本を買う瞬間が一番脳内でドーパミン出てる説はあるな。積読を罪悪感じゃなくて未来への期待として肯定してくれるのは助かる
アマゾンのWishlistは「積読」に含まれませんか? 電子書籍ならいつでも読めるし、カネが掛からないのが利点(ただそのぶん放置されがち……)。
本棚に並んだ背表紙を何度も読んでるんだよ。そうするとたまに一冊へのモチベーションが急に高まって一気に読んじゃうこともある。そんなの積読以外にできないでしょ?
本という文化に投資しているから罪悪感がない/積読している本の題名・表紙を見てさすが俺、俺が好きそうな本をよく分かっているって遊びをする。時間が経つと支払い額を忘れるので、純粋に所有の喜びを味わえるよ。
本を読んでる賢いみなさんならここに書かれているようなことはとっくにご存知なのでは? それ以外の人向けの記事でしょう? (あ、読んでないのか。なんちて。)
全部読んでない本はたくさんあるから「積読」してると思ってたけど、一度も開いたことない本は無いわ。
ケチで効率厨だから買ったまま読んでない本などあろうものなら罪悪感と焦燥感で不安定になることはあるけど気持いいとは思ったことがない😐
その素晴らしさは遠い昔には知っていたが、本を買う金も、本を置いておく住処もない今は、金持ちの自慢にしか聞こえない
記事のように読むときの自分を空想して気持ちよくなってる訳ではないがKindleの大規模セールなどでたくさん買うのはある種の気持ちよさを感じている自認がある(一度に何十冊も買ってしまい積んでる)
“ドーパミンは報酬そのものだけでなく、報酬への期待にも反応する。楽しい体験を予想すれば、体験が実現するずっと前から、報酬系の回路が活性化される” 海馬コーポレーションからの報酬の前借り脳汁。
毎日はてブで「あとで読む」を積み上げているが、ささやかながらでもドーパミンが放出されるのなら朗報だな
いつでも未読の本があるという安心感よ。まだ読んでない本がたくさんあるのに既読の本の新装版とか電子の合本版とかあるとつい買ってそっちを先に読んじゃうのもその安心感から派生しているのか…?
セールでたくさん買う気持ちよさはちょっと違うやつな気がする
積ん読が気持ちいいって感覚あんの?探して探して見つけた時の快感と、所有した時の快感が大きいと思うのだが。
「まだ起きていない体験から喜びを引き出す」つまり、その本を読んで賢くなった自分を想像していい気持になる、ということでは。それはそうでしょうというか俺はそうだ。
Kindleの積読を崩していくと、意外と偏りがあったり読みたいジャンルがなかったりするので、もっと積まなければと反省しました
気持ちいい人がいるの? そこがびっくり。購入した本を読めてない事に、本に対する罪悪感じるのだが。
買ったままの本を一冊頭から読む機会がなくても、仕事の資料になるかもしれない、何かの機会に特定の部分だけ読む、という可能性も結構あるんだよな
新作カップ麺を見るとドーパミンが出て食わないカップ麺を買い続けてしまう。賞味期限切れのかぷめんがトランクカーゴ大いっぱいに。2箱目に突入する勢い。もはや病気。積かぷめんは本やプラモと違ってストレス
あースマホを持ち歩くようになってから久しく忘れていたが、常に何か読むものがないと不安ってのは確かにあるね。そのときの不快感を脳はまだどこかで覚えているのかもな
完結したランキング上位のなろう系をKindleに取り込んでるが、もうじき1000に届いて積読どころでは無い。Switch2のストレージもぱんぱんだし、iTunesにも3.3万曲、積むのは楽しいんだよ。御布施でもあるし。
資源高とインフレの進行の恐れと生成AIの登場以前への郷愁もあって、平成時代に書かれた本を集めるようになった。
個人的には推しのグッズを買うのと同じかもと思ってる。その本で取り扱うテーマを『推し』てて、じぶんはそれに関心があるということを自分で確認するために買うと
"何週間も何カ月も閉じられたままでも、脳は既に潜在的価値を認識し、最初のページを開く前からその可能性を楽しんでいる"
積読してると、いつか読む期待感やいつでも読める安心感はある。ただこの記事は"積読は脳の最も驚異的な能力の1つを反映している"とか、ちょっと話を盛り過ぎかなとも
死ぬまでに絶対読みきれないのにさらに積んでしまう
全く気持ち良くないな。無駄金を使ってしまった罪悪感があるだけ。
紙の場合は、買っとかないと絶版になって手に入らなくなるかもしれないからかな。電子はセールしてたからが多いかも。
電子で積読すると、存在感ないから積んでることを忘れてしまう。紙の本で文字通り積むのが最適(読むとは言ってない
遺族から見ればどんな稀覯本だろうと処分に手間がかかる資源ゴミ。今や古書店でも引き取ってくれません。紙の本は生前に自分で始末しましょう。
買い物中毒かな。
ゲームもそうだけど「家にまだ読んでないのあるからいいや」って購買に至らない
自室を自分用の無料書店にしていく営みと思うことにしてる。最近積まなくなったけど。
はてブの「あとで読む」も似たようなメカニズムなのかな?
“何週間も何カ月も閉じられたままでも、脳は既に潜在的価値を認識し、最初のページを開く前からその可能性を楽しんでいる”
積まないからよくわからない。あると夜更かししてでも読んでしまうから。それで、読み終わると睡眠含めて他のことに時間を使えることを実感する
紙幣を積み上げてあれば使わなくても気持ちいいのだから,書籍を積み上げてあれば読まなくても気持ちいいのは当然。
紙の束が積み上がっているのではなく、「そういう本が書かれて出版されている」事実が積み上がっているのだ
なぜ「積読」はこんなに気持ちいい? 読まない本を買い続けてしまう脳科学的な理由 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
本を買う瞬間が一番脳内でドーパミン出てる説はあるな。積読を罪悪感じゃなくて未来への期待として肯定してくれるのは助かる
アマゾンのWishlistは「積読」に含まれませんか? 電子書籍ならいつでも読めるし、カネが掛からないのが利点(ただそのぶん放置されがち……)。
本棚に並んだ背表紙を何度も読んでるんだよ。そうするとたまに一冊へのモチベーションが急に高まって一気に読んじゃうこともある。そんなの積読以外にできないでしょ?
本という文化に投資しているから罪悪感がない/積読している本の題名・表紙を見てさすが俺、俺が好きそうな本をよく分かっているって遊びをする。時間が経つと支払い額を忘れるので、純粋に所有の喜びを味わえるよ。
本を読んでる賢いみなさんならここに書かれているようなことはとっくにご存知なのでは? それ以外の人向けの記事でしょう? (あ、読んでないのか。なんちて。)
全部読んでない本はたくさんあるから「積読」してると思ってたけど、一度も開いたことない本は無いわ。
ケチで効率厨だから買ったまま読んでない本などあろうものなら罪悪感と焦燥感で不安定になることはあるけど気持いいとは思ったことがない😐
その素晴らしさは遠い昔には知っていたが、本を買う金も、本を置いておく住処もない今は、金持ちの自慢にしか聞こえない
記事のように読むときの自分を空想して気持ちよくなってる訳ではないがKindleの大規模セールなどでたくさん買うのはある種の気持ちよさを感じている自認がある(一度に何十冊も買ってしまい積んでる)
“ドーパミンは報酬そのものだけでなく、報酬への期待にも反応する。楽しい体験を予想すれば、体験が実現するずっと前から、報酬系の回路が活性化される” 海馬コーポレーションからの報酬の前借り脳汁。
毎日はてブで「あとで読む」を積み上げているが、ささやかながらでもドーパミンが放出されるのなら朗報だな
いつでも未読の本があるという安心感よ。まだ読んでない本がたくさんあるのに既読の本の新装版とか電子の合本版とかあるとつい買ってそっちを先に読んじゃうのもその安心感から派生しているのか…?
セールでたくさん買う気持ちよさはちょっと違うやつな気がする
積ん読が気持ちいいって感覚あんの?探して探して見つけた時の快感と、所有した時の快感が大きいと思うのだが。
「まだ起きていない体験から喜びを引き出す」つまり、その本を読んで賢くなった自分を想像していい気持になる、ということでは。それはそうでしょうというか俺はそうだ。
Kindleの積読を崩していくと、意外と偏りがあったり読みたいジャンルがなかったりするので、もっと積まなければと反省しました
気持ちいい人がいるの? そこがびっくり。購入した本を読めてない事に、本に対する罪悪感じるのだが。
買ったままの本を一冊頭から読む機会がなくても、仕事の資料になるかもしれない、何かの機会に特定の部分だけ読む、という可能性も結構あるんだよな
新作カップ麺を見るとドーパミンが出て食わないカップ麺を買い続けてしまう。賞味期限切れのかぷめんがトランクカーゴ大いっぱいに。2箱目に突入する勢い。もはや病気。積かぷめんは本やプラモと違ってストレス
あースマホを持ち歩くようになってから久しく忘れていたが、常に何か読むものがないと不安ってのは確かにあるね。そのときの不快感を脳はまだどこかで覚えているのかもな
完結したランキング上位のなろう系をKindleに取り込んでるが、もうじき1000に届いて積読どころでは無い。Switch2のストレージもぱんぱんだし、iTunesにも3.3万曲、積むのは楽しいんだよ。御布施でもあるし。
資源高とインフレの進行の恐れと生成AIの登場以前への郷愁もあって、平成時代に書かれた本を集めるようになった。
個人的には推しのグッズを買うのと同じかもと思ってる。その本で取り扱うテーマを『推し』てて、じぶんはそれに関心があるということを自分で確認するために買うと
"何週間も何カ月も閉じられたままでも、脳は既に潜在的価値を認識し、最初のページを開く前からその可能性を楽しんでいる"
積読してると、いつか読む期待感やいつでも読める安心感はある。ただこの記事は"積読は脳の最も驚異的な能力の1つを反映している"とか、ちょっと話を盛り過ぎかなとも
死ぬまでに絶対読みきれないのにさらに積んでしまう
全く気持ち良くないな。無駄金を使ってしまった罪悪感があるだけ。
紙の場合は、買っとかないと絶版になって手に入らなくなるかもしれないからかな。電子はセールしてたからが多いかも。
電子で積読すると、存在感ないから積んでることを忘れてしまう。紙の本で文字通り積むのが最適(読むとは言ってない
遺族から見ればどんな稀覯本だろうと処分に手間がかかる資源ゴミ。今や古書店でも引き取ってくれません。紙の本は生前に自分で始末しましょう。
買い物中毒かな。
ゲームもそうだけど「家にまだ読んでないのあるからいいや」って購買に至らない
自室を自分用の無料書店にしていく営みと思うことにしてる。最近積まなくなったけど。
はてブの「あとで読む」も似たようなメカニズムなのかな?
“何週間も何カ月も閉じられたままでも、脳は既に潜在的価値を認識し、最初のページを開く前からその可能性を楽しんでいる”
積まないからよくわからない。あると夜更かししてでも読んでしまうから。それで、読み終わると睡眠含めて他のことに時間を使えることを実感する
紙幣を積み上げてあれば使わなくても気持ちいいのだから,書籍を積み上げてあれば読まなくても気持ちいいのは当然。
紙の束が積み上がっているのではなく、「そういう本が書かれて出版されている」事実が積み上がっているのだ