この作品を絶賛したkawango氏も障害者像は不正確でいい旨の発言をしてたけど、主体性・当事者性には全く欠けてるのでは。作者は夜職の経歴すら否定。/今回はともかく、作者が善意に溢れてても悲惨な出来になりはする
「表象」という単語からも察せられるが、「オタクコンテンツの女性表象消費」への難癖、その類型でしかない。結局は『夜職や障害者は、「Woke思想」に基づいて描け』みたいな主張の近似。(続メタ
野間省一の言葉を借りると、「いたずらに浮薄な商業主義のあだ花を追い求め」ちゃってるな、って思う。
私は最新話の様々な人間描写は文学的な価値さえあると思ったよ。集団化した人間の行動というのも一つのテーマになっていたからある意味メタ的な二重構造が生まれてる。
クリント・イーストウッド監督の「リチャード・ジュエル」に対して、女性記者の描き方がよくないと抗議の声が上がったことを連想。イーストウッド側は実録もので取材に基づいているとつっぱねた。クリントが正しい。
みい山関連のこういう言説で「ツバサ」に触れてないのは全部無価値では感がある。
記事にもあるように「覗き見」や「貧困ポルノ」であってはならない。そこをカバーして放送したとしても、テレビアニメの場合、子どもも見る。子どもはそこまで深く捉えることは難しいよね。
仮に丸呑みできるなら正論→ "アメリカを中心とする世界のメディア業界では、「Nothing About Us Without Us」の精神のもと、障害者や貧困層の表象において過去の搾取的な歴史への深刻な反省と、構造的な改革が進んでいる"
例えば反戦映画はいかにして善良な市民が殺害されたかを描いている。この作品はいかにして障害者が良識ある社会人から迫害を受けているかを描いている。なにが違う?
これをあくまで米国における思想の潮流だとして距離を置くことは否定しないけど、重要なのはそれと同じくらいの質と量でものを考えているかということ。少なくとも自分は Nothing About Us Without Us に説得力を感じる。
編集者たちの醜悪な言動がすべてでは。高学歴高収入の編集者たちが見世物・笑い者として自覚的に商業に走ったのは確定。少なくとも労われるべき存在とはみなしてなかった。問題提起ですらなかった。
女の子が「夏休みは給食が無くてご飯が食べられないので水を飲んで我慢します」みたいな団体の寄付呼びかけ広告よく見るけどあれを「貧困ポルノ」って言うんだな。親の生活管理能力が終わってるとあり得なくもないが
私は、問題がなるべく広く知られることに一番価値をおいていて、それが何からもたらされたものであるか、何をもたらすかは相対的に下になる…ごめんね / 幼少期のケア不足の話題にパターナリズム持ち出されると…困る
こんなフィクションの「適正化」への言い訳を聴けるわきゃなかろ。ドミネーターと何が違うんや
売れれば良いという考えでモノを売ったって良いんだよ。それが表現の自由だろう。いつの間にか中国みたいな考え方のヤツが増えたんだ。非常に嘆かわしい。
もう作者の属性とか編集の振る舞い(これはこれで最悪だが)を混ぜて話すフェイズになっているので、言葉が通じない状態になっていると思います。道徳酔いしてる。
馬鹿って救えないよね~!こっちが手を差し伸べてやっても言うこと聞かないしさ。大人しい子ならまだマシなんだけど。それにそういうのってほら、親もアレじゃん?死んでよ~。が社会構造の限界に見えてしまった。
読み応えもあり興味深く読んだが、このSiaのコンテンツや対応と今回が比肩するようなものなのかというと、どうなのかな
よりによってアメリカのポリコレ基準なんか持ちだすなよ。そういうのは作った途端にただのチェック欄と化す。そんなんで作品の価値が測れるかよ。
「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きで決めるな)」
論点が網羅されてる指摘と思う。主人公や家族の編成からくる頑迷さも社会構造の問題と受け取れる読者がどれほどいるのか。あの作品はプロフェッショナルの不在が(グロテスクな)面白さのキモになってしまってるよね
書きたい事は色々あるが障害者を「支援が必要で配慮が必要で困りごとを抱えている人」とは言ってほしくない。普通に「障害者」とだけ表現して欲しいと常々思っている。(当事者より)
アメリカのポリコレ基準が正解とは全く思わないけど「障がい者が不幸になるのは本人が悪いから」という物語を、どこまでも堕ちて欲しいと嘲笑って楽しませる作りは違うよね。それが現実にある問題なら尚更。
ファンタジウムもアニメ化して続きを読ませろください
“「尊厳(Dignity)」と「主体性(Agency)」”これがキモの気がする。漫画のみいちゃんは常に山田さんなしでは最悪な方向に流されるキャラとして描かれてるので記号化は免れないだろう。
AIが頑張って書きました
弱者差別する側だった人が自分が弱者差別したことを認められないがために差し止めを求めた話だと思っていた
「子供も見るから」か・・・。1980年代だけど、「子供がみてマネするから、知恵遅れは特殊学校に入れろ」って抗議するババア集団いたな。
物語の構造が100日ワニと同じでどんな死に方して終わるんだろうなんだよな。これがなければまだ誤魔化しは効くんだが…
障害者はこの漫画/アニメをどう感じるのかを知りたい
フォレストガンプのババというキャラがめちゃ好きなんよな。悲惨な描き方だからと言ってそれは環境のせいであり、障害者への尊厳がないとは思わない。
infoseekまだおったんかお前
AI slop丸出しのゴミにまで飛びついて怒ってる人達、ハッキリ言って病的だよ。
「高学歴高収入の編集者たちが見世物・笑い者として自覚的に商業に走った」ことが事実だとしても、それが社会に問題提起する力を持つことはあり得る。アニメ化反対派は制作側の意図を問題視してるの?
アメリカのコンテンツ産業の景気ってどうなってるんだっけ、とは思った。いやまぁ、景気は悪くてもポリコレ的に正しい方が幸せは増えるかもしれないが、救済対象が可哀想ランキングで決まるからなぁ
誰もが明日には障害弱者になりうるのに、見下してエンタメにする気持ちはわからない
まとめ助かる、勉強になった。影響力の大きい媒体で流すなら責任が伴う。表現の自由を盾にその責任を放棄しても良いが、当事者コミュニティや支援者側からの批判は受け止める覚悟が必要では。
それでアメリカが正しい社会になったのかというと、むしろトランプブームが起きた。
ゾーニングは穏当な住み分けとは限らず、社会から切り離す醜悪な行為になりうる。 / ミーム蔑称化は現象扱いされがちだが、その主体は個々の差別者だ。彼らを糾弾することなく作品に矛を向けるのが妥当とは思えない。
日本で生まれ育った子供が肌の色も性も環境の違いがあっても目の前で国旗が焼かれたら悲しい反応を示すだろう 国旗を破損させる自由を守りたかったなら、この程度の出来事は許容すべきでは?
『観客に対して「〜自己の加害性や責任」を突きつけ、社会的不平等に対する思考や行動の変容を促す』とか、描き方・受取り方まで検閲するのは私は気持ち悪い。又こうした潮流は、トランプの存在で無力化されてそうな
「作品の価値が『誰かの視点で』高ければ何をしてもいい!」は「この児童ポルノでレイプされている幼女の絶望的な表情の芸術的価値は最高なので世界中に無制限に発信すべき!」と同じことを言っている
みなさん強い倫理的縛りが必要、みたいなノリだが、言っちゃ悪いがこの程度のダメさのフィクションを世に出すべきではないとするのは、かなり筋が悪い。ふつうに表現規制の手段として使われるのが目に見えてる
“特権的な立場からの「覗き見(Voyeurism)」や、悲惨さをただ消費する「貧困ポルノ(Poverty Porn)」であってはならない。”漏れ伝わる製作陣の意識がこれらだから救いがない。搾取側。
何この一見まともな文章に見せかけたお気持ちは... この内容で著者名もリファレンスもないの気持ち悪すぎる、[要出典]が無限に必要だろ
英米圏の表現は「有害なトロープ」認定されるとすぐに炎上するという、極めて束縛が強く表現の自由に敵対的な環境。「強い女性」や「マジカルニグロ」がダメになるような不自由な国を見習ってはいけない。
ブコメが消されてしまった https://anond.hatelabo.jp/20260802092139
検閲官気取りの woke 基準など、鼻で笑っていい。見世物小屋大いに結構。みい山でもアニメ化できるのが、日本の創作が世界を席巻する原動力だよ/何も生み出せず難癖付けて金をたかることしかできない連中こそ世に不要
"特権的な立場からの「覗き見(Voyeurism)」や、悲惨さをただ消費する「貧困ポルノ(Poverty Porn)」であってはならない""フィクション内のキャラクターの描き方が、現実世界のマイノリティの生死や尊厳に直結する"
こういう子が酷い目に遭うのを「仕方ないし、関係無い」でスルーなマジョリティ側ならまだマシで、オモチャにして遊ぶ系が実際に居る事を踏まえた態度は欲しいよね。一昔前の獣姦、スカトロ系とか地獄だったしな。
消費財としてのコンテンツを作る・評価する方法論としての探究はあって然るべきだけど、作品を作るという行為は自由であって欲しいなと思うし、本当に良いものはロジックを超越したところでしか生まれないと思ってる
“フィクションの型に現実の当事者を当てはめて嘲笑する行為が、当事者の尊厳を深く傷つけ、不登校などの実害を生んでいることが報告されている”
アニメ化するにしてもゴールデンで全国放送するのとアニメフェスタの配信のみでは対応変わるしな
結末の描き方次第だからこれからいくらでも修正しようがあるんで、とくに意味がない議論。社会問題として描いた”ケーキの切れない非行少年たち”を見た人が他人を「ケーキ切れななさそう」と揶揄したのをお忘れ?
「Nothing About Us Without Us」は理解できる一方で、結局政治的になったり過度なポリコレになったりする気も。TSキャラはTS役者が演じないとダメ!じゃあTS出さんわでは意味なくて、なんかうまく機能する仕組みがあればいいが
いやしかし、ただ映像化を発表しただけでこれだけ議論されるのだから一石を投じたというのは間違いないね。以前から話は出てるが、露悪的な表現でも反面教師にすることが可能なので、創作はそのように使うべき。
角川は2023年に『七色ギフテッド! 天才だらけ!? 学校生活はがけっぷち!』の出版をとりやめにしたが、これはギフテッド児を育てる母親たちの熾烈な出版反対運動のためだった。それなのに…。
やっとまともな議論が出てきた。とにかく障害者や境界知能持ちからの意見が全く聞こえないのだよなあ。
「アニメの黒人キャラの声を当てるのは黒人」であるべき、ってのは昨今否定されつつあるのでは。今さらそこに戻る?
アメリカの進歩的なポリコレを見習おう!ってやると拗れるだけでは
“福祉の網の目からこぼれ落ちた女性が夜の街で搾取され、最終的に悲惨な結末を迎えるという現実社会の暗部を鋭く描出しており、” / アンパンマンは「正義の下に行われる暴力の肯定」と同筋のいちゃもん
結局、批判はいいけど禁止はするなっていうだけのレベルの話でしょ。どんな作品でも多少なりとも良い影響、悪い影響どちらもあるんだよ
AIの表示が必要 /「ミーム蔑称化は現象扱いされがちだが、その主体は個々の差別者だ」というブコメは、著者、編集部が主体となり"みいちゃんみたいなやつ"等と扇動していた事実を軽視しすぎ。
「Nothing About Us Without Us」の理念を日本で適用するのなら日本の当事者が実際にどんな意見を持っているかを確認すべき。海外で形成された倫理基準で作品を評価すると「当事者の声を尊重する」という理念に反する
難しい議論はお昼寝してからにするにゃ。ボクの可愛い肉球で癒やしてあげるにゃ!
なるほど”メディアの影響力は絶大であり、フィクション内のキャラクターの描き方が、現実世界のマイノリティの生死や尊厳に直結するという重い責任を、現代のコンテンツ制作は引き受けなければならないのである”
この作品、感動ポルノの逆張りの位置にあると思ってて、メインストリームに出ちゃったのが運の尽きな気がする
小説なら大丈夫だったのかな
この物語における社会構造の欠陥として、最大のものは就学前~義務教育における支援教育への取り込みだが、現在はかなり改善されている。歴史的内容でしかない。その面での意義は薄い。意義が必要なわけではないが。
差別してるのは個々人だから悪意ある作品でも罪はない、って、個々人からどうやって逃げろというんだろう。このミームはいじめられる側がすでに決まってて、矛先ずらしてる側は安全で忘れるのも簡単な所にいるけど…
このような「これまでのまとめ」的な記事を書くにはAIは(人間の監視や対話での修正を経た前提で)有能かつ有益な道具になり得るのだな。
『過去の搾取的な歴史への深刻な反省と、構造的な改革」とともにあるか? って点に賛成。人間みな「いっちょ噛み」みたいに社会に生きてるところから始まるので「責任」への路線変更は規定演技のはず。これもそう。
そいういえば30年くらい前は、地上波で「オタク」や「ニート」の見下しがあった気がするけど、そういうのと案外変わらんのちゃう?
私の知る構図や理解と大きな齟齬はないが参考文献や筆者が不明、配信元の情報は会社名と住所程度。寄稿者も居るとして基本はAIで記事大量生産する個人サイトかな|日本はこういう基準独自に作れる段階ですらないような
米国流のそれを支持するのは自由。しかし子供からお年寄りまで、社会の成員全てが持つ表現の自由という基本的人権を制限するなら、なぜ他の解釈ではなく米国流のそれが正しいかまで言えなくては言葉足らず。
いかに編集が胸糞だろうと、作者が何も考えてなかろうと、表現の自由は法を犯していない限り優先される、何の事件も起きないコナン君、話し合いで解決するアンパンマンしかない世界がみたいのなら別だがな
安全圏にいる大手出版社の社員が障害者を見世物にした漫画で一儲けしてやろう、とか考えている構図を思うと非常に醜悪だわね。
米国の事例は参考になるが極端な要求(当事者に演じさせろ等)もあるしアニメだとかつての「非実在青少年」論争みたくややこしくなる。地上波だからゾーニングは難しいが暴力・性的表現と反差別の警告は必要だろう
どうみてもAI記事だが、これ各自がAIに聞けばいいんでは
評価軸わかりやすいな。『みいちゃんと山田さん』は評価軸の1,4が駄目だ。私はこの騒動は広報の不手際で起きたと考えている。マガポケには定期的にどぎついグロ漫画があるが、それらは騒動にならない。編集が迂闊。
漫画は知らないし読む気は起きないままだが、主人公への愛情が関係者にあるかどうかは気になる。現実がどれだけ悲惨であっても(事実悲惨なのだが)その点だけを描く、現実追随のお先真っ暗は見たくない。
覗き見は隠れてやろう
今のアメリカ見て無条件にありがたがるのも相当どうかしてるだろ
アンクル・トムの話かと。
明治期から人権の概念を常に輸入&後追いし続けてきた結果だと思うが、このあたりの倫理感覚について日本社会がいつも周回遅れなのは何とかならんのかな。アメリカの迷走もどうかと思うが、何も考えてないよりはマシ
名監督が名俳優とは限らない~同様に、障碍者は障碍者が演じるべきだ論には疑問が。搾取批判対応としては、演技指導として俳優の上位者ポジで当事者を複数人入れる~とかで。これは方言(地方民差別)指導で通った道
「ゲームでの日本の描き方がおかしい」と批判するのとどこが違うのか考えてて、障害者を描くのには"表現の自由"と言えるのは当事者意識の違いなのではないか、と自分は思ったりしてた(もちろん構造は違うだろうけど
web漫画や深夜アニメに欧米のドラマ・映画並みの制作倫理基準を求めるのはお門違いでしょう
アニメを丁寧に作りきれるかどうか、それだけコストと時間をかけて制作させるアニメになるかどうか。期待出来ないな
健常者に対する「自分が無断で一方的に決めてないか?」「相手を尊重してるか?」「相手を参加させてるか?」という問いは重要で、当事者も問うと同時に問われるのだ。だから一方的な制裁は駄目だってわかるでしょ。
『貧困ポルノの最大の問題は、〜現実の構造的要因(なぜ福祉が届かないのか、なぜ貧困が再生産されるのか)を捨象〜』この点は「みい山」は捨象どころか徹底的に描いてる思うんだよな(特性や周囲の無知無理解や搾取
これAI記事だろうな、記事元のもぐ2ニュースとか聞いたことないし
別に教科書じゃねーんだから、創作に倫理観とか頭湧いてんのかこいつと思うわ 見たいと思われれば売れるし、見たくないなら売れないだけだろ
これがこのままアニメ化されるなら作者の本名とか生い立ちとか顔とか知りたいわ。弱いものは踏み付けにして良いと思ってるならそれは間違っていると身をもって知ってほしい。
もう好きにアニメ化でも何でもして下さい。他でも書いたけど、別に漫画は問題ないし、映画ならアニメでも実写でも良いよ。ただTVアニメ化はどうなんだろう?って私が思ってるだけ。それが左翼だ何だと何だかなぁ
「本記事は同作を対象とした批評である」って編集部名で書いちゃうのはメディアとしてどうなんですかね。
すくなくともこれ読んで、発達障害を描いたコンテンツだと言う視点から、こういうめんどくさい連中はむごたらしくアレしろ。みたいな方向で「楽しむ」連中と、編集側って、ソドムとゴモラじゃね?
メディアにおける社会的弱者表象の境界線:『みいちゃんと山田さん』論争とアメリカの倫理的潮流からみる「問題提起」と「露悪」の構造|Infoseekニュース
この作品を絶賛したkawango氏も障害者像は不正確でいい旨の発言をしてたけど、主体性・当事者性には全く欠けてるのでは。作者は夜職の経歴すら否定。/今回はともかく、作者が善意に溢れてても悲惨な出来になりはする
「表象」という単語からも察せられるが、「オタクコンテンツの女性表象消費」への難癖、その類型でしかない。結局は『夜職や障害者は、「Woke思想」に基づいて描け』みたいな主張の近似。(続メタ
野間省一の言葉を借りると、「いたずらに浮薄な商業主義のあだ花を追い求め」ちゃってるな、って思う。
私は最新話の様々な人間描写は文学的な価値さえあると思ったよ。集団化した人間の行動というのも一つのテーマになっていたからある意味メタ的な二重構造が生まれてる。
クリント・イーストウッド監督の「リチャード・ジュエル」に対して、女性記者の描き方がよくないと抗議の声が上がったことを連想。イーストウッド側は実録もので取材に基づいているとつっぱねた。クリントが正しい。
みい山関連のこういう言説で「ツバサ」に触れてないのは全部無価値では感がある。
記事にもあるように「覗き見」や「貧困ポルノ」であってはならない。そこをカバーして放送したとしても、テレビアニメの場合、子どもも見る。子どもはそこまで深く捉えることは難しいよね。
仮に丸呑みできるなら正論→ "アメリカを中心とする世界のメディア業界では、「Nothing About Us Without Us」の精神のもと、障害者や貧困層の表象において過去の搾取的な歴史への深刻な反省と、構造的な改革が進んでいる"
例えば反戦映画はいかにして善良な市民が殺害されたかを描いている。この作品はいかにして障害者が良識ある社会人から迫害を受けているかを描いている。なにが違う?
これをあくまで米国における思想の潮流だとして距離を置くことは否定しないけど、重要なのはそれと同じくらいの質と量でものを考えているかということ。少なくとも自分は Nothing About Us Without Us に説得力を感じる。
編集者たちの醜悪な言動がすべてでは。高学歴高収入の編集者たちが見世物・笑い者として自覚的に商業に走ったのは確定。少なくとも労われるべき存在とはみなしてなかった。問題提起ですらなかった。
女の子が「夏休みは給食が無くてご飯が食べられないので水を飲んで我慢します」みたいな団体の寄付呼びかけ広告よく見るけどあれを「貧困ポルノ」って言うんだな。親の生活管理能力が終わってるとあり得なくもないが
私は、問題がなるべく広く知られることに一番価値をおいていて、それが何からもたらされたものであるか、何をもたらすかは相対的に下になる…ごめんね / 幼少期のケア不足の話題にパターナリズム持ち出されると…困る
こんなフィクションの「適正化」への言い訳を聴けるわきゃなかろ。ドミネーターと何が違うんや
売れれば良いという考えでモノを売ったって良いんだよ。それが表現の自由だろう。いつの間にか中国みたいな考え方のヤツが増えたんだ。非常に嘆かわしい。
もう作者の属性とか編集の振る舞い(これはこれで最悪だが)を混ぜて話すフェイズになっているので、言葉が通じない状態になっていると思います。道徳酔いしてる。
馬鹿って救えないよね~!こっちが手を差し伸べてやっても言うこと聞かないしさ。大人しい子ならまだマシなんだけど。それにそういうのってほら、親もアレじゃん?死んでよ~。が社会構造の限界に見えてしまった。
読み応えもあり興味深く読んだが、このSiaのコンテンツや対応と今回が比肩するようなものなのかというと、どうなのかな
よりによってアメリカのポリコレ基準なんか持ちだすなよ。そういうのは作った途端にただのチェック欄と化す。そんなんで作品の価値が測れるかよ。
「Nothing About Us Without Us(私たちのことを、私たち抜きで決めるな)」
論点が網羅されてる指摘と思う。主人公や家族の編成からくる頑迷さも社会構造の問題と受け取れる読者がどれほどいるのか。あの作品はプロフェッショナルの不在が(グロテスクな)面白さのキモになってしまってるよね
書きたい事は色々あるが障害者を「支援が必要で配慮が必要で困りごとを抱えている人」とは言ってほしくない。普通に「障害者」とだけ表現して欲しいと常々思っている。(当事者より)
アメリカのポリコレ基準が正解とは全く思わないけど「障がい者が不幸になるのは本人が悪いから」という物語を、どこまでも堕ちて欲しいと嘲笑って楽しませる作りは違うよね。それが現実にある問題なら尚更。
ファンタジウムもアニメ化して続きを読ませろください
“「尊厳(Dignity)」と「主体性(Agency)」”これがキモの気がする。漫画のみいちゃんは常に山田さんなしでは最悪な方向に流されるキャラとして描かれてるので記号化は免れないだろう。
AIが頑張って書きました
弱者差別する側だった人が自分が弱者差別したことを認められないがために差し止めを求めた話だと思っていた
「子供も見るから」か・・・。1980年代だけど、「子供がみてマネするから、知恵遅れは特殊学校に入れろ」って抗議するババア集団いたな。
物語の構造が100日ワニと同じでどんな死に方して終わるんだろうなんだよな。これがなければまだ誤魔化しは効くんだが…
障害者はこの漫画/アニメをどう感じるのかを知りたい
フォレストガンプのババというキャラがめちゃ好きなんよな。悲惨な描き方だからと言ってそれは環境のせいであり、障害者への尊厳がないとは思わない。
infoseekまだおったんかお前
AI slop丸出しのゴミにまで飛びついて怒ってる人達、ハッキリ言って病的だよ。
「高学歴高収入の編集者たちが見世物・笑い者として自覚的に商業に走った」ことが事実だとしても、それが社会に問題提起する力を持つことはあり得る。アニメ化反対派は制作側の意図を問題視してるの?
アメリカのコンテンツ産業の景気ってどうなってるんだっけ、とは思った。いやまぁ、景気は悪くてもポリコレ的に正しい方が幸せは増えるかもしれないが、救済対象が可哀想ランキングで決まるからなぁ
誰もが明日には障害弱者になりうるのに、見下してエンタメにする気持ちはわからない
まとめ助かる、勉強になった。影響力の大きい媒体で流すなら責任が伴う。表現の自由を盾にその責任を放棄しても良いが、当事者コミュニティや支援者側からの批判は受け止める覚悟が必要では。
それでアメリカが正しい社会になったのかというと、むしろトランプブームが起きた。
ゾーニングは穏当な住み分けとは限らず、社会から切り離す醜悪な行為になりうる。 / ミーム蔑称化は現象扱いされがちだが、その主体は個々の差別者だ。彼らを糾弾することなく作品に矛を向けるのが妥当とは思えない。
日本で生まれ育った子供が肌の色も性も環境の違いがあっても目の前で国旗が焼かれたら悲しい反応を示すだろう 国旗を破損させる自由を守りたかったなら、この程度の出来事は許容すべきでは?
『観客に対して「〜自己の加害性や責任」を突きつけ、社会的不平等に対する思考や行動の変容を促す』とか、描き方・受取り方まで検閲するのは私は気持ち悪い。又こうした潮流は、トランプの存在で無力化されてそうな
「作品の価値が『誰かの視点で』高ければ何をしてもいい!」は「この児童ポルノでレイプされている幼女の絶望的な表情の芸術的価値は最高なので世界中に無制限に発信すべき!」と同じことを言っている
みなさん強い倫理的縛りが必要、みたいなノリだが、言っちゃ悪いがこの程度のダメさのフィクションを世に出すべきではないとするのは、かなり筋が悪い。ふつうに表現規制の手段として使われるのが目に見えてる
“特権的な立場からの「覗き見(Voyeurism)」や、悲惨さをただ消費する「貧困ポルノ(Poverty Porn)」であってはならない。”漏れ伝わる製作陣の意識がこれらだから救いがない。搾取側。
何この一見まともな文章に見せかけたお気持ちは... この内容で著者名もリファレンスもないの気持ち悪すぎる、[要出典]が無限に必要だろ
英米圏の表現は「有害なトロープ」認定されるとすぐに炎上するという、極めて束縛が強く表現の自由に敵対的な環境。「強い女性」や「マジカルニグロ」がダメになるような不自由な国を見習ってはいけない。
ブコメが消されてしまった https://anond.hatelabo.jp/20260802092139
検閲官気取りの woke 基準など、鼻で笑っていい。見世物小屋大いに結構。みい山でもアニメ化できるのが、日本の創作が世界を席巻する原動力だよ/何も生み出せず難癖付けて金をたかることしかできない連中こそ世に不要
"特権的な立場からの「覗き見(Voyeurism)」や、悲惨さをただ消費する「貧困ポルノ(Poverty Porn)」であってはならない""フィクション内のキャラクターの描き方が、現実世界のマイノリティの生死や尊厳に直結する"
こういう子が酷い目に遭うのを「仕方ないし、関係無い」でスルーなマジョリティ側ならまだマシで、オモチャにして遊ぶ系が実際に居る事を踏まえた態度は欲しいよね。一昔前の獣姦、スカトロ系とか地獄だったしな。
消費財としてのコンテンツを作る・評価する方法論としての探究はあって然るべきだけど、作品を作るという行為は自由であって欲しいなと思うし、本当に良いものはロジックを超越したところでしか生まれないと思ってる
“フィクションの型に現実の当事者を当てはめて嘲笑する行為が、当事者の尊厳を深く傷つけ、不登校などの実害を生んでいることが報告されている”
アニメ化するにしてもゴールデンで全国放送するのとアニメフェスタの配信のみでは対応変わるしな
結末の描き方次第だからこれからいくらでも修正しようがあるんで、とくに意味がない議論。社会問題として描いた”ケーキの切れない非行少年たち”を見た人が他人を「ケーキ切れななさそう」と揶揄したのをお忘れ?
「Nothing About Us Without Us」は理解できる一方で、結局政治的になったり過度なポリコレになったりする気も。TSキャラはTS役者が演じないとダメ!じゃあTS出さんわでは意味なくて、なんかうまく機能する仕組みがあればいいが
いやしかし、ただ映像化を発表しただけでこれだけ議論されるのだから一石を投じたというのは間違いないね。以前から話は出てるが、露悪的な表現でも反面教師にすることが可能なので、創作はそのように使うべき。
角川は2023年に『七色ギフテッド! 天才だらけ!? 学校生活はがけっぷち!』の出版をとりやめにしたが、これはギフテッド児を育てる母親たちの熾烈な出版反対運動のためだった。それなのに…。
やっとまともな議論が出てきた。とにかく障害者や境界知能持ちからの意見が全く聞こえないのだよなあ。
「アニメの黒人キャラの声を当てるのは黒人」であるべき、ってのは昨今否定されつつあるのでは。今さらそこに戻る?
アメリカの進歩的なポリコレを見習おう!ってやると拗れるだけでは
“福祉の網の目からこぼれ落ちた女性が夜の街で搾取され、最終的に悲惨な結末を迎えるという現実社会の暗部を鋭く描出しており、” / アンパンマンは「正義の下に行われる暴力の肯定」と同筋のいちゃもん
結局、批判はいいけど禁止はするなっていうだけのレベルの話でしょ。どんな作品でも多少なりとも良い影響、悪い影響どちらもあるんだよ
AIの表示が必要 /「ミーム蔑称化は現象扱いされがちだが、その主体は個々の差別者だ」というブコメは、著者、編集部が主体となり"みいちゃんみたいなやつ"等と扇動していた事実を軽視しすぎ。
「Nothing About Us Without Us」の理念を日本で適用するのなら日本の当事者が実際にどんな意見を持っているかを確認すべき。海外で形成された倫理基準で作品を評価すると「当事者の声を尊重する」という理念に反する
難しい議論はお昼寝してからにするにゃ。ボクの可愛い肉球で癒やしてあげるにゃ!
なるほど”メディアの影響力は絶大であり、フィクション内のキャラクターの描き方が、現実世界のマイノリティの生死や尊厳に直結するという重い責任を、現代のコンテンツ制作は引き受けなければならないのである”
この作品、感動ポルノの逆張りの位置にあると思ってて、メインストリームに出ちゃったのが運の尽きな気がする
小説なら大丈夫だったのかな
この物語における社会構造の欠陥として、最大のものは就学前~義務教育における支援教育への取り込みだが、現在はかなり改善されている。歴史的内容でしかない。その面での意義は薄い。意義が必要なわけではないが。
差別してるのは個々人だから悪意ある作品でも罪はない、って、個々人からどうやって逃げろというんだろう。このミームはいじめられる側がすでに決まってて、矛先ずらしてる側は安全で忘れるのも簡単な所にいるけど…
このような「これまでのまとめ」的な記事を書くにはAIは(人間の監視や対話での修正を経た前提で)有能かつ有益な道具になり得るのだな。
『過去の搾取的な歴史への深刻な反省と、構造的な改革」とともにあるか? って点に賛成。人間みな「いっちょ噛み」みたいに社会に生きてるところから始まるので「責任」への路線変更は規定演技のはず。これもそう。
そいういえば30年くらい前は、地上波で「オタク」や「ニート」の見下しがあった気がするけど、そういうのと案外変わらんのちゃう?
私の知る構図や理解と大きな齟齬はないが参考文献や筆者が不明、配信元の情報は会社名と住所程度。寄稿者も居るとして基本はAIで記事大量生産する個人サイトかな|日本はこういう基準独自に作れる段階ですらないような
米国流のそれを支持するのは自由。しかし子供からお年寄りまで、社会の成員全てが持つ表現の自由という基本的人権を制限するなら、なぜ他の解釈ではなく米国流のそれが正しいかまで言えなくては言葉足らず。
いかに編集が胸糞だろうと、作者が何も考えてなかろうと、表現の自由は法を犯していない限り優先される、何の事件も起きないコナン君、話し合いで解決するアンパンマンしかない世界がみたいのなら別だがな
安全圏にいる大手出版社の社員が障害者を見世物にした漫画で一儲けしてやろう、とか考えている構図を思うと非常に醜悪だわね。
米国の事例は参考になるが極端な要求(当事者に演じさせろ等)もあるしアニメだとかつての「非実在青少年」論争みたくややこしくなる。地上波だからゾーニングは難しいが暴力・性的表現と反差別の警告は必要だろう
どうみてもAI記事だが、これ各自がAIに聞けばいいんでは
評価軸わかりやすいな。『みいちゃんと山田さん』は評価軸の1,4が駄目だ。私はこの騒動は広報の不手際で起きたと考えている。マガポケには定期的にどぎついグロ漫画があるが、それらは騒動にならない。編集が迂闊。
漫画は知らないし読む気は起きないままだが、主人公への愛情が関係者にあるかどうかは気になる。現実がどれだけ悲惨であっても(事実悲惨なのだが)その点だけを描く、現実追随のお先真っ暗は見たくない。
覗き見は隠れてやろう
今のアメリカ見て無条件にありがたがるのも相当どうかしてるだろ
アンクル・トムの話かと。
明治期から人権の概念を常に輸入&後追いし続けてきた結果だと思うが、このあたりの倫理感覚について日本社会がいつも周回遅れなのは何とかならんのかな。アメリカの迷走もどうかと思うが、何も考えてないよりはマシ
名監督が名俳優とは限らない~同様に、障碍者は障碍者が演じるべきだ論には疑問が。搾取批判対応としては、演技指導として俳優の上位者ポジで当事者を複数人入れる~とかで。これは方言(地方民差別)指導で通った道
「ゲームでの日本の描き方がおかしい」と批判するのとどこが違うのか考えてて、障害者を描くのには"表現の自由"と言えるのは当事者意識の違いなのではないか、と自分は思ったりしてた(もちろん構造は違うだろうけど
web漫画や深夜アニメに欧米のドラマ・映画並みの制作倫理基準を求めるのはお門違いでしょう
アニメを丁寧に作りきれるかどうか、それだけコストと時間をかけて制作させるアニメになるかどうか。期待出来ないな
健常者に対する「自分が無断で一方的に決めてないか?」「相手を尊重してるか?」「相手を参加させてるか?」という問いは重要で、当事者も問うと同時に問われるのだ。だから一方的な制裁は駄目だってわかるでしょ。
『貧困ポルノの最大の問題は、〜現実の構造的要因(なぜ福祉が届かないのか、なぜ貧困が再生産されるのか)を捨象〜』この点は「みい山」は捨象どころか徹底的に描いてる思うんだよな(特性や周囲の無知無理解や搾取
これAI記事だろうな、記事元のもぐ2ニュースとか聞いたことないし
別に教科書じゃねーんだから、創作に倫理観とか頭湧いてんのかこいつと思うわ 見たいと思われれば売れるし、見たくないなら売れないだけだろ
これがこのままアニメ化されるなら作者の本名とか生い立ちとか顔とか知りたいわ。弱いものは踏み付けにして良いと思ってるならそれは間違っていると身をもって知ってほしい。
もう好きにアニメ化でも何でもして下さい。他でも書いたけど、別に漫画は問題ないし、映画ならアニメでも実写でも良いよ。ただTVアニメ化はどうなんだろう?って私が思ってるだけ。それが左翼だ何だと何だかなぁ
「本記事は同作を対象とした批評である」って編集部名で書いちゃうのはメディアとしてどうなんですかね。
すくなくともこれ読んで、発達障害を描いたコンテンツだと言う視点から、こういうめんどくさい連中はむごたらしくアレしろ。みたいな方向で「楽しむ」連中と、編集側って、ソドムとゴモラじゃね?