先人はオタク趣味というだけで社会不適合者みたいな扱いをされて酷い目にあったというのに、社会的価値観から逸脱してないとオタクじゃないとか言い出すのは害悪でしかない
昔から不思議なんだけど、オタクってただ何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?誰だって好きなものの一つ二つあるのに、自分はオタクだから一般人とは違うと選民意識を拗らせるの不思議
オタクは作家が死んでからが本番、というか最初から同時代性と無縁でいればいくらでも自由に潜航できる(そして現役バリバリのデヴィッド・バーンを目の当たりにして逆の意味で打ちのめされることもできる)
嗚呼、彼女ができるとオタクという呪縛から解放されるという伝説か。
何というかオタクでしかなかった人がオタクの抜け殻みたいな、オタクという外殻だけの存在になり果てるパターンあるよね。
オタキング岡田を見よ。ノロケで彼女の名前カズミをサブキャラの名前に当てて、その後岡田の不倫で関係が終わって、彼女は永遠の笑いものにされたんだぞ。
オタクとか童貞って精神性だろ.結婚して子どもがいても心は童貞というのは十分ありえる.
つまり彼女がいたからオタクではないと
こういう不安は常に感じていて、実際急にアニメを見なくなってしまった。が気質としてのオタクは今のところ特に変化はなくて他のものを見たり読んだりしている
たぶん80年代くらいまでは、一般的な趣味嗜好とされるものが画一化的で、それと違うことで被差別的な扱いを受けたが故だと思う>オタクってただ何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?
一般人vsオタク(逸般人)みたいな自虐ジョークを真に受けた結果、という印象。"逸脱"がコミューンからの承認を受けるためのライセンスとなると、たとえば「ラブライバー」と呼ばれる奇行オタクや迷惑撮り鉄のような
“何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?” 何かが嫌いなことをアイデンティティにしてる人間はいっぱいいるよ、サヨクとか、オタクヘイターのフェミニストとかね。
上の世代の強いオタクは「供給が絶えたなら自分で作ればいいじゃない」って感じのことをいうのだろうな。実際彼らはそうやってオタクとして生きてきたわけで。
“オタクに条件があるみたいな考えしてる時点でオタクじゃねぇ” に完全同意だなぁ
同じ作品を何度も読む事がほぼ無くなった時に、オタク力の減退を感じる。つーかコンテンツが多過ぎる。
“ラベルが自分を規定するのではなく、自分が行いたいことを行っているとき、その自分の傾向に適当なラベルが存在することがあるだけ” これ
自分のコアが本好きと芸術家ベースの認識なんで、狂い足りない自分はオタク気質あれどライトオタクという自認。今時のオタクは生態的にヤンキー的なファッションオタクが多すぎ。そしてそれがオタクの本流と思い込む
自分に貼ってたレッテルを剥がせて良かったんじゃないかな。30代ってそういう時期でしょ
商業的な理由でそのジャンルの供給が停止したり、ジャンルの若返りのため対象年齢を変更する場合があるから、あるジャンルの「消費者」であることがアイデンティの人は大変ですね。
オタクがそうなんじゃなくて、一般人がオタクのふりをしていただけだろう
つまり、素人にとってはオタク趣味は一生続けられそうで人生を詰ませる罠なので、基本的には20代前半で一旦卒業して、宇多田ヒカルで言う「人間活動」に励んだ方がいい、という教訓なのかも知れない。
「消費だけだから」?高齢でも新しい作品(マンガアニメ小説ゲーム)を摂取し続けるオタクは幾らでもいるので、そこに焦点絞るのは的外れよ/迫害した側が、受難で培われたアイデンティティを「選民意識」とほざくか
なぜ自ら枠にはまりにいこうとするのか…
メインカルチャーという商業主義の権化から背を向けて被差別階級になろうともこれが好きだと貫いてきたのがオタクだった時代は遠くなった。ただ、それは喜ぶべきことなのだろうと思いながら抜け殻やってる
よくわからん。オタク同士で結婚して子もオタクだ。既に子の方が詳しいジャンルがある。ポケモンチャンピオンズを親子であーでもないこーでもないって遊ぶのたーのしー
オタクに限らずアイデンティティを維持するためには筋力、例えばオタク筋が要るとして、それが足りないと感じる人にとって推し活は救いなのかもしれないと思ったりする。オタク筋を金で買ってるわけだ
オタクという言葉は便利なラベルなだけど、単なる趣味なわけで、ライフステージの変化と共に距離を取るのは不思議なことじゃあないだろうに。
アイドルやアニメは知らんけど、読書・映画・音楽なら過去の蓄積が膨大すぎてとても消費し尽くせないけどな。単に適性がなかっただけでは。
他人事すぎる…
シン・オタクですとか言っておけば良いのでは?こういうのってなりたくてなるものではないだろ
アイデンティティにするのはおかしいのは確かだけど、好きなことをしてるだけで「オタク」として扱われてきた事情があるので不思議ではないかな
これは偏見なんだけど、オタクとは「何かが好きすぎて一般的な会話や社会活動に支障をきたす」人だと思っているので、会話ができない人はオタクを自認してよい。
10代で普通になりたい、やりたいことがない、自分は何もできない、生み出す力がないと思ってたからなぁ
いままさに毎日二次作品描いてるまだまだをたく
最新作を余さず追ってる作家やシリーズが無い奴をオタクとは思わん。他のブクマカがやいのやいの言ってても俺はそう言わせてもらう
達人王をワンコインクリア出来るようになってから言って欲しいものだ
別にオタク云々はいいんだが、趣味のために生きてるから老化きっかけでそれらの趣味が楽しめなくなったらいよいよ生きる意味を失ってしまうなという恐怖はなくもないが。
トゥギャッたんはそれぞれのペースで楽しんだ方が、苦しくならずにいいと思うな〜。
もうオタクじゃないって認める方が、いつまでも「俺結構アニメには詳しいよ」と若者相手にズレた昔話してるより健全だよ
あなたがそうだと思うものがオタクです。ただし、他人の同意を得られるとは限りません
オタクはコンテンツを神格化しすぎる。好きだったファミレスチェーンが倒産したくらいの感覚でいいんだよ。どうすればいいのか、って、どうもしなくていいよ。
その昔はヲタクだからと迫害されたりして、それでも自分の好きなものだからと好きを貫いた人達なので、そりゃ一般人(というなの迫害してきた人達)とは違うということを誇りに思ったりするでしょうね、と。
オタクって元々はアニメとか漫画とか特撮とか、一般に子供向けとされてたものにいい歳して熱中する人、くらいのニュアンスでしょ。今はどれも大人が熱中してるから、そりゃアイデンティティでも何でもなくなるよね。
オタクなだけで社会不適合なんじゃなくてオタクもバンギャ、バンドハマり。何かに常軌を超えてハマるから社会適合できなくなるのであって先に社会不適合がある訳じゃないのでは?
誰もオタクの定義をしないので雰囲気で語っている。ちなみに俺の中では「(公に表明するには恥ずかしいとされる)少数派の趣味」を持っている人だな。アニオタなんかは市民権を得たので絶滅したと思っている
「他人事じゃなさすぎる…」30年間オタクをアイデンティティにして生きてきたけど自分は既にオタクではないと気づいてショックを受けている方がいた
先人はオタク趣味というだけで社会不適合者みたいな扱いをされて酷い目にあったというのに、社会的価値観から逸脱してないとオタクじゃないとか言い出すのは害悪でしかない
昔から不思議なんだけど、オタクってただ何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?誰だって好きなものの一つ二つあるのに、自分はオタクだから一般人とは違うと選民意識を拗らせるの不思議
オタクは作家が死んでからが本番、というか最初から同時代性と無縁でいればいくらでも自由に潜航できる(そして現役バリバリのデヴィッド・バーンを目の当たりにして逆の意味で打ちのめされることもできる)
嗚呼、彼女ができるとオタクという呪縛から解放されるという伝説か。
何というかオタクでしかなかった人がオタクの抜け殻みたいな、オタクという外殻だけの存在になり果てるパターンあるよね。
オタキング岡田を見よ。ノロケで彼女の名前カズミをサブキャラの名前に当てて、その後岡田の不倫で関係が終わって、彼女は永遠の笑いものにされたんだぞ。
オタクとか童貞って精神性だろ.結婚して子どもがいても心は童貞というのは十分ありえる.
つまり彼女がいたからオタクではないと
こういう不安は常に感じていて、実際急にアニメを見なくなってしまった。が気質としてのオタクは今のところ特に変化はなくて他のものを見たり読んだりしている
たぶん80年代くらいまでは、一般的な趣味嗜好とされるものが画一化的で、それと違うことで被差別的な扱いを受けたが故だと思う>オタクってただ何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?
一般人vsオタク(逸般人)みたいな自虐ジョークを真に受けた結果、という印象。"逸脱"がコミューンからの承認を受けるためのライセンスとなると、たとえば「ラブライバー」と呼ばれる奇行オタクや迷惑撮り鉄のような
“何かが好きな人ってだけなのになぜそれがアイデンティティになるの?” 何かが嫌いなことをアイデンティティにしてる人間はいっぱいいるよ、サヨクとか、オタクヘイターのフェミニストとかね。
上の世代の強いオタクは「供給が絶えたなら自分で作ればいいじゃない」って感じのことをいうのだろうな。実際彼らはそうやってオタクとして生きてきたわけで。
“オタクに条件があるみたいな考えしてる時点でオタクじゃねぇ” に完全同意だなぁ
同じ作品を何度も読む事がほぼ無くなった時に、オタク力の減退を感じる。つーかコンテンツが多過ぎる。
“ラベルが自分を規定するのではなく、自分が行いたいことを行っているとき、その自分の傾向に適当なラベルが存在することがあるだけ” これ
自分のコアが本好きと芸術家ベースの認識なんで、狂い足りない自分はオタク気質あれどライトオタクという自認。今時のオタクは生態的にヤンキー的なファッションオタクが多すぎ。そしてそれがオタクの本流と思い込む
自分に貼ってたレッテルを剥がせて良かったんじゃないかな。30代ってそういう時期でしょ
商業的な理由でそのジャンルの供給が停止したり、ジャンルの若返りのため対象年齢を変更する場合があるから、あるジャンルの「消費者」であることがアイデンティの人は大変ですね。
オタクがそうなんじゃなくて、一般人がオタクのふりをしていただけだろう
つまり、素人にとってはオタク趣味は一生続けられそうで人生を詰ませる罠なので、基本的には20代前半で一旦卒業して、宇多田ヒカルで言う「人間活動」に励んだ方がいい、という教訓なのかも知れない。
「消費だけだから」?高齢でも新しい作品(マンガアニメ小説ゲーム)を摂取し続けるオタクは幾らでもいるので、そこに焦点絞るのは的外れよ/迫害した側が、受難で培われたアイデンティティを「選民意識」とほざくか
なぜ自ら枠にはまりにいこうとするのか…
メインカルチャーという商業主義の権化から背を向けて被差別階級になろうともこれが好きだと貫いてきたのがオタクだった時代は遠くなった。ただ、それは喜ぶべきことなのだろうと思いながら抜け殻やってる
よくわからん。オタク同士で結婚して子もオタクだ。既に子の方が詳しいジャンルがある。ポケモンチャンピオンズを親子であーでもないこーでもないって遊ぶのたーのしー
オタクに限らずアイデンティティを維持するためには筋力、例えばオタク筋が要るとして、それが足りないと感じる人にとって推し活は救いなのかもしれないと思ったりする。オタク筋を金で買ってるわけだ
オタクという言葉は便利なラベルなだけど、単なる趣味なわけで、ライフステージの変化と共に距離を取るのは不思議なことじゃあないだろうに。
アイドルやアニメは知らんけど、読書・映画・音楽なら過去の蓄積が膨大すぎてとても消費し尽くせないけどな。単に適性がなかっただけでは。
他人事すぎる…
シン・オタクですとか言っておけば良いのでは?こういうのってなりたくてなるものではないだろ
アイデンティティにするのはおかしいのは確かだけど、好きなことをしてるだけで「オタク」として扱われてきた事情があるので不思議ではないかな
これは偏見なんだけど、オタクとは「何かが好きすぎて一般的な会話や社会活動に支障をきたす」人だと思っているので、会話ができない人はオタクを自認してよい。
10代で普通になりたい、やりたいことがない、自分は何もできない、生み出す力がないと思ってたからなぁ
いままさに毎日二次作品描いてるまだまだをたく
最新作を余さず追ってる作家やシリーズが無い奴をオタクとは思わん。他のブクマカがやいのやいの言ってても俺はそう言わせてもらう
達人王をワンコインクリア出来るようになってから言って欲しいものだ
別にオタク云々はいいんだが、趣味のために生きてるから老化きっかけでそれらの趣味が楽しめなくなったらいよいよ生きる意味を失ってしまうなという恐怖はなくもないが。
トゥギャッたんはそれぞれのペースで楽しんだ方が、苦しくならずにいいと思うな〜。
もうオタクじゃないって認める方が、いつまでも「俺結構アニメには詳しいよ」と若者相手にズレた昔話してるより健全だよ
あなたがそうだと思うものがオタクです。ただし、他人の同意を得られるとは限りません
オタクはコンテンツを神格化しすぎる。好きだったファミレスチェーンが倒産したくらいの感覚でいいんだよ。どうすればいいのか、って、どうもしなくていいよ。
その昔はヲタクだからと迫害されたりして、それでも自分の好きなものだからと好きを貫いた人達なので、そりゃ一般人(というなの迫害してきた人達)とは違うということを誇りに思ったりするでしょうね、と。
オタクって元々はアニメとか漫画とか特撮とか、一般に子供向けとされてたものにいい歳して熱中する人、くらいのニュアンスでしょ。今はどれも大人が熱中してるから、そりゃアイデンティティでも何でもなくなるよね。
オタクなだけで社会不適合なんじゃなくてオタクもバンギャ、バンドハマり。何かに常軌を超えてハマるから社会適合できなくなるのであって先に社会不適合がある訳じゃないのでは?
誰もオタクの定義をしないので雰囲気で語っている。ちなみに俺の中では「(公に表明するには恥ずかしいとされる)少数派の趣味」を持っている人だな。アニオタなんかは市民権を得たので絶滅したと思っている