、神主に教わるとか機会も自分はなかったし、宗教観の育ち方が人それぞれなんだろうな。
( キリスト教の聖人もたいがい多い… )
「神道は死を扱わず葬式ができないので」←うちは神主様が来て神式で葬式したが。伊邪那美命で死を扱っているでしょう//「みんな好き勝手言ってる」「レベルが低い」ってのが文化としての神道。教義なしで好き勝手
トイレには2羽ニワトリがいてな
語っている人たちの中で、じーちゃんばーちゃんたちが細々とやってる消えてなくなりそうな小さい小さい神社やお堂の祭礼を知っている、ましてや手伝っている人がどれだけいるのだろう
まあそんだけ適当に運用してるってことでしょ。適当に聞いたら適当な返事がくる。それが分からんではインターネットを使うのは難しい。
ギリシア・ローマ神話や北欧神話に喩えるのもズレていて、多くは神様の名前を気にせずに拝んでるんじゃないかな。
見方の違いだけで、日本のIT神社と、インターネットの守護聖人は同じだね、で済む話。日本の宗教観や四季は世界から不思議がられてて凄い、の承認欲求は、麻疹だからしょうがない。
お祈りしたことも忘れてるんじゃないか。
自称日本で一番祀ってる神様が多い鳥取の大江神社に行けば良いんじゃないすかね。61柱祀られてる。
「フランスは世界の中心だと聞いたが、その中心はどこにあるんだ?」
ブコメでは批判が多いんだけど、それぐらいおおらかで良い加減だけど、何にでも神様的なものを見出して感謝するのが我々の宗教観なんじゃないかな。文化ってそれぐらい適当じゃね?
「神に祈らなければ」が先に来るからそういう疑問になる気がする。日本人は感謝しようと思った時にその相手(モノ)を神として祈るのでは
いかに特定の宗教を信仰せず、ふわっとスピリチュアルなだけの人が多いかと言う証明になっとるがな。
昔から思っているのだけど。GODの対訳として神は適切ではなかったのではないかと。日本にGODという概念はないのではないか。
日本の多くの人が宗教に対して尊重はしているものの、あまり知識はなく理解してもいないことがわかる。自分にも宗教的感覚はあるけど、特定の宗教に当てはまるわけじゃないから、勝手に「いただきます教」と呼んでる
日本人ほとんど答えられてなくておもろい。そして答えてる人も信仰心なんかないって言うんだろう。「無自覚」が日本の宗教観だよ。
アミニズムなので別に珍しい話でも無い。ギリシャやローマ神話だって神沢山いるだろ。
Godをデウス、天主、上帝と訳していた時代もあったわけで、何らかの超常的な畏れるべき存在であるところの神と創造主であるGodを訳で対称にしたのが混乱の元
八百万はテキトーに言ってるだけですよ。
神道は土人のまじない。邪見を捨て仏に帰依しなさい。
神式の葬式もあるのだが神社に墓がないのとごっちゃになったのか
× 珍しい鳥たち / ⚪︎珍しいやつら
なんなら、汎用機にも神様がいて、再起動する時は皆で祈りを捧げるのが風習だった(神話
日本人も「よくわからんけどとりあえず拝んどけ」の精神。八百万の神は利便性高すぎだろ
例えば、長く使った道具が壊れて捨てる時に、その道具を与えてくれた唯一神に感謝するか、長く使えた道具そのものに感謝するかの違いだと思ってる。お日様の恵みは、お日様に感謝する。
比較的最近まで日本っぽい多神教文化だったアイルランド・バルト海沿岸あたりに聞いたら何も考えてない日本と大差ない様式を何も考えてない日本人よりは明晰に答えてくれるんじゃないの。