ガチ考察助かる。結局創作者の無自覚な消費と業を描いた作品ってことやな(´・ω・`)
"厄介なのは、その善意と「面白がる」視線が、山田自身の中でもほとんど区別されないまま同居している点だと思う。"
金田一やコナンみたいなIQ300位の天才(笑)だったらいーのになーって増田は考えたの?
小池といい高市といい亜月といい経歴をアレするカスは腹いっぱいだ。
どちらか一方ではなくみぃちゃんと山田さんの両方を観察対象として描かれている作品であり、漫画のタイトル通りです。
断言するけど批判者の95%はまともに読んでいない。みい山が青春群像劇でありみいちゃんと山田さんの友情さえ知らないだろうし題材の様々な社会問題の描写も知らない。一種の集団ヒステリーみたいなものだったと思う。
ここまで共感できない感想は初めてだな。AIが書いているか読まずに書いているの?
作者の人、そこまで考えてないと思うよ。いやマジで
作者は多分意識してないけど、映画版『火垂るの墓』に酷似。冒頭で提示される死、救いを拒み破滅を選ぶ2人、無関心で攻撃的な周囲、逃れられない結末。観客には客観視点しか与えない。違いは美醜と2人の道の分岐。
みい山っぽい文
「自分はここにいるべき人間ではない」と思っている人が、そこにいる分かりやすい「ダメな存在」を見下すことで自尊心を保とうとしてるんだよ。差別の基本的な構造。
“問うべきはその先で、自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う”
芸術として昇華されるって、逆に低俗さが極まるだけだろ。描きたいテーマはみいちゃんだし、観察者として山田さんが居る。増田曰く、こういう構図で描かれる文学は芸術として昇華されていないらしい。ドパガキ増田。
この批評が正しいかどうかはともかく一般に作品は人間と同じように多層的多義的に読めるものなんだよ。「悪いからアニメ化するな」などと境界作って判断できるものではない。だからこそ表現の自由が尊重されるべき
創作物すべてに文学性があると思ってる残念な増田
みい山で何か学ぶ事が有るとするならば「人生は誰しもが簡単に転落する、犯罪に巻き込まれる可能性が有る」という事だろうか。
「ショート動画のドパガキを批判する奴の95%はショート動画を観てない」みたいな笑 漫画は多種多様の一例としてリアルと思うが、それを他の知的障害者や夜職に安易に敷衍する馬鹿が大量発生する危険もありそう。
トップにあるがこの問題に口出ししている人の何割が果たして1巻から全部読んでいるのか。先日話を振ってきた相手は全く読んでいなかったのに色々と意見を言っていたので解説したら「そういう話なのか」と言っていた
単純に先天的発達障害の一形態と毒親に破壊された自尊心を持つACの一形態を描写するだけの漫画という理解。前者には救いがないし後者にも救いがなさそうで、途中何も問題提起や解説がないのには違和感はある。
十分に成立しうる読み方だと思う。『みいちゃんと山田さん』は「みいちゃん」という存在についてだけでなく、「山田さんという語り手をどう読むか」という作品。そして山田さんにも2012年と2025年の語りの層がある。
作者や編集がどういうつもりかは知らないけど、私はまさにこういう読み方をしていたよ。
“みいちゃんという「深淵」を前にした周囲の人間たち、そして読者自身の浅ましさや欲望を映し出す鏡” ほんこれ。だから山田は社不。みいちゃんへの加虐性と読む人は作中の周囲の人間と同じ醜悪さが滲み出てる。
みい山は嫌われ松子の一生を思い出す。見てて辛い。楽しくない。途中まで読んだけど、辛くなって読めなくなった。
(そうなの?)
「ストーリー内での語り手である山田さんは作者のオルターエゴ」で正しい。問題は「両者(作者と山田さん)の間には違いもある」点で大衆は単なるエッセイ漫画(作者と語り手が同一)と見なしてるからあれほど批判してる
こういう角度でまとめてみると、テーマ設定としては平凡・類型的と言えるのも事実。すると結局、他の作品との違いを生み出すために盛り込まれた要素で問題が起きている、ということになってしまうのでは?
作者、そこまで考えてないと思うよ
頭から最後まで読んでないと評価できないってのも実は幻想ではある。ゲームでも漫画でも大抵そういうもんだ。この手の知り尽くしてから書けって事を書いてる人間も、他作品だと平気でそうじゃない状態で感想を言う
普通の女子である山田さんがみいちゃんを上から目線でああだこうだ言わないとリアリティがないんだろうね。
みいちゃんを「主人公」と呼ぶ人は呼んでない証拠。どちらかというと主人公は山田さん//コメの「自分より劣った者を見下して、安心したい」はみい山でもキャバの描写で言及されてる。その問題への言及を含めての作品
山田がシゲオに偉そうに暴力じゃなくて理性で対応するべきって正論ぶつけたけどいざ自分がみいちゃんと同棲したら自分もシゲオと同じことをしてしまった自己嫌悪とか境界知能との付き合い方の難しさとか社会派の一面
山田さんがバ先やキャバの同僚から小馬鹿にされる描写、ストーリーに不要な気がするのよね
アニメ版はシゲオを主人公にして再構成しよう https://dic.pixiv.net/a/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%8C%82%E9%9B%84
作品を通じて自分の内奥を問う、あるいはこれを自己点検の契機とするなんて「モダン」な教養の形。今は何事も客体視してバサッと斬るか、メタ分析バトル上等の時代だから目立ちますね。良いもの読みました。
山田が作者の投影なのは多分そう、逆にもっと"それ"を前に出してストーリーが下衆なのは自分の下衆さが理由と開き直った方が非難されなかった気がする
山田が天才だったら本当に救いがないからな 最後にメタしそうな気はする リアル描写のコマみても
天才を描いたことない、描けるイメージがないんじゃない?山田=作者だし ダイアナの時からそうだけど、基本主人公はイキリ冷笑系として描いてるんだよね 作者の夢の中を見させられてる気分
『普通なら、壮絶な人生を送る主人公と、その人生を作品へ昇華する才能ある創作者という対比にするはずだ』そうかな?そんな事したら絶対そこだけ浮くし、作者の得意な”よくありそうな話”にならないでしょ
良い批評だ。よく見て淡々としている。
やばいのは山田であり作者であり読者であるっていうのは弱いけど整理の一つとしてあると思う。
縦糸の1つは山田さんの成長譚だよね。未熟な創作者なのはむしろ当然で、変わる山田さんと、変わらない中村さんを対比させる狙いがあったのでは。あとはまあ、凡人の自覚はあるよ、ってことでは。
プレーンな作品批評で、興味深く読めた。視点人物山田さん、狂言回し「みいちゃん」な作品なのに騒動では山田さんガン無視な傾向を感じるので、こういう文章は必要だった。
いわゆる「なろう系」の、主人公が無双する話ばっか読んでると、誰も無双する人物がいないことに違和感を抱くようになってしまうのかなぁ
“なぜ他人を語りたいと思うのか、その欲望はどういう形をしているのか““無自覚な観察者としての山田” 山田さんの立ち位置にずっともやもやしていたけど納得した。自分も同じだと自覚するキツさよ。
このくらいのベースラインでいいと思うんだよな。細かいところで色々言いたいことがある人はたくさんいるだろうけど、とにかく今どきの批評批判は細かいところから導出した仮定が多すぎる。人間もっと適当なものだよ
漫画まだ半分までしか読んでないけど、上手い漫画だと思うな~。山田さんの立ち位置が上手い。あと、とにかく読ませるよね。絵が上手いのかストーリーが上手いからなのか知らんけど(両方かな)。
なるほど。みいちゃんはゴルゴ13だったか。/原作作画のユニットで描いてこれが煮詰まってくるとストーリー担当が何かにつけてなじってくる場合はあるあるなので独立すると自尊心がしんどいままスタートになりやすい
逆にTwitter版では山田と作者は分離されてなかったけどマガポケ版では山田のワナビ性を描くことで明確に分離にかかっている
反面教師を描いているならば、その表現に批判が起きるのはなお織り込み済みで進められてなきゃあかんのでは? ご批判はごもっともです!を繰り返しながら進めるべき企画では? 押してなお訴えたい情熱があるなら…
みいちゃんと山田は、ちいかわとハチワレだから。
友情の話にしようと思うと、種類や程度は大きく違うが、同じ属性の生きづらいとされてる側の人間である必要があったからでは…
そこがリアルでいいんじゃない?
持込失敗のところ、作者が「自分は運がよかっただけの山田」と自己認識してるとしたらまあ合ってるかもしれんが謙虚だなとは思ったな
読み返しはしていないけど、トップコメの断言ニキのように青春群像劇や友情として読んでる人が多いというのはちょっと意外だった。
山田さんは教育虐待を受けててコンプレックスも多い。まぁ、社会問題ぽい要素を色々詰め込んだ作品とも言えるが、山田さんのキャラはそれなりに作り込まれてる。
そんな高尚なこと考えてないと思うョ。
的外れ。みいちゃんは創作で鉄板の馬鹿キャラ(馬鹿やって酷い目に遭い読者を笑わせる)だけど、「山田も馬鹿である」という設定で二度美味しく面白くしてる/文学好きってアホだから、馬鹿キャラの重要性が解らない
「なぜ」って、作者が自分で言ってるじゃん。「バズればそれでいい」って。一時的なバズしか求めてないのでキャラがブレるし展開も場当たり的なんだよ。編集が仕事してないってことだ
読んで楽しくなさそうだし全く興味がなかったがこれ読んでちょっと読みたくなった。ハンチバックは面白かった。でもやっぱり読まないかなー…
"「では消費にならない読み方はあるのか」だろう。" みいちゃんがそう生きるように強いられた環境に対して怒りを感じる人が増えれば世の中ちょっと良くなる。 最後に山田さんは怒るのだろうか。
これだけ擦り倒したらアニメ放映時はすっかり飽きられるか、それとも、ちいかわの映画みたいにミリしら勢が湧いて出るか。
みい山の主人公はみぃちゃんじゃなくて山田さんなんよ
https://x.com/Urot3/status/2083495158063223223 作者の認識だと山田はレイブンクロー。https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC
そもそも山田自体「本名名乗ると面倒になりそうだから」という理由の仮名だから、誰にでもなりうる山田の視点が読者の視点として重要なのは最初に明示されてると思う。
ココロちゃん良いよね。みいちゃんを気まぐれに支援して無理と分かったらサッと撤退。山田の容貌の変化に気付いてサッと撤退。たぶん「かしこい健常者さま」の象徴。
山田自身もちょっとずれてておかしな子であることは最初から描かれてるし、軽い気持ちで手助けしようとしてすぐ逃げる「善良な一般人」の姿も描かれてる。少なくとも作者なりに真面目に描かれてる作品だよ
ドモ…1話から欠かさず読んでる批判者です。表現の自由は支持しますが、障害者差別の自由はありません。編集者さえも差別を行っているこの作品のこれ以上の商業的展開を許すことはできない。
総じて漫画を読む技術の話であり、それらに長けた人たちが「読めば分かるのに」を気軽に使いすぎている気はする。読んでもわからない人、観てもわからない人のためのフールプルーフをどうするか問題よな
山田が母親の行動をトレースしてしまう所もだけど、作者のオルターエゴにしてはメタ認知がちゃんとできてるんだよね。そこが作品の深みになっていた。
お金払って読みたい作品ではない。アニメ化は敷居が下がる。その一点でアニメ化してほしくないし、するなら簡単に見れなくしてほしい。
天才は夜職なんてしないから話がおかしくなるだろ
自分と同じではないけど一番近い意見をやっと読めた。作者や作品、そして登場人物に対して傲慢な見方しかできない批判者が多すぎる。
山田さんはアダルトチルドレンかつ言語理解以外が低くやや知的グレーよりだがその自認のないキャラだと思うが、これがみいちゃんを公的サービスや医療につなげるだけの能力を持たせると物語が変わってしまうから
こういうのってパワハラセクハラDVしてくれる人を優秀だから、私を愛してくれるからと肯定しちゃうのと同じで別の次元の評価軸を混ぜてるだけなので
みい山に関してはX上での大野左紀子さんによる批評がわりと納得できるなあと思って読んでいます
自分とは違う読み方をしている他者の考察は興味深い。読み方が正しい間違っているということではなく、その人によって色々な見え方があり、色々な見方を比べることによって自分には見えていなかった物が見えてくる。
個人的に山田のレンタルビデオ屋で「漫画家なりたいんすよねー」「(コイツ何もしてないじゃん..)」のところが凄く印象的。なんであんなしょーもない姿を書いたんだろと気になっている。
筆者より(誘導対象の)読者に近いんじゃないかな
読み方は色々あると思うけど山田を凡庸な人間と書いたのはそんなに秀逸でもないと思う部分は増田と印象は異なるかな。
トラバ増田「漫画家志望だけどロクに作品を完成させることもできないって、商業的に成功した作者から見たら一番気分よく見下せる対象なんだよね 見下して気分よくなれる人間しか出てこない漫画なんだよ」
「バズればそれでいいと作者自身が言ってる」みたいなブコメがいまだにあって残念。その読み方の誤りがわかるので以下の解説を読んで。作者の悪魔化はイジメだからね。https://anond.hatelabo.jp/20260730133047
これ読んでシゲオって誰だっけって思っちゃった。そのくらい斜め読みしかしてないんだな自分は。こんな長文書けるだけ熱量あったすごいよ増田
「世の中で『みぃちゃん』が気楽な差別語としてさらに広まる」が代表的な批判だと思うが、この場合、差別語として使う側も読む義理は一切ないので、「批判者は読んでない」系の議論は話がズレている
タイトルからしてダブル主人公なのに、みいちゃん側ばっかり言及される風潮へのカウンターとして読んだ。
作者の人以下略
『自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う』
確かに読んでない人は多そうだなと思った。ウシジマくんも読んでない人が多いのでは。タコピーのアニメ化の際は意外と好意的なコメントが多かったが、結局は個人の好みや好き嫌いでしかないと思っている。
天才だとみいちゃんとは友達にはなれんくない?(あの関係が友達と言えたかは疑問だが)
全般的にそうだなと思うが、「一番悪いのは虐待したやつじゃなくてそれを見ていただけのやつだ」みたいな特殊な言説を我々が真に受けるまともな理由は無い
産業で頼む
山田さんは軽度の問題を抱えている人で、立場は違えどみいちゃんと同じ属性の人間なんだよ。みいちゃんには福祉と繋がる道があるが、山田さんには無い。天才とかそういうレベルにすら達していない。
たかだかエンタメに「救いがなければならない」とか「消費者になってはならない」とか、うるさすぎると思うのよ。 逆にそういう想いが湧く事自体が、本作の高い文学性とかドラマ性みたいなのを証明しているのでは?
どちらかというと「山田さん」の方が新たなレッテルとしては上手い気がするが差別を新規に生んでどうするという話であり。みいちゃんより山田さんの方が見どころあるのは分かる
全部読んでないと批判してはいけないってのは、筋違いだ。多くの批判は「ネットでならまだしも、多くの人が受動的に触れるところでやる内容か?」だから。あとこの作品に言うほどそんなに深い創作意図はない。
山田さんは才能以前に漫画の描き方すら分かって無かった。そこ印刷されないよって部分にばりばり絵を描いてたしな。何話か忘れたけど。
「『みいちゃんと山田さん』も同じように、みいちゃんの人生を描くことで、読者自身の視線を問い返している作品なのではないか」ずいぶんと好意的な深読みだな。
主人公2人のキャラ造形はよく出来とるなとは思う。レールを外れたりグレーゾーン側の人間に共感を与える様に出来ていて、共感出来る物語として受け取っていた人たちの事が一切無視された評価を見ると残念に思う
全話リアルタイム読者です。自分も増田と同じような読み方をしてたのだが、どうも作者がストーリーやキャラをその様にコントロールしていたのではなく、たまたまそうなったっぽいんだよねぇ…
最新話まで課金してるけど、割と批判的なこと言ってる私みたいなのもいる。トップブコメを見て書いとくことにした。95%は言い過ぎでは。福祉職や当事者の人達の懸念を表現の自由だけで口塞ぐのは卑怯だなと思う
山田は作者自身がモデルだろうし、さすがに天才と描くのはブレーキをきかせてるって感じに見える。まあすでにかわいい、友達思い、現実的で理知的とかいろいろ綺麗に描いてるけど。
深い意図はなく、毒親持ちキャラだけじゃ弱くなってきたから「自己分析できずに創作に逃げる痛いオタク」をディスって読者を気持ちよくさせる露悪演出の追加として入れた気がする…
自分も読んでないけど皆SNSに張られたページだけで批判しててその感想が全部読んだという人のものと大差ないので別に良いのかなと思ってる。あと批判の為に漫画買う事が作品の成功になるのも地味に嫌
火垂るの墓と同じ
読もうよー
この点について私はわりと冷ややかに、「ネットで『自認山田さんのみいちゃん』みたいな嘲りが流行りはじめたから」だと思ってる。私はそういうイタい作者じゃないんで!的な。個人的な作者への信頼感の問題だろうが
そもそも毎週無料で読める作品なんですが…ページビューのカウントすらしたくないまで言うならともかく
昇華の無さについては同感。けど、自己批評なんて高尚な話なんだろうか?
山田さん周りの描写は文学的な深みがあるし、嫌いな作品ではあるが作者は有能だと思っているよ。
山田=作者なので、無責任さもヤバさも自覚的に描かれてるが、そもこの構造を理解してない人、マジで読んでないでしょ。/「嫌われ松子の一生」よりはマシに見えるのが何か不思議なのよね。
『みいちゃんと山田さん』は、なぜ山田を「天才」にしなかったのか
ガチ考察助かる。結局創作者の無自覚な消費と業を描いた作品ってことやな(´・ω・`)
"厄介なのは、その善意と「面白がる」視線が、山田自身の中でもほとんど区別されないまま同居している点だと思う。"
金田一やコナンみたいなIQ300位の天才(笑)だったらいーのになーって増田は考えたの?
小池といい高市といい亜月といい経歴をアレするカスは腹いっぱいだ。
どちらか一方ではなくみぃちゃんと山田さんの両方を観察対象として描かれている作品であり、漫画のタイトル通りです。
断言するけど批判者の95%はまともに読んでいない。みい山が青春群像劇でありみいちゃんと山田さんの友情さえ知らないだろうし題材の様々な社会問題の描写も知らない。一種の集団ヒステリーみたいなものだったと思う。
ここまで共感できない感想は初めてだな。AIが書いているか読まずに書いているの?
作者の人、そこまで考えてないと思うよ。いやマジで
作者は多分意識してないけど、映画版『火垂るの墓』に酷似。冒頭で提示される死、救いを拒み破滅を選ぶ2人、無関心で攻撃的な周囲、逃れられない結末。観客には客観視点しか与えない。違いは美醜と2人の道の分岐。
みい山っぽい文
「自分はここにいるべき人間ではない」と思っている人が、そこにいる分かりやすい「ダメな存在」を見下すことで自尊心を保とうとしてるんだよ。差別の基本的な構造。
“問うべきはその先で、自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う”
芸術として昇華されるって、逆に低俗さが極まるだけだろ。描きたいテーマはみいちゃんだし、観察者として山田さんが居る。増田曰く、こういう構図で描かれる文学は芸術として昇華されていないらしい。ドパガキ増田。
この批評が正しいかどうかはともかく一般に作品は人間と同じように多層的多義的に読めるものなんだよ。「悪いからアニメ化するな」などと境界作って判断できるものではない。だからこそ表現の自由が尊重されるべき
創作物すべてに文学性があると思ってる残念な増田
みい山で何か学ぶ事が有るとするならば「人生は誰しもが簡単に転落する、犯罪に巻き込まれる可能性が有る」という事だろうか。
「ショート動画のドパガキを批判する奴の95%はショート動画を観てない」みたいな笑 漫画は多種多様の一例としてリアルと思うが、それを他の知的障害者や夜職に安易に敷衍する馬鹿が大量発生する危険もありそう。
トップにあるがこの問題に口出ししている人の何割が果たして1巻から全部読んでいるのか。先日話を振ってきた相手は全く読んでいなかったのに色々と意見を言っていたので解説したら「そういう話なのか」と言っていた
単純に先天的発達障害の一形態と毒親に破壊された自尊心を持つACの一形態を描写するだけの漫画という理解。前者には救いがないし後者にも救いがなさそうで、途中何も問題提起や解説がないのには違和感はある。
十分に成立しうる読み方だと思う。『みいちゃんと山田さん』は「みいちゃん」という存在についてだけでなく、「山田さんという語り手をどう読むか」という作品。そして山田さんにも2012年と2025年の語りの層がある。
作者や編集がどういうつもりかは知らないけど、私はまさにこういう読み方をしていたよ。
“みいちゃんという「深淵」を前にした周囲の人間たち、そして読者自身の浅ましさや欲望を映し出す鏡” ほんこれ。だから山田は社不。みいちゃんへの加虐性と読む人は作中の周囲の人間と同じ醜悪さが滲み出てる。
みい山は嫌われ松子の一生を思い出す。見てて辛い。楽しくない。途中まで読んだけど、辛くなって読めなくなった。
(そうなの?)
「ストーリー内での語り手である山田さんは作者のオルターエゴ」で正しい。問題は「両者(作者と山田さん)の間には違いもある」点で大衆は単なるエッセイ漫画(作者と語り手が同一)と見なしてるからあれほど批判してる
こういう角度でまとめてみると、テーマ設定としては平凡・類型的と言えるのも事実。すると結局、他の作品との違いを生み出すために盛り込まれた要素で問題が起きている、ということになってしまうのでは?
作者、そこまで考えてないと思うよ
頭から最後まで読んでないと評価できないってのも実は幻想ではある。ゲームでも漫画でも大抵そういうもんだ。この手の知り尽くしてから書けって事を書いてる人間も、他作品だと平気でそうじゃない状態で感想を言う
普通の女子である山田さんがみいちゃんを上から目線でああだこうだ言わないとリアリティがないんだろうね。
みいちゃんを「主人公」と呼ぶ人は呼んでない証拠。どちらかというと主人公は山田さん//コメの「自分より劣った者を見下して、安心したい」はみい山でもキャバの描写で言及されてる。その問題への言及を含めての作品
山田がシゲオに偉そうに暴力じゃなくて理性で対応するべきって正論ぶつけたけどいざ自分がみいちゃんと同棲したら自分もシゲオと同じことをしてしまった自己嫌悪とか境界知能との付き合い方の難しさとか社会派の一面
山田さんがバ先やキャバの同僚から小馬鹿にされる描写、ストーリーに不要な気がするのよね
アニメ版はシゲオを主人公にして再構成しよう https://dic.pixiv.net/a/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%8C%82%E9%9B%84
作品を通じて自分の内奥を問う、あるいはこれを自己点検の契機とするなんて「モダン」な教養の形。今は何事も客体視してバサッと斬るか、メタ分析バトル上等の時代だから目立ちますね。良いもの読みました。
山田が作者の投影なのは多分そう、逆にもっと"それ"を前に出してストーリーが下衆なのは自分の下衆さが理由と開き直った方が非難されなかった気がする
山田が天才だったら本当に救いがないからな 最後にメタしそうな気はする リアル描写のコマみても
天才を描いたことない、描けるイメージがないんじゃない?山田=作者だし ダイアナの時からそうだけど、基本主人公はイキリ冷笑系として描いてるんだよね 作者の夢の中を見させられてる気分
『普通なら、壮絶な人生を送る主人公と、その人生を作品へ昇華する才能ある創作者という対比にするはずだ』そうかな?そんな事したら絶対そこだけ浮くし、作者の得意な”よくありそうな話”にならないでしょ
良い批評だ。よく見て淡々としている。
やばいのは山田であり作者であり読者であるっていうのは弱いけど整理の一つとしてあると思う。
縦糸の1つは山田さんの成長譚だよね。未熟な創作者なのはむしろ当然で、変わる山田さんと、変わらない中村さんを対比させる狙いがあったのでは。あとはまあ、凡人の自覚はあるよ、ってことでは。
プレーンな作品批評で、興味深く読めた。視点人物山田さん、狂言回し「みいちゃん」な作品なのに騒動では山田さんガン無視な傾向を感じるので、こういう文章は必要だった。
いわゆる「なろう系」の、主人公が無双する話ばっか読んでると、誰も無双する人物がいないことに違和感を抱くようになってしまうのかなぁ
“なぜ他人を語りたいと思うのか、その欲望はどういう形をしているのか““無自覚な観察者としての山田” 山田さんの立ち位置にずっともやもやしていたけど納得した。自分も同じだと自覚するキツさよ。
このくらいのベースラインでいいと思うんだよな。細かいところで色々言いたいことがある人はたくさんいるだろうけど、とにかく今どきの批評批判は細かいところから導出した仮定が多すぎる。人間もっと適当なものだよ
漫画まだ半分までしか読んでないけど、上手い漫画だと思うな~。山田さんの立ち位置が上手い。あと、とにかく読ませるよね。絵が上手いのかストーリーが上手いからなのか知らんけど(両方かな)。
なるほど。みいちゃんはゴルゴ13だったか。/原作作画のユニットで描いてこれが煮詰まってくるとストーリー担当が何かにつけてなじってくる場合はあるあるなので独立すると自尊心がしんどいままスタートになりやすい
逆にTwitter版では山田と作者は分離されてなかったけどマガポケ版では山田のワナビ性を描くことで明確に分離にかかっている
反面教師を描いているならば、その表現に批判が起きるのはなお織り込み済みで進められてなきゃあかんのでは? ご批判はごもっともです!を繰り返しながら進めるべき企画では? 押してなお訴えたい情熱があるなら…
みいちゃんと山田は、ちいかわとハチワレだから。
友情の話にしようと思うと、種類や程度は大きく違うが、同じ属性の生きづらいとされてる側の人間である必要があったからでは…
そこがリアルでいいんじゃない?
持込失敗のところ、作者が「自分は運がよかっただけの山田」と自己認識してるとしたらまあ合ってるかもしれんが謙虚だなとは思ったな
読み返しはしていないけど、トップコメの断言ニキのように青春群像劇や友情として読んでる人が多いというのはちょっと意外だった。
山田さんは教育虐待を受けててコンプレックスも多い。まぁ、社会問題ぽい要素を色々詰め込んだ作品とも言えるが、山田さんのキャラはそれなりに作り込まれてる。
そんな高尚なこと考えてないと思うョ。
的外れ。みいちゃんは創作で鉄板の馬鹿キャラ(馬鹿やって酷い目に遭い読者を笑わせる)だけど、「山田も馬鹿である」という設定で二度美味しく面白くしてる/文学好きってアホだから、馬鹿キャラの重要性が解らない
「なぜ」って、作者が自分で言ってるじゃん。「バズればそれでいい」って。一時的なバズしか求めてないのでキャラがブレるし展開も場当たり的なんだよ。編集が仕事してないってことだ
読んで楽しくなさそうだし全く興味がなかったがこれ読んでちょっと読みたくなった。ハンチバックは面白かった。でもやっぱり読まないかなー…
"「では消費にならない読み方はあるのか」だろう。" みいちゃんがそう生きるように強いられた環境に対して怒りを感じる人が増えれば世の中ちょっと良くなる。 最後に山田さんは怒るのだろうか。
これだけ擦り倒したらアニメ放映時はすっかり飽きられるか、それとも、ちいかわの映画みたいにミリしら勢が湧いて出るか。
みい山の主人公はみぃちゃんじゃなくて山田さんなんよ
https://x.com/Urot3/status/2083495158063223223 作者の認識だと山田はレイブンクロー。https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC
そもそも山田自体「本名名乗ると面倒になりそうだから」という理由の仮名だから、誰にでもなりうる山田の視点が読者の視点として重要なのは最初に明示されてると思う。
ココロちゃん良いよね。みいちゃんを気まぐれに支援して無理と分かったらサッと撤退。山田の容貌の変化に気付いてサッと撤退。たぶん「かしこい健常者さま」の象徴。
山田自身もちょっとずれてておかしな子であることは最初から描かれてるし、軽い気持ちで手助けしようとしてすぐ逃げる「善良な一般人」の姿も描かれてる。少なくとも作者なりに真面目に描かれてる作品だよ
ドモ…1話から欠かさず読んでる批判者です。表現の自由は支持しますが、障害者差別の自由はありません。編集者さえも差別を行っているこの作品のこれ以上の商業的展開を許すことはできない。
総じて漫画を読む技術の話であり、それらに長けた人たちが「読めば分かるのに」を気軽に使いすぎている気はする。読んでもわからない人、観てもわからない人のためのフールプルーフをどうするか問題よな
山田が母親の行動をトレースしてしまう所もだけど、作者のオルターエゴにしてはメタ認知がちゃんとできてるんだよね。そこが作品の深みになっていた。
お金払って読みたい作品ではない。アニメ化は敷居が下がる。その一点でアニメ化してほしくないし、するなら簡単に見れなくしてほしい。
天才は夜職なんてしないから話がおかしくなるだろ
自分と同じではないけど一番近い意見をやっと読めた。作者や作品、そして登場人物に対して傲慢な見方しかできない批判者が多すぎる。
山田さんはアダルトチルドレンかつ言語理解以外が低くやや知的グレーよりだがその自認のないキャラだと思うが、これがみいちゃんを公的サービスや医療につなげるだけの能力を持たせると物語が変わってしまうから
こういうのってパワハラセクハラDVしてくれる人を優秀だから、私を愛してくれるからと肯定しちゃうのと同じで別の次元の評価軸を混ぜてるだけなので
みい山に関してはX上での大野左紀子さんによる批評がわりと納得できるなあと思って読んでいます
自分とは違う読み方をしている他者の考察は興味深い。読み方が正しい間違っているということではなく、その人によって色々な見え方があり、色々な見方を比べることによって自分には見えていなかった物が見えてくる。
個人的に山田のレンタルビデオ屋で「漫画家なりたいんすよねー」「(コイツ何もしてないじゃん..)」のところが凄く印象的。なんであんなしょーもない姿を書いたんだろと気になっている。
筆者より(誘導対象の)読者に近いんじゃないかな
読み方は色々あると思うけど山田を凡庸な人間と書いたのはそんなに秀逸でもないと思う部分は増田と印象は異なるかな。
トラバ増田「漫画家志望だけどロクに作品を完成させることもできないって、商業的に成功した作者から見たら一番気分よく見下せる対象なんだよね 見下して気分よくなれる人間しか出てこない漫画なんだよ」
「バズればそれでいいと作者自身が言ってる」みたいなブコメがいまだにあって残念。その読み方の誤りがわかるので以下の解説を読んで。作者の悪魔化はイジメだからね。https://anond.hatelabo.jp/20260730133047
これ読んでシゲオって誰だっけって思っちゃった。そのくらい斜め読みしかしてないんだな自分は。こんな長文書けるだけ熱量あったすごいよ増田
「世の中で『みぃちゃん』が気楽な差別語としてさらに広まる」が代表的な批判だと思うが、この場合、差別語として使う側も読む義理は一切ないので、「批判者は読んでない」系の議論は話がズレている
タイトルからしてダブル主人公なのに、みいちゃん側ばっかり言及される風潮へのカウンターとして読んだ。
作者の人以下略
『自分がいま消費していることに気づき続けること、その自覚を手放さないままページをめくり続けること自体が、この作品に対して取りうる唯一の誠実な態度なのだと思う』
確かに読んでない人は多そうだなと思った。ウシジマくんも読んでない人が多いのでは。タコピーのアニメ化の際は意外と好意的なコメントが多かったが、結局は個人の好みや好き嫌いでしかないと思っている。
天才だとみいちゃんとは友達にはなれんくない?(あの関係が友達と言えたかは疑問だが)
全般的にそうだなと思うが、「一番悪いのは虐待したやつじゃなくてそれを見ていただけのやつだ」みたいな特殊な言説を我々が真に受けるまともな理由は無い
産業で頼む
山田さんは軽度の問題を抱えている人で、立場は違えどみいちゃんと同じ属性の人間なんだよ。みいちゃんには福祉と繋がる道があるが、山田さんには無い。天才とかそういうレベルにすら達していない。
たかだかエンタメに「救いがなければならない」とか「消費者になってはならない」とか、うるさすぎると思うのよ。 逆にそういう想いが湧く事自体が、本作の高い文学性とかドラマ性みたいなのを証明しているのでは?
どちらかというと「山田さん」の方が新たなレッテルとしては上手い気がするが差別を新規に生んでどうするという話であり。みいちゃんより山田さんの方が見どころあるのは分かる
全部読んでないと批判してはいけないってのは、筋違いだ。多くの批判は「ネットでならまだしも、多くの人が受動的に触れるところでやる内容か?」だから。あとこの作品に言うほどそんなに深い創作意図はない。
山田さんは才能以前に漫画の描き方すら分かって無かった。そこ印刷されないよって部分にばりばり絵を描いてたしな。何話か忘れたけど。
「『みいちゃんと山田さん』も同じように、みいちゃんの人生を描くことで、読者自身の視線を問い返している作品なのではないか」ずいぶんと好意的な深読みだな。
主人公2人のキャラ造形はよく出来とるなとは思う。レールを外れたりグレーゾーン側の人間に共感を与える様に出来ていて、共感出来る物語として受け取っていた人たちの事が一切無視された評価を見ると残念に思う
全話リアルタイム読者です。自分も増田と同じような読み方をしてたのだが、どうも作者がストーリーやキャラをその様にコントロールしていたのではなく、たまたまそうなったっぽいんだよねぇ…
最新話まで課金してるけど、割と批判的なこと言ってる私みたいなのもいる。トップブコメを見て書いとくことにした。95%は言い過ぎでは。福祉職や当事者の人達の懸念を表現の自由だけで口塞ぐのは卑怯だなと思う
山田は作者自身がモデルだろうし、さすがに天才と描くのはブレーキをきかせてるって感じに見える。まあすでにかわいい、友達思い、現実的で理知的とかいろいろ綺麗に描いてるけど。
深い意図はなく、毒親持ちキャラだけじゃ弱くなってきたから「自己分析できずに創作に逃げる痛いオタク」をディスって読者を気持ちよくさせる露悪演出の追加として入れた気がする…
自分も読んでないけど皆SNSに張られたページだけで批判しててその感想が全部読んだという人のものと大差ないので別に良いのかなと思ってる。あと批判の為に漫画買う事が作品の成功になるのも地味に嫌
火垂るの墓と同じ
読もうよー
この点について私はわりと冷ややかに、「ネットで『自認山田さんのみいちゃん』みたいな嘲りが流行りはじめたから」だと思ってる。私はそういうイタい作者じゃないんで!的な。個人的な作者への信頼感の問題だろうが
そもそも毎週無料で読める作品なんですが…ページビューのカウントすらしたくないまで言うならともかく
昇華の無さについては同感。けど、自己批評なんて高尚な話なんだろうか?
山田さん周りの描写は文学的な深みがあるし、嫌いな作品ではあるが作者は有能だと思っているよ。
山田=作者なので、無責任さもヤバさも自覚的に描かれてるが、そもこの構造を理解してない人、マジで読んでないでしょ。/「嫌われ松子の一生」よりはマシに見えるのが何か不思議なのよね。